咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第6局

 そして次の局、手の中から、熱いとも冷たいともしれない、今までにない奇妙な感覚が伝わってきた。

 

(おやっ?)

 

 戸惑いながら、配牌を開いた。ドラは三枚ある。

 安定してドラはわたしのもとに舞い込んできてくれている。

 でも奇妙な感覚が体から消えてくれない。冷たい山の中をさまよっているような、感覚が鈍ったような不穏な感じが離れなかった。

 

 場が進むと、徐々に卓上を霧のようなものが覆い始めた。

 数巡後、落ち着いた静かな声が響く。

 

 

玄手牌

 

{一筒}{一筒}{一筒}{二筒}{三筒}{四筒}{赤五筒}{七索}{八索}{九索}{九索}{西}{西} ツモ{六筒}

 

{一筒}{一筒}{一筒}{二筒}{三筒}{四筒}{赤五筒}{六筒}{七索}{八索}{九索}{西}{西} 打{九索}

 

 

「ロンです。5200」

「えっ? ……はい」

 

 考えこみすぎてしまっていたみたいだ。しずちゃんに振り込んだことで、点棒が手元から少しだけなくなった。

 しかし、振り込んだこと以上に、わたしはショックを受けていた。

 

(ぜんぜん気配を感じなかった……)

 

 ドラが集まる分手狭になるのはいつものことで、今も、そこを狙われて振り込んでしまったのだろう。

 しかし、多少なりともテンパイ気配なんかは感じるはずだ。

 それが一切なかったうえに、自分の中の感覚が狂っている感じがする。

 

 戸惑いながら、そのまま次局に臨んだ。

 そしてすぐに、今の振り込みが偶然ではないことを確信する。

 

「……っ」

 

 わたしには見えた。

 今度ははっきりと、しずちゃんの手牌や河に霧がかかっている。

 手牌が、白霧に守られているみたいになっていた。

 

 しずちゃんは、明らかにわたしの”読み”に対抗するような打ちまわしをしていた。

 溢れる牌を狙われるような、普段とは違う打ち方。それに加えて、しずちゃんを見ていると"感覚"が曇って、今まで感じていたものが、ぼんやりと分からなくなってしまう。

 

(これ、しずちゃんの能力……なのかな。前はこんなことなかったんだけど……)

 

 わたしがドラを集めるみたいに、しずちゃんも“そういう”力を身につけたのだろうか。

 麻雀教室の先生は、そういう能力が後天的に身に付くこともあると言っていたっけ。

 しずちゃんの、いつもの元気さはなりを潜めて、目を細めて場を見つめている。

 わたしの手牌を、向こう側からじいっと見つめられる。

 背筋に嫌な感覚が伝わってきて、自然と、牌を握る手に力が入る。

 

 プレッシャーを感じたが、それに負けないように、わたしも同じように深く卓の中に入り込んでいく。

 汗の滲んだ指先で牌を読み取って、切り出す。

 

「うう……寒いよぅ……」

「くっ……」

 

 おねーちゃんは、コタツに入ってあったかいはずなのに、少し震えながら牌を取っている。

 手牌から一枚を切り出す憧ちゃんの表情も、どこか苦い。

 その最大の原因は、場を包み込むこの重圧な空気。

 しずちゃんの放っているプレッシャーを、薄々、二人も感じているみたいだった。

 

 わたしは手が進んで、牌を切り出した。

 そうすると、まるで不意打ちのように声が聞こえてくる。

 

「ロン。3900」

 

 また、気配を感じなかった。

 しずちゃんはそこからも、堅実に和了を繰り返した。

 

 南四局。

 ノーテンの声を出すとともに、しずちゃんの体に纏わりついていたものが、消えたような気配があった。

 漂っていた霧も、嘘のようにふわっと霧散する。

 終局までに、わたしは最初のリードを失って、トップではなくなっていた。

 そして、開口一番に尋ねたのは憧ちゃんだった。

 

「し、シズ……? その、何? あんた、どうしちゃったの?」

「ほえ? 何が?」

 

 今まで、異常な集中力を発揮していたとは思えないほど、気が抜けた声だった。

 あ、いつものしずちゃんだよ……と、わたしが思ったのも束の間。憧ちゃんがさらに食いつく。

 

「何がじゃないわよ! 何、実は、玄とずっと二人で練習してて、驚かせようって話してたりしてた?」

「えっ。いや、本当に久しぶりだよ。だから今日は憧を呼んで打ちたいって話してたじゃん」

「いやいや、打ってなかったわけないでしょう。なら、なんで急にそんな強くなってるわけ!?」

「うーん。そりゃあまあ、まあ鍛えられたからね!」

 

 にひひ、としずちゃんは悪戯っぽく笑った。

 打ち終わるとすっかりいつものしずちゃんに戻っていた。

 しかし、憧ちゃんは全く納得いっていないようで、がっしりと肩をつかんで、更に問い詰める。

 

