咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第3局

 

 夢を見た気がする。

 

 朧げな視界の中で、誰かがわたしのそばで手を伸ばした。

 コトリ、と聞き慣れた音が聞こえる。

 軽快なリズムを刻んで、何度も、何度も。

 忘れるはずもない、麻雀の音だ。

 

 それを聞いて記憶から蘇るのは、かつての仲間たちとの楽しかった思い出だ。

 わたしは、いつの間にか指先で牌を握って、みんなと麻雀を打っていた。

 

 わたしのほかに、三人の気配があった。

 次はわたしの番だ。

 竹の麻雀牌を山から掴み、切る。

 

 懐かしい動作だ。いつもよりも、ずっと調子よく打てている気がする。

 意識にはモヤがかかった感じなのに、牌の色や形だけは鮮明に見えている。

 わたしは、手の中に炎を宿し、わくわくと山から新たな牌を掴み取った。

 闇の中からツモってきた赤ドラの五筒が、見えた。

 

『さん……玄さ…っ……!!』

 

 次の牌を切らなきゃと思うのに、遠くから声が聞こえてくる。

 

『えっ、誰……あれっ、麻雀は……?』

 

 ふと周りを見た。

 みんな、いなくなっている。

 ツモ牌を握ったまま固まって、急に闇に包まれたことを不思議に思った。

 ……ここは、どこだろう。

 

(あっ……そう、だ。そうだよ、なんで忘れていたんだろう……!)

 

 そしてわたしが麻雀部の部室で、和ちゃんとしずちゃんと打っていたはずだ。

 記憶が蘇ってきた。

 一つを思い出すと、次々に思い出す。

 いままで見えていた世界は、全部思い出すと同時に、闇に消えていった。

 

 

 

「玄さんっ!!!」

「……んんっ?」

「玄さんっ、穏乃! 起きてくださいっ!」

「あ、う? んー……あ、あれ。ここは……」

 

 ふと、気付いたときには部屋が鮮やかな紅色に染まっていた。

 開けっ放しの窓からは、涼しすぎるくらいの風が入り込んでいる。少し肌寒いのは、あれのせいだろう。

 かなり困り果てた様子の和ちゃんが、わたしの前で声をはりあげていた……体を起こすと、なんだか、気だるい感じがする。まるで昼寝をしてしまったあとみたいだ。

 

 記憶通り、ここが部室であることを目を擦りながら確かめた。 どうやら、すっかり眠ってしまったみたいだった。しずちゃんも、半目でぼんやりしているところを和ちゃんに揺り起こされていた。

 

「むにゃぁ……はっ、和。どしたん……?」

「ど、どうしたと言われても……わたしも今まで気を失っていたようなんです……」

「……え。うぇぇっ!? ゆゆゆ夕方じゃん!? えっ、嘘。なにこれ!?」

「いつの間にか、みんな寝てしまったみたいですね」

 

 半荘を二、三局打ち続けた時くらいの時間が、いつの間にか過ぎてしまっていたようだった。

 部室で動き続けてた時計と、窓の外の景色が確かにそのことを示している。

 驚きすぎて言葉を失ったのか、しばらく唖然としていた。

 

「わたしたち、一体何を……意識を失っていたのでしょうか」

「う、ううん……そう、なのかな」

「しずちゃん?」

「……穏乃。どうしましたか?」

「あ……うん。あの、変なこと聞くみたいだけどさ。わたしたち、麻雀、打ってた?」

「えっ?」

 

 しずちゃんは、ばらばらに散らばった竹牌を眺めながら、そんなことを言った。

 みんな言い淀んだ。

 わたしは和ちゃんと顔を見合わせた。牌を握ろうとしたところで、記憶はぷつりと途切れてる。打った覚えはない。

 でも、和ちゃんも同じことを考えている顔だった。

 三人とも揃って、自分の手のひらを見つめた。

 

「え……はい。ええっと……そのはず、だと、思うのですが」

「本当にそう思う?」

「う、打っていないはずです! はず、なのですが……」

 

 打っていないと、すぐに否定できなかった。

 牌の感触が、この手の中に残っている気がしたからだ。

 まるで何局も打ったあとみたいな、一日中打ちっぱなしだったみたいな、そんなときの充実感だけがある。

 

「……よく、分かりませんが。この時間ではもう対局は無理ですね。これ以上は片付けをしないと迷惑になってしまいます」

「あ、うん……そうだよね。片付けないと、だよね」

「あわわわっ……そうだったよ。か、鍵を返しにいかないと。先生帰っちゃってないかな……?」

 

 和ちゃんが引っかかりながらもそう言った。

 最初にあれだけ麻雀をしたがっていたしずちゃんは、驚くほどあっさりと引き下がった。

 鍵を返しに行ったあと、わたしたちは麻雀部の部屋をあとにした。 

 

 

 

