咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第7局

 

 閉じたカーテンの向こう側から差し込む、僅かな朝日。そして小鳥の鳴き声が、一日の始まりを伝えてくる。

 

「…………はっ」

 

 心地いい水底から、ゆっくりと浮かび上がるように、わたしは意識を取り戻した。

 ここは松実館の私室で、わたしたちの部屋だ。隣では七枚の毛布を重ねがけして、いまもすぅすぅと寝息を立てるおねーちゃんが目を瞑っている。

 目を擦って、そしてわたしは不思議なことに気づいた。拭った指先が濡れている。

 不思議に思ってもう一方も拭ってみると、瞼が濡れていた。

 

「……なんで?」

 

 どうして、欠伸もしていないのに。胸に手を当てると、いつもより鼓動は早く脈打っている。

 そうだ。夢を、見ていたんだ。

 しかし、どんな夢だったかを思い出すことができない。一度切れてしまった糸は、記憶を遡ることを許さない。ただ、なぜか悲しい気持ちだけがしっかりと残っている。

 ……なぜそんな風になっているかは、全然分からない。

 袖で瞼を拭っていると、その音でうっすらと目を開けたおねーちゃんと目があった。

 

「くろちゃん……?」

「……あっ、おはよう。おねーちゃん!」

 

 首を傾げたおねーちゃんに、夢のことを心にしまいこんだ。そして、にっこり微笑んで朝の挨拶を返した。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、夏のインターミドルの予選がはじまった。

 しずちゃんは「出たい! どうやったら参加できるの!?」と、憧ちゃんの鼻先まで迫って参加したがったけれど、残念ながら申し込みの締め切りは過ぎていたらしい。

 出場することができないとわかると、肩を落とした。

 そのかわりに、わたしたちは憧ちゃんの応援に出向くことにしたのだ。

 

 結果は、奈良県ベスト八の好成績。惜しくも全国の手前で敗退という結果で幕を閉じた。

 一つの県という場で、それだけの成績を残すことは凄いことだ。

 終わったあとはみんなで健闘をたたえたけれど、憧ちゃん自身は不満そうだった。

 

 

「もっと強くなりたい。玄っ、シズ、宥姉、もっともっとわたしと打って!!」

 

 憧ちゃんは県大会が終わったあと、そう言って迫ってきた。

 まだまだ強くなりたいと、そう言っていた。

 おねーちゃんも、しずちゃんも、わたしも断る理由なんてない。

 その日は、県大会の試合以上にたくさん打った。打って、打ちまくった。

 

「みんなといっぱい打っていれば、何かを掴めそうなの。そうすれば、もっと強くなれるって……そんな気がするんだ!」

 

 憧ちゃんはそう言った。

 そして、その言葉の通り。みんな、麻雀が上手になっていくのが実感でわかった。

 

 目的は違えども、わたしたちの麻雀は同じ方向に変わっていく。

 しずちゃんは、麻雀そのものが楽しくて仕方がないみたいだった。

 憧ちゃんは、それに加えて、もっと強くなりたいと願いながら牌を取った。

 おねーちゃんとわたしは、こうしてみんなで打っていること自体が嬉しくて牌を摘んでいた。

 

 いつの間にか、また、あの頃みたいにみんなで麻雀を打っていた。

 定期的にやっている麻雀部の部室掃除も、しずちゃんが手伝いに来てくれるようになった。

 みんなが高校生になったら、麻雀同好会として部屋を使えるように申請をするつもりだ。

 そうすれば三人で、外部の憧ちゃんを招けば四人で、あの部屋を使えるようにもなる。

 

 

 

 そんな風にして、毎日がより楽しくなっていった、ある日のことだ。

 

「えっ。阿知賀に編入?」

「高校はこっちを受験するのもありかもって、まだ悩んでる話ですけど……」

 

 いつものように、こたつ部屋で話していた時。

 憧ちゃんの衝撃的な告白に、みんな固まって、声を詰まらせた。

 

「え……そ、そりゃ嬉しいけど。憧、ずっと晩成に行きたがってたじゃん。どうして、急に?」

「いやぁ。ま、いろいろ考えてはいたんだけどね」

 

 阿知賀ではなく阿太中を選んだのは、すべて晩成を目指すためだと知っている。

 だからこそ、しずちゃんも、戸惑った。

 