「あたしのいない間、阿知賀に、どこかのプロ雀士の人が来てたの!?」

「そんな美味しいイベントはなかったけど……」

「鍛えられたって言ったでしょ!」

「……あ、あれ? そんなこと言ったっけ」

「言ったわよ!」

 

 しずちゃんは周囲を見回した。おねーちゃんも、わたしも、頷いた。

 確かに言っていた。

 

「うーん、いや、そんなはずないんだけどな。でも鍛えられた気もするしなー……」

「もったいぶらないで教えなさいよーっ!」

「い、いや、本当に……あっれ、なんで鍛えられたなんて思っちゃったんだろ……? マジでぜんぜん麻雀打ってなかったはずなのに……」

 

 その反応から、どうやら本気で分かっていないのだと、憧ちゃんも納得したのだろう。相方が、本気で唸って悩みはじめたの見て、片手で頭を抑えていた。

 すると、震えていたおねーちゃんも、わたしの袖をくいっと引いた。

 

「くろちゃんも……いつのまに麻雀の練習してたの?」

「えっ。う、うーん……してない、はずなんだけどな……」

 

 思わぬ場所からの疑問を受けて、わたしも答えに困った。

 練習なんてした覚えがない。でも、当時練習していた頃以上に、しっかりと打つことができた気がする。

 

「玄もシズも、本物のプロみたいだったわよ。和みたいなデジタルっぽかったけど」

「いやいや、あんな計算された打ち方、わたしにできるわけないじゃん」

 

 しずちゃんは、自ら笑って否定した。 

 麻雀教室と実家以外で麻雀を打ったことはほとんどない。だから阿知賀より外の、同じくらいの年頃の子がどのくらい強いかなんて、わたしには全然わからなかった。

 でも、今のしずちゃんは誰よりもすっごく強かったと思う。テレビで見るプロみたいだった。

 

(でも、それより……楽しかったな)

 

 裏向きに倒した自分の手牌を見つめて、なんとなく、指先で背中に触れてみた。

 懐かしい感触だと思っていたものが、この瞬間の記憶に書き換えられていく。

 何といっても、楽しかった。

 牌を引き、場を読んで打つこと。ドラを集めて和了すること。

 みんなで一緒に打っていること。ぜんぶが、すごく楽しい。

 

「うー、それより、今の負けは悔しいっ! シズ、もう一局! 本気でやって!!」

「そりゃもちろん! 玄さんと宥さんは、どうですか?」

 

 しっかりと視線を合わせてきた。目は期待に輝いていた。

 もっと打ちたい、と誰が見てもわかるほど顔にはっきりと書かれている。

 おねーちゃんを見た。おねーちゃんは、こくっと頷いた。

 どうやらしずちゃんも、今は本気で打ちあうことを望んでいる。この場を誰よりも楽しんでいた。そしてわたしの返事は決まっている。

 

「うんっ! 打とう、もっと、いっぱい!」

 

 

 

 それから日が暮れても、雀牌をばらしてヤマを作り、限界がくるまでわたしたちは打ち続けた。

 

 しずちゃんは、やっぱりみんなの手を読んでいた。

 わたしがそれを読んで手を変えると、それを把握して向こうも対応してくる。

 憧ちゃんやおねーちゃんも、途中から異常な牌の切り合いに気づいて、それを回避したり、逆に狙い撃とうとしてきたり。

 そんな風に、みんなで本気になって麻雀を打つことを、わたしは楽しんでいた。

 今まで感じたことがないほど、胸が躍っていたのだ。

 

(……楽しい。わたし、すっごい、わくわくしてるっ!)

 

 最初からしずちゃんや憧ちゃん、そしておねーちゃんと一緒に麻雀が打てることを嬉しく思っていた。

 でも、今感じている楽しさや嬉しさは、それ以上だ。

 

 みんな、どんな風に手を作ってるんだろう。

 何を切ってくるんだろう、どこまで相手の手を読もうとしているんだろう。

 押し切って勝って、裏をかかれて負けて。

 そんな勝負の押し合いが、楽しくて仕方がない。

 

 わたしの中に宿った新しい感覚と、深い読みに全神経を委ねて、十三枚の牌を両手で握りしめる。

 とん、とん。緑色のマットの上に、四方から牌を置く音が木霊した。

 

 

 

 しかし、どんな楽しい時間にも終わりはやってくる。

 

 「うげっ!? も、もうこんな時間っ!?」

 

 思い出したように憧ちゃんが叫んで、わたしは我に返った。

 外はすっかり暗くなっている。

 思わず自分の携帯を手に取ると、確かに、デジタル画面の示している時刻は午後七時過ぎ。壁掛け時計も同じ。

 それを確認した二人は青ざめた。

 

