咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第14局

 前回は新幹線での移動であったが、今回受け取ったのは飛行機のチケットだ。

 案内に従って、列車を乗り継いで空港までたどり着くと、そこでまた驚いた。

 

「わーお……大きい。受付は……ほんとにひろすぎっ!?」

「いろんな航空会社が入ってるからねえ。受付とかも分かれてるし。あたしたちはあっちよ」

 

 憧ちゃんにならってスーツケースを引いて自動ドアをくぐる。

 巨大な電光掲示板や、テレビでしか見たことがなかった会社のロゴが、そこら中に点在していた。

 感じたことのない雰囲気に目を丸くする中で、憧ちゃんだけが慣れた様子で進んでいく。

 

「憧ちゃん、こういう旅にも慣れているの?」

「神社の集まりとかで使うことがあるんですよ。春っちと知り合ったのも、奈良じゃなくて、東京のほうなんです」

「憧ちゃん……頼りになるよぅ」

「これだけ広いと迷子になりそうだなぁ……頼りにしてるっ!」

 

 なんて風に、憧ちゃんに頼りながらも空港のお店を楽しみつつ、時間になると飛行機に乗り込んだ。

 飛行機の中は、想像よりもずっと広くて、わたしたちに割り当てられた左隻のシートはふかふかで、足を伸ばす余裕もある。列車よりも、ずっと快適だ。

 しずちゃんは軽くバウンドしながら、その心地を楽しんでいる。

 

「おおっ、これはすごいねえ。飛行機ってすごくいい乗り物だね!」

「ふかふか……ふぁぁ。ここすきぃ……」

「憧、どしたの。難しい顔して」

「……この席ってまさかファーストクラス……いや、考えるのはやめよう」

 

 人生で初めての飛行機は、それはもう素敵だった。

 奈良で、うちに泊まってくれるお客さんも、こんな風にわくわくした気持ちで来てくれていたのだろうか。

 わたしは、旅に出る側になった経験はあまりなかったので、とても新鮮だった。

 

 窓に釘付けになっていると、やがて無事に飛行機は飛び立った。

 窓の外をみんなで見て、でも、そのあとはだんだん言葉が出てこなくなってきた。

 

「……すぅ」

「ぐがー……」

 

 みんな早起きだったから、疲れちゃったみたいだ。

 おねーちゃんはわたしの肩に体を寄せて、しずちゃんは腕を組んで、鼻ちょうちんを膨らませながら寝入ってしまっている。

 

「まだ長いですし、あたしもちょっと寝ますわ」

「わたしも。起きたら鹿児島だと思うと、ドキドキするねっ」

 

 憧ちゃんも、よりかかられているしずちゃんを邪険にすることなく、そのまま目をつむった。

 わたしもおねーちゃんの肩をそっと撫でて、幸せそうな寝顔を眺めているうちに……いつの間にか、うとうとと、瞼が落ちていた。

 

 

 

 

 

 わたしは、いつもの夢を見ていた。

 見渡す限り続く広い草むらにある小さな丘、そのぽつんと立つ一本の桜の下に立っている。

 そこはは春のような心地いい風が吹いていた。幹のもとに、誰かが座っているのを見つける。

 

『――――!』

 

 黒い人影に、わたしは近づいて、何かを伝えようとした。

 でも、声は届かない。しだいに、景色は遠くに離れていってしまう。

 

 視界が暗闇に包まれて、薄目を開けると、そこは飛行機の中だった。

 

 

「あ、っ。あぅ、夢……?」

 

 飛行機のごぅ、という低い音が聞こえ続けている。そばにはおねーちゃん寝顔があった。

 ……また、あの夢だ。上の表示を見ると、まだ到着は先みたいだ。

 そっと静かに席を立って、キャビンアテンダントのおねーさんにお茶を貰って、自分の席に戻った。

 

「……ふぅ。最近、ずっとこの夢を見るよ」

 

 ひんやりと冷えたお茶が体の中に入って、目を覚まさせてくれる。

 今日は以前よりもはっきりと、夢の景色を思い出せた。

 この夢を見るのは初めてじゃない。

 みんなで一緒に、毎日麻雀を打つようになってから、この夢を見るようになった気がする。そして胸の中に残っているのは、やっぱり切ないような気持ち。

 

「あの人は、誰なんだろう」

 

 桜の木の下に座っている人を思い出すと、胸が切なくなる。

 どうしてそんな気持ちを抱くのか、その理由は全くわからない。でも不快な感情ではなかった。

 永水の人が言っていた「神様」がわたしの中にいるなら、この不思議な夢は、絶対に関係があると確信していた。

 

