裏切り者の名を受けて   作:ほろろぎ

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投稿遅くてごめんなさい。
のんびり書いていくので、のんびりお付き合いください。


第二話 慰め ─コンフォート─

 二〇十五年、七月。両親の離婚によって親に捨てられた駆道 明楽が、親戚の白鳥家に引き取られてから半年が経った。

 

 半年前、引っ越しに伴い明楽は、諏訪市にあるとある小学校に転校した。

 歌野と同じ学校だが、年齢の違う二人はもちろん同じクラスになることなどない。

 

「くくく、駆道 明楽です……。よろしくおねがいさしすせそ!!」

 

 初めて訪れた六年生の教室。

 教師に呼ばれて入室した明楽は、初対面のクラスメイトの前で緊張した面持ちで自己紹介する。それはもう、ものすごく。

 緊張のしすぎで体は小刻みに震え、呂律も回っていないくらいだ。

 勢いよくお辞儀した衝撃でランドセルのカバーが外れ、中の教科書や筆記具を盛大にぶちまけてしまうハプニングにも見舞われた。

 

「あわわわわ……!」

 

 慌てて床に散らばる教科書を拾い集める明楽を、同級生はどんな思いで見ていたのだろうか。

 転校生へのお決まりのイベント。休み時間の生徒たちからの質問攻めにも、明楽は口下手な性格が災いして全く返答ができなかった。

 見知らぬ同年代の男女に周囲を囲まれるという状況にも、ガチガチに上がって表情すら笑顔を作れない。

 結果、『不愛想で近づきがたい、変な奴』というイメージを抱かれた明楽は、以降誰からも声をかけられることなく、学校全体で見ても浮いた存在となってしまっていた。

 

「はあぁぁ~……」

 

 明楽は泥のように淀んだ、深いため息を吐きながら小学校の廊下を歩いていた。

 この半年の間、どうにかして友達を作ろうと自分から級友に話しかけようとしたことも何度もある。

 だがどうにも緊張してしまい、また相手からも避けられているような雰囲気を察してしまい、結局明楽は独りきりの学校生活を送ることになっていた。

 

 ガララッという音を立てて、図書室の扉を開ける。

 明楽は休み時間になるとここへ逃げ込むという生活パターンを確立していた。

 他の生徒たちはみんな、教室でおしゃべりするか校庭で運動するかなため、図書室にはいつも明楽以外の人の姿はない。

 椅子を引き、座り込むと再び深々と溜息を吐く。

 

「ダメだ、僕ってなにも変わってないぞ」

 

 うなだれながら独り言ちる。

 白鳥家に迎え入れられ、歌野と一緒に過ごすことで明楽は孤独ではなくなった。

 歌野や叔父、叔母の前でなら、以前より自分から話しかけることも増えてきた。

 だが赤の他人に対しては、まだ気後れする性分が抜けていない。

 

「このままじゃ中学生、高校生、大人になっても変わらない。ずっと引きこもる訳にもいかないし、家を出たら一生独りきりで生きていかなきゃならないのかな……」

 

 首を左右に振って思考を無理矢理断ち切った。このままでは負のスパイラルに落ち込んでしまう。

 明楽は気分を変えるため、棚から一冊の本を手にとり読み始めた。

 ペラッ……ペラッ……っとページをめくる音だけが、誰もいない静かな図書室にかすかに響く。

 

「なに読んでるの?」

「うへあ!?」

 

 突然顔のすぐ横から聞こえてきた声に驚いて、明楽は頓狂な声を上げながらイスから転げ落ちた。

 いつの間に隣にいたのか、声をかけてきたのは歌野だった。

 本の世界に没入していて、扉を開ける音も近づいてくる気配にもまったく気づけなかった。

 

「ソーリー、ずいぶん熱中してたのね」

 

 手を差し伸べてくる歌野。明楽は彼女の手を取って立ち上がった。

 

「うーちゃん、なんでここに?」

「う~ん、なんとなく。あっきーがいるかな~って思ってね」

 

 そう言って歌野は人懐っこい笑みを浮かべ、明楽が椅子に座りなおすのを見ていた。

 

「あっきーは、いつも図書室(ここ)にいるの?」

「ん、そうだよ」

「一人で?」

「まあね……」

フレンド(友達)はできた?」

 

 明楽は無言で、首を左右に振って答えた。歌野も「そっか」と小さく呟く。

 

「こっちからもね、話しかけようとはしたんだよ。でも、なんか避けられてるみたいでさ……」

「そうなんだ」

「でもまあ、仕方ないよね。僕ってこんな、暗い性格してるから……一緒に居ても楽しくないだろうしね」

 

 今は白鳥家のおかげで緩和されてきたとはいえ、明楽の引っ込み思案は筋金入りだ。

 その性格が歳を経ると共に悪化していったのは、両親との関係性の希薄さもあっただろう。

 悲しいかな、自分は他人からい愛される人間だということを、明楽は実の親から学ぶことは終ぞなかったのだ。

 

「う~ん、私はあっきーといてもエンジョイでき(楽しめ)てるわよ?」

 

 歌野は明楽の隣の椅子に腰を下ろすとそう言った。

 明楽は彼女の無垢な言葉を聞き、照れたようにわずかに頬を赤くする。

 

「それは……うーちゃんが人が良いからだよ」

「そうかしら? そうかもね。もっと褒めて!」

 

 歌野が頭を差しだしてきたので、明楽はおずおずといった手つきで彼女の頭を撫でる。満足気な歌野の姿はどことなく猫っぽい。

 

 そんな歌野は明楽とは正反対に、いつでも自分に自信満々である。そういう彼女のことを明楽はずっと尊敬していた。

 一方で歌野のまぶしさに余計自分の暗い性格が浮き彫りにされ、自分は歌野の側にいるのに相応しくないのではという考えにもとらわれているのだが……。

 

