咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
前回は新幹線での移動であったが、今回受け取ったのは飛行機のチケットだ。
案内に従って、列車を乗り継いで空港までたどり着くと、そこでまた驚いた。
「わーお……大きい。受付は……ほんとにひろすぎっ!?」
「いろんな航空会社が入ってるからねえ。受付とかも分かれてるし。あたしたちはあっちよ」
憧ちゃんにならってスーツケースを引いて自動ドアをくぐる。
巨大な電光掲示板や、テレビでしか見たことがなかった会社のロゴが、そこら中に点在していた。
感じたことのない雰囲気に目を丸くする中で、憧ちゃんだけが慣れた様子で進んでいく。
「憧ちゃん、こういう旅にも慣れているの?」
「神社の集まりとかで使うことがあるんですよ。春っちと知り合ったのも、奈良じゃなくて、東京のほうなんです」
「憧ちゃん……頼りになるよぅ」
「これだけ広いと迷子になりそうだなぁ……頼りにしてるっ!」
なんて風に、憧ちゃんに頼りながらも空港のお店を楽しみつつ、時間になると飛行機に乗り込んだ。
飛行機の中は、想像よりもずっと広くて、わたしたちに割り当てられた左隻のシートはふかふかで、足を伸ばす余裕もある。列車よりも、ずっと快適だ。
しずちゃんは軽くバウンドしながら、その心地を楽しんでいる。
「おおっ、これはすごいねえ。飛行機ってすごくいい乗り物だね!」
「ふかふか……ふぁぁ。ここすきぃ……」
「憧、どしたの。難しい顔して」
「……この席ってまさかファーストクラス……いや、考えるのはやめよう」
人生で初めての飛行機は、それはもう素敵だった。
奈良で、うちに泊まってくれるお客さんも、こんな風にわくわくした気持ちで来てくれていたのだろうか。
わたしは、旅に出る側になった経験はあまりなかったので、とても新鮮だった。
窓に釘付けになっていると、やがて無事に飛行機は飛び立った。
窓の外をみんなで見て、でも、そのあとはだんだん言葉が出てこなくなってきた。
「……すぅ」
「ぐがー……」
みんな早起きだったから、疲れちゃったみたいだ。
おねーちゃんはわたしの肩に体を寄せて、しずちゃんは腕を組んで、鼻ちょうちんを膨らませながら寝入ってしまっている。
「まだ長いですし、あたしもちょっと寝ますわ」
「わたしも。起きたら鹿児島だと思うと、ドキドキするねっ」
憧ちゃんも、よりかかられているしずちゃんを邪険にすることなく、そのまま目をつむった。
わたしもおねーちゃんの肩をそっと撫でて、幸せそうな寝顔を眺めているうちに……いつの間にか、うとうとと、瞼が落ちていた。
わたしは、いつもの夢を見ていた。
見渡す限り続く広い草むらにある小さな丘、そのぽつんと立つ一本の桜の下に立っている。
そこはは春のような心地いい風が吹いていた。幹のもとに、誰かが座っているのを見つける。
『――――!』
黒い人影に、わたしは近づいて、何かを伝えようとした。
でも、声は届かない。しだいに、景色は遠くに離れていってしまう。
視界が暗闇に包まれて、薄目を開けると、そこは飛行機の中だった。
「あ、っ。あぅ、夢……?」
飛行機のごぅ、という低い音が聞こえ続けている。そばにはおねーちゃん寝顔があった。
……また、あの夢だ。上の表示を見ると、まだ到着は先みたいだ。
そっと静かに席を立って、キャビンアテンダントのおねーさんにお茶を貰って、自分の席に戻った。
「……ふぅ。最近、ずっとこの夢を見るよ」
ひんやりと冷えたお茶が体の中に入って、目を覚まさせてくれる。
今日は以前よりもはっきりと、夢の景色を思い出せた。
この夢を見るのは初めてじゃない。
みんなで一緒に、毎日麻雀を打つようになってから、この夢を見るようになった気がする。そして胸の中に残っているのは、やっぱり切ないような気持ち。
「あの人は、誰なんだろう」
桜の木の下に座っている人を思い出すと、胸が切なくなる。
どうしてそんな気持ちを抱くのか、その理由は全くわからない。でも不快な感情ではなかった。
