幻想庭園を歩く   作:平熱クラブ

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『人間と妖怪の共存?出来るわよ、きっと』





第3話 紅魔館(2)〜語られる過去〜

 

 

「随分と懐かしい話を持ってきたわね」

 

 レミリアは、紫を前にして唇の端を吊り上げた。どうやら彼女も、紫が持ち出してきた話題に乗り気らしい。

 

 

「偶には過去を振り返ることも重要だと思いまして」

「前も言ったけど、私は未来に生きるタイプなんだけどねぇ」

 

 

 そう言いながら、レミリアは脳裏に数年前の出来事を思い浮かべていた。

『月の使者』たる綿月姉妹と一戦交えた『第ニ次月面戦争』から帰還後、月の海に興味を持ったレミリアはパチュリーやメイド妖精達に海を作らせ、この騒動の関係者を自作の海に招待していた。(海と言っても、ただのプールだが)

 この時、紫は特に誘われたわけでもないが「宴会を開く」と押し入ってきたのだ。

 招かれざる客と杯を交わしながら、レミリアは綿月(わたつきの)依姫(よりひめ)と戦った時のことを紫に語った。

 

 結果はレミリアの完敗。

 

 しかし、本人は大して気にしている様子でも無かったのだ。

 プライドの高いレミリアが、コテンパンにやられたことを特に悔しいとも思っていなかったことが紫にとって意外なことだった。

『第一次月面戦争』において、紫が妖怪を総動員させても勝てなかったとされるのが月の民だ。そのことを知っているレミリアは、自分に勝ち目が無いことなど分かっていたのかもしれない。

 彼女曰く、未来に生きる自分にとって過去の敗北など、どうでもよかったようだ。

 その時彼女は、紫が遥か昔の敗北を根に持っていたことをからかっていた。

 

 

「過去を振り返るのも、未来に生きる為には必要なことですわ。それなりに歳を召してる貴女なら、分かることでなくて?」

「失礼な。私はあんたほど歳を取っちゃいないよ」

「あら? それはどういう意味かしら?」

 

 

 ムスッとした表情を隠さないレミリアに、紫は整った眉を吊り上げながら答えた。両者の視線が交わる箇所で、バチバチと不可視の火花が迸る。

 この僅かな間に交わされた会話が、二人の仲を表していた。お互いを嫌悪するわけではないが、特に仲が良いというわけでもないようだ。

 

 

「さあね。少なくとも私はあんたより若いってだけよ」

「なら、もう少し歳上を敬ってもバチは当たらないんじゃないかしら?」

「生憎、私が敬意を払う基準に歳は関係ないのでね」

 

 

 レミリアはキッパリそう言いながら、カップに入った紅茶を一口喉に流し込む。

 

 

 もっとも、永い時を生きてきた妖怪が数多く存在するこの幻想郷においては、人間同士は別として歳上の者を無条件に敬う風習は殆ど見られない。

 目上の者としての扱いが見られるのは、主に主従関係である。

 一番分かりやすいのは、妖怪の山の天狗社会だろうか。

 天魔と呼ばれる天狗の長を頂点にして、鴉天狗や白狼天狗といった者達が上下関係を重んじながら組織を構成している。

 その下っ端の中に永く生きた者がいる一方で、上層部に比較的若い天狗が就任しているケースも少なくない。そして、上の命令に逆らうことも殆ど無いのである。

 古参の者だからというだけで、気を遣う対応を見掛けることは極稀にしか見られない。

 生きてきた時間の長さよりも、立場が重視される社会なのだ。

 この館のメイド妖精達も吸血鬼が歳上だからではなく、彼女がこの館の「当主」だから目上の者としての応対をしているのだろう。

 ………とは言っても、メイドとして特に役立っているわけでもないようだが。

 

「それで、アレ(・・)を振り返るったって、何処から始めたらいいのかしら?」

 

 カチャリと小さく音を鳴らしながら、レミリアはカップを皿の上に置く。紫は手を顎に充てて考える仕草を見せたが、すぐに口を開いた。

 

「そうね……貴女が幻想郷に移住を申し込んできた辺りからで、どうかしら?」

「ほう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

「外の世界の科学が発展する一方で、神秘の排斥が進み、妖の存在は否定されつつあった…………人間の恐怖を糧とする(あやかし)が、存在を保つことが難しい時代へと変わっていったのよね」

「ええ。それで、私はこの幻想郷へとやってきた………」

 

 互いの認識を確かめ合うように、紫は過去を振り返りながら語り出す。レミリアも、特に相違はないといったように返事をする。

 

「ちゃんちゃら可笑(おか)しい話よ。アレだけ神を信じない者を罰し続けた連中が、神秘を否定するっていうんだから。結局、その神秘とやらを1番疑っていたのは自分達じゃない」

「全くもって仰る通りですわ。それが人間というものですから」

「………人間というのは、実に自分勝手な生き物ね」

 

