咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
「合同練習……ですか?」
いつものように、阿知賀女子麻雀部の部屋で四人で卓を囲んだわたしたちに、赤土先生はそう告げた。
まだ正式に赴任しているわけではないけれど、もう監督としての指導が始まっていた。監督として来るという話自体もかなり進んでいるみたいで、入口も顔パスなんだとか。
「そ、合同練習。みんなには一度、インハイの前に他校の子との試合を経験させときたいって思ってるの」
「はぁ」
「ずいぶん急ね」
「ふわぅ……外の人……?」
みんな顔を見合わせて、ざわめくのを手をぽんぽんと叩いて戒めた。
「はいはい、静かに。まあ説明するまでもなく言いたいことはわかるでしょ」
「確かにみんなだけで打つより、外の人と打ったほうが勉強になるけど……」
「そーゆーこと。他の学校とかだと部員がいっぱいいたりするからまだいいけど、うちは五人だから、経験の幅も狭くなりがちだね」
「そういえば、わたしたち以外で打ったのって小学生のとき一緒に打ってたメンバーと……」
「あと、永水の人くらいだよね」
「……その唯一の経験が貴重すぎるなぁ」
「私もそれ行きたかった……」
一人だけ経験していないせいか、少しへこんでいる灼ちゃんを、おねーちゃんが背中をそっと撫でて慰めた。
あの時はあっという間だったから……灼ちゃんももっと早く誘えばよかったな、とちょっぴり後悔。
「でもちょっと待ってよハルエ。やるったって、うちと試合してくれる学校なんてないでしょ」
「え、なんで?」
「なんでって、いきなり知らない学校から申し入れられても受けないわよ。向こうにとっても貴重な時間なわけだし」
「確かに……無名の麻雀部と、試合してくれることなんて……」
「ああ、なるほど。たしかに」
灼ちゃんの説明に、納得したようにしずちゃんはぽんと手をたたき合わせた。
「ここにいる全員がまだ試合経験が全然少ない。せめて、インハイ前に外部の学校と打つ機会をできる限り設けたいと思ってるから、言ってるの」
「そりゃもちろん、望むところですよ!」
「赤土先生から見てわたしたちって経験不足ですか……?」
「当然」
「おおう……」
「ま、そうよね。自分でもわかってるわ」
目を丸くして身を引くしずちゃん、軽くあきれている憧ちゃん、灼ちゃんの背中をさするおねーちゃん、反応はみんなそれぞれだ。
……でも言われてみれば確かにそうかも。
まだ、インターハイで見た光景にわたしたちが出るっていうイメージが、全然わいていない。実業団で打っていた赤土先生がそう言うならそうなのだろう。
「打ち方は悪くない、このままでも県予選くらいは全然なんとかなる。でも、全国優勝は無理。決勝戦に行けるかも怪しいわね」
「うわ、断言」
「永水のみんなを相手に、それなりに戦えたかなとは思ってたけど……」
「ものすごく運が良ければ準決勝に行けるかもってところね……ああ、それだけの腕前があるってのは誇っていいわよ。でもインハイ優勝したいと思ってるなら、まだまだ足りない。そうね……あんたらが打った永水のエース、神代小蒔。あれに全員が対処できるくらいにはならないとね」
「ふえっ……」
「いやいや、あれに完全に対処できるなら、うちのチーム余裕で優勝できちゃいますって」
実際に永水と対戦したみんなが顔を青ざめさせるが、赤土先生はいやいや、と手を振って否定する。
「別に完封しろなんて言ってないわよ。全員が、自分なりに凌ぐ方法を見つけられるようにしろってこと」
「ああ、そういうこと。よかった……」
「玄……その神代っていう人、話には聞いてたけど、そんなに凄いの?」
「うん。そのときの対局は牌譜とって部屋に置いてあるから、見てみるといいよ」
