咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

27 / 30
亀更新になりますが、少しづつ進めていきます...!



第27局

 夏休みもあと数日と終わりに近づいてきた頃、わたしは一人で麦わら帽子を被って、とある場所を訪れていた。

 日差しの下、帽子の影に包まれた顔に手をやって、今頃はみんな何をしているのかなあと考えを巡らせる。ああ、そうだたしずちゃんは残してしまった宿題を、憧ちゃんはその手伝いをしているんだっけ。おねーちゃんは、わたしのかわりに実家のお手伝い中だ。

 

 そして、歩いているうちに見えてきたのはボウリング場。

 鷺森レーンと書かれたその場所は、阿知賀の中では限られた娯楽施設の一つであり、学生や社会人の社交場でもある。

 自動ドアをくぐると、わたしは思わず息をついた。

 別世界のように涼しい。心地いいくらいに冷えた空気が頭に当たって、帽子を外した。するとカウンターに座ってボウルを磨いていた藍色の髪の女の子が、不思議そうにわたしを見た。

 

「……玄? 珍しいね、ここに来るなんて」

「うん、あけましておめでとうだね、灼ちゃん」

「いや、意味わかんな……」

 

 訝しそうにじっと見つめてくる。わたしが笑顔でカウンターに近づいていくと、若干警戒するように身を竦めた。

 

「今日はね、灼ちゃんにお願いがあって来たのです」

「その顔、何企んでるの……」

 

 じいっと目をほそめてわたしを見る。さすが灼ちゃんは鋭い感の持ち主だ。

 

「実はね、阿知賀で麻雀部を立ち上げたいと思っててね」

「麻雀?」

「うん。それに灼ちゃんも入ってくれないかなって」

「わたしたちもうすぐ二年でしょ……なんで今頃になって、部活?」

「実はね。わたしとおねーちゃん、あと、新入生の二人でインターハイ優勝を目指したいって話してるのです」 

 

 どうやら、自分が本気で勧誘されていることに気づいた灼ちゃんは、むっとしたように床に視線を落とした。

 視線を逸らしたあと、持っていたボウリング玉を磨く作業を再開して、ぶっきらぼうに言った。

 

「期待してるとこ悪いけど、もう小一の頃……あの人が辞めてから、ずっと麻雀はしてないから」

「それって、赤土さんのこと? 灼ちゃん、麻雀教室にも来てなかったよね」

「……行く気がなかったから」

 

 しかし、少ししてボウリングを磨く手を止めた。

 気を抜けば聞き逃してしまいそうな声量で、呟くように、わたしに聞いてくる。

 

「いまも、あの麻雀教室やってんの?」

「えっ? あっ……そっか」

「?」

 

 質問されて、わたしはやっと、灼ちゃんの事情を悟った。

 麻雀教室がなくなったことは、身内なら誰でも知っているけれど、それ以外は広まっていない。たまに顔は合わせるけれど、麻雀の話は一度もしたことがなかったから、知らなくて当たり前だ。

 でも灼ちゃん、昔はあんなに赤土先生のことが好きだったに……と、事情を知らないことを、少し不思議に思った。

 

「えっと麻雀教室はね、赤土先生が実業団に行ってから解散したんだよ」

 

 すると、灼ちゃんは表情を変えた。

 

「実業団って……どこ? 今は麻雀、どこで打ってるの!?」

「うん。赤土先生ね、福岡の実業団の監督の人に声をかけられたの。チームは調べればすぐに分かるよ。それで……灼ちゃん?」

「…………」

 

 立ち上がって、わたしの話に食いついた灼ちゃんは、すとんと腰を落とした。

 何かを考えるようなそぶりで、暫くぼんやりと机の上を見つめてた。

 

「……期待してるとこ悪いけど。わたし、小学校の頃から牌に触ってないよ」

「ふふふ……」

「え、何。その不気味な笑い方……?」

 

 引き気味の灼ちゃんに、わたしは自慢げに笑ってみせた。

 

「そのために、この時期に声をかけているんだよ。今から練習すれば、きっと勘も取り戻せるよ!」

「……インターハイって、本気で言ってたの?」

「うん!」

 

 わたしの熱意が伝わったのか、ちょっとびっくりしたような顔をした。

 そのまま少しして、ふうっ、と息を吐いて。

 

