咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
なぜ全国大会ベスト4のチームの人が、わたしたちを呼んだのか。
滝見さんは何も言わず、周りの大人の巫女さんも目を瞑っている。おねーちゃんが、小さく震えながら心配そうにわたしの傍に寄ってきた。
「本題に入る前に、まず名乗らなくてはいけませんね。わたしは、鹿児島の永水女子高校二年の石戸霞。霧島で巫女をしています」
「滝見春……永水女子の中等部で、同じく巫女、やってます」
今日、その名前を全国に轟かせたばかりの人が、ファンサービスでもなく、プライベートで目の前にいる。
やはり信じられない気持ちを抱いたまま、わたしたちはもう一度自己紹介をした。
「新子さんは、いつも春ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。三人は松実玄さんに、宥さん、高鴨穏乃さんというのね」
「はい、よろしくお願いします」
「憧さんに頼んで、皆さんに来てもらったのはね、霧島の巫女のお仕事の関係なの」
「巫女の仕事、ですか?」
わたしたちは一斉に憧ちゃんを見た。
えっ、わたし? という顔をして、自分を指差した。
「巫女さんって、そういえばどんなお仕事をしているの?」
「え、えっ、仕事っていえば……あたしは境内の掃除とか、参拝客の方に挨拶したりとか……あとは祈祷とか……?」
聞かれてから、ようやく自分が巫女さんだったことを思い出したみたいだ。
憧ちゃんは、どこかたどたどしい様子で答えた。
「憧ってそんな巫女っぽいこともやってたの?」
「祈祷とかはあたしは、やったことないけど……てか巫女っぽいって言った? あたしだって一応、巫女のはしくれなんだから」
「あははー……」
ジト目で怒ると、しずちゃんは申し訳なさそうに頭に手をやった。
「新子さんの言うような、神様をお祀りしている社を管理する役目も大切なお仕事ね。それに加えてわたしたち霧島の巫女は、神様を降ろすことで、その意志を人々と繋ぐ役割を賜っているの」
「神様ですか……あっ、先鋒の人のときにその解説聞いた!」
「それ、うちの姫様……」
「小蒔ちゃんのことね。ちょっとだけ居眠りしていた子なんだけれど、皆さんは覚えているかしら」
忘れられるはずもない、こくこくと何度も頷いた。
インターハイチャンピオンとして君臨した宮永照に次いで話題になった、今回初出場の超新星の打ち手。
華々しい打ち筋で人々を魅了した、霧島の姫。
解説の人に“牌に愛された子”とさえ称された打ち手。それが、永水女子の神代小蒔だ。
「小蒔ちゃんは、わたしたちの住む霧島の中でも特別な、
「よりまし?」
「簡単に言うと、神様の器となれる巫女のこと……」
神様の器? ……わかりやすい言葉の説明でも、いまいち分からなかった。
でも、そんな疑問の表情をしていたわたしたちに気づいて、憧ちゃんが付け加えてくれる。
「永水女子の巫女さんは、みんな霧島の神様に仕えているのよ。そこは日本の中でも有数の特別な場所で、その土地に祀られてる神様に代々仕えている巫女は、身体に神様を宿すことができるって言われているの」
「特別って……うーん。つまり、珍しい巫女さんってこと?」
「それは、ちょっとざっくりすぎかなー……とにかく、神様にまつわるエキスパートね」
ふぅむ、なるほど、なるほど。
ふるふると震えながら、おねーちゃんが聞いた。
「じゃあ、お二人も神様を……?」
「わたしは……できない」
「うふふ。わたしも、小蒔ちゃんほどではないわ。春ちゃんは降ろすより、祓うほうの専門ね」
しかし、そう考えると余計に分からなくなってきた。
そんな凄いインハイ巫女さんが、わたしたちを呼んだ理由は何なんだろう。
「あっ、もしかして、わたしにすっごい巫女の才能があって見込まれちゃったとか!?」
「いやそれはないでしょ、普通に考えて」
「ふふっ。確かに、神様にお仕えする巫女は、生まれ持った"もの"が重要になることが多いわね」
「違うのかー……じゃあ麻雀の腕を見込まれて!」
「一回も打ってないのに、分かるわけないでしょう」
「んー、確かに……」
それっぽい理由を言ったが、憧ちゃんが否定した。
しかし、石戸さんは否定しなかった。
「実はいま穏乃さんが言ってくれたことが、理由としては近いんです」
「……へ?」
まさか、巫女の才能? それとも麻雀の才能の方だろうか。
石戸さんはわたしたちをざっと見て……わたしと、しずちゃんに真剣なまなざしを向けた。