「そのとき打ったメンバーは特に身にしみてると思うけど。特殊な打ち手なんて、全国にはわさわさいるんだからね。どんな状況でもすぐに対処できなきゃ、パニクって普段の力が出せなくなるよ。あたしもインハイで何度かそんな場面があった」
「赤土先生のインハイ……」
「……あの準決勝の」
みんな、空気が重くなり黙り込む。
赤土先生のインハイ準決勝は、まさしくその言葉の通りのことが起こったのだ。
一度は直撃をとったものの、それ以外は翻弄されて和了られ続けた。その時の試合は噂になっていたから、みんな知っていた。だからその言葉には、特に重みがある。
「大舞台であればあるほど、予想だにしないことが起きる。それにみんながどこまで対応できるか。それが、団体戦の優勝の大きな鍵になる」
「なるほどなるほど……」
わたしも、こくこくと頷いた。
最初の頃に「小四喜ですよー!」と、初美さんに翻弄され続けたことを思い出す。
あの能力への対策は、誰でもできて簡単な方法がある。
北家のときに{東}と{北}を鳴かせなければ発動しない能力だから、みんなで協力してその二枚を切らなければいいのだ。
でも、そんな風に対策を見つけることができないと、役満を和了され続けることになる。
もしも、あれが全国大会の真剣勝負の場だったら、わたしは敗退していた。そういう経験ができた。あれは、永水の人と打った中でも、すごくいい経験になった。
それに、赤土先生はもともと相手の打ち方を分析して、対応して打つタイプだ。
そういう人だからこそ、わたしたちの経験のなさが、危うく見えているのかもしれない。
「みんなそんなに先行き不安そうな顔しなくても大丈夫、何のためにあたしがここにいると思ってるの?」
「あっ……!!」
「さっき合同練習って言ってましたけど……っ」
「もしかして、もう……!!」
「ふふふ……そうね、そりゃもちろん……!!」
しずちゃんが、子供のようにきらきらした期待のまなざしを師に向けた。そして、わたしたちも。
そして赤土先生は言い放った!
「……練習試合なんて夢のまた夢だから、今は期待しないで基礎を徹底的に鍛え上げることね」
「よおおぉぉぉーー……(椅子から転げ落ちる音)」
……後手で頭を掻きながら、ぺろっと舌を出して。しずちゃんが元気にすっとんだ。
「シズ!!」
「し、しずちゃん大丈夫!?」
「ハルちゃん、それはちょっと……」
「あははー……阿知賀は十年前にはインハイに出たけど、シズの言った通り、いまはほとんど無名校だしね。まして、そういう特殊な打ち手がいる学校と合同練習となるとなかなかねー」
「……今の完全にやる流れだったじゃない。何かツテがあるのかと思って、期待したんだけど」
「できるとは言ってない」
「自慢げに言うな!」
憧ちゃんが切れ、今度はおねーちゃんが背中を撫でてなだめた。今日のおねーちゃんはみんなの撫でがかりだ。
「そういうことだから、今日からはそういうのも意識して練習すること。練習試合は……まあ期待しないで、待っときなさい」
「な、なんか納得いかない……」
「し、仕方ないよ。わたしも玄ちゃんやしずちゃんみたいな、濃い気配の人はあんまり見たことないもん……」
「あいたたた……けど結局は、もっと強くならなきゃわたしたちは勝てないってことでしょ。外の人と対局ができなくても、せめて、ここにいるみんなでもっと打って、いっぱい強くなろうよ!」
「うん。わたしも、もっと強くなりたいよ」
「……ま、それもそうね」
「わたしも……」
「わたしもがんばる……くしゅん」
「あ。おねーちゃん、ストーブっ、マフラー焦げちゃうよ!?」
時は一月。この日、阿知賀は雪景色に染まっていて、おねーちゃんがストーブにぴったりくっつく季節だ。さっきまで憧ちゃんのそばにいたのに、いつの間にか部屋で一番温度の高い方に移動していたけど、マフラーがこげくさくなっていて、またひと騒動。