「あたし、実はこの前晩成行ってきたんだ」

「飛び級入学!?」

「違うから。友達のコネとかも使って、ちょちょっと、先輩と打ってきただけ」

「晩成の麻雀部で!? それズルじゃん! いいなー!」

「麻雀部目当てで入ってくる子のための、身内向けの見学会的なのがあったの」

「憧ちゃん、世渡り上手……」

 

 しずちゃんが目を丸くしてずがーん、とショックを受けた。

 

「うぅ、誘ってくれれば絶対行ったのに……」

「シズ。残念だけど、あそこは偏差値70以上だから。そもそも見込みがないと、行っても意味ないわよ」

「うぐっ。世の中成績か……成績なのか」

 

 そういえば確か、しずちゃんは勉強が苦手だっけ。

 一緒に過ごすようになってから、たまに憧ちゃんに宿題を見てもらっている光景を見るようになった。

 突っ伏して、世の中の理不尽に、うるうると涙していた。

 

「憧ちゃん。晩成の人と打ってみて、どうだった?」

「過去の牌譜とかは、もともと勉強してたんですけど、実際見ないと分からないかなって思って行ったんですけど……あたしより強い人がいっぱいいました」

 

 でも、と言葉を止めて、苦しそうな表情で自分の手を眺めた。

 

「……シズのほうが強かった」

「え、わたし?」

「そうよ。そんな顔しなくても、あたしは真面目に言ってるの」

「……憧」

「玄も強い。宥姉も。あたしもこの数ヶ月で強くなって……部室でも、かなりいい感じで打てたと思います」

 

 自分の手を見つめて、続けた。

 

「……あたしは、もっと強くなりたい。でもここのほうが、もっと先に行ける……そんな風にも思うの」

「憧ちゃん……」

「でも、わからないんです……阿田峯に行ったのも、確かに一度は自分で選んだ道だから。どの道を選べばいいのか、わからなくなっちゃって」

 

 阿知賀に入学しているわたしやおねーちゃんは、晩成に行くことはない。

 しずちゃんも、阿知賀を心に決めている。

 

 もしも、戻ってくるのなら、わたしもみんなも、憧ちゃんを快く迎え入れるだろう。

 しずちゃんは、助けを求めるようにわたしを見た。「来てほしい」と顔に書いてあった。でも、憧ちゃんにはそう言わなかった。

 

 

 憧ちゃんの前には二つの道が続いている。

 確かに、阿知賀にはわたしたちがいる。

 でも正式な麻雀部はないし、同好会を作っても、打てるのはわたしたちだけだ。

 晩成は環境も段違いで、ノウハウや実績だってある。優秀な監督だってついているはずだ。

 どちらかに決めなければならない。だからこそ、その悩みに答えを出すことができずにいるのだろう。

 

「まだ、焦ることはないんじゃないかな」

「えっ?」

 

 わたしは、苦しそうな感情を浮かべている憧ちゃんに、言わなきゃいけないと思った。

 驚いたように顔を上げる。

 

「もちろん、憧ちゃんが戻ってきてくれたら嬉しいよ。でも……晩成だって、全国に行けるくらいのチームを送り出しているし、そっちのほうが活躍できるかもしれないもん」

「ま、まあそれは、そうなんですけど……」

「焦らなくても、まだ夏休みも来てないことだし、焦らずにいろんな可能性を考えてみてもいいんじゃないかなって思うの」

 

 わたしは、首を傾けて微笑んだ。

 

「一番いいと思う道を選んでほしいな。大丈夫。どっちを選んだとしても、また一緒に打てるよっ!」

 

 憧ちゃんは、口をぎゅっと閉じて、うつむいた。

 

 しずちゃんは少し不満そうだったけど、笑顔で天井を見上げた。

 

「仕方ないかぁ。ま、大事な選択だもんね」

「ん……」

「みんな……ありがとう」

 

 

 そうして、憧ちゃんの進路は、もう少し先の未来に先延ばしになった。 

 次の日には、しずちゃんも、憧ちゃんも「次はインターハイ個人1位を目指すわよ!」「何をぅ、負けないよ!」と意気込んで朝から集まるくらい、すっかりもと通りになっていた。

 

 

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