咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第22局

 

 わたしは、神社の扉に手をかけて、触れる直前で手を止めた。

 

「…………」

 

 呪われたりとかしないよね?

 

 ……。

 ノックだけしよっかな。

 開いてたらチラ見して、そんでなんもなかったら帰ろう。 

 

「あのー……中に、誰かいますかー……?」

 

 ……返事はない。

 中はしんと静まり返っている。はあぁぁ、と、緊張の糸が切れて盛大にため息を吐いた。

 

「はは、そりゃ、そうだよね……後で、また来よう」

 

 来た道を引き返すために踵をかえした。するとカタンと、背中の方で音が聞こえた。

 びっくん、と背中が震える。

 

 恐る恐る……振り返った。

 扉は閉まっている。でも今の音は、閂を開ける音だ。

 

 意を決して、もう一度だけ扉に手をかけた。

 さっきまであった抵抗がない。小さな隙間から空気が吸い込まれた。わたしは緊張で、唾を飲んだ。

 向こう側に幽霊が出ないことを祈りながら、もう一度だけ呼びかける。

 

「あの、誰かいますか……?」

 

 そぅっと開いた扉の端っこから顔をのぞかせる。

 がらんどうの部屋の中は濃霧でいっぱいだった。しかし、建物の内装も記憶と違わなかった。周りにはすごい高そうなものが、たくさん置いてある。

 巻物や日本刀。仰々しい箱。

 まさか、これが永水の人が言っていた"触ってはいけないもの"だろうか。

 

 ……この部屋のものには、絶対に近づかないようにしよう。 

 閂を開けた主を探して、目を凝らしていると、部屋の奥にぼんやりと人影が見えた。

 か細い声が、わたしを招き入れる。

 

「あなたを、お待ちしていました」

 

 蝋燭の灯りが、正座した巫女服の人を照らしてる。それ以外は遠く、暗くて何もわからない。

 声の主は、同い年くらいの若い声だった。

 

「こちらへどうぞ、高鴨穏乃さん」

「待ってた? わたしを、もしかして一晩中……?」

「はい。そうお告げがありましたから」

 

 忘れもしない、あの優しい声色だ。

 あの時と違って靴も、いまはジャージも濡れていない。ためらうことなく靴を脱いで、建物に足を踏み入れる。

 近くに寄って、ようやくその顔を知ることができた。 

 

「ようこそ奈良の方。遠くからはるばるよくお越しくださいました」

 

 その人は、石戸さんに雰囲気がすごく似ていた。でも、お姉さんというよりは、もっと親しみやすい感じだ。

 髪は短くって、小さな可愛らしいおさげを赤い紐で結っている。おっとりした表情なのに、神聖な雰囲気を感じるのは、巫女服のせいだけではない。どことなく清楚な空気が漂っていた。

 その顔に、何となく見覚えがあるような気がした。

 でも、それを思い出すより前に、一目見て確信する。ぜったい、あの時の子だ……!!

 

「あのっ……お久しぶりですっ!」

「えっ?」

 

 わたしはその子の手をとって、固く握り締めた。そんな態度を予想していなかったのか、巫女さんは目を丸くした。

 突然の出会いに手が震えた。あの日、顔は見えなかった。でも声や喋り方が同じだ。

 

「ずっと言おうと思ってたんです。あのときは、どうもありがとうございました!!」

「え、ええっと……どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」

「覚えてないかもですけど、前にここに迷い込んじゃったことがあって! たぶん、あなたに助けてもらったと思うんです!」

「……あっ」

 

 巫女さんも何かを思い出したみたいで、小さな声を溢した。

 

「数年ほど前……霧濃い日に、雨に打たれた迷い人がこの地を訪ねてこられたことがありました」

「それですっ、それ私です!!」

「そう、でしたか……それは凄いことです。神様が、あなたを導かれたということなのでしょうか」

 

 ああ、やっぱり間違いないんだ! この人が、探していた人だ……!!