 不意に歌野の視界に、机の上にある一冊の本が入った。それは開かれたままの状態で置かれており、先ほどまで明楽が読んでいたものだとわかった。

 歌野は本を手に取る。表紙には赤い肌と青い肌をした、2人の鬼のイラストが描かれていた。

 

「懐かしいわね、これ。幼稚園の頃に読んだことがあるわ」

 

 それは、人間と友達になりたい赤鬼と、赤鬼のために自分を犠牲にする青鬼との、悲しい友情を描いた物語である。

 明楽は昔からこのお話が好きだった。青鬼の自己犠牲と、失って初めて青鬼の存在の大切さに赤鬼が気が付く、そのすれ違いの物悲しさがいい。

 そうだ、と歌野はなにか閃いたように、本に向けていた視線を明楽に動かし声高らかに言う。

 

「私に、あっきーにフレンドができるいい考えがあるわ!」

「……どんな?」

「あっきーのクラスで私がランペイジ(大暴れ)するから、あっきーがそれを止める」

「却下」

「えぇー、ナイスなアイディアだと思うんだけどなぁ」

 

 歌野の表情からは冗談半分だが、残りの半分は本気で言っていることが読み取れた。だから明楽も本気で止める。

 

「ダメだよそんな、うーちゃんを犠牲にするなんてできないよ」

「でも、犠牲失くして勝利はあり得ないわ」

「だったら勝たなくていい。友達も……できなくていい」

 

 明楽にとって歌野は新しい家族だ。

 元の生活では与えられなかった温もりを、彼女は与えてくれている。

 そんな歌野を自分の幸せのための踏み台にするなんて、そんなことは神が許しても自分自身が許せない。

 

「ありがとう、うーちゃんの気持ちは嬉しいよ」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

「これは僕の問題だから、僕がなんとかしなくちゃいけないんだ。僕が頑張って、もっと明るい人間になれば……きっと友達もできる……はず」

 

 最後の方は自信なさ気に明楽は言う。

 他人の考えを変えることはできない。なら自分を変えるのが一番手っ取り早い方法だろう。

 とはいえ、どうすれば暗い性格を百八十度転換して明るくなれるのか、さっぱり分からなかったが。

 一方で歌野も、う~んと難しそうな顔をしている。

 

「それって、あっきーなのかしら?」

「……? どういうこと?」

「今のあっきーが無理して性格をチェンジしても、変わったあとのあっきーはあっきーって言えるのかなって」

「でも、今の僕から変わらないと、みんなから好きになってもらえない……」

「そんなことは」

「きっと、そうなんだ」

 

 噛み締めるように言う。その様は、まるで自分で自分に悪い暗示をかけているように歌野には見えた。

 自嘲するように薄い笑みを浮かべる明楽。

 歌野は、聞き分けの悪い弟をたしなめる姉のように、明楽の手の上にそっと自分の手を重ねた。

 

「あっきーって変なところで頑固になるわね」

「そう?」

「そうよ」

「そうかもしれない」

 

 なら、そこも直さないと……とつぶやく明楽に歌野は

 

「別にいいんじゃないかしら、今のままで」

 

 と、こともなげに言った。

 その言葉が意外なものだったので、明楽は呆気にとられたような顔で聞き返す。

 

「え……いいの? このままで?」

「うん。だって、無理して人に好かれようとしてるあっきー、見ててつらそうなんだもの」

 

 歌野は明楽の心中を見透かしたように言った。まったくもってその通りだった。

 頑張って人に好まれる自分を演じようとするのは、それが上手くいっていなくてもしんどい。

 

「人生はエンジョイする(楽しむ)ためにあるのよ。辛い思いをして生きていくのは悲しいわ。それに……」

 

 明楽の手をしっかりと握り、歌野は微笑みを向ける。

 

「あっきーのネームは『明るく楽しい』って書くじゃない? きっとあっきーのお父さんとお母さんも、あっきーにそんな風に生きていって欲しいから『明楽』って付けたんじゃないかしら?」

 

 それは、明楽が今までまったく思い至らなかったことだった。

 自分の名前にそんな想いが込められていたのだろうか……。

 真実はもう確認できない。両親は明楽の元を離れ、今ではどこへ行ったのか誰にも分らないから。

 

「本当のことだけが人をハッピーにする訳じゃないわ。大切なのは信じることよ」

「信じる……」

「信じましょう。あっきーがあっきーのままでハッピーになれるって」

「……そうだね」

 

 微笑む歌野につられて、明楽の頬も緩んだ。暖かい時間がそこにはあった。

 

「うーちゃんは昔から変わらないね」

「それはそうよ。私は私、あっきーはあっきー。その存在はエターナル!」

 

 自信満々に宣言する姿は、思い出の中の歌野と同じだ。

 いや、一つだけ変わったことがあった。明楽はそのことを彼女に尋ねる。

 

「そういえば、なんで会話に英語が混じるの?」

 

 昔の歌野はごく普通の、日本語オンリーで話していた。

 それが久方ぶりに再会した時には、会話の中に英語を絡めるようになっている。

 歌野が理由を説明していると授業開始のチャイムが鳴ったので、二人は慌ててそれぞれのクラスへ駆け戻っていった。

 

 二〇十五年、七月のとある日の出来事。

 人の世の終わりまであとわずかにせまった、安らぎの一時であった。




元ネタ

『私に、あっきーにフレンドができるいい考えがあるわ』
トランスフォーマー(アニメ)から、コンボイ司令官の名台詞より

『犠牲失くして勝利はあり得ないわ』
トランスフォーマー(実写映画)から、ウィトウィッキー家の家訓より
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