咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
「よーっし! 麻雀教室、一日だけ復活っ!」
「今回はいいでしょう。ですが……あなたはいつも突然すぎるんです!」
「およよっ……怒ってる?」
「当たり前です!」
和ちゃんから、さっそくお説教を受けていた。
でも、しずちゃんは、目を細めて後ろ手で頭を掻きながら「いやー」というだけだった。
(あ……久しぶりだな、この感じ)
むっとお説教する和ちゃんと、笑って誤魔化そうとするしずちゃんは、何も変わっていない。
背の小さかった頃の二人の姿が、いまの二人に重なって見えた。
「ところで、自動卓の牌が見当たりませんが……部屋を閉める時に、どこかにしまったでしょうか」
「入ってない? ……あー、ほんとだ。あれ、どこやったっけなー」
「それなら、部室棟の倉庫のほうにまとめてしまってあったはずだよ。あ、でも出すのはちょっと大変かも……」
「倉庫ですか。それは、困りましたね……」
「なら、時間もあんまないだろうし、この箱のやつでいいじゃん。手積みで。それならすぐできるでしょ!」
「あっ……!」
「……ちょ、ちょっと穏乃……!」
しずちゃんが雀卓に置きっぱなしになっていた古い箱に手を伸ばした。
勝手に開けたら怒られるかも……と思ったが、時すでに遅しだ。
和ちゃんも途中でまずいと思ったのか、片手だけを伸ばした。
だが、止める間もなく、しずちゃんは箱の蓋に手をかけ、開けてしまった。
「よいしょ、っと!」
ズズズ……ッ。
箱を開くとき、重い木音とともに灰色の粒子が舞い散った……埃だ。
まるで長年一度も開かれていなかったような、土煙のような煙が、掃除したばかりの部室に舞い上がる。
カタン、と、持ち上げた箱の底が卓上に落ちた。
「な、なにこれッ、埃すご……」
「わわわっ……!?」
「けほっ……!」
みんな、服の袖を口に当てながら何度か軽く咳き込んだ。
涙目で咳き込んでいるうちに、埃の中から徐々に姿を現した。しずちゃんの横に立って、わたしも和ちゃんも、興味深く顔を覗かせる。
中には、麻雀の刻印がずらりと並んでいた。
ごく普通の麻雀牌。
ただしそれが年季ものということが、一目見て分かるほどに古びていた。
「すごい古い牌だ……へえー。こんなのテレビでしか見たことないや」
しずちゃんが何気なく、すみっこの牌を手に取った。僅かな変色と、細かい傷跡。随分と使い込まれた様子が残されている。
「こんな年季の入った牌、麻雀教室のときに使ったことはありませんでしたよね」
「うん。今日来たら、部屋にあったんだよ。誰かが置いていったみたいなの」
「まあいいじゃん。ここに置いてあるってことは、麻雀部の備品で誰かが置いてったってことでしょ!」
「うーん、そう言われると……いいのかな?」
「自動卓用の牌がないなら……少しだけ借りましょう」
ちょっと借りるくらいなら大丈夫……だよね?
少し悪いことをしているような罪悪感はあったけれど、麻雀部の部屋に置いてあったのだ。誰かの寄付だと、そう思うことにした。
そのまま、じゃらりと、百枚以上の牌がいっぺんに卓上にばらまかれた。
すると、またも牌を見続けていたしずちゃんが、目を点にした。
「普通の感触と違う、あ、これ背中のところ竹でできてますよ! おお、なんか高級感……」
「あの……これ、もしかして相当な値打ちものなのでは」
「いやいや。こんな傷だらけな牌が売れるはずないでしょ。ちょっと染みついちゃってるし」
確かに、赤っぽいシミがついてしまっている。よく観察すれば、裏でも何の牌か分かってしまいそうだ。
「んー、でもこれ以外の牌は片付けちゃってるみたいだし。もうこれ出しちゃったしなー」
「……そうですね。価値のあるもの、というわけでもなさそうですし、使わせてもらいましょう」
「うんっ! ああっ……久しぶりに打つんだと思うと、ワクワクしてきたっ!」
「わたしもそうなんだ。牌を握るのもあの頃ぶりだもんねえ」
いつの間にか、最初は呆れていた和ちゃんも口元が笑っていた。
無秩序に散らばった竹の牌。三人で手積みで、卓上に萬子7種を除いた、三つの山を作り上げる。
「和は、麻雀教室がなくなってからも麻雀してるんだよね」
用意している間に、しずちゃんが何気なく問いかけた。
「ええ。麻雀自体はネットでよく打っていますから」
「あー、なんかそれ言ってたね。テレビでもたまに見るよ。これが“じょーほーかしゃかい“の波ってやつなのかねえ」
「それほどハードルは高くありませんよ。パソコンがあれば誰でもできますから」
「ってことは、わたしでもできる? それなら長野に行っちゃっても和と打てるじゃん!!」
「…………」
「…………」
「なんで二人ともそこで黙るの!?」
「いえ、こう言っておいて何ですが、穏乃がパソコンを操作する姿が全く想像がつかなくて……」
「あはは……パソコンは難しいと思うな」
和ちゃんは目を背けて、わたしもその姿が想像できなくて、つい笑ってしまった。
しずちゃんは山を積み上げる途中で、困り果てた様子になる。
「う、うーん……言われてみれば確かに。前に触ろうとして、中から煙だして、お母さんから穏乃は触っちゃだめーって、止められちゃったしなぁ」
「どうやったらそんな事になるんですか」
ジト目で、冷静なツッコミが入った。
「でも、機械って難しいよねえ。わたしもなかなか慣れないんだよー」
「パソコンってテレビに比べてほんと、何もかも難しいんだよねー。電源入れたら変な音出すし。玄さんはどうです?」
「うちは旅館で使う仕事用のはあるけど、勝手につかったら怒られちゃうかも」
「そっか、残念。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「覚えればそう難しくはないのですが……」
「ま。でも、やっぱ牌を摘むなら実物がいいよねっ」
と。そこでカチリとようやく最後の山を揃った。
準備完了だ。
心なしか、直前になると少しだけみんな気合が入ったように見える。
わたしも、久しぶりの対局にワクワクした。これから、みんなで遊ぶ楽しい時間が始まるのだ。
「じゃあ、やろっか」
「うん! じゃあ、賽振るね」
コロコロと賽を転がして、親番になったのはわたしだ。
最初に手牌を作るためにヤマに手を伸ばす。
十三枚の古い牌をめくりあげようと、手に力を込めた。異常が起きたのは、そんなときだった。
「えっ」
くらり、と。
最初は、地面が傾いたのだと思った。
中途半端に立てた牌が倒れて、音を立てて散らばった。急に手に力が入らなくなる。
(あれ……? わたし、どうなって……)
気づけば、体を支えていた芯が抜けてしまったみたいに、前のめりになっていた。
頭がくらくらして、考えがまとまらなくなる。
部屋を満たしていた暖かい春風はなくなり、代わりに冷たい空気が入り込んできた。
窓の外だけでなく、どんどん視界が暗くなっていく。
ぼやけた視界の中で顔を上げると……しずちゃんも、前のめりに倒れていた。
和ちゃんは、小さく震えながら、なんとか目を開けようとしていた。
「これ、はっ……玄さんっ……!」
「うぅ……」
一体何が起きているのか、それを考える余裕はなかった。
どこかふわふわとした心地で、意識が離れていくことだけが分かった。
紅色の髪が顔にかかって、卓からこぼれ落ちた牌が一つ、床に落ちた。