 すると巫女さんは感慨深そうに俯いた。

 

「……あれ? ということは……わたし、あのとき鹿児島まで来ちゃってたってこと?」

「ここは現世と異なる特別な場所ですので、どこの山からでも、たどり着くことができるんですよ」

「はぁ。そうなんですか」

「はい、そうなんです。神境を訪れた外の方というのは、あなたのことだったんですね、高鴨穏乃さん」

 

 小さな蕾が花開いたような静かな微笑みを浮かべた。

 思い出してもらえて、覚えていてくれて、嬉しくて唇がうずうずと動いた。

 奈良との距離は……巫女さんだし、そういうこともあるのだろう。はっちゃんさんもワープとかしてたしね。

 説明は、憧に任せようかな。 

 

「この地で再会できるなんて、こんなこともあるのですね……これも全て、天命ということなのでしょうか」

「あのっ、ずっと聞きたかったんです。あなたの名前は……?」

「神代小蒔といいます。昨日はせっかく来ていただいたのにご挨拶に行けず、申し訳ありませんでした」

 

 わたしの思考が止まった。

 目の前の恩人の女の子は、何も変わらずにニコニコと笑っている。

 

「え、神代? ……神代って……あ……ああっ! インハイの……!!」

「はい。インターハイ団体戦では先鋒を務めさせていただきました」

 

 大変なことに気づいて、思わず指差してしまった。

 記憶の中の少女と、インハイのモニター越しに見た姿。そしていま、わたしの目の前で微笑んでいる三つの少女像が、ぴったり一つに重なったのだ。

 神代小蒔といえば、チャンピオン宮永照に匹敵する永水女子の先鋒。

 わたしたちの見ていたインハイ決勝戦参戦者の一人であり、全国屈指、指折りのエース・オブ・エースだ。

 

「うわわっ、会場で見たときはぜんぜん気づかなかった……小蒔さん、ずっと前に会ってたんですね……」

「ふふ。あのときは声だけのやりとりでしたし、対局中はほとんど喋ることはなかったので、無理もありません」

 

 そんな人と、もともと知り合い同士だったと言われても、ぜんぜん現実感がなかった。

 

 ……そもそもの話が、ぜんぜん現実感がないのだけれども。関西と九州を行き来していたって、そんなことが、いくら何でもあり得るのだろうか。

 しかし、小蒔さんはまったく普通の女の子で、純粋に懐かしんでくれているみたいだった。

 

「試合、見てくださっていたのですね」

「そりゃもう! わたし……いや、わたしたちは今、来年のインハイを目指してるんです!」

「霞ちゃんから話は聞いています。活力に溢れる方だと聞いて、お会いできる日を楽しみに待っていました」

「おっと……あははー……」

 

 わたしが、ころころ表情を変えるからか笑われてしまった。照れ隠しに後ろ髪を掻くふりをした。

 テンションが上がり過ぎちゃったみたいだ。いけない、いけない。

 

「ところで待っていたって言ってましたけど。もしかして、わたしがここに来るのを……?」

「はい。穏乃さんがここに来るということは、実は昨日から知っていました」

「昨日から……? え、でもたまたま目が覚めちゃっただけで、来ることは誰にも言ってないですよ?」

「わたしはこの地に起きている出来事を見通すことを、神様に許していただいています。だから、わかってしまうのです」

 

 小蒔さんは誇らしそうに言ったけれど、わたしには理解しきれなかった。

 

「そういえばさっき、お告げがあったって、んー……んー……?」

「神様も、穏乃さんが来ることを望まれていました。そうでなければ、ここにたどり着くことはできなかったでしょう。全て、決まっていたことなんですよ」

「…………巫女さんって凄いですね!」

 

 何だかよくわからなかったけれど、小蒔さんは知っていたって言うんだから、それでいいや。

 神様が降りてくるって噂だから、そういうこともあるかもしれない。

 わたしもそういうの、たまにあるし。

 

「でも今は深夜ですよ。小蒔さん、こんな時間までわたしを待ってくれていたんですか?」

「わたしが、穏乃さんのことを見極めるために、ここでお待ちしておりました」

「……それって、どういう意味ですか?」

「ここは特別な場所なんです。女仙のみが立ち入ることの許される霧島神境の中でも、神様に許された者しか入ることはできません」

 

 そう言うと、小蒔さんはこの木造の建物の上を見上げた。

 薄暗い天井だが、老熟した木の梁の一本一本が複雑に絡み合って、しっかりと組み込まれている。それら一つ一つの素材に、不思議な力が宿っているのを感じた。

 

「ですが、あなたはここに訪れることができた。わたしは霧島神境の者として、この場に訪れる力を持った穏乃さんを、見極めなくてはいけません」

 

 すると、建物の中だというのに薄く霧が出始めた。

 外の空気が徐々に冷え始める。匂いも、空気の流れも、さっきと全然違っている。今までと違う"山"の空気が流れていることを感じ取って、慌てて出口のほうに振り返った。

 

「……なんか、外の感じが……!」

「心配しないでください、危険はありません。穏乃さんが望むのなら、いつでも元の場所に帰ることができます」

 

 小蒔さんはそこで呼吸を置いて、そして提案してくる。

 

「ここで夜明けの時まで、わたしと打っていただけないでしょうか」

「え……打って、って?