「まあ、うん。名前貸すだけなら……とりあえずは、いいよ」

 

 まだ迷っている風だったけれど、頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 夏休みが明けた日に、わたしたちは正式に書類を提出した。

 同好会の設立書と、麻雀部部室の使用許可願だ。麻雀教室に通っていたことは先生も知っていたから、少し懐かしんだ様子で、一日も経たずに、どちらもすんなりと許可がでた。

 そしてその活動日の初日に、浮かれた気持ちで、さっそく部室に向かった。

 

「あの、玄、始業式から活動って、聞いてない……」

「ふふふ。善は急げ、だよ!」

 

 灼ちゃんの手を引っ張って連れ出して、扉を開ける。

 するとそこに、いつもは掃除をするだけだった部屋に、三人の仲間が待っていた。

 

「あ、玄さん。お疲れさま……あっ! その子が言ってた?」

 

 最初に元気よく迎えてくれたのは、まだ数日残った夏休みを使って来てくれた憧ちゃんだ。

 そして卓の上にはしずちゃんが、牌ではなく、ノートの上につっぷして死んだように倒れている。おねーちゃんが、そんなしずちゃんをよしよしと撫でていた……その有り様に灼ちゃんは若干引いていた。

 

「みんな、部員候補の灼ちゃんを連れてきました!」

「どうも……鷺森灼といいます」

 

 それでも、色々言いたそうなのを耐えて、ぺこりとお辞儀した。

 おねーちゃんと憧ちゃんは、新しい麻雀部員候補を、笑顔で迎え入れた。

 

「初めまして。よろしくねー!」

「こ、こんにちは……灼ちゃん」

「どうも。宥さんは、久しぶり……それで、そっちの人は……?」

「…………」

 

 わたしたちの待ち望んでいた五人目の部員候補との初顔合わせなのに、突っ伏したしずちゃんは全く気づいていないみたいだった。完全に、魂が抜けているようだった。

 

「げんかい……がくっ」

「え、しずちゃんっ、大丈夫!?」

「シズってば宿題がギリギリでさー……切羽詰まってたけど、終わったら気が抜けちゃったみたいで。この通り」

「しずちゃん……ふぁいとー……」

 

 灼ちゃんが、明らかに身を引いており、憧ちゃんがため息を吐くように額を抑えた。

 

「まったく……でもこれで四人揃ったっぽいけど。活動スタートする?」 

「うん。灼ちゃん、さっそく対局に入ってくれないかな?」

「別にいいけど……あの。放っておいていいの?」

「いいのいいの。シズは適当に、そのへんのソファに放り出しとくから」

 

 雑にソファに運ばれたしずちゃんをよそに、もう一つの卓を、四人で囲んだ。

 そして灼ちゃんは、憧ちゃんをじっと見つめる。

 

「そういえば、なんで阿田中の制服?」

「あー、わたし今は阿田峯の生徒なの。来年ここの麻雀部に入ろうと思ってるんだー」

「わざわざ部活のない阿知賀に……?」

「うん」

 

 さっきまでのおどけた態度は一変して、憧ちゃんの表情は、真剣そのものだった。

 灼ちゃんも、雰囲気に飲まれて唾を飲む。

 

「本気でインハイを目指すつもり?」

「腕はまだまだなんだけどね、ここでの勝率も低いし。でも、そのつもりよ」

「……」

 

 灼ちゃんは納得したみたいだったが、体験入部という手前か、少しだけ気まずそうだった。

 

「とりあえず、しずちゃんが復活するまで打ってみよっか」

「うん。麻雀はずっと前にやったきりだから……あまり期待しないで」

 

 もちろん、それは皆んな分かっているので、頷いた。

 そして、灼ちゃんという新メンバーを加えて、この阿知賀女子麻雀部の部室で、数年ぶりの対局が行われた。

 

 それからは、いつもと同じ、静かな時間が流れる。

 とん、とんと。まるで時計の音のように、規則的に打牌の音が鳴りはじめた。

 

「……!」

 

 最初は謙遜していた灼ちゃんの表情が、局が進むと次第に変わっていくのが分かった。

 わたしも、おねーちゃんも、憧ちゃんも、いつも通りに打っていた。

 灼ちゃんの麻雀は、昔一緒に打ったときと同じ。腕は全く衰えていないように思た。

 

