咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第25局

 霧島神境に訪れて、二日目の朝がやってきた。

 部屋に敷かれた布団を片付けているわたしたちだったけれど、しずちゃんだけが大きく欠伸した。

 

「んんーっ……ふぁぁ」

「しずちゃん、ちゃんと寝れなかったの?」

「あんた、大寝坊したのになんでそんな眠そうなのよ。また胸元開いてるし……ほら直してあげるからこっち向きなさい」

「ん、あんがと」

 

 ウトウトとしたまま船をこぐしずちゃんの服を、憧ちゃんが直してあげていた。

 布団を片付けて部屋で待っていると、やがて正装の巴さんが襖を開けて、迎えにやってきた。

 

「あっ、巴さん。おはようございます」

「おはようございます、皆さん。今日はまた別の説明があるから、まず向こうの部屋に移動するわね」

 

 わたしたちは、そのまま連れられて畳の大部屋から移動した。

 もしかすると今日はこのまま、また麻雀を打つことになるかもしれない――そう考えると、気が引き締まった。

 和風建築の長い木造廊下をしばらく歩き、吹き抜けから空を見上げた。

 相変わらず曇っており、谷上の景色は霧に覆われている。やっぱり不思議な場所だなあ、などと考えていると、到着したらしい。

 

「失礼します」

 

 巴さんに通されたのは、学校の教室ほどある広めの和室だった。

 中には石戸さんと、巫女服を着崩した薄墨さんの二人が正座して待っていた。

 

「おはようございます。昨日は、よく眠れたかしら」

「座って、座って、なのですよー!」

 

 一方は母親のように微笑み、もう一方はそして袖をぶらぶらさせながら、ぱぁっと素直な笑顔を浮かべてわたしたちを迎えてくれた。

 

「それじゃあ、朝ごはんの前に、これからのことを話しましょうか」

「今日も麻雀をするんですか?」

「その前に、今日は皆さんに紹介したい人がいるんですよ」

「ですよー」

 

 紹介したい人?

 わたしたちが首を傾げると、足音が近づいてくる。そして反対側の襖が開く。開けたのは滝見さんだ。

 そして入ってきた新しい巫女さんが誰か分かったとき、わたしたちは声をあげた。

 

「あっ、あっ、あ……あなたは……!」

「あわ、わわわわっ……」

「皆さん、初めまして。ようこそ霧島神境へ」

 

 自己紹介されなくても一目でわかった。

 

「挨拶が遅れて申しわけありません。わたしは、霧島神境の代表、神代小蒔と申します」

 

 可愛らしいおさげ。神聖で近付き難く、それなのに、おっとりとした落ち着いた雰囲気。

 何度も画面越しに見たその人そのものだった。

 憧ちゃんが動揺したみたいに、口をぱくぱくさせている。

 

「わわわわっ……ほ、本物……ですよね?」

「はい。本物です」

 

 初めて会った巫女さんは、両手を前に重ねてにこりと微笑んだ。

 おねーちゃんも目を丸くして、憧ちゃんも口元を押さえて、あっけにとられてる。

 しかし、次の一言で、わたしたちはさらに度肝を抜かれた。

 

「おはよう、小蒔っ!」

「穏乃ちゃん……おはようございます」

 

 全員「えっ」と言葉に出した。

 初対面の相手にするものではない、友人のような気安い呼び合いを、相手も嬉しそうに受け入れている。

 わたしたちの驚く気持ちを、憧ちゃんが代弁した。

 

「シズ、え、ちょっと。あんたなんでそんな親しげなの!?」

「さっき言いそびれたんだけどさ、昨日小蒔さんと打ってたんだよね。てへっ」

「打った?」

「うん」

「それって、麻雀……?」

「そうですねえ」

「ぅえええ!? ちょっと、言いなさいよ!?」

 