「はい、打ってほしいのです。もちろん麻雀を、です!」

「それは、わたしと……ですよね!?」

 

 かずかに、手が震えたのを感じた。

  

「阿知賀の皆さんともお会いしたいと思っています。ですが穏乃さん。まずは、あなたと打たなければいけません」

「…………っ!」

「わたしの、お相手をしてはいただけないでしょうか」

「そんなのっ、もちろんですよっ!!」

 

 昨晩も譲ってしまったので、ずっと麻雀を打っていなかった。

 でも、待っていた甲斐があった。永水女子のエース神代さんとしょっぱなに打てるなんて、震えないはずがない。胸がどきどきと高鳴っていて、唇が緩んだ。

 

(嬉しい、すごい、すごいすごいっ……!)

 

 昔、助けてもらった恩人の巫女さんが、インターハイの神代小蒔だった。

 そして今、その人と麻雀が打てる。

 こんな幸運があってもいいのだろうか――と考えたあたりで、冷静になった。

 

「でも、待ってください。ここには二人しかいませんよ?」

 

 部屋を見回しても、他に誰かがいる気配はない。打ち手おなれるのは二人だけだ。

 しかし小蒔さんは全く心配していなかった。

 

「大丈夫ですよ。そうですね、少々話は変わってしまいますが……穏乃さんは、目には見えない存在を信じていますか?」

「えっ? えーと、それっていわゆる、神様のことですか……?」

「何でも構いません。思った通りのことを、率直に答えていただいて構いませんよ」

 

 急な質問に、むむっと首をひねる。

 相手は神様に使える巫女さんだから下手なこと言えないよなぁ、なんて一瞬は思ったけど。そんなことを考えるまでもなく、答えは出ていた。

 

「むー……神様って言うかどうか分からないですけど、そういう存在は、いるって思います」

「穏乃さんは、不思議な体験をしたことがあるのですか?」

「はい。わたし、こう、昔から休みの日に山をいっぱい走り回るのが趣味なんですけど」

「山……ですか?」

 

 小蒔さんは、きょとんと目を丸くした。

 

「はい。たまに、山のすごく奥まで行くと、なんかこう……見えないものっていうか、誰かの存在を感じたり、助けられるときがあって……」

「なるほど……そういうことでしたか。それなら、今から起こることを見ても、きっと大丈夫ですね」

「?」

「その不思議なことを起こします。驚かないでくださいね」

 

 小蒔さんは、にっこりと笑ってみせた。すると、くらりと視界が揺れる。

 それから、はたと気がついた。

 

「あ、あれっ……じゃ、雀卓があるっ!? いつの間に……」

 

 紛れもなくさっきと同じ部屋の、同じ場所に座っている。しかし、瞬きの間もない一瞬のうちに、わたしと小蒔さんの間に、忽然と麻雀の卓が現れていた。

 恐る恐る触れてみると……高級感のある、心地よい布の肌触り。紛れもなく牌をおくための緑色のテーブルだ。

 

「麻雀たくだ……今の、どういう仕掛けなんですか?」

「仕掛けはありません。神様に、穏乃さんと打つための場を整えていただいたのですよ」

「え、神様も麻雀するんですか?」

 

 目を丸くした。

 世間は麻雀が大ブームだけど、神様もやるとは知らなかった。 

 そして、うかうかしていると、また目の前で新しい『不思議』が起きた。

 

「のわっ!?」

 

 ぼんやりと霧の中に、影のようなものが見えてくる。手だけが座布団の上に鎮座した。

 目では見え辛い。でもそこにいる。確かに見えない存在が両端に座っている。

 

「こ、これは……!?」

「神様です」

「え……? あの、ここに座ってるの、神様……なんですか?」

「はい、神様なんです」

 

 小蒔さんの何の邪気もない笑みに押されて、何も言えなくなってしまった。

 手だけが浮いている光景は不気味だった。しかし、その気配から嫌な感じはしない。

 

