咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第9局

 全国高校生麻雀夏のインターハイの会場は、例年東京都の中心地で行われる。

 

 東京都といえば、奈良県阿知賀女子からはるか遠くの地。具体的には、新幹線その他諸々の移動手段を合わせて、半日程度の大移動が必要になるらしい。

 

 インハイを見に行こう、というしずちゃんの提案は、魅力的なものだった。

 最終目標がインターハイの頂点だというのなら、行かない理由なんてない。和ちゃんの優勝と、自分たちの目標が決まった今、全国の頂点を見てみたいという気持ちが燻ったことは確かだった。

 みんなすぐに乗り気になったわけだが……でも、問題があった。

 

「あんた、そんなお金あるの?」

「あ」

 

 しずちゃんは石像みたいに固まった。

 しずちゃんはジャージのポケットから自分の財布を取り出す。がま口の蓋をあけて、覗き込んで、そして手を震わせながら閉じた。

 

「な、なんとか……お母さんに頼んで、お小遣い前借りで……」

「はぁ。シズってば、仕方ないわね……」

 

 インハイ会場に行くために、まず莫大なお金が必要になる。

 そのことを、憧ちゃん以外はすっかり忘れていた。

 

「事情、説明したらなんとかなるかもしれないし。今日はシズん家、ついてってあげるから」

「わぁぁ、頼れるのは憧だけだよ~」

「こーら、くっつくなってば」

 

 二人はそう言って、その日は帰っていった。

 しかし、それは決して他人事ではない。わたしたちにもお金がないし、いまは部活ではないので、学校から予算が出たりもしない……その後、頼み込んだところ、我が家ではお金を借りられることになった。

 しかし問題はそれだけではない。すぐに、新たな壁が立ち塞がった。

 

『うぅ、お金は出してあげてもいいけど、学生だけで東京なんて危ないって、おかーさんが……』

「う、うーん……そっか……」

 

 涙目のしずちゃんが、だらんと腕を垂れ、うぅぅ、と悲しげな声で呻いたのが容易に想像できた。

 保護者なしの女子中学生と女子高生の四人旅が、そう簡単に認められるはずがなかった。

 

 高校生であるわたしたち松実家の方針としては、保護者さえいればOKだった。

 しかし中学生メンバーのしずちゃんと憧ちゃんは、二つ返事で大丈夫というわけにもいかない。

 やっぱり諦めなきゃいけないのかと、誰もが思った。

 

 

 しかしその日の晩。

 奇跡的に、この問題も解決することになる。

 

「もしもし……あっ、憧ちゃん。えっ? うん……ええっ!?」

「玄ちゃん、大声あげてどうしたの?」

「え、えっと……憧ちゃんが、何とかなるって……うん、うん。ちょっと待ってて!!」

 

 こたつのおねーちゃんを置いて部屋をあとにして、おばーちゃんを探しに出た。この時間ならきっと御飯時も終わったころだろう。

 そのまま電話を代わってもらい、そして……話はとんとん拍子に進んでいった。

 どうやら、憧ちゃんのおねーちゃんがたまたま東京にいて、インハイに都合を合わせてくれるらしい。それに加えて、インターハイの観戦チケットも、手に入れるあてがあるのだとか。

 

「わわっ、たしかにチケットが必要なこと、忘れてたよ……」

『玄も? でも、大丈夫。これで問題はオール解決ね』 

「うんっ! 本当にありがとうっ!」

 

 全ての問題が、無事に解決した。

 しかし、この電話がかかってきた日に既にインハイは始まっていた。

 間に合わないわけではない。何日もある日程のうちの一回戦が始まったばかりというだけだ。特に注目を集める準決勝や決勝戦はまだ先の話で、全日が見れない以上、見にいくつもりだったのはそっちの方だ。

 