 憧ちゃんが思いきりしずちゃんの肩を揺さぶった。しずちゃんは「いやー」と、頭を掻いてごまかした。

 おねーちゃんも、びっくりして動けなくなっている。

 一方で、向こうの人は把握していたみたいだ。"姫様"の登場に、はっきりと喜びの感情を示していた。

 

「おはようございます姫様。昨晩はお疲れさまでした」

「お疲れさまなのですよー! 穏乃ちゃん、どうでしたかー?」

「……本当に素晴らしく、楽しい時間でした。それに私自身も、この一局で大きく成長することができました」

 

 わたしたちが寝ている間に一体なにがあったんだろう。

 気づけば”伝説”のように思っていた巫女さんと、気心の知れた友人のようになってしまって。しかも、麻雀という競技で、ここまで言わせるなんて。

 石戸さんが、微笑みながら小蒔さんをたしなめた。

 

「小蒔ちゃん、そろそろいいかしら」

「あっ、これは失礼しました……こほん。今日は、皆さんに報告することがあるんです」

「はい……これ、持ってきました……」

 

 奥から紫色の包みを抱えてやってきた春さん。綺麗な所作で座った神代さんの横について、その封を解いた。

 それは、わたしたちの持ってきた、古い麻雀牌だ。

 

「こちらを、霧島の巫女の力で調べさせていただきました。その結果、今は、普通の麻雀牌であることが分かりました」

「えっ。じゃあ、危ないものじゃなかったんですか?」

「牌そのものは、昭和の時代に作られたもののようです。宿っていたものは霧散しているので、"今は"大丈夫みたいです」

 

 巴さんの言い方で、全員が察した。やっぱり何か曰くがある品だったのだ――と。

 わたしは、前に身を乗り出して尋ねる。

 

「とりあえず危険はない、ということですか?」

「そう捉えてもらって構わないわ」

 

 ひとまず、抱えていた問題がなくなって、全員が一息ついた。

 しかし、話はそこで終わらない。石戸さんが視線で合図する。

 

「はっちゃん、例のものをお願いするわね」

「はいですよー! むむむっ……!」

 

 力を込めて、両手をかざすと、ボゥッと炎が燃え上がった。

 三度目になると、とうとう誰も、その現象に驚かなくなった――だけど。

 それは、僅かな火の粉を散らして、神代さんの前に現れた。

 

「これって……」

 

 畳の上で一通り燃え盛った後に、出てきた同じくらい古い木箱(・・・・・・・・・)を見て、全員が言葉を失った。

 コトンと小さな音を立てて落ちた。

 わたしたちの手元に戻ってきたものと同じくらい年季の入った、古い麻雀牌の詰まった箱。

 筆で書かれた達筆な文字の描かれた蓋は、札で厳重な封がされている。ちょっとやそっとじゃ開きそうにない。

 まるで、あの日にぽつんと部屋に置かれていた箱がそのまま、ここにあるみたいだった。

 

「もしかして、これ……同じもの、ですか?」

 

 しずちゃんが、恐る恐る手を上げた。

 

「確かにこれも麻雀牌です。訳あって霧島の地で管理しているんです」

「本来なら、こういったものは外の人に見せることはないの。ですが、みなさんには知っておいてほしいんです」

「これは、昔からこの霧島神境で守っている神器の一つなのですよー」

 

 神器と聞いて、思わず二つの箱を見比べた。

 しかし、やっぱり何の変哲もない、ただの木箱にしか見えない。

 

「元々は昭和の初めごろの時代に使われていたものらしいの。いわゆる戦後の時代なんだけど……」

「昭和……って、いつ頃なの?」

「あんたの母親が生まれるよりもっと前よ」

「そんなに!?」

「いや、さすがに、そのくらいの歴史は覚えておきなさいよ!」

 

 しずちゃんの言葉に、それまで神妙だった憧ちゃんがずっこけた。

 

「当時は大金を賭けた非合法なギャンブルが多かったようなの。この牌は、そういう目的の麻雀で使われていたらしいわ」

「ギャッ……ギャンブル、ですか……?」

 