永水の人が言っていた「神様」がわたしの中にいるなら、この不思議な夢は、絶対に関係があると確信していた。
「……この旅で、なにか分かるのかな」
誰にも聞こえないような呟きは、小刻みに揺れる車体の音に吸い込まれて、消えた。
憧ちゃんによりかかるようにして眠るしずちゃんは、この夢を見ていないらしい。
……旅の前に聞いたときは「え、なんですかそれ」って言われてしまった。
わたしは、このモヤモヤとした気持ちを晴らすことを願っていた。
そんな密かな思いを抱きながら、窓の外を見る。そして、表情を変えた。
「……あ! みんな起きて、見えたよっ!」
おねーちゃんも、しずちゃんと憧ちゃんも、わたしの声でうとうとと目を開けた。
向こう側には、丸い離島に浮かぶ大きな山がしっかりと見えている。あれは、鹿児島の桜島だ。
みんなお互いを見て、ぱあっと、明るくなった。
キャリーバッグを引いて外に出ると、眩い日差しがわたしたちに降り注いだ。
麦わら帽子を通り抜けて、太陽のあったかさが肌に伝わってくる。
しずちゃんが真っ先に飛び出していき、腕をぐーんっと空に向かって伸ばし、背中も思い切り伸ばしていた。
「うおおおおおっ!! 鹿児島だーーーーっ!!」
「いや何も叫ばんでも……しかし、んーっ、いやあゆっくり寝れたわぁ……」
二人を見て、わたしも同じように背筋を伸ばす……んーっ、ふう。気持ちいい。
「ふぁぁ……あったかぁい、こういう天気だいすきぃ」
「おねーちゃん! みんな行っちゃうよぅ、急いでっ!」
ぽかぽかで、幸せそうに花のオーラを振りまくおねーちゃんの手を引いて、みんなの後ろを追った。
九州のほうも、駅は人でいっぱいだった。
みんなで手をつなぎながら、迷子にならないように次のローカル線を乗り継いで、目的の駅に到着した。
霧島の駅。永水女子の高校の最寄駅であり、目的の神宮がある場所だ。
「へー。ここが霧島かぁ! めっちゃ緑いっぱい!」
「奈良も暑かったけど、九州まで来るとレベルが違うわね……っていうか、さっきから宥姉が外出るたびにトリップしてるんだけど」
「ふああぁぁ〜……」
「おねーちゃん、かえってきて? ……んー、あったかすぎて、幸せになっちゃってるよぅ」
「くろちゃあん、わたしね、今日からここに住むぅ」
「おねーちゃん!? だ、だめだよっ! みんな、い、今すぐ奈良に帰らないと、おねーちゃんとられちゃう!」
「いやいやーいま来たばっかですからねー」
九州に取り込まれそうになったおねーちゃんを必死になだめながら、わたしたちは鹿児島入りを果たした。
さっそく、周囲の森から騒がしいくらい蝉の鳴き声の歓迎を受けた。
燦々と太陽の恵みが降り注ぎ、青々しい緑が空に向かって芽吹いてる。外気は自然の色に染まっており、美味しいその空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
おねーちゃんは、相変わらずポカポカ陽気にマフラーの中で頬を緩ませて、憧ちゃんも心地良すぎたせいか、大きくあくびする。神社と同じ朱色の建物を歩きつつ、案内板に従って指定された出口に向かう。
「あれ、春さんじゃない? わたしたちを待ってるんだ!」
「ほんとだねえ……おーい!」
さっそく、しずちゃんが見つけてくれた。
駅の外に出てすぐ、車の乗降場に泊まってるワンボックスカーのそばに、巫女服の人がいる。滝見春さんだ。
待ち合わせ時間は、ほとんどピッタリだった。
「ここで合ってたんだね。春っちひさしぶりー、って言うほどでもないか。わざわざありがと!」
「うん、よかった。迷わず来れた?」
憧ちゃんが真っ先に手を振って駆け寄って、わたしたちも遅れて小走りで駆けていく。
「ちょっと寝過ごしそうで危なかったけどね。こっちは、あっついわねー」
「うん。でも憧もすぐ慣れる……皆さんも、久しぶりです。出発するので、どうぞ」
一人の運転手の巫女さんに挨拶して、みんなで揃って乗り込んだ。
車内は以外に広く、いつもと違う不思議な香りに包まれていた。
