咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第15局

 三人のうち、巫女服に着替えた滝見さんと、あとの二人は知らない巫女さんだった。

 真ん中の人はそれほど歳が離れていない。

 わたしと同い年か、年上だろうか。赤髪の端正な雰囲気の、眼鏡でポニーテールな女の子だ。

 

(この人だ……!)

 

 そして右端の一人を見て確信する。

 今感じた濃い気配。わたしたちを迎えたおさげの小柄な身体の子は、ひどく危険な雰囲気を放っていた。

 幼い容姿と、前がはだけそうになる程度に着崩した巫女服に似合わない、禍々しく尖った空気。

 だが、その圧力とは裏腹に、ニコニコと純粋無垢な笑顔を浮かべていた。

 

「失礼します。奈良県の皆さん、遠くからお越しいただきありがとうございます。私は霧島神境、六女仙の一人。狩宿巴と申します」

「同じく六女仙、薄墨初美です。みんなよろしくですよー!」

 

 しっかりとした、そして無邪気な挨拶だ。

 視線が合った一瞬、赤い瞳の輪の中に不思議な力を見た。だが、その先を覗こうとすると圧力が消える。

 重苦しい気配から解き放たれて、息を抜いた一瞬。

 当の薄墨さんも、わたしを見つめていて、ずいっと顔を近づけてくる。

 

「……おおっ。これは、確かになかなかですねー……あたっ!」

「こらはっちゃん。初対面の人に失礼でしょ」

「うぅ、ごめんなさいですよー……」

 

 赤い髪の子に、ぽこんと叩かれて、涙目で頭を抑えた。

 まるで大人に叱られる子供のようで、さっきの重く尖ったオーラが嘘のようだ。

 すろと、しずちゃんが何かに気づいたように声をあげる。

 

「ああっ……永水女子のチームの人! ……あいてっ!」

「こっちも、指さすな」

 

 三人のうち、狩宿さんを指差し立ち上がったしずちゃんを、憧ちゃんがぽこんと叩いた。

 真ん中に座ってた狩宿さんが目を丸くする。その手を感動的に、ぎゅっと握りしめた。

 

「次鋒の狩宿巴さんですよね! インハイの試合見てました。感動しました! すっごく格好よかったです!」

「あら……本当? わたしは姫様ほど派手な活躍はできなかったけど、嬉しいわ」

 

 狩宿さんは、嬉しそうに、表情をほころばせた。

 あっ……そうだよ! 狩宿巴さんは永水女子の五人のメンバーのうちの一人だ。

 全国で戦った雀士の登場に、みんなの目が輝いた。しかし一方で、みんなの注目が集まったことで、薄墨さんがぷぅっと頬を膨らませる。

 

「むぅ。巴ちゃんだけずるいです。羨ましいのですよー」

「まあまあ。それで春ちゃん。こちらの二人が、例の高鴨穏乃さんと、松実玄さんよね?」

「は、はい!」

「はいっ!」

「ん……どう見える?」

 

 巴さんも真剣に。薄墨さんはしずちゃんをじいっと見て、指を口元に当ててむむむーと唸った。

 

「うーん、わたしも何となく感じるけど……はっちゃんは?」

「まず間違いないと思いますよ。うむむ、確かにこれは、よそじゃ難しいかもしれませんねー……」 

「なら、予定通り神境の方に行きましょう。用意は済ませてあるのよね?」

「はい……いつでも行けます」

 

 そこで、憧ちゃんが恐る恐る手をあげる。

 

「あのー……すみません。神境って、またどこかに移動するんですか?」

「ああ確かに、ごめんなさいね。説明していませんでした」

 

 巴さんは軽く頭を下げて、苦く笑った。

 

「この地には、霧島神境と呼ばれる場所があってね。そこは私たちにとって特別な、強い霊力の集まる、普通の人は入れない場所なんです」

「わたしたち霧島の人間にとっても、とてもとても、特別な土地なのですよー!」

 

 憧ちゃんとしずちゃんが顔を見合わせた。

 おねーちゃんが、おずおずと聞き出した。

 

「あ、あのぅ……普通は入れない場所に、入っても大丈夫なんですか?」

「神様の集まる特別な場所だけど……大丈夫。今回は特別、許可もバッチリ」

「確かに、外の人が来るのは超レアですねー?」

「ええ。でも、わたしたちが最大限、力を使う事ができるその場所でなら、より正確に”見る”ことができるわ」

 

