裏切り者の名を受けて   作:ほろろぎ

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第三話 絶望 ─アポカリプス─

 かつて世界は、一九九九年に滅びると言われていた。

 大部分の人は「そんなこと起こるもんか」と笑い飛ばし、残りの人々はそれが起こると信じていた。

 

 ──結局、その時世界は滅ばなかった。

 

 ある者は安堵し、ある者はガッカリと肩を落とし、時が経ってその話は忘れられていった。

 そうして十六年もの歳月を経て、今、人々はかつての預言を思い出していた。

 

 ここ数日の間、世界各地で異常な数の地震、豪雨、竜巻などの自然現象が頻発していた。

 明楽と歌野が住む諏訪も例外なくその脅威にさらされ、人々は猛威を振るう天災に怯えて暮らしている。

 

「あっきー、ハリーアップ(急いで)!」

「ごめん、おまたせ」

 

 近頃頻繁に起きる地震のせいで、白鳥家の家屋に倒壊の危険性が見られていた。

 そのため歌野たちは近くの神社に避難することになっていた。

 歌野の両親はすでに避難済みだったが、明楽と歌野は準備に手間取り遅れてしまったのだ。

 

「よし、行こう」

 

 すでに夜になっていたので、懐中電灯をつけながら明楽が言った。

 歌野の方に目をやると、彼女はぼんやりとした表情で空を見上げている。

 

「? どうしたの、うーちゃん?」

「……あれ」

 

 明楽の疑問の声に応える代わりに、歌野は夜空を指さす。

 彼女の指の先には、暗くなった空にきらめく星々の光があった。しかしその光はみな、不思議な軌道を描いてゆれている。

 

「……UFO?」

 

 明楽がつぶやいた。

 光の動きはテレビの年末特別番組などで見る、未確認飛行物体と呼ばれる存在のそれに似ていた。

 だが数が多すぎる。今二人の目に映る光の数は百や二百ではきかない。

 

 光は徐々にその白さを増していった。

 いや違う。光と明楽たちの距離が縮まっているのだ。

 夜空に輝く無数の星々は次々と地上に降り注いだ。

 明楽と歌野の目の前にも落ちてきたそれは、星などではなかった。

 大きな歯と口のような器官を備えた白い袋状の物体。

 

「モンスター」

 

 歌野が呆然とそうこぼす。夜空から降りてきたものは、まさに怪物としか言いようのない異様な形態をしていた。

 

「……うーちゃん、逃げよう!」

 

 突然の状況に思考が止まっていた二人だったが、いち早く正気に戻った明楽が歌野の手を引いてその場から駆け出した。

 直後、町のあちこちから悲鳴が聞こえ始める。考えたくないことだが、怪物は人を襲うようだ。

 

「あっきー、なんなのあれ!?」

「知らない! 見たこともない!」

ブック(図鑑)にも載ってなかったわ! UMAかしら!?」

「宇宙人じゃないの!? いや、宇宙怪獣!?」

「地球をレイド(侵略)しに来たのかしら!? 防衛隊に行かないと!」

「その前に神社に行こう! あそこなら他に避難してる人たちもいるから!」

 

 明楽と歌野は会話しながらも必死で走り、避難所の神社を目指す。

 

 ほどなくして二人は神社に到着したのだが……

 

「ここにも怪物が……!」

 

 町と同じく、すでに神社にも化け物が群れをなしてひしめいていた。

 先に避難していた人々も、襲い掛かる化け物によって抵抗する間もなく食い殺されていく。

 

「あ、あっきー……」

 

 歌野がつないでいた手に力を込めた。

 彼女の視線の先には、こちらに対して顔──らしきものを向けている怪物の姿がある。

 明楽は慌てて歌野の手を引き逃げるのだが、怪物は後を追いかけてくる。

 

「逃げないと!」

「でも、どこに……!?」

 

 町中の至る所に怪物は漂っていた。諏訪だけではなく日本各地、世界全土に怪物は襲来しているのだ。すでに逃げ場は、どこにも残されていない。

 明楽と歌野も、いくらも走らないうちに数体の怪物に囲まれてしまった。

 

「このモンスターども、来るなら来なさい!」

 

 危機的状況にもかかわらず、歌野は怪物を睨みつけ威勢よく言い放つ。

 そんな挑発するようなこと言わなくても……と彼女の方を振り返った明楽は、その背後に小さな蔵があることに気付いた。

 考えるより早く、明楽は歌野を蔵の中に押し込んだ。

 歌野が驚いた顔でなにか言おうとするが、それを聞く前に扉を閉じる。

 残された明楽の前には、まだ怪物が待ち構えていた。

 

 怪物は家々の壁をぶち破って、中にいる住人を襲っている様が見られた。

 蔵の中に二人で閉じこもっても、すぐに取り囲まれて食い殺されてしまうだろうことは想像に難くない。

 

(なら、うーちゃんだけでも助けなきゃ)

 

 明楽は思った。怪物を前にして恐怖で体は震え、心臓もバクバク言っている。

 

(こんなことするなんて僕らしくないよな……。でも、うーちゃんは大切な家族なんだ。絶対に死なせたくない……!)

