咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第26局

 

「それじゃあ、もうこれで終わりってことですか?」

 

 しずちゃんが尋ねて、みんな思い出した。

 ここに来た目的は、自分たちの中に眠る"何か"を調べるためだ。そして、その目的はほとんど果たされたといっていい。

 

「そうね。もっと時間かかると思っていたけれど、小蒔ちゃんのおかげでそれも終わってしまったし……診るのはこれで終わりね」

「そっかぁ……」

「どうしたのよ、複雑な顔して。何もなかったんだから喜ぶところじゃないの?」

「いや、もっと打ちたかったなって思って」

「ああ、まあそうなるわよね……」

 

 終わってしまえば、麻雀を打つ理由はなくなってしまう。

 みんな安心しつつも、残念に思っているみたいだった。でも、わたしたちとは逆に、石戸さんや神代さんはくすくすと笑った。

 

「いえ。わたしたちは、歓迎ですよ。せっかくのお客様ですもの」

「え?」

「予定は空けておいたので、たっぷりと時間はあるのですよー。はるばる来てくださっているのですから、麻雀でも観光でも、どんとこいですよー!」

「本当ですかっ!?」

「はい。強い方と打つのは、とてもよい修行になりますから。もともとインハイに出たのも修行のためですし……」

「それに、久しぶりに憧とも遊びに行きたい……もちろん、皆さんとも仲良くなりたい……」

 

 永水のみんなの提案に、わたしたちは顔を見合わせる。

 そして、ぱああぁっと、笑顔に染まった。

 ――誰も、反対なんてするはずがなかった。

 

 最後にみんなの視線が、この霧島神境を統べる姫に集中する。 

 すると、にっこりと笑顔を返してくれた。

 

「嬉しいです。皆さんとも一緒に打ちたかったですし、それにわたしも、いっぱい遊びたいです!」

 

 その言葉に、みんな笑顔がほころんだ。

 薄墨さんは、嬉しさのあまり口をムズムズ動かし、そして袖を大きく持ち上げて子供のように喜んだ。

 

「姫様も参加できるのですか! それは楽しくなりそうですよー!」

「ふふっ。はっちゃんも春ちゃんも、インハイで一緒に行けなくて寂しかったって言っていたものね」

「みんなと一緒、楽しい……」

「それなら、これからの予定を決めましょうか。時間がたっぷりできたから、何でもできるわね」

 

 

 そして、この日の昼からは、夜遅くまで麻雀を打ち続けた。

 足が痺れるのにも気づかないくらい、いっぱい打った。

 

 昨日打ったのは、あくまで"視る"ための麻雀だった。

 でも今日は違う。今日からは永水の人みんなが、わたしたちと打ってくれる。それからは、みんな思い思いの相手と麻雀を楽しんだ。

 

 

「ロンッ! 3900……!!」

「ロン、4000……!」

「……ツモ。24300」

「うぅぅ、火力高い……でもっ、負けてられないっ……!」

 

 小蒔さんと本気で打ってみたいと憧ちゃん。そしてリベンジにしずちゃんが、全力で挑み。

 

「ふっふっふ、それをポンしますよー!」

「はわわ……っ。ううん、でも……それって……」

「それロン……1000点」

「ふぇ、はるるに流されてしまいましたー!?」

 

 おねーちゃんも、今までにないくらいいっぱい打ち続けた。

 何より大きな収穫だったのは、わたしたちが、永水女子のメンバーと十分戦えることが分かったことだ。

 小蒔さんには誰も敵わなかったけれど、一方的にやられることもなく、真っ向から打ち合えた。そんな経験が、わたしたちの大きな糧になっていくのを、みんな感じていたと思う。

 結局その日は晩までずっと麻雀を打ちっぱなしで、足が痺れるのにも気づかないくらい、いっぱい打った。

 

 

 そして、夜には温泉が待っていた。

 昨日は四人だったけど、今日は阿知賀と永水のあわせて九人。

 神境にある露天風呂に肩までゆっくり浸かって、みんなで表情を緩めた。二人はぐでっと岩に背中を預けて、おねーちゃんは幸せそうに口元まで浸かっている。

 

「ふええ、打ちすぎで疲れたぁ。癒される……」

「あったかぁい……ここ、すき……」

「ほんとに夜まで打っちゃいましたね。けど、皆さんがここまで強いとは思いませんでしたよ」

「本当に来年のインハイで戦えるかもしれませんねー!」

「いや、まだまだですよ! 結局小蒔さんには一回も勝てなかったし……あれ?」

「すぅ…………」

「ぐっすり寝てる……」

「小蒔ちゃんは居眠りさんだから。きっといっぱい打って疲れたのね」

 

 目を瞑って、霞さんのおもちに、頭を寄せていた。

 ずっとみんなからひっぱりだこにしちゃったから、寝ちゃうのも無理もない。

 

(そ、それよりも……これは、すごいよ。おもちでおもちの子を支えてる……ごくり)

 