 夢の中の雲の道をふわふわと歩いている感じが体から消えない。そのまま、学校を出た。

 

「…………」

「…………」

「……ふぅっ」

「……せっかく誘っていただいたのに、ちゃんと打てなくて申し訳ありません」

「え、そんな!」

 

 静かな阿知賀の校舎の前で、沈黙を破ったのは和ちゃんだった。

 今日は最後の日、だった。

 とても申し訳なさそうに、そして残念そうに、その表情に影を落として、ぽつりと呟く。

 

「仕方ないよ! 同じタイミングでみんな倒れちゃうなんて、考えられるわけないし……あ。もしかしてあの牌、睡眠薬とか塗られてたんじゃない!?」

「あはは……それはないと思うけど」

「…………」

「ちょ、ちょっと。なんでそんな真面目な顔で考えだしてるのさ」

「いえ……それなら、まだありえるのかなと」

「いや怖い怖い怖い、ありえないからねっ!?」

 

 真面目に考える和ちゃんを、しずちゃんが慌てて説得した。

 わたしは、薬のことはよく分からないけど、それはないだろう。きっと何かの偶然が重なったに違いない。

 

「玄さん、先生に聞いてきたんですよね。結局あの牌はなんだったんですか?」

「うん。あの牌、ずっと昔に阿知賀に寄贈されたものだったらしいんだけど……忘れられてて、この間、倉庫を整理したときに出てきたみたいなの」

「ああ、あの古い建物かあ」

 

 阿知賀の校舎の裏には、ひどく古い建物が残っている。

 ほとんどの生徒は知らないが、滅多に使わない備品や、捨てられない品々、一年に一度しか使わない道具……文化祭の看板などが、所狭しとしまい込まれている。

 玄も、先生と一緒に手伝いをしたことがあるため、中はよく知っていた。

 

「とりあえず麻雀部に置いとこうっていうことで、置きっぱなしになっていたものみたい」

「寄贈ですか。それなら、事情は分かりますが……」

「まあ、今時はどこの学校にも自動卓があるもんねえ」

「そうですね。骨董品のようにも見受けられましたが、使ってしまってもよかったのですか?」

「うん。もともと学校のものだったわけだから、大丈夫だったみたい」

 

 二人ともそれを聞いて、少しだけほっとした。

 するとしずちゃんが、鞄を後ろ手に持って、名残惜しげに藍色の空を見上げた。

 

「はぁぁ~……けど、これで和ともしばらくお別れ、か。寂しくなるなあ」

「……わたしも寂しいです。せっかく仲良くなれたのに」

 

 しずちゃんが食いついて、にやっと笑う。

 

「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃん! 和っていつも素直じゃないから、意外だなー」

「っ……ちゃ、茶化さないでください!」

 

 和ちゃんは、頬を赤らめてちょっと怒ったみたいに抗議する。

 しずちゃんはカバンを後手に持って、空を見上げた。茜色の空は藍色に。無数の星が瞬いて、最後に一緒に過ごすわたしたちを照らしてくれていた。

 

「うん……ま、しばらくは離れ気味だったけどさ。和といれて、最っ高に楽しかったよ。転校しても絶対忘れない」

「穏乃……」

「わたしもだよっ。ここで一緒にいたこと、ぜったい忘れないからねっ!」

「玄さんも……はい」

 

 嬉しそうで、でも寂しそうなそのときの和ちゃんの表情は、わたしの瞳に強く焼きついた。

 最後の麻雀教室を終えたわたしたちの背後、新しい緑の芽吹いた吉野の坂に、三つの夕暮れの反対側に影が伸び続ける。

 きっと和ちゃん自身もここに残りたいと思っていてくれているのだろう。

 それでも、心配かけまいと笑顔でいてくれている。そう振舞ってくれている気持ちを考えると、やっぱり寂しく思ってしまうのだ。

 

「それより、明日からもう用意でしょ。暇だし片付けとか手伝ってあげるよ!」

「えっ、穏乃がですか?」

 

 和ちゃんが意外そうに、目を丸くする。

 

「ほら、机とかパソコンとか。あーゆーのって、重いから一人じゃ持てないでしょ?」

「そういう大きいものって、引っ越し業者の人がやってくれるんじゃないかな?」

「そうですね。それと、パソコンですが……その、穏乃にやってもらうと、見ているだけでヒヤヒヤしそうなので……今回は遠慮しておきます」

「それどういうこと!?」

 

 ぽかぽかと和ちゃんの背中を叩いたが、しれっと顔をそらして逃げた。

 そんな他愛もないことを話し合って、わたしはいつもどおり和ちゃんと、そしてしずちゃんと別れた。

 最後の日も何も変わらない。

 楽しいままの雰囲気で、いつもの三叉路でみんなと別れた。

 

 そして翌日。

 かつて麻雀教室の仲間だった和ちゃんは奈良を、そして阿知賀女子学院を離れた。

 

 

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