 人間の一生よりも遥かに長い時間を生きてきた者同士、人間という生き物がどういった存在なのかをよく分かっていた。

 (あやかし)という存在である以上、どうしても人間との関わりを保ったまま生きていかねばならない。彼等の感じる恐怖こそが、妖怪の存在を確かなものにするのだから。

 故に、人間という存在について、人間よりもよく知っていると言っても過言ではなかった。

 

「それで、外の世界で生きることが難しくなった貴女達は、この世界へとやってきた」

「………お陰で助かったわよ。誰一人欠けることなく、今もこうして一緒に暮らせてるのだから」

「ふふッ………」

「ちょっと、何か変なこと言ったかしら?」

 

 口元を押さえて小さく笑う紫に、レミリアは怪訝そうな表情を浮かべる。それを察してか、紫はその理由を明かした。

 

「いえ、貴女も素直に礼が言えるのね」

「………悔しいけど、コレばっかりは感謝すべきことだからよ。私1人の力じゃ、どうにもならなかった」

 

 少しばかり複雑な表情を浮かべるレミリア。

 それまでこちらに向けていた視線をそらしたのを、紫は見逃さなかった。

 やはり幾ら救われた身であったとしても、自分の力でどうにも出来なかったことを悔しく感じていたのかもしれない。

 

 

「なら、私も礼を言わねばなりませんわね」

 

 

 紫は紅茶を一口飲むと、カップを静かに皿に置いた。

 

 

「貴女には、ニ度も(・・・)異変を起こしてもらった(・・・・・・・・)

「…………」

「最初に起こした異変──吸血鬼異変のお陰で、幻想郷は大きく姿を変えることが出来た」

 

 

 

 ──吸血鬼異変

 

 幻想郷の歴史を綴った『幻想郷(げんそうきょう)縁起(えんぎ)』は愚か、その他の由緒ある文献にも詳細は一切(えが)かれていない。

 

 故に、その真相を知る者は数多の妖怪が生きる幻想郷においても、その数は限られてくる。

 

 幻想郷の賢者たる八雲紫は、その内の1人だった。

 

 吸血鬼異変の真相に触れる為には、それなりにでも幻想郷の歴史を辿らねばならない。

 

 

 

 500年ほど前、人間の文明の発達と人口の増加によって妖怪の勢力は押され始めた。

 この事態に懸念を抱いた妖怪の賢者である八雲紫は、その対策として「妖怪拡張計画」を立案する。元々は山奥の辺鄙(へんぴ)な土地でしかなかった幻想郷に、自らの力を使って「幻と実体の境界」という結界を貼ったのだ。

 幻想郷の中を幻の世界、外の世界を実体の世界とすることで、外の世界で力が弱まった妖怪を自動的に呼び込んでしまう。それが、この「妖怪拡張計画」の内容である。

 

 

 これにより、日本の外の国からも妖怪が移ってくるようになった。今も尚起こり続ける「忘れ去られたものが流れ着く」という現象の正体は、この結界の作用によるものなのだ。

 

 

 そして、時は流れて明治と呼ばれる時代がやってきた頃──

 

 

 人間の科学や学術が格段に進歩したことで、幻想の存在そのものが否定され始めた。

 人間の恐怖を糧とする妖怪はもちろん、幻想郷も崩壊の危機を迎え始める。幻想郷には妖怪だけでなく人間も住んでおり、その人間達も科学の発展による幻想の否定を信じ始めたからだ。

 

 ここでもまた、紫が知恵を絞って幻想郷の危機を救うこととなる。

 

 彼女が取った策とは、幻想郷と外の世界の間に「非常識」と「常識」を隔てる論理的な結界を生み出すというものだった。幻想郷を「非常識」の側とし、外の世界を常識の世界とすることで、幻想を否定する力を逆に利用しようという考えである。

 後に、「博麗(はくれい)(だい)結界(けっかい)」と呼ばれるこの結界により、外の世界との繋がりは完全に絶たれることとなった。一部を除いて、幻想郷と外の世界を簡単に行き来出来ないのはこうした理由があるからである。

 今日にまで存在するこの結界により、幻想郷は存在を保つことが出来たのだ。

 

 

 だが、これで全てが解決したわけではない。

 

 

 今度は結界が張られた後の幻想郷を維持するために、人間と妖怪の間に数や勢力のバランスを保つことが必要になった。

 そのため人間はこれ以上妖怪が減っても増えても困るために妖怪を完全に退治しなくなり、妖怪側もこれ以上幻想郷の人間が減っても増えても困るため幻想郷の人間を襲うことはほとんどなくなった。

 

 

 妖怪は人間の恐怖を糧とするが、逆を言えば人間がいなければ存在を保てない。一方で、人間は妖怪を恐れるが、妖怪の力がなければ災害から身を守ることは出来ない。

 

 故に、人間は妖怪の恐怖を語り継ぎ、妖怪は人里に災害が迫ればその力をもって防ぐことに専念する。

 

 