 諸々の手続きにどれほどかかるか分からなかったので、急いで、残りの話を進める必要があった。

 すっかりこたつ部屋にも慣れたもので、緊急のインハイ会議に集まった四人で、机を囲んだ……スッポリと布団の中に入っているのは、やっぱりおねーちゃんだけだ。

 

「玄、昨日は遅くにごめん。急がなきゃって思ったの」

「ううん、ありがたいよっ。でもびっくりしたな。憧ちゃんのお姉さんがちょうど東京にいるなんてねえ」

「望さんだよね。なんで東京にいるの?」

「なんか出張なんだって。詳しくは聞いてないけど」

 

 松実家の場合、仕事が自分の旅館なので、それほど外に出ることは多くない。

 だから他のお仕事のことはよく分からなかったけれど、人が集まるだけあって、大人になれば行く機会も増えるのだろう。

 

「向こうで、あたしたちの面倒見られるのは仕事が終わった後の日だけっぽいから、一泊二日が限度ね。今は、決勝戦に合わせて、向こうも動いてくれてる」

「うん……じゃあ、ええっと、決めなきゃいけないのは、泊まる場所とか……?」

「それも含めて手配してくれるって。適当に安いところ選んどくって言ってた」

「憧のお姉ちゃんさまさまだぁ……拝んどこ。南無南無」

「……私の家は寺じゃなくて神社なんだけど? あとそっち、東京じゃなくて九州の方角よ」

 

 しかし、やりきったと言わんばかりの清々しい表情で振り返ったしずちゃんは両手を揚げた。

 

「とにかく……インハイだーーーーっ!!」

 

 体の中から湧いてくるはちきれんばかりのエネルギーに体を震わせ、うおーーっ! と、思い切り叫んだ。

 

「誤魔化したわね……ま、見に行くだけだけどね」

「インハイ観戦の旅、だね!」

「わくわく……」

 

 わたしたちはしずちゃんのエネルギーを大いに感じていた。

 しずちゃんは、やっぱりすごい。難しいと思っていたことを本当に現実にしてしまった。上京なんて生まれて初めての体験だ。

 

「それで、決勝戦っていつから始まるんだっけ? わたしたちが東京に行くのって、いつ?」

「……明後日」

「えっ」

「え」

「ふぇ……?」

 

 全員が、真顔で固まった。

 

 

 

 

 

「くろちゃん、用意は終わった……?」

「うん。もうちょっとだよ、終わったらそっちをお手伝いするね」

 

 荷物をスーツケースに詰め込んで、前日の夜になんとか、準備を済ませることができた。

 おねーちゃんに笑顔で返して、ついでに、苦笑いして言った。

 

「えっと……おねーちゃん、ちょっと荷物を減らしたほうがいいかも」

 

 顔が隠れるほどに抱き抱えている大量の防寒具。

 もしかして、それを全部持っていくつもりなのだろうか。

 

「いっぱい出してたら悩んじゃって……くろちゃんはこの中で、どれがいいと思う?」

「そうだねえ……一番下のそれなんてどうかな。その色が好きだよっ」

「くろちゃんがそう言うなら持っていくぅ……うーん、なんとか全部詰められないかな……?」

「全部は無理だよ、おねーちゃん」

 

 マフラーや冬用コート、そしてセーターやインナーの数々。

 明らかに入りきらない量の折りたたまれた服が部屋に積み上げられた。全部詰めたら、きっとキャリーバック三つは必要だろう。

 

 ……と、松実家はそんな感じでゆるゆると時間が過ぎていった。

 

 

 

 そして出発当日の阿知賀の天気は快晴。東京の天気予報もまた、雲ひとつない快晴だという。

 

「それじゃみんな、とーきょーに、いっくぞー!!!」

 

 まるで出かけてくれと言わんばかりに爛々と煌めく青空の下。静かな駅前に集合したジャージ姿のしずちゃんが元気に腕をいっぱい空に掲げた。

 