「皆さんをなぜお呼びしたか、その理由を端的に言えば……」
石戸さんは一呼吸おいて、それから微笑みを消して言う。
「……二人に強い力を持つ神様が宿っている可能性があったから」
わたしたちは、何を言われたのか分からなかった。
目が丸くなったまま戻らない。そんな中で、真っ先に我に返ったのはおねーちゃんだった。
「あ、あのぅ……何かの間違い、ということはないでしょうか……?」
おそるおそる手をあげて聞くが、石戸さんの答えは明確だった。
「いいえ。いまも感じるわ。高鴨さんと、玄さんの方の、お二人からはっきりと。春ちゃんはどう?」
「うん……間違いない。昼に会った時も凄かったから、驚いたけど……特に二人から、とても強い霊力を感じる」
春さんの真剣なまなざしに、顔を見合わせて……二人で、またまた憧ちゃんを見た。
びくっと身構えて、焦る様子を見せた。
「な、なに。なんでまたわたしを見るのよ……!?」
「霊力って何のことか、教えて!」
「うんうん」
「え。え、えっと……目では見えない、解明されてない力のこと……かしら?」
「……憧、巫女さんじゃないの?」
「肩書きは同じでも、並べて語るには規模が違いすぎるのよ……!」
悔しそうに目を閉じて拳を握りしめた。
しかし、神様が宿っていると言われても、わたしは全くピンとこなかった。
「皆さんは麻雀をされると聞きました。打っている最中に何か、いつもと違う、不思議なことが起きたりしなかったかしら」
「え、麻雀で、ですか? ……なんかあったっけ」
「そういえば、あんたも玄も、久しぶりに会ったときにやたら強くなってたけど。何かあったんじゃないの?」
「あっ。言われてみれば……」
言われてみればそんなこともあったっけ。
しずちゃんが家にどーんとやってきて、みんなで打つことになったんだよね。確か、あのときに気付いたんだっけ。
確かに、わたしとしずちゃんの打ち方は、昔とは全く違っていた。
深い読みに加えて、ドラのことが、今まで以上によく分かるようになった。しずちゃんも、同じようなことを言っていた気がする。
憧ちゃんやおねーちゃんは、いつ練習したのか不思議がっていた。
でも、本当に練習をしたことなんてない。
「ね、玄さん。そういえばあれ、どうなったんでしたっけ……?」
「”あれ”?」
「ほらあったじゃないですか。一年くらい前、和が転校した日の……」
「んー……あっ! あの麻雀牌のこと?」
ぽつんと部屋に置かれたその古い木箱を、言われてやっと思い出した。
言われて初めて考えたのだが、そういえばあの時は、かなり変なことが起きていた。
「くろちゃん、心当たりあるの?」
「う、うん……あのね、えっと……」
わたしは、麻雀牌を見つけた日のことを思い出しながら、そのことを伝えた。
全てを話し終えると、憧ちゃんが思わず立ち上がって叫び、おねーちゃんは不安げに腕に抱きついてきた。
「あたしがいない間にそんな怖い話あったの!?」
「うん、変な話だよねー。ま、別にその続きの話があったりするわけじゃないんだけどね。ちょこっと気を失っただけ」
「はわわ……っ!? くろちゃん、大丈夫? さむかったりしない?」
「う、うん。ぜんぜん大丈夫だよおねーちゃん」
しずちゃんは平然と、わたしは慌てるおねーちゃんの背中をさすってあげた。
しかし、それを聞いた石戸さんは、ますます視線を細めた。
「その麻雀牌というのは、今どこにありますか?」
「しばらく部室に保管してたんですけど……たしか、まだあったと思います」
そう言うと、滝見さんは、後ろの巫女さんに確認するように視線を向ける。すると一礼して、大人の巫女さんがさらに部屋を出ていった。
そして石戸さんは、困ったように考え込んだ。
「あ、あのっ……でも、わたしたち、巫女さんじゃないですよ……?」
「巫女という特別な職業でなくても、神様を宿したり、意図的に力を借りることのできる人はいるんです」
「問題なのは、神様が宿った人は、特別な力を発揮できるようになること……」
「特別な力って……?」
「例えば、姫様の麻雀みたいな……ああいう感じ」
姫様、つまりは神代小蒔さんのことだろう。
神下ろしと言われていたが、確かに神がかった闘牌だった。本当に神様が宿っていたのだと思うと、背筋が震えた。
「わたしたちは、麻雀を通して修行するために、山を降りてこの大会に参加しています。その中で神様を宿していると分かった子には、こうして声をかけさせてもらうことがあるのよ」