わたしたちの一行を乗せたワンボックスカーは、駅を離れて、軽快なエンジン音をあげながら見慣れない道路を進み始めた。
「おおっ、見てみて。あそこに大きい山が見えるよっ!」
「えっと、地図でいうと……高千穂峰……かな?」
「ほんとだ! 登ってみたいっ!」
「山を見つけて、綺麗とかじゃなく、登りたいって感想が最初に出てくるのはあんたくらいよね」
奈良とは随分違う景色で、ぜんぜん知らない街並みが続いている。みんな興味津々に、窓に視線を向けていた。
すると滝見さんが、車のポケットからお菓子の袋を取り出した。
「あの。皆さんよかったら、これ……」
「黒糖、くれるの?」
「ん」
「ありがとうございます! 黒糖かぁ、なんか九州に来たって感じするっ!」
しずちゃんが、真っ先に受け取って、ひょいと口に含んだ。
んーっ、と目を瞑って口の中で転がす。
「んぐ……甘い。わたしこれすき! 春さんはこういうのが好きなんですか?」
「うん、好き……もう一個食べる?」
「いただきますっ!」
好意的な反応に気をよくしたのか、しずちゃんにさらに一個差し出した。
わたしも差し出された一個を受け取って、口に含んだ。
独特の甘みがじわぁっと口の中で解けて、思わず頬が緩んだ……おいしい。ちょっとクセのある味だけど、それが舌の上で解けると、それがちょうどよく感じる。
「ところで、この車はどこに向かってるんですか?」
「まずは神社の神楽殿のほうに行って……それからは様子を見て決める予定……」
「あっ。あれがそうじゃないかな。ほら、あそこにおっきな鳥居があるよ」
口の中に入れた甘味の余韻が無くなる前に、わたしたちを乗せた車は道路の巨大な鳥居を潜った。
おお、入り口すっごい分かりやすい。
敷地の山を登っているうちに砂利道に乗り上げて、建物の前で止まった。
滝見さんに続いて降りると、みんな物珍しそうに辺りを見回す。ここはもう神社の敷地内らしい。
「おお、なんかすごい雰囲気ある建物だよ……! はえー、憧が言った通り、ほんとに大きいねぇ」
「……あ、荷物は車に置いておいて大丈夫。また、戻ってくるから。ついてきて」
ここも有名な観光スポットと聞いていたが、参拝客が本殿に向かうのを横目に、わたしたちは関係者だけが入れる建物に踏み込んでいく。
建物の独特の空気感。木の香りに、外とは一変して閑静とした、神聖な雰囲気だ。
案内された奥の部屋の扉が開く。そこで、わたしたちは固まった。
「今から神聖な儀式を行いますので、皆様には体をお清めしていただきます」
「えっ」
中で待っていた巫女さんに告げられて、始まったのは、予想もしなかった儀式だった。
「み、水……つめたっ!」
「ぁぅ…………」
「お、おねーちゃん!? おねーちゃーん!!」
まず着替えさせられ、水で体を清めて、草で体を払われたりした。
途中で、ひえひえな水を浴びたおねーちゃんが成仏しかけるというトラブルはあったものの、何とか全てを終えることができた。最後には、奥の部屋でじいっと待たされる。
ちなみに、着替えたのは永水の人が着ていたのと同じ巫女服だ。
「んー、やっぱこの服慣れないや……」
「我慢するの。もともと遊びにきたわけじゃないんだから」
しずちゃんがうへぇ、という表情で紅白のひらひらを、腕ではためかせた。
「憧はいつも着てるから慣れてるかもしんないけどさ。うー……なんかスースーして変な感じだなぁ」
「いつものジャージのほうがスースーしてそうなもんだけど」
ぽつんと取り残されたわたしたちは、道場のような木造の部屋で息をついていた。
少しの間だけそこで待たされていたが、やがて、わたしは鼻先を上げた。しずちゃんも、感じ取ったようだ。
「……っ、玄さん」
「うん……何か、来る」
電気のように体を一瞬駆け巡った。
建物自体が静かであるせいか、それは、より一層際立って感じた。
圧力がかかったみたいに体が重くなってくる。近づいてくる強い気配が、そう感じさせるのだ。
とん、とん。足音が聞こえてきて、止まる。
「失礼いたします」
「入りますよー」
そして廊下から、同じくらいの年頃の三人の巫女が、扉を開けた。