 いまの麻雀界とは、ほとんど縁のない単語に、みんながギョッとした。

 21世紀に入って、世界の麻雀競技人口は爆発的に増加し、最近では一億人を突破した。

 わたしたちも社会の授業で日本の麻雀史を習ってきた。特に法整備が粛々と進んでおり、お金を賭けるギャンブルだけは、絶対にやってはいけないと教わった。

 麻雀で行われる非合法なギャンブルは、今はとても厳しく罰せられる。

 違法な賭け麻雀をやったプロが、翌日の新聞の一面で大々的に報じられることがあるほどだ。

 

「昔も非合法ではあったけれど、当時は法律が緩かったし、麻雀はマイナーなボードゲームだったから……今じゃ考えられないわね」

「はえ〜、いくら賭けてたんだろ……一万? ……百万とか?」

「もしかして一千万……?」

 

 憧ちゃんの言葉に、薄墨さんがぱっと笑顔になった。

 

「そのくらいですねー。ただし、当時のお金の価値はいまの十倍以上なのですよー!」

「ってことは……え。い、い、い、一億……っ!?」

「い、いち……あわわ……」

「お、おねーちゃん、憧ちゃん、しっかり?!」

 

 二人が倒れそうになるのを、慌てて背中をさすって目を覚まさせた。

 

「……とにかく、裏の世界で大金を賭けて、麻雀を打って生計を立てていた人たちがいたの」

「いやでも一億って、石油王じゃないんですから!」

「ええ。こんな話をするのは気が引けるけれど……恐らくは、命がけだったんでしょうね。そして麻雀は打ち手に呼応するもの。牌に籠る念も、相応に強くなってしまうわ」

 

 命がけで麻雀を打つなんて、わたしたちの誰も、考えたことがなかった。習ったこともない。

 でも、ありえないと否定することもできなかった。

 だって、世の中には想像もできない世界が広がっている。しかも何十年も前の話だ。何があっても不思議じゃない。

 

(そ、そんな麻雀、怖くて打てないよっ……)

 

 ……でも、想像して震え上がった。

 それはしずちゃんも同じだったようで、恐る恐る、牌を指差した。

 

「じゃ、じゃあもしかして……殺されちゃった人の怨念が籠ってたりとか……」

「ひぇっ!」

「うぅぅぅ……」

 

 おねーちゃんが抱きついてくるくらい怖がったけれど、春さんが否定する。

 

「大丈夫……そういう邪悪な気配はなかった……」

「皆さんから悪い気配は全くしませんですよー! というより……」

「とても不思議ことだけれど、姫様に神様が力を貸すみたいに、それは、あなたたちに力を貸してくれるみたいね」

 

 四人とも、目を丸くした。

 

「穏乃さん、玄さん。昨日の麻雀で、何か悪い気配を感じたりしたかしら」

「そうえば……」

 

 そう言われてみると、確かに"悪い"と思えることは何もなかったと思う。

 麻雀をするときに、感覚は鋭くなったし、考え方も変わっていた。でも、それを受け入れていた。

 

 何より、麻雀を楽しむ気持ちを忘れずに、打つことができた。

 

「小蒔ちゃんは、打ってみてどうだったの?」

「……穏乃ちゃんはもともと、千辛万苦の修行を超えてきています。わたしと同じように、神様を宿して戦っていました。それは決して悪いものではないと、この名にかけて保証します」

 

 小蒔さんの言葉に、みんなが目を瞬かせた。

 つまり大丈夫――ということは分かったのだが、今、とんでもないことを言われなかっただろうか。

 

「神様を、宿す……?」

「しずちゃん……神代さんみたいに、神様をおろせるの……?」

 

 しかし、本人も分かっていなかったようだ。

 驚いたように身を奮わせると、慌てて、憧ちゃんにすがりついた。

 