 神社という場所で、一般の人が立ち入り禁止となっている場所は、それほど珍しくない。

 パワースポット、と言われているような場所だろうか。

 一体どんなところなのかと、想像を巡らせた。最近はずっと観光案内を見ていたけれど、霧島神境という場所に聞き覚えはなかった。

 

「じゃあ、どうやって向かうんですか?」

「まずは途中まで車ね。そこからは少し……そうね、三十分ほど山を登ることになるかしら。向こうで霞さんも待っているわ」

「山を登るんですか!?」

「こら、そこに反応しないの」

 

 巫女服のしずちゃんが、今までで一番、きらきらと目を輝かせた。

 

「あ、あのー……もしかしてこの格好で行くんですか?」

「はい。今日の間は、その格好で過ごしていただきたいと思います。そのほうが何かと都合がいいので」

「あの……ま、マフラーだけ、巻きたいです……」

「え? ああ、それは大丈夫よ。ごめんなさい、もしかして部屋の中寒かったかしら?」

 

 三人の巫女さんは目を丸くしたけれど、そそくさとどこからか取り出したマフラーを巻いて、やっと落ち着いたように息を吐いた。

 ……おねーちゃん、それどこから出したの?

 

「巫女服にマフラーって、ものすごくミスマッチですね」

「えへへ……あったかぁい」

「真夏ですよー?」

 

 薄墨さんは好奇心旺盛な子供みたいに、長いピンク色のマフラーをちょんちょんと触った。おねーちゃんは「?」を頭に浮かべて首を傾げる。

 あったかい九州に来ても、おねーちゃんはぶれないのだ。

 

 

 

 

 

 わたしたちは再び車に乗り込み、狩宿さんと薄墨さんを加えた八人を乗せて走り出した。

 ……巫女が八人ともなるとかなり目立ってしまうらしい。たまたま通りすがった参拝客の人に見られて、ちょっと恥ずかしかった。

 さっきと同じメンバーに狩宿さんを加えて、車は再び動き出した。

 

「うぅ、いっぱい人に見られたよぅ……」

「まあ宥姉はねぇ。巫女服にマフラーは流石にね?」

 

 人に一番見られていたおねーちゃんが、恥ずかしがって落ち込んでいた。

 よしよしと、憧ちゃんが頭を撫でた。

 

「あっ。最大限安全には気を払っているけれど、万一気分が悪くなったりしたらすぐに言ってください。強い霊力にあてられちゃう場合もあるから、遠慮はしないでね」

「今のところは全然大丈夫です。鹿児島まで来たのは、その土地に行くためだったんですね」

「ええ。全国にそういった場所はあって、それぞれ管理している人がいるの。どこでも問題はないのだけれど、わたしたちはここで生まれ育って慣れているので、今回はこの場所が最も安全と判断しました」

「そうですねー。それに、わたしたちが見なきゃいけない事情もありましたしー……むぐぅっ!?」

「えっ?」

「あっ、ううん。今のは気にしないで」

 

 薄墨さんが春さんに口を塞がれ、狩宿さんが笑ってごまかした。

 よくわからない世界ではあるけれど、なんとなく納得することができた。

 すると、しずちゃんが身を乗り出した。

 

「狩宿さん、薄墨さん。ちょっと聞きたいんですけど」

「巴でいいわよ。わたし敬語は苦手だし、そういうの気にしないから」

「わたしも、はっちゃんと気軽にお呼びくださいですよー。遠慮せずにどんどん聞いてくださいー!」

「じゃあ……巴さんと、はっちゃんさん。神境には、あの人もいるんですか?」

 

 しずちゃんは名前を言わなかったが、全員、一人の人物を共通して思い浮かべていた。

 

「それは察するに姫様のことですねー!」

「ええ。確かに霞さんも姫様も、今は神境におられます」

 

 永水の三人も理解しており、特に薄墨さんが自慢げに胸を張った。

 神代小蒔。

 今回のインハイで先鋒を務めた、わたしと同い年の子だ。

 三人ともそろって、神代さんを「姫様」と言った。

 姫様かぁ……たしかに、そんな感じの雰囲気の子だったなぁ。

 

「神代小蒔……そっか。永水女子のテリトリーに来たのよね、あたしたち」

「はわわわっ……」

 

 挨拶のときや、最初のうちはおっとりした人だなあ、なんて思っていた。

 対局が始まると、凄い気迫で卓を圧倒した。

 運の流れを支配し、そして神掛かった闘牌をわたしたちに魅せつけた。

 その強さは、永水女子を決勝戦に押し上げたのは神代小蒔、という題で記事が作られるほどだ。

 