「……この旅で、なにか分かるのかな」

 

 誰にも聞こえないような呟きは、小刻みに揺れる車体の音に吸い込まれて、消えた。

 憧ちゃんによりかかるようにして眠るしずちゃんは、この夢を見ていないらしい。

 ……旅の前に聞いたときは「え、なんですかそれ」って言われてしまった。

 

 わたしは、このモヤモヤとした気持ちを晴らすことを願っていた。

 そんな密かな思いを抱きながら、窓の外を見る。そして、表情を変えた。

 

「……あ! みんな起きて、見えたよっ!」

 

 おねーちゃんも、しずちゃんと憧ちゃんも、わたしの声でうとうとと目を開けた。

 向こう側には、丸い離島に浮かぶ大きな山がしっかりと見えている。あれは、鹿児島の桜島だ。

 みんなお互いを見て、ぱあっと、明るくなった。

 

 

 

 

 

 キャリーバッグを引いて外に出ると、眩い日差しがわたしたちに降り注いだ。

 麦わら帽子を通り抜けて、太陽のあったかさが肌に伝わってくる。

 しずちゃんが真っ先に飛び出していき、腕をぐーんっと空に向かって伸ばし、背中も思い切り伸ばしていた。

 

「うおおおおおっ!! 鹿児島だーーーーっ!!」

「いや何も叫ばんでも……しかし、んーっ、いやあゆっくり寝れたわぁ……」

 

 二人を見て、わたしも同じように背筋を伸ばす……んーっ、ふう。気持ちいい。

 

「ふぁぁ……あったかぁい、こういう天気だいすきぃ」

「おねーちゃん! みんな行っちゃうよぅ、急いでっ!」

 

 ぽかぽかで、幸せそうに花のオーラを振りまくおねーちゃんの手を引いて、みんなの後ろを追った。

 九州のほうも、駅は人でいっぱいだった。

 みんなで手をつなぎながら、迷子にならないように次のローカル線を乗り継いで、目的の駅に到着した。

 霧島の駅。永水女子の高校の最寄駅であり、目的の神宮がある場所だ。

 

「へー。ここが霧島かぁ! めっちゃ緑いっぱい!」

「奈良も暑かったけど、九州まで来るとレベルが違うわね……っていうか、さっきから宥姉が外出るたびにトリップしてるんだけど」

「ふああぁぁ〜……」

「おねーちゃん、かえってきて? ……んー、あったかすぎて、幸せになっちゃってるよぅ」

「くろちゃあん、わたしね、今日からここに住むぅ」

「おねーちゃん!? だ、だめだよっ! みんな、い、今すぐ奈良に帰らないと、おねーちゃんとられちゃう!」

「いやいやーいま来たばっかですからねー」

 

 九州に取り込まれそうになったおねーちゃんを必死になだめながら、わたしたちは鹿児島入りを果たした。

 

 さっそく、周囲の森から騒がしいくらい蝉の鳴き声の歓迎を受けた。

 燦々と太陽の恵みが降り注ぎ、青々しい緑が空に向かって芽吹いてる。外気は自然の色に染まっており、美味しいその空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 おねーちゃんは、相変わらずポカポカ陽気にマフラーの中で頬を緩ませて、憧ちゃんも心地良すぎたせいか、大きくあくびする。神社と同じ朱色の建物を歩きつつ、案内板に従って指定された出口に向かう。

 

「あれ、春さんじゃない? わたしたちを待ってるんだ!」

「ほんとだねえ……おーい!」

 

 さっそく、しずちゃんが見つけてくれた。

 駅の外に出てすぐ、車の乗降場に泊まってるワンボックスカーのそばに、巫女服の人がいる。滝見春さんだ。

 待ち合わせ時間は、ほとんどピッタリだった。

 

「ここで合ってたんだね。春っちひさしぶりー、って言うほどでもないか。わざわざありがと!」

「うん、よかった。迷わず来れた?」

 

 憧ちゃんが真っ先に手を振って駆け寄って、わたしたちも遅れて小走りで駆けていく。

 

「ちょっと寝過ごしそうで危なかったけどね。こっちは、あっついわねー」

「うん。でも憧もすぐ慣れる……皆さんも、久しぶりです。出発するので、どうぞ」

 

 一人の運転手の巫女さんに挨拶して、みんなで揃って乗り込んだ。

 車内は以外に広く、いつもと違う不思議な香りに包まれていた。

 わたしたちの一行を乗せたワンボックスカーは、駅を離れて、軽快なエンジン音をあげながら見慣れない道路を進み始めた。

 

