咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
三人のうち、巫女服に着替えた滝見さんと、あとの二人は知らない巫女さんだった。
真ん中の人はそれほど歳が離れていない。
わたしと同い年か、年上だろうか。赤髪の端正な雰囲気の、眼鏡でポニーテールな女の子だ。
(この人だ……!)
そして右端の一人を見て確信する。
今感じた濃い気配。わたしたちを迎えたおさげの小柄な身体の子は、ひどく危険な雰囲気を放っていた。
幼い容姿と、前がはだけそうになる程度に着崩した巫女服に似合わない、禍々しく尖った空気。
だが、その圧力とは裏腹に、ニコニコと純粋無垢な笑顔を浮かべていた。
「失礼します。奈良県の皆さん、遠くからお越しいただきありがとうございます。私は霧島神境、六女仙の一人。狩宿巴と申します」
「同じく六女仙、薄墨初美です。みんなよろしくですよー!」
しっかりとした、そして無邪気な挨拶だ。
視線が合った一瞬、赤い瞳の輪の中に不思議な力を見た。だが、その先を覗こうとすると圧力が消える。
重苦しい気配から解き放たれて、息を抜いた一瞬。
当の薄墨さんも、わたしを見つめていて、ずいっと顔を近づけてくる。
「……おおっ。これは、確かになかなかですねー……あたっ!」
「こらはっちゃん。初対面の人に失礼でしょ」
「うぅ、ごめんなさいですよー……」
赤い髪の子に、ぽこんと叩かれて、涙目で頭を抑えた。
まるで大人に叱られる子供のようで、さっきの重く尖ったオーラが嘘のようだ。
すろと、しずちゃんが何かに気づいたように声をあげる。
「ああっ……永水女子のチームの人! ……あいてっ!」
「こっちも、指さすな」
三人のうち、狩宿さんを指差し立ち上がったしずちゃんを、憧ちゃんがぽこんと叩いた。
真ん中に座ってた狩宿さんが目を丸くする。その手を感動的に、ぎゅっと握りしめた。
「次鋒の狩宿巴さんですよね! インハイの試合見てました。感動しました! すっごく格好よかったです!」
「あら……本当? わたしは姫様ほど派手な活躍はできなかったけど、嬉しいわ」
狩宿さんは、嬉しそうに、表情をほころばせた。
あっ……そうだよ! 狩宿巴さんは永水女子の五人のメンバーのうちの一人だ。
全国で戦った雀士の登場に、みんなの目が輝いた。しかし一方で、みんなの注目が集まったことで、薄墨さんがぷぅっと頬を膨らませる。
「むぅ。巴ちゃんだけずるいです。羨ましいのですよー」
「まあまあ。それで春ちゃん。こちらの二人が、例の高鴨穏乃さんと、松実玄さんよね?」
「は、はい!」
「はいっ!」
「ん……どう見える?」
巴さんも真剣に。薄墨さんはしずちゃんをじいっと見て、指を口元に当ててむむむーと唸った。
「うーん、わたしも何となく感じるけど……はっちゃんは?」
「まず間違いないと思いますよ。うむむ、確かにこれは、よそじゃ難しいかもしれませんねー……」
「なら、予定通り神境の方に行きましょう。用意は済ませてあるのよね?」
「はい……いつでも行けます」
そこで、憧ちゃんが恐る恐る手をあげる。
「あのー……すみません。神境って、またどこかに移動するんですか?」
「ああ確かに、ごめんなさいね。説明していませんでした」
巴さんは軽く頭を下げて、苦く笑った。
「この地には、霧島神境と呼ばれる場所があってね。そこは私たちにとって特別な、強い霊力の集まる、普通の人は入れない場所なんです」
「わたしたち霧島の人間にとっても、とてもとても、特別な土地なのですよー!」
憧ちゃんとしずちゃんが顔を見合わせた。
おねーちゃんが、おずおずと聞き出した。
「あ、あのぅ……普通は入れない場所に、入っても大丈夫なんですか?」
「神様の集まる特別な場所だけど……大丈夫。今回は特別、許可もバッチリ」
「確かに、外の人が来るのは超レアですねー?」
「ええ。でも、わたしたちが最大限、力を使う事ができるその場所でなら、より正確に”見る”ことができるわ」
神社という場所で、一般の人が立ち入り禁止となっている場所は、それほど珍しくない。
パワースポット、と言われているような場所だろうか。
一体どんなところなのかと、想像を巡らせた。最近はずっと観光案内を見ていたけれど、霧島神境という場所に聞き覚えはなかった。
「じゃあ、どうやって向かうんですか?」
「まずは途中まで車ね。そこからは少し……そうね、三十分ほど山を登ることになるかしら。向こうで霞さんも待っているわ」
「山を登るんですか!?」
「こら、そこに反応しないの」
巫女服のしずちゃんが、今までで一番、きらきらと目を輝かせた。
「あ、あのー……もしかしてこの格好で行くんですか?」
「はい。今日の間は、その格好で過ごしていただきたいと思います。そのほうが何かと都合がいいので」
「あの……ま、マフラーだけ、巻きたいです……」
「え? ああ、それは大丈夫よ。ごめんなさい、もしかして部屋の中寒かったかしら?」
三人の巫女さんは目を丸くしたけれど、そそくさとどこからか取り出したマフラーを巻いて、やっと落ち着いたように息を吐いた。
……おねーちゃん、それどこから出したの?
