幻想庭園を歩く   作:平熱クラブ

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『生きる時が短いからこそ、 妖怪(私達)より精一杯生きる––––それが人間よ』



第4話 紅魔館(3)〜託された『これから』〜

 後悔と自責の念。

 生きている以上、人間が必ず背負うものだ。

 そして、それは人間に限った話ではなく、妖怪もまたそれらを背負って生きる存在だった。

 

 

「あの人なら、きっと納得してくれるはずよ。私が下した決断、今の幻想郷の姿に………」

「…………」

 

 

 自信を持とうとする(・・・・・・・・・)その震える声に、レミリアは険しい表情を浮かべていた。

 妖怪の賢者たる八雲紫がここまで弱気になる姿を見るのは、彼女にとっては初めてのことだった。

 

 

「事実、いまの幻想郷は見違えるように変わった。人間の強さも明るみになり、そして(あやかし)との共存も実現してみせた。それは貴女が1番分かっているのではないかしら?」

「………あの子のことね」

 

 

 レミリアの一言に紫は静かに頷いた。

 

 

「貴女達が証明してくれたのよ。人間と妖怪が共に生きられる可能性を」

「………私に無理矢理子育て(・・・)を押し付けてきたと思ったら、それが狙いだったのね」

「えぇ」

 

 

 短く返答する紫に、レミリアは『やれやれ』と言った風に溜息をつく。そして、彼女の脳裏にはある少女(・・・・)がこの館を訪れた日の記憶が蘇っていた。

 

 

 ──十六夜(いざよい)咲夜(さくや)

 

 

 彼女の従者にして、紅魔館で唯一の人間。

 レミリアがその名を与えた時は、その目に光が無く、死を迎えることが出来ない屍のようにただ息をするだけの生き物だった。

 人間の弱さを目の当たりにし、レミリアはその役の立たなさに頭を抱える日々を送り続ける。

 しかし、今では絶対的な信頼を寄せるようにまでなったのだ。

 

 

「ある日、急に小汚い子供をこの館に連れてきたと思ったら『この子をどうするかは任せます』だなんて…………お陰で、あの子は立派な従者になったわよ」

「あら、それなら何も不服は無いのではなくて?」

「こっちの苦労も少しは考えて欲しいものねぇ」

 

 

『吸血鬼異変』が収束した後、八雲紫は紅魔館に1人の子供を連れてきた。

 妖怪の恐怖を思い出した人間達は、幻想郷の本来の在り方──妖怪と共に生きねばならない自分達の運命を受け入れられずにいたのだ。

 

 そこでまた、改革が必要になった。

 

 人間と妖怪が共存出来ることを証明しなければならない。その為に紫が取った策が、幻想郷を恐怖に陥れた妖怪──吸血鬼が人間と共に過ごせた事実を作ることだった。

 

 

「それにしても………ただの自殺未遂者だった彼女が、ここまで変わるだなんてね………拾ってきた私にも想像がつかなかったわ」

 

 

 遠い出来事を思い出すように頬杖をつく紫に、レミリアは少し間を置いて問い掛けた。

 

 

「咲夜はそもそも、この世界の人間じゃなかったのよね?」

「………そうね。こことは他所(よそ)の世界で死に損ねた彼女は、この幻想郷の境を彷徨っていた」

「…………」

「数多の生死を見届けてきた私にも、生きてるかどうかさえ分からない状態だった。だから、彼女に賭けたのよ」

「………そう」

 

 

 人間は妖怪と共存出来るかどうか。

 それを試す為には、『生贄』が必要だった。

 もし、ソレ(・・)が不可能だった場合…………その人間に命の保証は無かったからだ。

 仮に命を落としてしまったとしても、誰も悲しむ者がいない人材──それが、十六夜咲夜という少女だった。

 

 

レミリア(貴女)もそうでしょうけど、私もあの子には感謝してるわ」

 

 

 紫のその一言に、レミリアは首を傾げた。

 咲夜が紫に何か恩を売るようなことをしただろうか? 

