咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか? 作:ひびのん
それから、夏休みを迎えたある日のことだ。
おねーちゃんと二人で、部屋で本を読みながらくつろいでいたとき。わたしの携帯に一本の電話がかかってきた。
「もしもし。あ、しずちゃん……え、テレビ? うん、ちょっと待ってて」
「玄ちゃん……どうしたの?」
「うーん、テレビをつけてくれって、しずちゃんが……慌てているみたいだったけど、なんだろ?」
「はぁい」
コタツと毛布に包まったおねーちゃんは、手を伸ばしてリモコンのボタンを押した。ブラウン管がぼんやりと灯って、とある光景を映し出す。
そして、わたしは言葉を失った。
「あ……っ」
『原村選手っ、初出場にしてインターミドルを制した感想は!!?』
『一言お願いします! 原村選手!!』
『素晴らしい対局でした! 全国を制した今の心境を聞かせてください!!』
『––––!』
マスコミが、とある一人の人物にたくさんのマイクを向けていた。
その中心に映し出された人物を、よく知っていた。おねーちゃんは首を傾けたが、ぽんと手を叩いて「あぁっ、玄ちゃんと一緒にいた子だ」と、気づいたみたいだ。
いったん離した携帯を耳に近づける。
慌てて電話をかけてきた相手に、ようやく言葉を返した。
「しずちゃん、今、テレビつけたよ……うん、びっくりしてる。これ和ちゃんだよね。うん……えっ?」
「……?」
「い、今からじゃ無理だよぉ」
「どうしたの……?」
「うーん……しずちゃんがインターミドルに行きたいって。で、でも今終わっちゃったよ……?」
「うぅん、それは、ええっと……難しい?」
たった今終わったばかりのインターミドルに参加したいといっても、間に合わないだろう。来年になる頃には、しずちゃんも高校生だ。どうやっても不可能である。
仕方なくそれを告げようとすると、しかし通話は切れていた。
しばらく和ちゃんのインタビューを見ながら待っていると、十分後くらいに着メロが鳴り始める。
「しずちゃんから?」
「そうみたい。えっと、もしもし? しずちゃ……え、インターハイ?」
電話の向こうから聞こえてくる、興奮した声を受けて、わたしは受話器を離した。
「うん。ちょっと待って……おねーちゃん、インハイっていつから始まるか知ってる?」
「うぅん、たしかインターミドルが終わってからもうすぐってアナウンサーの人が言ってたから……すぐ、じゃないかな」
「もしもし。すぐ始まるみたいだよ……ええっ!? うん、うん……そ、それはちょっと……あ、また切れちゃった」
ぱちくりと目を瞬かせて携帯を見つめた。通話はまた切れていた。
「なんだって?」
「インターハイに出たいって」
「……しずちゃん、まだ高校生じゃないよぅ」
「うーん……しずちゃん、インターミドルもインターハイも東京でやっているって知ってるのかな」
ただ見に行くだけなのか、それとも、参加したいと言っていたのか。
来年ならば県大会から出場できるが、あまりに気が早すぎる。見に行くだけだったとしても、大阪や京都ならともかく、距離が離れすぎている。
しばらく待っていたけれど、しばらく、電話はかかってこなかった。
しかし、どうやらしずちゃんは本気だったようだ。
その日のうちに憧ちゃんにも声をかけたみたいで、いつもの部屋で“臨時の作戦会議”が開かれることになった。こたつを、みんなが四方で囲んだ。
みんなで、冷たい……おねーちゃんだけ、あったかいお茶を前にする。
「というわけで、インハイ行きましょう!!!」
「いや、わけわかんないわ!! 一応今日もちょっと予定あったんですケド……あんたってやつは……」
机に肘をついてふて腐れるのを、しずちゃんは「まあまあ」となだめた。
最初は怒っていた憧ちゃんだったけれど、あれから、憧ちゃんのほうから麻雀を申し込むことも多くなって、強く言えなくなってしまったみたいだ。