「ちょ、待って……えっ、ど、ど、どうしよう、わたし憧の家に奉納されたほうがいい!?」

「い、いやいや、こられても困るからね!? お茶くらいなら出してあげるけど……」

「じゃ冷えた麦茶が飲みたい!」

「それじゃ、遊びに来ただけじゃないのよ!」

 

 二人は、慌ててしっちゃかめっちゃかになった。

 しかし、石戸さんは晴れない表情のまま、わたしに向き合った。

 

「穏乃さんは大丈夫でしょう。ですが玄さんは、気をつける必要があります」

「えっ……?」

 

 わたしは、ドキッとしながら、言葉の続きを待った。

 

「普通にしていれば基本的には大丈夫です! ただですねー……」

「ええ。玄さんは、まだ自分の能力を百パーセント使いこなせていない状態なんです」

「……ドラゴンさんのことですか?」

 

 言い争っていた二人も、いつの間にかわたしたちの話に聞き入っていた。

 

「龍もまた、神様の一柱です。そして玄さんは龍と心を通わせることができる。つまり本気を出せば、神様を宿しているのと同等の状態に入ることになります」

「ですが、今のままでは、とても不安定なのですよー」

「そう、なんですか?」

「はい。今の力の使い方なら問題ないですがより強い龍を呼び出せば(・・・・・・・・・・・)、手に負えなくなるかもしれません」

 

 石戸さんの言葉に、わたしは緊張で唾を飲んだ。

 龍を呼び出す――少し前なら意味が分からなかったが、今ならば分かる。

 あのときは、わたしを助けてくれるドラゴンさんと協力して、薄墨さんを倒すことができた。夢中だったから気づかなかったけれど、すごい力だった。

 もしも、ドラゴンさんがいうことを聞いてくれなくなったら、どうなるのか。

 

「龍とは元来、天地を司る不羈な神の一族。強すぎる力を望めば、人の手には負えない尊大不遜な存在をも呼び出してしまうかもしれない」

 

 石戸さんの微笑みを、少し怖く思ってしまった。

 

「人ならざる者の手助けを借りて強い力を引き出そうとすると、暴走してしまう可能性があるということは、覚えておいてほしいわ」

「…………」

「ですが気負わなくても大丈夫ですよー! クロの場合は本人の意思で何とかなりそうです。気になるなら、巫女の修行をするというのも手ではありますねー」

「修行ですか……? でも、それってどうやって……?」

 

 わたしが首を傾げると、巴さんが手を合わせた。

 

「そうだ。穏乃さんについていく、というのはどうかしら?」

「えっ玄さんも一緒に山、行きますか!?」

「えっ」

 

 わたしを見つめる目は、今までにないくらいきらきら輝いていた。

 い、いったほうがいいのかな……? う、うーん……大変そうだけど、ついていけるかな。

 

「それも一つの手ではあるけれど……過ぎる力を使おうとしなければ、大丈夫よ。相手が神様とはいえ、願わなければ、その身を借りて出てくることはできないわ」

「そっかぁ……残念」

「不安にさせてごめんなさい。でも、僅かな可能性でも、注意するに越したことはないわ」

「いつでも構いませんので、何かあれば遠慮せず、すぐに連絡をくださいですよー!」

 

 それを聞いて、わたしはやっと息をついた。

 

(ドラを大切にしていたから、ドラが集まってくれるようになった。昨日はドラゴンさんとも会えた)

 

 自分はドラゴンさんと心を交わすことができる。

 それは、大切な人が最期に残してくれた能力だ。だから、修行もするべきなのかもしれない。

 みんなと一緒に麻雀を続けたい。ドラゴンさんとも仲良くありたい。欲張りかもしれないけれど、それが、新しい目標になった。

 

  

(わたし、がんばるよ。おかーさん)

 

 天国にいるおかーさんも、きっと見ていてくれているはずだ。

 心の中で、決意を固めた。

 

 

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