 そんな彼女の疑問に答えるように、紫は口を開いた。

 

 

「霊夢や魔理沙………あの二人と一緒だったとはいえ、この私をも倒してみせた。人間が妖怪に対抗する術を持つことを、あの子が証明してくれたのよ」

春雪異変(あの時)の………」

 

 

 思い出したように呟くレミリアに、紫はコクリと頷いた。

 人間も妖怪に勝つことが出来る。

 その事実が、妖怪を恐れる幻想郷の人々に希望をもたらしたのだ。

 

 

「人間は妖怪(私達)をも超える力を持っている。これからの幻想郷は──そうね…………彼女達、人間の手に掛かってると言えるわ」

 

 

 紫はそう言いながら、バルコニーの外の景色に目を向ける。

 海のように青い空を元気よく妖精達が飛び交い、大地に蔓延る緑は幻想郷そのものの生命力を精一杯に醸し出す。

 その光景に、紫は口元を綻ばせた。

 

 

「紫………やっぱり、貴方も人間を信用してるのね」

 

 

 そんな彼女の気持ちを確認するように、レミリアが問い掛ける。

 

 

「………先代の巫女がいなくなった幻想郷に、あの子達が希望をもたらしてくれた」

「…………」

「レミリア嬢」

 

 

 紫はレミリアの名を口にすると、静かに椅子から立ち上がる。そして、彼女の瞳に真っ直ぐな視線を向けた。

 

 

「人間との繋がりを大切になさいな。私は、きっともう…………人間との関わりは持てない。人と共に過ごせる時間を、一生の宝だと思いなさい」

「………何を言ってるのかしら? 貴方には、霊夢が──」

 

 

 レミリアはそこで固まった。

 声を途切らせた彼女は目を見開き、その瞳を僅かに震わせる。

 

 

「見えましたか、私の運命が」

「……………」

 

 

 紫の返事に、レミリアは何も言い返せなかった。

 先程、紫が自分に向けた言葉の真意がようやく掴めたかのようだった。

 

 

「紫、貴方………」

 

 

 かける言葉が見つからずにいるレミリアの様子を見て、紫は少し淋しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「久しぶりに思い出話が出来て楽しかったわ。またね(・・・)

 

 

 その声と共に、紫の姿は其処から消えた。

 その場に固まったままでいるレミリアは、ただ無言で険しい表情を浮かべるばかりだった。

 

 

「賢者ともあろう者が嘘をつくなんて………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

「感謝してるわよ」

 

 

 紫は紅魔館の門へと続く庭の道を歩きながら、そう呟いた。

 

 レミリア達には二度(・・)異変を起こしてもらった。

 

 この幻想郷を変える為に依頼した『吸血鬼異変』。そして、『スペルカードルール』の普及を目的とした八百長異変である『紅霧異変』。

 更には、かつて彼女が拾ってきた少女が妖怪を退治する程の力を身につけ、幻想郷で起こった数々の異変の解決に携わった。

 

 

 紫にとって紅魔館は、いまの幻想郷を形作るのに不可欠な存在だった。故に、彼女は恩を感じていたのだ。

 

 

 

「…………全く、お寝坊さんね。私が言えたことじゃないけど」

 

 

 この館を訪れた時から、壁にもたれて腕組みをしながら鼻ちょうちんを浮かべる門番は相変わらずだった。

 紫はソッと近づき、夢に現を抜かす門番の額を閉じた扇子で軽く叩いてみた。

 

 

「わッ!!」

 

 

 すると、その門番──(ほん)美鈴(めいりん)は驚いた声を上げながら素早くその場から立ち退き、武人らしく瞬時に構えを取る。

 しかし、目の前の人物を視認すると、キョトンとした顔を浮かべながら構えを解いた。

 

 

「あれ、貴方は………」

「えぇ、八雲紫でございます」

 

 