「しずちゃん、本気でインハイに行くつもりなの?」
「え。そりゃもう、本気も本気ですよ! インターミドルが無理ならインターハイに出るんです! さっそく申し込みましょう!」
「は? さっそくって、今更申し込みなんてやってるわけないでしょ」
叶えたかったのはインハイ参加のほうだったらしい。
憧ちゃんが呆れた声を出し、しずちゃんが目を丸くする。
「へ? 出れないの?」
「出られるわけがないでしょう! だいたいあたしたちまだ中学生!! 部活すら作ってないし。しかも奈良の予選なんてとっくに、とっくに、とーーーっくに、終わってるわよ!! 参加資格いっこも満たしてない!!」
「え、ええええええっ!!?」
がーん、と口を開けてショックを受けてた。
おねーちゃんは大声にびくっと震えて、憧ちゃんはあまりのことに頭を抱えて呻いた。
「しゅ……出場してる高校って、いつから予約してるの?」
「正式な締め切りは五月だったか……でも、もっと前から予定を立てるでしょうね。それこそ来年の参加校は、インハイが終わり次第、つまり今頃から練習してるわよ」
「そんなぁ……ってかそうじゃん……インターハイのハイは、高校のハイだよ……なにいってんだろわたし……」
「まったく。シズのそういう勢いは嫌いじゃないけどさ……」
「よし、よし……」
がっくりしずちゃん、そっと背中を撫でる慰めおねーちゃん。強く言いすぎたと思ったのか、一応フォローする憧ちゃん。
でもわたしも、熱くなる気持ちはわかった。
昔に見たテレビ特集で、インハイを目指す同じくらいの年頃の子の特集を見たことがあるけれど、すごいものだった。百人くらいの部員が毎日大部屋で卓を囲んでいて、感心にほえー、と目を見開いた覚えがある。
「ま。そんなに出たいなら、阿知賀で麻雀部を作るか、そういう麻雀部のある学校に行くしかないわよ。いずれにしろ来年になるわけだけど」
「来年かぁ……そっかあ……」
「いやそんなに落ち込まなくても。あんた、すっかり麻雀狂いになったわね……」
いつからわたしの親友は、こんな風になってしまったのか。そう言いたげな顔で憧ちゃんは、その落ち込みぶりに軽く引いていた。
「あたしだって、シズの気持ちは分かるわよ。いきなり和が全国覇者になっちゃったわけだし。あんなに持てはやされちゃって……なんか遠い世界の人になっちゃった、って感じよね」
「こういうの時の人って言うんだよね。すごいなあ、和」
「うん。ほら、ネットにも和ちゃんの記事がいっぱいあるよ!」
わたしが携帯電話を見せると、みんなぎゅうっと集まってきた。
「お、どれどれ? おお、プロのコメントもほとんど高評価だ……」
「どれ? ……わぁ。原村和さん、すごいんだねぇ」
「へへ。阿知賀自慢の打ち手ですよ! うへー、文面全部べた褒めじゃん」
「”来年のインターハイでも頭角を表すのは間違いないだろう”……これ見てたら、シズの気持ちも分かってきたわ。確かにこりゃ羨ましい気持ちにもなるわ」
「あったかぁい……玄ちゃん、他にはどんな記事があるの?」
「うん。ほら、このへんにあるの、ぜんぶインターミドルの話みたいだよ」
最新の記事から、少し前の記事まで。和ちゃんについて書いてあるものを、読みふけった。
みんなは真剣に。おねーちゃんはそれに加えて、おしくらまんじゅうで、幸せそうだった。
麻雀に関わる最新ニュースのほとんどを和ちゃんが埋め尽くしていた。それほどにインターミドルという全国の舞台は、世間の関心を集めていたのだ。
わたしたちは、長野予選で全国出場を決めたときの記事も発掘した。さらに今のインハイの強豪校なんかも調べたりして、興味のある記事に、全てに既読履歴を残してから、ごろんと寝ころんだ。
「いいなあ、インハイ……来年は必ず出てやる」
「モチベーション上がっちゃったわね。他の大会の話題もあるけど……全国だと、やっぱ取り上げ方もすごいね」