「巫女服にマフラーって、ものすごくミスマッチですね」
「えへへ……あったかぁい」
「真夏ですよー?」
薄墨さんは好奇心旺盛な子供みたいに、長いピンク色のマフラーをちょんちょんと触った。おねーちゃんは「?」を頭に浮かべて首を傾げる。
あったかい九州に来ても、おねーちゃんはぶれないのだ。
わたしたちは再び車に乗り込み、狩宿さんと薄墨さんを加えた八人を乗せて走り出した。
……巫女が八人ともなるとかなり目立ってしまうらしい。たまたま通りすがった参拝客の人に見られて、ちょっと恥ずかしかった。
さっきと同じメンバーに狩宿さんを加えて、車は再び動き出した。
「うぅ、いっぱい人に見られたよぅ……」
「まあ宥姉はねぇ。巫女服にマフラーは流石にね?」
人に一番見られていたおねーちゃんが、恥ずかしがって落ち込んでいた。
よしよしと、憧ちゃんが頭を撫でた。
「あっ。最大限安全には気を払っているけれど、万一気分が悪くなったりしたらすぐに言ってください。強い霊力にあてられちゃう場合もあるから、遠慮はしないでね」
「今のところは全然大丈夫です。鹿児島まで来たのは、その土地に行くためだったんですね」
「ええ。全国にそういった場所はあって、それぞれ管理している人がいるの。どこでも問題はないのだけれど、わたしたちはここで生まれ育って慣れているので、今回はこの場所が最も安全と判断しました」
「そうですねー。それに、わたしたちが見なきゃいけない事情もありましたしー……むぐぅっ!?」
「えっ?」
「あっ、ううん。今のは気にしないで」
薄墨さんが春さんに口を塞がれ、狩宿さんが笑ってごまかした。
よくわからない世界ではあるけれど、なんとなく納得することができた。
すると、しずちゃんが身を乗り出した。
「狩宿さん、薄墨さん。ちょっと聞きたいんですけど」
「巴でいいわよ。わたし敬語は苦手だし、そういうの気にしないから」
「わたしも、はっちゃんと気軽にお呼びくださいですよー。遠慮せずにどんどん聞いてくださいー!」
「じゃあ……巴さんと、はっちゃんさん。神境には、あの人もいるんですか?」
しずちゃんは名前を言わなかったが、全員、一人の人物を共通して思い浮かべていた。
「それは察するに姫様のことですねー!」
「ええ。確かに霞さんも姫様も、今は神境におられます」
永水の三人も理解しており、特に薄墨さんが自慢げに胸を張った。
神代小蒔。
今回のインハイで先鋒を務めた、わたしと同い年の子だ。
三人ともそろって、神代さんを「姫様」と言った。
姫様かぁ……たしかに、そんな感じの雰囲気の子だったなぁ。
「神代小蒔……そっか。永水女子のテリトリーに来たのよね、あたしたち」
「はわわわっ……」
挨拶のときや、最初のうちはおっとりした人だなあ、なんて思っていた。
対局が始まると、凄い気迫で卓を圧倒した。
運の流れを支配し、そして神掛かった闘牌をわたしたちに魅せつけた。
その強さは、永水女子を決勝戦に押し上げたのは神代小蒔、という題で記事が作られるほどだ。
「じゃあ、もしかして会えちゃったりとか……!?」
「うーん……会えるかどうか、私では分からないわ」
「姫様は、いまは神境の奥で修行中……私たちでも入れない場所」
「そうですか……」
「でも、神境に滞在していれば、機会はあると思うわ。そうね。わたしたちも、しばらくお会いしていないから……そろそろ区切りの頃じゃなかったかしら」
残念ながら巴さんは首を横に振って、しずちゃんが頭を落とした。
宮永照に続いて、一躍“時の人”となった神代小蒔は、個人戦のあとはすぐに霧島に戻ってしまった。