 わたしは、そんな小蒔さんと、そしてそばでそれを支える霞さんに視線が釘付けだった。

 霞さんの特大おもちに寄りかかって、うとうとと目を瞑って船をこいでいる。

 生きていてよかったよ。

 

「そういえば、玄だけじゃなくてシズも、随分変な能力身につけたじゃない。あんた、昔はあんなことできなかったわよね?」

「んー、あれは、やってみたらできたって感じかな」

「うぅ……あのときのしずちゃん、まわりが寒くなるから苦手だよぅ……ブクブク」 

「おねーちゃん、沈まないで!?」

 

 頭まで沈んだおねーちゃんを、慌てて揺さぶった。

 霞さんも、くすくすと笑う。

 

「対局中に強い力を感じたときは驚いたわ。穏乃さんは本当に巫女になれるかもしれないわね」

「え、マジですか?」

「マジなのです。まるで眠っているときの姫様みたいだったのですよー」

「ふふっ、このまま霧島に残ってここで一緒に働いてみる? 小蒔ちゃんも喜ぶわ」

「うーん、そうすると来年は永水女子かぁわたし……巫女服でインハイ出るのかな……?」

「……ほんとに行かないわよね?」

「じょ、冗談だってば。あははー」

 

 じとっと睨まれて、しずちゃんは慌てて笑顔を取り繕った。

 あははははっ、と露天風呂に笑いが木霊した。

 

 

 

 

 そして、鹿児島から帰る日はあっという間にやってきた。

 

 来たときにも通った朱色に彩られた森中の駅。

 いまは旅の中で出会って、仲良くなった永水のみんなが見送ってくれてる。

 

「ほんと、長い間お世話になりました。春っちも、元気でね!」

「うん。憧も元気で……」

 

 憧ちゃんが歩み寄って腕を掲げた。すると、春さんもそれに返すように、腕を合わせてきた。

 わたしたちも、遅れながら頭を下げる。

 

「あのっ、長い間お世話になりました……」

「わたしたちもとても楽しかったので、気にしなくていいのです。むしろ、いつでも遊びにきてほしいのですよー!」

「何かあっても、何もなくても。いつでも連絡をちょうだい」

 

 にぱーと笑いながら握手を求めてきたので、みんなで順番に手を握りしめた。

 巴さんが、少し寂しげに微笑む。

 

「もう帰ってしまうなんて、なんだか名残惜しいですね」

「また来年きっと会えるわ。ね、小蒔ちゃん」

「はい。皆さん、ぜったい来年のインターハイに来てください。わたし、全力で応援してますから!」

 

 今日は特別だと言って、小蒔さんもお見送りに来てくれていた

 ――すると、その存在に気づいた人も出始めて、駅のそばが騒がしくなっていた。

 

「小蒔」

 

 そんな状況も気にせずに、しずちゃんが小蒔さんに、手を差し伸べる。

 

「わたしたち、小蒔と戦いに頂点まで行くから。待っててよねっ!」

「……はい! 待ってます、穏乃さん!」

 

 同じように、しっかりと二人は握手をし合って、未来の再戦を誓った。

 でも、憧ちゃんが目を逸らして言った。

 

「まずはもう一人部員を揃えるところからなんだけどね……」

「あっ」

「え」

「……ふぁ」

 

 あ。そういえばそうだったよ……。

 インハイに出ることを決めてから、インハイを見に行ったり、鹿児島まできててんやわんやで忘れてた。

 やるべきことは、まだまだ多い。

 団体戦に出るなら、五人目を探さなきゃいけない。もちろん顧問の先生も見つけないと。

 

「帰ったらやること一杯だね……みんな、頑張ろうねっ!」

「もちっ!」

「うん……!」

「頑張るぞーっ!」

 

 今、わたしたちのモチベーションは最大限に高まっている。

 表情はみんな明るくて、やる気十分。

 ここからが、阿知賀女子麻雀部の再始動なのだ。

 

 

 

 そして電車に乗り込むと、別れを惜しむ間もなくすぐに発進した。

 急いで窓を開けて、景色が流れていく前に手を振った。

 

「小蒔っ! 霞さんっ! 巴さん! はっちゃん! 春っち!」

「みなさん、絶対にまた会いましょう……!」

「バイバイなのですよーー!!」

 

 急いで窓を開けてしずちゃんが名前を呼ぶと、五人はすぐに気づいて顔を向けた。

 

「みんなー!! ぜったいっ、来年のインハイで会いにいきますからーーっ!!」

 

 しずちゃんは窓から体を大きく出した。

 こら危ないってば、と、憧ちゃんに引っ張られるまで、手を大ぶりに振り回し続けた。

 わたしも、どんどん小さくなっていく永水のみんなを、見えなくなるまでずっとずっと見守った。

 

 こうして、夏の日差しの中で、けたたましく蝉の鳴き声響く鹿児島の地を離れた。

 わたしたちは新しい目標を得て、阿知賀に帰っていくのであった。

 

 




♪この手が奇跡を選んでる 永水女子高校Ver.

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