 紫は夢から目覚めた門番に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「ええと、もしかして見てました?」

 

 

 美鈴はおずおずと、紫に問い掛ける。

 一方で紫は笑みを崩さないままでいた。

 

 

「そうね。貴女の可愛らしい寝顔はキッチリ覚えてますわ」

「あちゃ〜……」

 

 

 自分の失態を悔いるように、美鈴は目を覆うようにしてパシンと手で叩く。そして、恐る恐る紫に尋ねかけた。

 

 

「あ、あのー……このことは咲夜さんには内緒でお願いしますね………」

「あら、そういうのは私が館に入る前に言ってくれなくちゃ。貴女のこと、あのメイド長にもう言っちゃったわよ」

「ですよね〜、トホホ………」

 

 

 美鈴は困ったように笑っているが、咲夜からどう叱られるかを少し恐れているかのようだった。それを知ってか知らずか、紫が追い打ちをかける。

 

 

「残念ね。ちゃんと前もって言ってくれれば、私も喜んで断ったのに」

「いや、それ! 結局言っちゃってるじゃないですか!」

 

 

 美鈴の声に、紫は思わず口元を押さえて笑った。

 なんとも揶揄い甲斐のある門番だ。

 一先ず笑いが落ち着くと、紫は美鈴の方に向き直る。そこには、先程レミリアに見せたような顔は無かった。

 

 

「ホント面白い子ね、紅魔館(ここ)の門番は。貴女のとこのお嬢様とのお話、楽しかったわよ。また来るわね」

 

 

 紫は美鈴に手を振り、そこから歩み出した。

 それを見届けるように美鈴も手を振り、声をかける。

 

 

「え、えぇ、お気をつけ──」

 

 

 しかし、美鈴は何かに気付いて固まり、そこで声を途切らせる。

 全身が一瞬で氷漬けにされたかのように、彼女は動くことが出来なかった。

 そのまま数秒間固まったままでいたが、美鈴は何かを思い出したように紫の後を走って追う。

 紫はただ歩いていただけなので、その距離はすぐに詰められた。

 

 

「お待ちください」

「…………」

 

 

 背後から掛けられた声に、紫はピタリと足を止めた。そして、ゆっくりと振り返る。

 先程までにこやかな笑顔を浮かべていた門番の姿はなく、何か深刻そうな表情を浮かべているようだった。

 

 

「何かしら?」

 

 

 紫の冷淡な声に少し怯む様子を見せながらも、美鈴は険しい表情のまま口を開いた。

 

 

「私には、『気を使う程度の能力』があります。そして、他人の『気』──貴方で言えば、妖力に通じる力を察知することだって可能です」

「………知ってるわ」

「…………」

 

 

 明らかに先程までと態度が違う。

 何か気付いてはならないことに気付いてしまったのだろうか。美鈴はそう感じながらも、話を続けた。

 

 

「いま、貴方の気に乱れを感じました。それこそ、普通の生き物なら正気を保っていられないほどの………」

「…………」

「貴方の身に何が起きているのかは分かりませんが………どうか、お気をつけて」

 

 

 美鈴は汗が頬を伝うのを感じるのと同時に、背筋にも似たような感覚を覚えていた。

 急に口数が少なくなった紫の様子に、不気味ささえも覚えていた。

 紫はしばらく黙ったまま彼女を見つめていたが、短く礼を述べる。

 

 

「御忠告、ありがと」

 

 

 その声の余韻が消えぬうちに、紫はその姿を隙間(・・)の中に隠してしまった。

 その場に一人残った美鈴は、ただ肌が汗に覆われるつめたい感覚に浸ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




いまの幻想郷の姿へと至るまでに、その歴史に大きく干渉したスカーレット家。
彼女らへの感謝と自らに迫る運命への覚悟、これからの幻想郷を憂う心を胸に、八雲紫は紅魔館を後にした。
そして紫は、互いに友と呼び合った人物に会う為に冥界へと向かっていったのだった。


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