「そうだ、テレビつけてみる? 今もやってると思うよ、インタビュー」
「いや、いいです……なんか情報多すぎて疲れちゃいました」
「あたしも、疲れたから休憩……」
はぁぁ、と二人は畳の上に寝ころんだまま息を吐いた。最近はすっかり通い詰めで、二人とも家の一員のようにくつろいでくれるようになった。
すると、しずちゃんが天井を向いたまま言った。
「ねえ、憧」
「んー?」
「来年、出て。わたしと」
じっと動かないしずちゃんを、起き上がって細目で見つめた。
今度は、はっきりと。遠慮なんてなかった。
「やっぱりわたし、みんなで打ちたいんだ。お願い」
憧ちゃんは顔は合わせない。
でも、その誘いにしっかりと聞き入っていた。
「みんなでって、個人じゃなくて団体戦で出たいってこと?」
「どっちも!」
「どっちもって……」
「だって、みんなで戦いたいし、打てる機会はいっぱいあったほうがいいじゃん!」
そう言い放つしずちゃんの笑顔は、きらきらと輝いていた。
「もう一度和とか、いろんな人と、いっぱい打ちたいんだ!」
「あたしが入っても、部員も監督も足りないわよ」
「う……そ、それは……多分、そんなのなんとかなるって! あんなに大っきい校舎だもん、探せばいい!」
「……ぷっ」
憧ちゃんは、今まで神妙だったのに、吹き出した。
起き上がってしっかりと見つめ合う。
「ねえ、シズ。一応確認。それってあたしじゃなきゃダメなの?」
「もちろん!! 憧は、絶対に欠かせない大切な仲間だから!」
「うわ即答。ま、そのくらいでないと困るけど……」
それは、呆れたようなため息だったけれど、すごく嬉しそうだった。
「え。ってことは……!!」
「言ったからには責任とりなさいよね。行くわよ、全国に」
そっぽを向いて照れたように髪を弄っている憧ちゃん。
すると、わなわなと震えるしずちゃんが、急にぴょんっ! と飛びかかった。
「いやったぁーー!! 憧ーーーっ!!」
「うわ、熱い熱い!! ただでさえ夏であっついのに、こら、くっつくな!!」
ほっぺにチューしようとするのを防ぐため、必死に抵抗する。でも憧ちゃんはそれを、それほど嫌がってないようだった。
「憧ちゃん、本当にいいの?」
「はい……ただ、条件がありますけど」
「え、条件? ……も、もしかしてお金とか……?」
「いやなんでそうなるのよ」
本気で恐れて、がま口の財布を震えながら取り出したしずちゃんに、びしっとツッコミを入れる。
そして、憧ちゃんはしずちゃんに向けて指を刺した。
「やるなら出るだけじゃなくて、目指すわよ。頂点を」
その瞳は、ずっと先の光景を見据えていた。
ぽかんと目を丸くしたわたしたちは、聞き返す。
「頂点って……」
「インハイの……?」
わたしとおねーちゃんが復唱する。
「決めたからには、あたしは絶対ここで強くなる。阿知賀で全国に行って、頂点に立つんだ」
わたしとおねーちゃんは、顔を見合わせた。
憧ちゃんに言われて、どこか遠い世界の出来事のように感じていたインターハイが、手の届く場所にあるように感じて、戸惑った。
しかし、しずちゃんだけが、ばっと迷わずに立ち上がる。
「行こうよっ!!」
「えっ?」
……そうだった。こういうとき、みんなを先頭で引っ張ってくれるのは、しずちゃんだった。
「わたしたちで、頂点へ!! 全国の頂点へ、みんなでっ!!」
わたしたちの部屋で手を頂に掲げた。蛍光灯の明かりに向けて、その向こうの星を掴み取るようにぐっと握りしめる。
胸に熱い感情が宿るのを感じた。
強気な笑顔で、うなずいてみせる。
「うんっ。わたしも、がんばるよっ!!」
「はわわ……」
「うおーっ、なんかほんとにいけそうな気がしてきた!! これでメンバーはここに四人。あと一人いれば団体戦に……!」
「でもシズ、ちょっと待った!」
警笛のように口笛を吹いて、しずちゃんの言葉にストップをかける憧ちゃん。目を丸くして、ぱちくりと瞬いた。
「え、どしたの?」