「じゃあ、もしかして会えちゃったりとか……!?」 

「うーん……会えるかどうか、私では分からないわ」

「姫様は、いまは神境の奥で修行中……私たちでも入れない場所」

「そうですか……」

「でも、神境に滞在していれば、機会はあると思うわ。そうね。わたしたちも、しばらくお会いしていないから……そろそろ区切りの頃じゃなかったかしら」

 

 残念ながら巴さんは首を横に振って、しずちゃんが頭を落とした。

 宮永照に続いて、一躍“時の人”となった神代小蒔は、個人戦のあとはすぐに霧島に戻ってしまった。

 マスコミの前に出ることはほとんどなく、インタビュー等が非常に少ないせいで情報もない。彼女のミステリアスな雰囲気に惹かれて、今やさまざまな憶測や期待が高まって、麻雀の界隈では非常に盛り上がっている最中だ。

 

「チームメンバーですし、やっぱり仲もいいんですか?」

「うん……姫様とはいつも、一緒に遊んでる」

「それってもしかして、麻雀ですか?」

「ええ。いつも姫様とわたしたちで、一緒に打っているんです」

 

 テンションが復活して、最初よりもますます上がっていった。

 

「すごい、羨ましいっ……! はっちゃんさんも、すごい気配ですけど、麻雀強いんですかっ!?」

「ふぇ。私ですかー?」

 

 自分を指差してぽかんと口を開ける薄墨さんに、はい、と頷く。

 初美さんと、残りの二人の巫女さん同士が顔を合わせて、しずちゃんに問い返す。 

 

「どうしてはっちゃんを? 今まで、表で麻雀を打ったことはなかったと思うのだけれど」

「え。だって、薄墨さんって絶対麻雀強いじゃないですか」

 

 しずちゃんは当然のように頷いて、それから、わたしにも同意を求めてくる。

 少し考えてから、わたしも同じく肯定するように頷いた。巴さんの視線が細まる。

 

「……どうしてそう思ったのか、聞かせてもらえないかしら」

「え。うーん……うまく言えないんですけど……会場で神代さんの試合をやっていたときと似てる、ちょっと不思議な雰囲気を感じて」

「なるほど……興味深いわね。やっぱり麻雀をやっている子は、他より感受性も高いのかしら」

「ふっふっ。麻雀が強いかどうかは、後で分かるのですよー」

 

 しずちゃんの指摘に対して、不敵な笑みを浮かべて可愛らしく笑ってみせた。

 

「後で分かるって……?」

「それはお楽しみです。しかし神様を宿した人は、鋭くなるものなのですねー」

「そうだわ。はっちゃん。どうせだからいつもの“神様っぽいやつ”、見せてあげたら?」

「あっ、それなら任せてくださいー! ほうっ!」

 

 手を挙げると、ぼうっ、と手の先の虚空が勢いよく燃えだした。

 車内での突然の発火に、全員が慌てて身を引いた。その中から、木製の”何か”が、虚空から現出する。

 

「えっ……うおおっ!?」

「はわわわっ……!?」

「な、何もないところから炎が……っ!?」

「お、お、おば、おば……けっ……!?」

「安心してください、ただの仮面ですよー」

 

 出てきたその巨大な仮面をずらして、ひょこっと顔を見せてくれる。

 車内の天井まで届く奇妙な木製の仮面に、永水の人は特に反応がなかった。だが、わたしたちはそうではない。

 

「お、おねーちゃん! 気をしっかり保って!?」

「……うぅ、くろちゃんは……わたしが守るから……」

「おねえちゃぁぁーんっ!!?」

「憧、わたしさ。たまに山に登ってると、こんな感じの幻覚を見ることあるんだよね。今のは本物?」

「いやいや幻覚じゃないし……ないわよね?」

 

 おねーちゃんはひっくりかえって、憧ちゃんは目をなんども擦っていた。

 

「……驚かせすぎてしまったようですよー」

「ボゼじゃなくて、もっと普通のもの出しなさいよ……」

 

 バスの中が混沌としていると、車がガタンと、荒っぽく揺れ始めた。

 

「あ……そろそろ着く。揺れるから気をつけて。はっちゃん、それしまって」

「はいなのですよー。では、ん、しょっと」

 

 初美さんは、宙に浮かんだ炎の中にひょいと仮面を押し込んだ。

 蒼色に包まれたそれは、煙どころか煤一つ出さずに飲み込まれて跡形もなく消えた。

 いったいどこに行ってしまったのだろう。

 しずちゃんの鞄といい、おねーちゃんのマフラーといい、四次元にものをしまう能力は、それほど珍しくないものなのかもしれないと思った。

 

  

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