 やがて、一回目の終局を迎えて、みんなどっと肩の力を抜いた。

 特に灼ちゃんは、疲れたように椅子に背中を預けた。

 

「久しぶりに打ってみて、どうだった?」

「ちょっと予想外……みんな強すぎ。特に玄はおかしい……」

「麻雀クラブの頃からずっと一位だったけど、玄は最近ぶっとばしてるからねぇ……夏休みから、色々と」

「みんな一生懸命練習してるから、その成果だよ!」

 

 そんな風に言うわたしたちを見て、灼ちゃんはようやく、わたしたちが本気であることを分かってくれたみたいだ。

 

「……インターハイ優勝を目指すって言ってたけど。本当に、本気でやるつもりなんだ」

「もちろんだよっ。そのために、毎日ずっと練習してるんだもん!」

「朝から、夜まで、麻雀……大変だけど、楽しい……」

「……そんな本気でやってるところに、わたしみたいのが入ったら迷惑なんじゃない」

 

 そんな風に俯いて、落ち込んだ灼ちゃんの言葉にボールを返したのが、憧ちゃんだった。

 

「確かに、インターハイで勝って強い人と戦いたいって思う気持ちは強い。でも、一緒に麻雀を楽しんでくれる人を、迷惑だなんて思うはずないっ!」

「わたしも……みんなと一緒に麻雀ができるのが楽しい……!」

「うんっ! 気持ちは、みんな一緒だよ!」

 

 憧ちゃんとおねーちゃんも、そしてわたしとしずちゃんも。

 それぞれ違った想いを抱いて麻雀部に集まっている。目指す場所は同じで、想いは少しだけ違うことは承知だ。

 しかしそれでも根っこの部分は変わらない。

 

 麻雀を打つのが何よりも楽しい。

 それが、わたしたちを何よりも強く繋ぐ絆なのだ。

 

「まずは一緒に打とうよ。わたしたち、相手が増えるのが嬉しいんだっ!」

 

 わたしたちは灼ちゃんに手を伸ばす。

 じっとわたしたちを見て、そして恥ずかしそうに俯いた。

 開けた窓から涼しい夏風が吹いて、ふわっとカーテンが舞い上がって――頷いた。

 

「……また、打ちにくる。しばらくは暇だから」

 

 みんなで目を合わせて、そして「やった」と、みんなで手をぱちんと合わせた。

 こんな時、真っ先に喜びそうなしずちゃんは、未だにぐったりとソファに横たわっていた。

 

 

 

 

 

 そして、次の活動日から灼ちゃんは顔を見せてくれるようになった。

 

「灼さん初めましてっ! 高鴨穏乃です、打ちましょう! さっそくわたしと打ってください!!」

「あ、あの。近……」

 

 初日を逃したことを悔やんでいたしずちゃんが、灼ちゃんが部屋に入ってきた途端に、卓に引っ張っていった。

 最初の挨拶を交わすよりも早く対局が始められた。この出来事を、ずっと灼ちゃんに弄られることになるのは、しばらくあとの話だ。

 

 最初はちょっと心配だったけれど、灼ちゃんは、すぐに麻雀同好会に馴染んでいった。

 わたしたちは麻雀が好きで、灼ちゃんも麻雀が好き。

 相性はバッチリだ。

 

 

 いまの書類上はわたしとおねーちゃん、灼ちゃん、そして中等部のしずちゃんの四人。

 春に憧ちゃんが来れば五人になって、部活にすることができる。

 

 阿知賀女子麻雀部が復活する日が、着々と近づいていた。

 

 

 

「あぁ……もう秋ですね」

「うん……」

 

 夢見ていた光景が、現実になったことが嬉しくてたまらなかった。

 すでに外の景色には、印象深い桜色はない。緑色の時期も終わって、茶色に移り変わろうとしている。

 

 春にここで桜を見たとき、わたしは一人だった。

 でもしずちゃんが来てくれて、和ちゃんと最後に麻雀を打った。

 それから憧ちゃんが戻ってきてくれて、おねーちゃんもみんなと一緒に打つようになった。そして灼ちゃんも来てくれた。 

 

 そして、茶色も終わって、最後に白色に染まろうかという頃。

 阿知賀の麻雀部に足りなかった最後のピースが、埋まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。