「シズ、あんた四人って言ったけど、正確にはまだ三人よ」
「え?」
「おや?」
「……?」
どういうことか分かっていない様子で、憧ちゃんは頭を抱える。
「え、でももう四人は揃ってるでしょ。わたし、憧、玄さん、宥さん」
「……あたしの知る限りだと、ちゃんと誘ってないでしょ」
わたしたちは首をかしげて……みんな、気付いて、おねーちゃんを見た。
「ふぇっ!?」
あわ、あわと慌てて、自分を指差した。
おねーちゃんは困ったようにはにかんで、真っ赤な顔で、マフラーに顔を埋めた。自分も数に入っていることに、戸惑っているみたいだった。
そんなおねーちゃんに、しずちゃんが、思い切り顔を迫らせる。
「ゆゆゆっ、宥さんっ!」
「は、はいっ……!?」
「忘れちゃってました! すいません! 言うのが遅くなっちゃいましたけど、わたしたちと、一緒にインターハイ目指してくれませんかっ……!?」
やがて自分を指差して、恐る恐る、そうっと言う。
「あ、あ、あの……わ、わたしも、いいの?」
「も、もちろんですよ! っていうか、いて欲しいです! いてくれないと困るっていうか……!」
「こら。勧誘するならもっとはっきり言う!」
「いてっ……こほんっ……そうだよね」
咳払いして、そしてしっかりと目と目を合わせた。
「わたし、ここで宥さんと打っていて、すっごく楽しかったんです!」
「え……?」
おねーちゃんは、その言葉で、体の震えが止まった。
「もっと麻雀を全力で楽しみたい。強くなりたい。宥さんが必要なんです!」
「わたしが……必要?」
「はい。これからみんなで阿知賀女子麻雀部を立ち上げます。一緒に来てくれませんか、宥さんっ!!」
まっすぐな言葉に、おねーちゃんは、おろろと視線を右往左往させた。
「は、はわわ……わっ」
「おねーちゃん。どうかな」
「くろちゃん……」
わたしは微笑みながら、手をそっと握って目を合わせる。すると、ちょっと落ち着いたみたいだった。
少しして、俯いたおねーちゃんはぽつりと呟いた。
「よ、よろしくお願い……します」
肯定の言葉とともに、頷いた。
この中では唯一、おねーちゃんだけが、麻雀教室に通っていなかったから、戸惑っていたんだろう。でもわたしも一緒に打つものだと思っていたし、おねーちゃんも、きっと同じ気持ちだ。
だから、わたしたちはチームになれる。
「本当ですか!! いやったー!!!」
「宥姉がいてくれたら、すごく心強いわ! けど……いいの?」
「みんなと打つのすごく楽しいから……それに、ずっとこうして、一緒に打ちたいって思ってたの」
そう言ったおねーちゃんの顔は、いつもより、ちょっとだけ赤みがかっている。
うん、と意志を確認しあうように同時に頷いた。
「よしっ! じゃあ、これで部員は四人! 未来の麻雀部始動っ! 目標はインハイ、全国制覇だっ!!」
「おおー!」
「ぱちぱちぱち」
「全国制覇、当然ね。でもどうする気なの? やることはいっぱいあるわよ」
さっそく、憧ちゃんが指を立てて、具体的な話をはじめる。
「来年に向けて練習するっていっても、そもそもいろんな問題があるわけで。まずはそこをまとめない?」
「あと一人、団体戦のメンバーを探さないとね」
「顧問の先生、探さなきゃ……」
「それだけでも、結構なハードルよね。他には何があるかしら?」
「待った! 最初にやることなんて、そんなの、もう決まってるよ!!」
ひょいと机を飛び越えて、茶色のポニーテールを翻してみんなの前に向き直る。
目はきらきら輝いて、溢れんばかりの気力はわたしたちにも伝わってきた。今にも叫び出しそうなくらいしずちゃんの口元はうずうずと疼いてて、しかし一旦息をすぅっと吸った。
「頂点を目指すために、まずみんなで見に行くんだよ。インハイを!!」
それは、みんなが心から望んでいたことだった。
阿知賀女子麻雀部はこの日、まだ見ぬ夢に向かって動き出したのだ。
♪SquarePanicSerenade