麻雀をやっていれば、あの頃みたいに楽しい時間が続く。そして新しい出会いにも充ち溢れる。
この時間がずっと続けばいいのに。
そんな風に考えながら、再び集まったみんなを見て、幸せな気持ちに満たされた。
そんな話をしてから、三ヶ月が過ぎるのはあっという間だった。
気づけば、わたしたちはまた新しい春を迎えていた。
「これで高校生だーっ!!! ずっとーここの制服着たかったんだっ!!」
相変わらず部室にはいつもの五人が集まっている。それに赤土先生も加えて六人、阿知賀子ども麻雀倶楽部以来の大所帯だ。そしてその中でも一番変わったことがある。
中学生だった二人の服が、高校の制服になったこと。
そう。しずちゃんと憧ちゃんが、とうとう高校デビューを果たしたのだ。
「ほらはしゃがないの。今日はシズが入る番でしょ。それとも灼に譲る?」
「やらないなら、入るけど……」
「うへっ!? ままま、待ってやるからやるからっ!」
よっぽど制服が気に入ったのか、両腕をあげて跳ね回り、自分の卓入りの順番を忘れそうになるくらい嬉しそうにしてた。
憧ちゃんは編入試験をそつなくクリアした。もともと晩成高校に進学するつもりだったので、受かって当然とは本人の言。むしろ勉強に使う時間を麻雀に宛てていたらしい。
その成果か、この3ヶ月の間に、より強く、手ごわくなったと思う。みんなの中でもダントツに。
そして、何より。
「しっかし。とうとう麻雀部、始まったんだね……」
「うん。えへへぇ……部。麻雀部、赤土先生以来の麻雀部だよぅ」
「くろちゃん、麻雀部のプレートかけるときすごく楽しそうだったもんねぇ」
「うんっ、この日をずっと待ってたから!!」
入学してさっそく同好会だった麻雀部を、申請を通して、とうとう部活に押し上げた。
赤土先生も新学期が始まる少し前から先生として入ってきたので、顧問もバッチリ。
過去に伝説を残した、阿知賀女子麻雀部の再誕。
そのニュースは学校中を駆け巡り、先生も申請がきっかけでわたしたちがインハイを目指すことを知ったらしく、すれ違いざまに応援してくれるようになったのが嬉しかった。
そこで、かつてのインハイ出場校として大きく期待されていることを知った。赤土先生が先導していることが大きいのだろう。
とうとう始まったんだと、そのたびに実感する。
とんっ、と卓に牌を置いたおねーちゃんが「そういえば」と顔を上げる。
「また来週、学校で部活の合宿やるんだっけ……?」
「うん。インハイの申し込み時期を考えると、割とギリギリね」
「あれ、赤土先生は?」
「ハルちゃん、今はそれの打ち合わせしてる……戻ってきたら、それも決まるって」
「さすがに気合い入るねぇ……! 来るべき日が近づいてるのを肌で感じるようになってきたかも……」
「あはは、試合自体はまだ何ヶ月も先なんだけどねぇ。申し込みもまだだよう」
「でも、なんか緊張しません? 全国を目指してるんだーって思うと、テンションが上がってきちゃって!」
「全国……どんな人がいるのかな?」
「永水のみんなはもちろん……めちゃくちゃ強いのは、何と言っても白糸台の宮永照よね、インハイ王者の」
「強豪っていうなら千里山と姫松、それに臨海女子あたりが有名だけど……」
「やっぱ気になるのは、和の転校した清澄高校だよね! それに他にもいっぱい強い学校もいるし!」
「せっかく目指すんだもん。わたしは、いろんな人と友達になれると嬉しいなぁ」
「うんうん。そんで一緒に山で駆け回って遊べる子だともっといいなぁー」
「そんな女子高生、日本中探してもあんたしかいないわよ……はいそれロンね」
「しまった、気を抜きすぎたっ!?」
雑談しながら打っていたら、しずちゃんが珍しく高い手に振り込んで、うぇっ、と変な声を出した。そんなあからさまな待ちに振り込むなんて、珍しいこともあるもんだ、と。