「おおっ、見てみて。あそこに大きい山が見えるよっ!」

「えっと、地図でいうと……高千穂峰……かな?」

「ほんとだ! 登ってみたいっ!」

「山を見つけて、綺麗とかじゃなく、登りたいって感想が最初に出てくるのはあんたくらいよね」

 

 奈良とは随分違う景色で、ぜんぜん知らない街並みが続いている。みんな興味津々に、窓に視線を向けていた。

 すると滝見さんが、車のポケットからお菓子の袋を取り出した。

 

「あの。皆さんよかったら、これ……」

「黒糖、くれるの?」

「ん」

「ありがとうございます! 黒糖かぁ、なんか九州に来たって感じするっ!」

 

 しずちゃんが、真っ先に受け取って、ひょいと口に含んだ。

 んーっ、と目を瞑って口の中で転がす。

 

「んぐ……甘い。わたしこれすき! 春さんはこういうのが好きなんですか?」

「うん、好き……もう一個食べる?」

「いただきますっ!」

 

 好意的な反応に気をよくしたのか、しずちゃんにさらに一個差し出した。

 わたしも差し出された一個を受け取って、口に含んだ。

 独特の甘みがじわぁっと口の中で解けて、思わず頬が緩んだ……おいしい。ちょっとクセのある味だけど、それが舌の上で解けると、それがちょうどよく感じる。

 

「ところで、この車はどこに向かってるんですか?」

「まずは神社の神楽殿のほうに行って……それからは様子を見て決める予定……」

「あっ。あれがそうじゃないかな。ほら、あそこにおっきな鳥居があるよ」

 

 口の中に入れた甘味の余韻が無くなる前に、わたしたちを乗せた車は道路の巨大な鳥居を潜った。

 おお、入り口すっごい分かりやすい。

 敷地の山を登っているうちに砂利道に乗り上げて、建物の前で止まった。

 滝見さんに続いて降りると、みんな物珍しそうに辺りを見回す。ここはもう神社の敷地内らしい。

 

「おお、なんかすごい雰囲気ある建物だよ……! はえー、憧が言った通り、ほんとに大きいねぇ」

「……あ、荷物は車に置いておいて大丈夫。また、戻ってくるから。ついてきて」

 

 ここも有名な観光スポットと聞いていたが、参拝客が本殿に向かうのを横目に、わたしたちは関係者だけが入れる建物に踏み込んでいく。

 建物の独特の空気感。木の香りに、外とは一変して閑静とした、神聖な雰囲気だ。

 案内された奥の部屋の扉が開く。そこで、わたしたちは固まった。

 

「今から神聖な儀式を行いますので、皆様には体をお清めしていただきます」

「えっ」

 

 中で待っていた巫女さんに告げられて、始まったのは、予想もしなかった儀式だった。

 

「み、水……つめたっ!」

「ぁぅ…………」

「お、おねーちゃん!? おねーちゃーん!!」

 

 まず着替えさせられ、水で体を清めて、草で体を払われたりした。

 途中で、ひえひえな水を浴びたおねーちゃんが成仏しかけるというトラブルはあったものの、何とか全てを終えることができた。最後には、奥の部屋でじいっと待たされる。

 ちなみに、着替えたのは永水の人が着ていたのと同じ巫女服だ。

 

「んー、やっぱこの服慣れないや……」

「我慢するの。もともと遊びにきたわけじゃないんだから」

 

 しずちゃんがうへぇ、という表情で紅白のひらひらを、腕ではためかせた。

 

「憧はいつも着てるから慣れてるかもしんないけどさ。うー……なんかスースーして変な感じだなぁ」

「いつものジャージのほうがスースーしてそうなもんだけど」

 

 ぽつんと取り残されたわたしたちは、道場のような木造の部屋で息をついていた。

 少しの間だけそこで待たされていたが、やがて、わたしは鼻先を上げた。しずちゃんも、感じ取ったようだ。

 

「……っ、玄さん」

「うん……何か、来る」

 

 電気のように体を一瞬駆け巡った。

 建物自体が静かであるせいか、それは、より一層際立って感じた。

 圧力がかかったみたいに体が重くなってくる。近づいてくる強い気配が、そう感じさせるのだ。

 とん、とん。足音が聞こえてきて、止まる。

 

「失礼いたします」

「入りますよー」

 

 そして廊下から、同じくらいの年頃の三人の巫女が、扉を開けた。

 

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