「おーっ!」

「おー」

「……お、おーっ!」

 

 可愛らしい服を着てやってきた憧ちゃんは、少し恥ずかしそうにしずちゃんにあわせて声を出す。

 わたしもおねーちゃんも、同じく頑張って声を張り上げた。

 

 キャリーバッグを引っ張りながら改札を通り抜けた。

 阿知賀から出発した列車に乗り込んだわたしたちは、まず新幹線のある京都駅に向かった。

 なかなか見ることのできない、学校よりも大きな駅の天井を、感嘆しながら見上げるおねーちゃんとしずちゃん。憧ちゃんだけが、はしゃぐことなく、お姉さんと連絡をとりあっていた。

 やっとの思いで新幹線に乗りこんだあとも、旅行のテンションは途切れない。

 

「うわみてよ! 列車なのにコンセントついてる! 窓ちっちゃ!」

「こらシズ! おとなしくしなさい!」

「おっと……いけない。ここでテンション上げてたら、肝心なときに体力なくなっちゃう」

「いや、気をつけるのはそこじゃないわよ」 

 

 いつもと違う座席。小さな窓。しずちゃんの目がさらに輝いた。

 

「そういえば憧ちゃん。チケットは手に入ったって言ってたけど。それも望さんが手配してくれたの……?」

「ううん、そっちは別口。ちょうどあたしの友達がインハイ行ってるみたいでね、入場チケット余ってるっていうから、その子から譲ってもらうことになってる」

「へえ。憧の友達もインハイを見にいっているんだ。東京の人?」

「ううん。うちの神社の繋がりで知り合った鹿児島の子でね。昔仲良くなって、ちょいちょい連絡とってるの」

「へぇぇ……チケットのことすっかり忘れてた!!? なきゃ入れないじゃん!」

「今更か!」

 

 体を硬らせたしずちゃんの頭に、軽いチョップを入れた。

 

「あの……毎年人気で、当日じゃ絶対手に入らないって書いてあったよぅ」

「ほえー、さすがインターハイだねえ」

「これはしばらく憧には頭あがらないわ……」

「ふふん、荷物運びは任せたわよ」

「持つ持つ。もちろん持たせていただきますとも!!」

 

 わたしも、ひたすら憧ちゃんに感謝し続けた。

 しかし、不思議にも思った。インハイの観戦席といえば、そこそこに、お高いものだったはずだ。

 

「でもそのお友達、五枚もチケットが余っていたの?」 

「ああ、向こうは参加校だから。身内でいっぱい持ってて、余ってるぶんを譲ってもらう感じ」

「ほうほう……?」

「え、どゆこと?! 憧って、いまインハイに出てる高校の人と、友達なのっ!?」

「……ちょ、ま、揺らすな酔うから! ちがうってば、こら! タメの中等部の子だから、出場選手じゃないわよ!」

 

 揺らされて怒った憧ちゃんが、身をのりだしてきたしずちゃんに、持っていた雑誌を顔にぎゅうと押しつけた。

 

「落ち着いて、到着するまでこれでも読んでなさい!」 

「ふぐぅっ。なんだ、びっくりさせないでよぉ……なにこれ……お、最新のインハイ記事じゃん! ……宮永照、誰この人?」

「その人がさっき話してた、去年のインハイのチャンピオンよ。東京の白糸台って高校のエース。宥姉と同い年ね」

「へーそういえばテレビで見たことあるかも」

「……あんた、さすがに最近インハイを目指し始めたばかりとはいえ、宮永照くらいは覚えておきなさいよ」

「ほうほう。この人が、日本の高校生で一番強いんだ。連続和了。ふーん……」

 

 雑誌に集中しはじめてしずちゃんを見て、憧ちゃんは一息ついた。

 新幹線はあっという間に東京に向けて進んでいく。途中で朝ごはんのお弁当を食べたりしながら、やがて、終点の東京に到着した。

 

 

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