「はっちゃんさんの時も思いましたけど、なんでもありですね、巫女さんって……」 

「何でもはできませんよ。わたしたちは役割を持った巫女ですから、神様が必要なときに、必要な力を貸してくれるんです」

 

 それにしても、神様かぁ。神様と打つのか……。

 …………。

 ま、細かいことは気にしなくてもいいか。

 だって今は、それよりももっと大事なことがある。目の前の相手と、正面から打つことができる――その事実のほうが、よほど重要だ。

 

「実は楽しみにしてたんです。ここに来ればもしかしたら小蒔さんと打てるんじゃないかって」

 

 小蒔さんは確実に別格の存在。

 インハイ王者に匹敵する強者と噂されるほどの、もっとも頂点に近い人だ。

 卓を前にすると胸の奥がざわついて、自然と笑ってしまう自分がいた。

  

「穏乃さんは、本当に麻雀がお好きなのですね」

「もちろん! もっともっと強くなって、強い人と打ちまくりたいって思っているから……!!」 

「わたしも大好きです。ですが、なぜそれほどまでに強く、そのように願うのですか?」

「えっ? それはもちろん楽しいから……うーん……んー?」

 

 予想外に、小蒔さんにそう突っ込まれて、ふと違和感を覚えて悩み始めた。

 胸の中にある気持ちが、それだけじゃない。

 

(そういえば……こんなに麻雀が楽しくなったの、いつからだっけ)

 

 もともと大好きだったし、みんなと打つ時間は最高だった。

 でも、今抱いている気持ちの中に、それとは別の感情があった。理由はわからないけれど、今まで以上にドキドキしているんだ。

 もっと熱い戦いがしたい。

 強くなって、いろんな人と戦い続けたい。

 特別なこだわりのような、今までは全く気づかなかった感情が芽生えていた。 

 

「わたしも、わたしと打ちたいと強く願ってくれた穏乃さんの願いを叶えたいです」

 

 小蒔さんは、その想いを深めるように、両手を膨らんだ胸元においた。

 

「あなたは自らの意思で未来を切り開き、そしてこの地まで再び訪れてくれました」

「……小蒔さん?」

 

 そして小蒔さんは、ゆっくりと目を瞑った。

 不意に、微かな風が体を撫でる。

 

「わたしにとって、麻雀は修行の一つです。心を澄み渡らせて、この身に神を宿すための……そしてあなたは今、意味があって、ここに訪れています。恐らく穏乃さんとわたしは、出会う運命だったのでしょう」

 

ポニーテールの揺れを感じ取って振り向くと、触ってもいないのに木扉がカタカタと震えていた。

 何かの気配が満ち始めている。

 この、閉ざされた霧島の建物に、濃い気配が充満していく。

 

「これから、穏乃さんの全てを見通します」

 

 小蒔さんから伝わってくるそれは、ピリピリと痺れるような感覚で、肌を撫でた。

 そして気づく。目を離した一瞬のうちに、目の前にずっと座っていたはずの小蒔さんの、何かが決定的に変わっていた。

 

「この対局は二人にとって大切な一局になる。そんな気がしてなりません」

 

 これは、インハイ会場で、霞さんに初めて会ったときの感覚と似ている。

 いつの間にか卓上のすべての牌は整っていた。巫女服の袖は風もないのに逆巻き、恐ろしいほどに澄み渡った金色のオーラが体内から湧き出している。その瞳が、ゆっくりと開いた。

 

「……!」

 

 小蒔さんの周囲には、光の粒子が集まっていた。舞い降りてきたそれらが取り込まれ、眠たげに細くなった瞳は、緋色に変わって脈動する。

 閑静とした池に広がる波紋のように神々しいオーラは広がった。

 そこにいたのは、紛れもなく画面越しに見た『神代小蒔』であり、さっきまでの小蒔さんではなかった。 

 画面越しでは、感じることが叶わなかった圧力が、わたしに向けて真っ向から放たれている。

 

「大峰の修験者の方。この対局を楽しみましょう。わたしに、あなたの全てを見せてください」

「……喜んでっ!!」

 

 今ここに”神降しの巫女”が、絶対者として君臨した。

 真剣に卓上を見ている小蒔さんに対して、わたしは不敵な笑顔で、配牌を取った。

 あらゆる意識、全神経が卓へと向いている。

 

 全国高校生の頂点に君臨する最強の一角、霧島の神降ろしの巫女・神代小蒔と、わたしの対局が幕を開けた。

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