咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
今年の夏、阿知賀女子麻雀部の前身となる四人のチームメンバーが集まった。
わたしたちは、かつての仲間であった和ちゃんがインターミドルで優勝したことを切っ掛けに、来年の高校生麻雀大会――インターハイに、みんなで出場することを決意した。
そして始まった観戦のための東京の旅は、意外な形で幕を閉じることとなった。
旅から帰ってきて、数日が経った頃、わたしは実家の床で湯飲みを手にしていた。
こたつの前に座って、じっと茶柱を見つめていると、おねーちゃんがおせんべいのお椀を持ってきてくれた。
「お菓子持ってきたよぅ」
「あっ、ありがとう、おねーちゃんっ」
受け取ったお盆の中から、一枚を口に含んで噛みしめた。
おねーちゃんは、こたつに足を入れると、よしよしと心配そうに膝を撫でてくれる。
「くろちゃん、体調悪くなったら遠慮しないで、すぐに言ってね……?」
「ごめんね、心配かけちゃって……すっかりインハイどころじゃなくなっちゃったよね」
おねーちゃんはわたしを撫でながら、不安げにマフラーの中に口元を埋めた。
そんなおねーちゃんの頭を、今度はわたしが大丈夫だよと、撫で返した。
「……それにしても、急に暇になっちゃったねえ」
「うん。ずっと、みんなで麻雀いっぱい打ってたから……」
最近は東京への旅の用意で忙しかった、ということもあったが、それ以前に麻雀漬けの毎日だった。
しかし、今はそうもいかない。
家に帰った後、わたしたち四人は麻雀をすることを、永水の巫女さんから禁止されてしまったのだ。
牌に触れるのはもちろん、できれば観戦なども避けた方がいいと言われた。
もちろんこれは、短い間の話ではあるが、最近は麻雀漬けだったせいで物足りなく感じてしまう。
すっかり暇を持て余してしまったわたしは、本を読んだり、散歩したりして休みを過ごしていた。
(しずちゃんや憧ちゃんは、どうしてるのかな)
その中でも、いつも全力で麻雀をやりたがったしずちゃんが、特に気になった。
さっき電話してみたら圏外のメッセージだった。もしかすると、いつもみたいに山に行っているのかもしれない。
「……おねーちゃん。わたし、やっぱり前と変わったのかな」
考え込んでいると、不安になってしまって、そう聞いてみた。
でも、おねーちゃんは首を傾けて微笑んだ。
「くろちゃんは、くろちゃんだよ。前と何も変わらないよぅ」
「そっか……ありがとう」
「はわっ!? くろちゃん……うん。よしよし」
おねーちゃんの胸に飛び込んだ。
ぽふん、とやわらかいおもちに顔を預けると、優しく背中を撫でてくれた。いつの間にか入っていた力が緩んだ。
永水の巫女さんは、わたしたちに神様が宿っているかもしれないと言った。
その心当たりはあった。わたしの中で、何かが変わったことを感じていたから。
でも、その正体がわからない事が、とても不安だった。
「まだ、変な夢……見るの?」
「うん……」
特に最近は、変な夢を見るようになった。
その夢で、わたしはいつも、桜の木の下に座り込んでいる誰かと話している。
顔も、何を話していたのかも思い出せない。でも目覚めた時に、すごく悲しい気持ちだけが残っている。
目から理由のわからない涙が溢れて、胸が締め付けられるように辛くなるんだ。
大切なことをこぼしてしまったような、虚しい感覚。あの夢は、きっと関係してるんじゃないかと思う。
「でもね。ちゃんと知っておかなきゃいけない気がするの。何か大切なことを忘れているような、そんな風に思うんだ」
「……そっか」
おねーちゃんはそれ以上何も言ってこなかった。
わたしは、抱きしめられながら、あったかくて柔らかいおもちの中に顔を埋め続けた。
夏休みに、わたしたちが鹿児島に行くという噂は、どこからか広まったらしい。
しかし神様の話は、ただの旅行として伝わっており、たまに道で会う同級生に声をかけられるたびに羨ましがられた。
二度目の大旅行の日が近づいてきた日、旅行の用意のため、わたしたちは再び集まった。
「東京の次は鹿児島かあ……こんな大旅行を経験するのって、うちらだけよねえ」
「ちゃんと、お土産を買う用意もしていかないとっ!」
「鹿児島って何があったっけ。えっと、なんとか山……火山の……」
「それって桜島のこと? それの他にも、温泉や屋久島が有名なんだって」
奈良に帰ってきた頃は緊張感があったのに、今は神様どころか、観光地をどう楽しむかという話に、すっかり変わっていた。
もちろん忘れたわけではなかったが、今度は観光の時間も十分にあるのだと言われて、事情はすっかり変わった。