 表面上は敵対する関係に見えても、「自らの存在を保つ」という根底的な部分では協力し合うという奇妙な関係となっているのだ。

 幻想郷が外の世界と隔絶されてからは、両者の間で大きな争いが起こることはなくなった。

 しかし、その代償として幻想郷の妖怪たちは存在意義を失ったことで次第に気力も衰えて弱い存在へと変わり始める。

 

 異変が起こったのは、その時だった。

 

 幻と実体の境界の力により、外の世界の吸血鬼が幻想郷に流れ込んできたのだ。そして、この地を支配しようと暴虐の限りを尽くし、力を失っていた幻想郷の妖怪たちの多くが吸血鬼の傘下に入ってしまった。

 結局、この騒動は最も力のある妖怪──八雲紫の手によって決着を迎えることとなる。

 双方で契約を結び、和解をすることにより終息へと向かった。

 人間と妖怪の関係についての意識が大きく改められる異変ではあったが、結局和解という形で決着がついてしまえば、妖怪達は再び存在意義を見失ってしまう。

 この事態を懸念した妖怪達が、大結界の管理を担う「博麗の巫女」と話し合うことになった。争点となったのは、双方のバランスを崩すことなく、両者が戦いやすくなる方法──

 その結果考案されたのが、今日では当たり前のように繰り広げられる「スペルカードルール」である。

 この画期的な決闘法により、妖怪は人間を襲いやすくなり、人間もまた妖怪を退治しやすくなった。人間の数も妖怪の数も減ることなく、平和的に両者の存在を保てるようになったのだ。

 

 

 

 ここまでが、幻想郷の民が抱く一般的な認識(・・・・・・)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと大スクープでしょうね。もし、吸血鬼異変を引き起こしたのが八雲紫(あなた)だったなんてことが広まったら………」

「おっと……もし、それを他言すれば──」

「大丈夫よ。悪魔は約束を破らないから」

 

 

 少し目つきが鋭くなった紫を、レミリアは特に表情を変えることなく一言で押さえ込んでみせた。

 

 

「それにしても、あの時は私も驚いたわよ。まさか、移住の条件が異変を引き起こすこと(・・・・・・・・・・)だったなんて」

「………貴女もお分かりでしょう? 一昔前の幻想郷がどんな体たらくだったか」

「えぇ。まるで、ぬるま湯の世界だったわね」

 

 

 少しムッとした表情を浮かべる紫だったが、レミリアの言うことはただの煽りではない。

 事実、幻想郷の多くの妖怪が吸血鬼の軍門に下ったのだから。

 

 

「一歩間違えれば、幻想郷は滅んでいた可能性もあった………紫、貴女は本当にアレで納得したのかしら?」

 

 

 少しも逸れることのない真っ直ぐな視線を向けるレミリアに、紫は険しい表情を浮かべていた。

 あの時の異変で、幻想郷は決して少なくない犠牲を生んだ。紫ほど幻想郷を愛する者が、その結果に納得がいっているのかレミリアには疑問だった。

 

 

「………幻想郷は残酷なことに、全てを受け入れます。例え、多大な犠牲を生み出すことになっても……」

「じゃあ、それをアイツ(・・・)の前で言えるかしら? ……当時の、博麗の巫女に……」

「…………」

 

 

 レミリアの返しに、紫は何も言い返せなかった。

 吸血鬼異変による、紫にとっての1番の犠牲──

 

 

 それは、先代の博麗の巫女が命を落としたことだった。

 人間を襲うことを忘れた妖怪に、妖怪を退治することを忘れた人間。その両者が蔓延る幻想郷は、ただ衰退の一途を辿っていた。

 その幻想郷を変える為に、紫がレミリアに起こすように依頼した異変が吸血鬼異変だった。人間と妖怪の本来のあるべき在り方を全ての人妖に改めさせることは出来たが、その代償として失ったものは多い。

 人間にとって、妖怪から守ってくれる存在であったはずの博麗の巫女が死んだことは紫にとって大きな誤算だった。

 

 

 

 しばらく、その場に漂い続ける静寂。

 レミリアは紫の言葉を待つようにしてか、何も言葉を発しない。

 

 

「…………言えないと思うわ」

「…………」

 

 沈黙を破ったのは、紫の一言。

 直後にまた沈黙がその場に流れるが、紫が再びそれを遮った。

 

 

「……でも」

「……?」

「あの人なら、きっと納得してくれるはずよ。私が下した決断、今の幻想郷の姿に………」

「…………」

 

 弱々しい声ではあったが、レミリアはそこに僅かな自信を感じていた。

 いや、自信を持とうとしていた(・・・・・・・・・・・)と言い換えるべきか。

 自分の決断の為に命を落としたのならば、その決断に自信を持たねばそれは犠牲となった者への冒涜になると考えていたのだろう。

 

 

 だが、それでも紫の声音は弱かった。

 

 

 そしてレミリアも、紫の気持ちを推し量ることは出来ていた。

 

 

 

 

 

 側にいた人間を失う気持ちを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





先代の博麗の巫女は、先の異変で命を落とした。
だが、人間の希望はそれで絶たれたわけではない。
その役目を継ぐ者が、まだいるのだから–––––



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