今日もみんな和気藹々と盛り上がってる。
すると、開けっ放しの窓から吹き込んだ春風で、わたしの髪がはらりと靡いていった。
「……ちょうど、このくらいの時期だっけ」
「玄ちゃん、どうしたの?」
「ほら、外。桜が綺麗だなあって思って」
「ほんとだ……」
ちょうどこのくらいの時期に、一人だったわたしのところに、しずちゃんが来たんだっけ。
今でもこの部室に来ると、誰もいなかったときのことを思い出すことがある。でも、もうそうじゃない。新しい季節は、新しい風を運んでくるのだ。
窓の外の景色はずっと変わらないけど、わたしたちは変わっている。みんなで盛り上がりながら、また新しい出会いに胸を膨らませた。
舞い込んだ桜の花びらが一つ、卓上をそっと優しく撫でる。
今年は、みんなで目指してきた夏のインターハイ。
いっぱい練習して、県予選を勝って、全国の頂点を目指すんだ。
そんな阿知賀女子学院の建つ吉野へと続く道路に、見慣れない銀色のマイクロバスが一台。
窓を空けて、一人の女子高生が顔を出す。
「わぁ……綺麗な桜。すっごい……こんなにたくさん! みんな外見てみなよ!」
「ワァ! スゴイ、スゴイッ!!」
「わー……! すす、すごいよっ。わたしー、こんな広くて綺麗な場所っ、初めてだよー!」
「ほら起きて、もうすぐ着くよっ!」
「ん……」
その中に揺られるも目を瞑ったまま覚まさない一人の少女。それを、隣の小柄な子がゆっさゆさと揺り起こす。
薄眼を開けると、そこには窓の外に釘付けではしゃぐチームメイトがいた。
揺さぶられながら外に目を向けると、確かにそこには満天の、爆発したみたいにそこらじゅういっぱいに桜色が広がっていた。だが、まだ寝足りなかったのか、目を閉じようとする。
しかし揺り起こしていた少女が窓を開け、入ってきた春風でぶわっと髪が逆立った。
さすがに寝ていられなくなって、気だるそうに目を開けた。
「寒い……」
「いや寒くないでしょ。ぽかぽかだよ!」
「今日は天気に恵まれたねえ。みんな初めての長旅で疲れてると思うけど、どうだい?」
「ダイジョブ!」
「わわっ、わたしも大丈夫だよー!」
「うん、わたしも大丈夫だけど……ガチで体調悪いなら、ちょっと休憩入れる?」
「……平気」
「だよね、割と大丈夫って顔してるし」
「……でもダルい」
「うん、それは知ってる」
さらりと受け流されて、白髪の少女は返す言葉もなく、ぼーっと天井を見上げ続けた。
他のみんなも最初はふうと息を吐いたけど、でも一人がまあ、と頷いた。
「ま、こんな遠くまできたんだし当然だよ。実はわたしもちょっと疲れてるし」
「じ、じつはわたしもー……えへへ」
「もう少しの辛抱だよ……なんて噂をすれば、ほら見えてきた。あの山の上に見える建物があんたたちの合同練習の相手、阿知賀女子学院さ」
運転手のお婆ちゃんの言葉に、一斉に全員の視線が集まった。
桜色に彩られた山の上に堂々と存在しているそれが、これから向かう場所なのだとみんな一目で理解した。
「ワァ……!」
「あそこが……うわわ、ちょっと緊張してきたなあ」
「…………」
「あー! せっかく起こしたのに、目を開けたまま寝てるよっ!」
「うー……ど、どうしよう。今からすっごく楽しみで仕方ないよー! ど、どんな人がいるのかな? わ、わたしなんかが仲良くなれるのかなー……」
「ダイジョブ!! ワタシモミンナト、トモダチナレタ!」
「……うん、そうだね」
「きっとみんないい人だよ。わたしたちもサポートするからさ!」
「みんなー……! わ、わたしがんばるよっ!!」
運命を通じて出会った五人の少女達を乗せてやってきたのは、本来は来るはずのなかった遥か彼方の土地。
もう一つの頂点を目指すチーム、彼女たちを乗せて。
深い山から降りてきた彼女らにとっては新しく、そして最後の、輝かしい春の季節が始まった。