しかも、今回の旅費は全額、向こうの人が出してくれるのだという。
みんなの親は最初は苦い顔をしていたけれど、「タダなら……」とか「ま、学生のうちの思い出作りにもなるわよね」という感じで、予想以上に簡単に認めてくれた。保護者に関しても、新子家が向こうの家の身元を保証したため全く問題はなく、その上霧島の人も各家庭に電話をかけて、わざわざ事情を説明してくれたようだ。
せっかく来るのだからと、自由に観光できる日を用意してくれた向こうの人には、頭が上がらない。
「そういえば憧ちゃん。その雑誌は……?」
「そういう話のために、持ってきたのよ。旅行会社の観光案内。ちゃんと四部づつ!」
「おおおっ!!」
「憧、最高っ! 愛してる!」
鼻高々な憧ちゃんも、しずちゃんも、やっぱり目的を忘れてしまっているみたいだった。ちなみにこのときは、わたしたちも忘れていた。
白色電球に照らされるオーク色の木天井の下で、わたしたちはパンフレットを見て目を輝かせる。
「海!」
「九州の温泉!」
写真だけで、ものすごく夢が広がっていく。
なんせ旅の期間は、四泊五日。
そして綺麗なビーチの写真に、いてもたってもいられなくなったわたしたちは、勢いのままショッピングモールに出かけた。訪れたのは、水着売り場だ。
試着室のカーテンを開くと、いつも以上に小刻みにふるふると震えながら、恥ずかしそうに胸元を抑えつつ水着姿を見せてくれる。
「ど、どうかな……うぅ、この格好寒いよぅ……」
「おねーちゃん、グッジョブ」
鼻血を拭って親指でグーを作る。やはり、おねーちゃんのおもちは最高ですのだ。
もう一方の試着室のカーテンが開くと、憧ちゃんが一歩おののいた。
「うわっ、それ二人とも超似合ってますよ!! むぅ、わたしも二年後にはああなれるのかな……?」
「どしたの憧、難しい顔しちゃって」
「な、何でもないわよっ! ……はぁ、ほんとに二人ともスタイルいいわあ」
「宥さん、水着でもマフラーだけは外さないんですねぇ」
「海用の防水マフラー……売ってないかな……?」
「いやいやいや。そんな季節感のない商品存在しませんから」
みんなが首を横にふると、おねーちゃんは残念そうにしゅんと俯いた。
「シズも選びなさいよ。気に入ったのとかないの?」
「うちにもう水着あるからいいの、いいの」
「あんたの言ってるのはスク水でしょうが!」
「いや~ぴったりだからねぇ。あれがお気に入りなんだよ」
「そんなこと言ってないで、選んであげるから来なさい! 一人スク水が混じってたら、あたしまで恥ずかしいでしょうが……」
なんていう感じで、わいわいはしゃぎながら、わたし達はピンク色の水着を購入した。
そして他の日焼け止めなんかの旅行グッズをひととおり買い揃えたり、他にも必要な道具を買ったり、有意義な休みの日を過ごした。
そして、そんなことをしているうちに、その日がやってきた。
その日、わたしたちは、朝焼けを背景に駅に集合した。
今回の目的地は東京都と真逆の九州、鹿児島だ。
わたしは麦わら帽子をかぶり、おねーちゃんいつも通り。憧ちゃんはしっかりサンバイザーで日焼け対策をしている。しずちゃんもいつも通り、半袖ジャージという姿だ。
「ん、憧。どしたん?」
「いや……格好はもう年中それだから突っ込まないけど。その荷物の量で大丈夫なの?」
「うん。ぎゅーって詰めたら入ったから」
みんなスーツケースに荷物を詰めて装備も整っている中、しずちゃんだけがいつもの格好といつもの鞄だ。
ぱんぱんに詰まっているけれど、絶対に、荷物は入らないと思う。
……そう思ったいたけれど、あとで見せてもらったら、わたしの荷物とほとんど同じ量が詰まっていた。とても不思議だ。
「玄、宥。気をつけていきなさいね」
「うん、ありがとう、おばーちゃん」
「うん……いってきます」
わたしたちは、おばーちゃんが。しずちゃんはお母さん、憧ちゃんは望さんとお母さんが見送りに来ていた。
そのあとは、みんなで列車に乗り込み、始発の電車がゆっくり発車する。窓の外に顔を向けると、みんなの親が手を振ってくれていた。
しずちゃんが窓を開けて顔を出し、ポニーテールを靡かせながら元気に叫ぶ。
「みんな、いってきまーーーすっ!!」
開いた窓から入ってくる風で、わたしたちの髪もほどけた。
まだ青く染まりきっていない日の出前の空に向かって、わたしたち以外誰も乗っていない列車が走り出す。
これからのことを想うと、さらに胸の鼓動が激しく鳴りはじめる。
それから、車内でみんな顔を見合わせて、示し合わせたように満面の笑みを浮かべる。
「いくぞっ、未来の阿知賀女子麻雀部。いざ鹿児島へっ!」
「おーっ!!」
「おー!」
「おー……!!」
みんなで一斉に腕を上げて、新たな目的地を目指した。