後者は初耳であったが、修行のために山を降りてきたという話は雑誌にも書いてあった。
霧島の巫女は本来、ほとんど山から降りてこない特別な存在なのだという。神職の界隈では、彼女達が急に高校生麻雀大会という注目を集める舞台に出ることが決まったと聞いて、しばらくその噂でもちきりだったらしい。
「ほうほう。わたしにもそんな神様が宿っているということですか」
「あんたはなんでそんな冷静なのよ……」
「山にいると何となく感じることあるから、かな?」
「そういえば小学生のときからずっと言ってたわねそれ……!」
憧ちゃんは、とうとうツッコミを諦めた。
しずちゃんは山が大好きで、たまに冗談で「山の神様に助けてもらったのかもー」と言う時があった。
そのときは、みんな冗談半分だったけれど、本当に神様に助けてもらっていたのかな。
「あのぅ。くろちゃんと、穏乃ちゃんは、大丈夫なんですか……?」
「……問題ない、とは言えないわね。神様が宿った人は、周りに良くも悪くも大きな影響を与えてしまうことがある」
「歴史の教科書に出てくる偉人の半分くらいは神様が憑いていた人だから……ああいうのを想像してほしい……」
「マジですか」
ジャンヌ・ダルク、マザー・テレサ、あとは……どれも本当に、凄い人ばかりが思い浮かんで、冷や汗をかいた。
「ですが世の中には八百万の神というように、数え切れないほどの神様がいます。善いものだけではなく、世に出れば害を為す、恐ろしいものもいます」
「だから、人に宿った強い神様を放っておけない……二人ほど神様の気配を出す人、見たことない」
そこで永水の巫女さんは、言葉を区切る。
わたしが息を吐き出して混乱していると、石戸さんがわたしに言った。
「……そうだわ。玄さん。目を瞑ってみてくれるかしら?」
「え? は、はいっ」
「その状態でわたしの方に意識を向けてみて。何か感じたら、教えてもらえるかしら」
「……?」
よくわからないまま、目を瞑って、言われた通り意識を向けてみる。
真っ暗な世界では、当然何も見えるはずもない。みんなの息遣いだけが聞こえる……はずだった。
すると。
この巫女さんからは何だか”普通じゃない気配”が出ていることに、気づいた。
(……なんだろう、これ)
麻雀を打っているときのように、より深く、その気配に向けて意識を落とした。
周りの音も、空気も聞こえなくなるほどに集中して正体を探る。
すると、脳裏に浮かんでくるのは、ぼんやりとした白いイメージだ。
闇の中に浮かぶ不定形の、とぐろを巻いた鮮明な、名状し難い白の身体。
それは不自然に渦巻く白霧の中で蠢いた。
そして、刃のような黄光の瞳に身が貫かれて、思いっきり目が覚めた。
「っ!?」
相変わらず、石戸さんは微笑んだままそこに座っている。
わたしの額には汗が滲んでいた。恐ろしさに、ぶるりと太ももが震える。
「……玄さん? な、何があったんですか」
「わ、わかんない……でも、今のは……?」
「やはり見えるのですね……あれが私の神様なの、怖い思いをさせてごめんなさい。目には見えない存在がいることを、体感として知ってほしかったの」
これ以上踏み込んではいけないような気がして、わたしはそれ以上、目を瞑って意識を澄ませようとはしなかった。
膝の上で、汗ばんだ拳を握りしめる。
いま見えたものは紛れもなく現実だった。一瞬だけ垣間見たものは、目には見えない存在だと分かった。
さっきまで、どこか半信半疑だったのに、今はすっかり他人事ではなくなっていた。
「……わたしたち、どうなっちゃうんですか?」
「怖い神様なら祓わなきゃいけない。そうでなければ、大丈夫。でも……ここじゃ、確認できない」
「確かめなければいけないわ。放っておけば、一人だけでなく、周りも危ない目に遭ってしまうかもしれないから」
わたしが、言葉も出せずにいると、隣の部屋で望さんと話していた巫女さんが、静かに戻ってきた。
その人は石戸さんに耳うちして、再び背後に控えた。
「霞さん、どうでした……?」
「今、許可は頂きました……話の途中にごめんなさい。どうしても、確認しなければいけないことがあったの」
「あの……わたしたち、どうすればいいんですか?」
「今までの話を踏まえて、皆さんに、霧島の人間として提案したいことがあります」
ついに本題に入るのだろう。石戸さんの雰囲気が変わって、わたしたちは身構えた。
底知れない巫女さんが、わたしたちに提案した。
「一度、皆さんで、鹿児島まで来ていただけないでしょうか」
「……えっ?」