「やっば! めっちゃ外暗いしっ、ちょっと夢中になりすぎた……!」

「と、とりあえず出なきゃ……!!」

「あっ、それなら外まで送っていくよ!」

「あ……みんな待ってよぅ。この音、もしかして……」

 

 急いで帰るために立ち上がった二人だが、急いで部屋を出ると、不穏な音が聞こえてきた。

 ざあ、ざあー……と。

 廊下に出たしずちゃんが、真っ先にドアを開けると、外はすごい雨だった。

 

「雨だーー!!」

「ちょ、ちょっと! そのまま帰るのは無理だって、シズ、戻ってこーい!!」

 

 玄関まで来た憧ちゃんはショックを受けて空を見上げ、しずちゃんは……雨の中でテンションを上げ、突っ込んでいった。

 ……止める間もなく、ずぶ濡れで戻ってくる。

 

「……あーあー、すっかり濡れちゃって」

「いやあー、たまらず外に出ちゃった。一応、そのままでも帰れるよ?」

「いや無理でしょ……ていうかやめなさい。風邪引くし。うわ、けどどうしよ、傘忘れてきちゃったし」

「あの、よければ、今日はうちに泊まっていって……」

 

 おねーちゃんが提案すると、二人は表情を輝かせた。

 

「えっほんと?」

「いいんですか?」

「うん。じゃあちょっとおばーちゃんに伝えてくるね」

 

 そのまま話が進み、親と連絡をとった二人は、結局うちに泊まることになった。

 雨にずぶ濡れになったしずちゃんと、憧ちゃんが「お世話になります」とぺこりと頭を下げる。

 ……明日がお休みでよかったよ。

 

「いやーさすがに、疲れたね」

「もう肩上がらないわ……」

「憧、いつもの倍は疲れた顔してない?」

「そりゃそうよ。いつも打ってるとはいえ、こんな一日を過ごすことになるなんてねぇ……」

 

 パーカー姿で布団に寝転がっていた憧ちゃんは、何も言わずに倒れ続けていた。

 さすがに打ちすぎて、みんな疲れ切っていたのだ。

 敷かれた布団の上でぐでっと寝転んで、疲れを癒していた。

 

「確かに、なんかすっごい疲れたよ」

「そうでしょ」

「あはは……」

 

 起きていたしずちゃんも、布団の上にどさっと倒れて髪が散った。

 すると憧ちゃんが、顔を見せないまま、ぽつりと呟く。

 

「阿太中の麻雀部で結構打ってるけど、ここまで差がついてるなんて思わなかったわ」

「ねね、阿太峰って強い人いっぱいいるの? 今でも晩成目指してるんだよね」

 

 うつ伏せになって、両腕で首を支えながら、しずちゃんは興味本位で聞いた。

 

「そうね。いまは晩成のための受験勉強と、あとはインターミドルの準備がメインね」

「憧ちゃん、インターミドルの大会に出るの?」

「はい。普通に実力を試したかったっていうのもあるんですけど、そこでいい成績出せば、後々有利かなって思って」

「はぁー、なんかすごいなぁ、憧……」

「そっか。いろいろ考えてるんだね」

「ま、腕試しに出てみたかっただけってのもあるんですけどね」

 

 だが、そこで一度言葉を止めて、憧ちゃんは起き上がった。

 

「……でも、色々考え直さなきゃいけないみたい。多少は強い気でいたけど、まだまだっぽいわ」

「あ、憧ちゃんは十分強いと思う……よ」

 

 布団を5枚重ねしたおねーちゃんが、ひょっこりと顔を出して言った。

 でも、憧ちゃんは苦笑いするだけだ。

 

「ありがと、宥姉。でも、このまま麻雀を続けるんだったらもっと頑張らないとって思えたよ。今日は、すごくいい経験させてもらった」

「……今日は、なんて言わないでよ」

「シズ?」

 

 外の雨音に紛れるような小さな声。しかし、誰一人として聞き逃さない。

 すると、しずちゃんは勢いで、憧ちゃんに覆いかぶさった。

 憧ちゃんは、急に目の前に現れた顔に戸惑い、驚き、そして口をあわあわさせながら真っ赤になる。

 

「え、ちょ……シズ、っ?!」

「わたし、もっともっと憧と打ちたい。今は離れてるかもだけどさ、これからはもっと打とうよっ!」

「……あたしで、本当にいいの?」

「うん。そんなの当然だよ! っていうか、憧と打ちたい!」

「……そうよね。うん、今日はかなり負けちゃったんだけど、次はあたしが勝つんだから!」

 

 憧ちゃんは、にっと笑った。

 だが、嬉しそうな笑顔を浮かべたしずちゃんに「それはそうと近すぎ」と、鼻先まで迫っていたのを押し除けた。

 わたしとおねーちゃんは顔を見合わせて、そして、示し合わせたように微笑んだ。

 

 

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