マスコミの前に出ることはほとんどなく、インタビュー等が非常に少ないせいで情報もない。彼女のミステリアスな雰囲気に惹かれて、今やさまざまな憶測や期待が高まって、麻雀の界隈では非常に盛り上がっている最中だ。
「チームメンバーですし、やっぱり仲もいいんですか?」
「うん……姫様とはいつも、一緒に遊んでる」
「それってもしかして、麻雀ですか?」
「ええ。いつも姫様とわたしたちで、一緒に打っているんです」
テンションが復活して、最初よりもますます上がっていった。
「すごい、羨ましいっ……! はっちゃんさんも、すごい気配ですけど、麻雀強いんですかっ!?」
「ふぇ。私ですかー?」
自分を指差してぽかんと口を開ける薄墨さんに、はい、と頷く。
初美さんと、残りの二人の巫女さん同士が顔を合わせて、しずちゃんに問い返す。
「どうしてはっちゃんを? 今まで、表で麻雀を打ったことはなかったと思うのだけれど」
「え。だって、薄墨さんって絶対麻雀強いじゃないですか」
しずちゃんは当然のように頷いて、それから、わたしにも同意を求めてくる。
少し考えてから、わたしも同じく肯定するように頷いた。巴さんの視線が細まる。
「……どうしてそう思ったのか、聞かせてもらえないかしら」
「え。うーん……うまく言えないんですけど……会場で神代さんの試合をやっていたときと似てる、ちょっと不思議な雰囲気を感じて」
「なるほど……興味深いわね。やっぱり麻雀をやっている子は、他より感受性も高いのかしら」
「ふっふっ。麻雀が強いかどうかは、後で分かるのですよー」
しずちゃんの指摘に対して、不敵な笑みを浮かべて可愛らしく笑ってみせた。
「後で分かるって……?」
「それはお楽しみです。しかし神様を宿した人は、鋭くなるものなのですねー」
「そうだわ。はっちゃん。どうせだからいつもの“神様っぽいやつ”、見せてあげたら?」
「あっ、それなら任せてくださいー! ほうっ!」
手を挙げると、ぼうっ、と手の先の虚空が勢いよく燃えだした。
車内での突然の発火に、全員が慌てて身を引いた。その中から、木製の”何か”が、虚空から現出する。
「えっ……うおおっ!?」
「はわわわっ……!?」
「な、何もないところから炎が……っ!?」
「お、お、おば、おば……けっ……!?」
「安心してください、ただの仮面ですよー」
出てきたその巨大な仮面をずらして、ひょこっと顔を見せてくれる。
車内の天井まで届く奇妙な木製の仮面に、永水の人は特に反応がなかった。だが、わたしたちはそうではない。
「お、おねーちゃん! 気をしっかり保って!?」
「……うぅ、くろちゃんは……わたしが守るから……」
「おねえちゃぁぁーんっ!!?」
「憧、わたしさ。たまに山に登ってると、こんな感じの幻覚を見ることあるんだよね。今のは本物?」
「いやいや幻覚じゃないし……ないわよね?」
おねーちゃんはひっくりかえって、憧ちゃんは目をなんども擦っていた。
「……驚かせすぎてしまったようですよー」
「ボゼじゃなくて、もっと普通のもの出しなさいよ……」
バスの中が混沌としていると、車がガタンと、荒っぽく揺れ始めた。
「あ……そろそろ着く。揺れるから気をつけて。はっちゃん、それしまって」
「はいなのですよー。では、ん、しょっと」
初美さんは、宙に浮かんだ炎の中にひょいと仮面を押し込んだ。
蒼色に包まれたそれは、煙どころか煤一つ出さずに飲み込まれて跡形もなく消えた。
いったいどこに行ってしまったのだろう。
しずちゃんの鞄といい、おねーちゃんのマフラーといい、四次元にものをしまう能力は、それほど珍しくないものなのかもしれないと思った。