 

 明楽は怪物を引き付けようと、大声を上げながら蔵の前から離れる。

 思い通り、二人を狙っていた怪物は今、明楽だけに標的を変えて追いかけてきた。

 できるだけ歌野から脅威を引き離そうと神社を出ようとしたところで、明楽の前の地面が突如隆起する。

 

「うわっ!?」

 

 驚いて尻もちをつく。

 また怪物の襲来かと思うが、地面の中から現れたのは太く大きなモミの木であった。

 それも幾本ものモミの木が、次々と地面を破って生え始める。

 御柱と呼ばれるそれは、諏訪湖をグルリと取り囲むように出現し、目に見えない透明な壁を生成した。

 

「これは……バリアー?」

 

 明楽の言うように、御柱は結界を張り巡らせていた。結界の外にいた怪物は、壁に阻まれ中に入ることが出来ないでいる。

 

「なんだか分からないけど、助かった……?」

 

 安心したのも束の間、明楽の背後には先ほどまで彼を追いかけていた化け物が迫って来ていた。

 結界の外にいる怪物は中に入れないが、すでに中にいるものまではどうにもできないようだ。

 明楽が立ち上がるよりも早く怪物が口を開き、その頭上に覆いかぶさろうとした時──

 

「てやぁあああ!」

 

 叫びと共にビュンッと風を切る音が聞こえ、直後……目の前の怪物が消滅した。

 崩れ去る怪物の体を眺めながら呆気にとられる明楽。

 そこに歌野が駆け寄ってくる。

 

「あっきー、大丈夫!?」

「ぇ……あ、うん。ギリギリで助かったみたい」

「そう、よかったぁ」

「……いやよくないよ!? うーちゃん、外に出てきちゃだめじゃない!」

「私はこれ(・・)があるからオールオッケー!」

 

 そう言って歌野は手にしている物を見せる。それは鞭に似た形状をした物体だった。

 

「なにこれ?」

「私もよくアンダースタンドだ(分からない)けど、私がこれを使ってモンスターをザップす(やっつけ)ればいいみたいなの」

 

 どうやら先ほど明楽を食べようとしていた怪物を倒したのは歌野のようだ。

 

「詳しいことは彼女に聞いて! 私は残りのモンスターをレッツ・エクスターミネーション(退治してくる)!!」

 

 言うが早いか、歌野は明楽を置いて駆けていった。そのスピードは常人のそれをはるかに凌駕している。

 文字通り目の前から消えた歌野の言葉を思い出し、彼女がいた場所に目を向けると、そこには同じく取り残された一人の少女の姿があった。

 少女と視線が合う。沈黙が流れる。怪物が跳梁跋扈する中で、二人の周りだけ不自然なほどに静かだった。

 

「え、えっと……駆道 明楽です」

「あわわ……! ふ、藤森 水都ですっ!」

 

 気まずさに耐えかねた明楽の突然の自己紹介に、少女──水都も慌てたように返す。

 水都の動揺っぷりに明楽は、なんだか自分の姿を客観的に見せられているような気になった。

 

(この子、他人の気がしない……)

 

 明楽は初対面の水都に、不思議な親近感を覚えた。

 

「藤森さん、うーちゃんに一体なにが起きたんですか?」

「ぇえーっと、それは……その……」

 

 水都も口下手な性格なのか、説明に手間取っていると結界の外から避難してくる人の群れが。

 二人はひとまず、もっと安全な神社の中央に向かおうとしたところで、あるものが目に入った。

 結界の外には、逃げ遅れた幼い子供が一人。このままではすぐに、後ろから迫ってくる怪物に捕食されてしまうだろう。

 二人は歌野の方に顔を向けるが、彼女は未だ結界内に残る怪物の掃討に当たっており、他に手を割く余裕はないようだ。

 

「……わ、私、行ってきます」

 

 しばし悩むそぶりを見せたあと、水都は声を震わせながらもそう言うと、幼子を助けるために結界の外に出て行ってしまった。

 

「藤森さん!? ……僕も行く!」

 

 思いがけぬ水都の行動に驚く明楽。

 一瞬躊躇したが、危険に飛び込もうとする人間をむざむざ見過ごすこともできず、意を決し少女のあとを追いかける。

 水都が子供の元にたどり着いたすぐ後に明楽も到着した。

 子供の手を引きいざ結界の中に戻らんとした時、彼らの頭上に影が落ちた。

 三人を見下ろすように、化け物が宙に浮いていた。

 

「ひっ……!」

 

 幼子はすぐ目の前にいる異形に怯え、叫び声を上げそうになる。明楽は怪物を刺激させないよう、慌てて子供の口を塞いだ。

 目の前の怪物は、数多いる白い袋状の怪物とは異なる姿をしている。

 ねじれ、絡み合うヘビを思わせるその体は、白い化け物の数倍の大きさはある。

 大型のトラックに匹敵するサイズのヘビの異形は、何を考えているのか、三人を襲うでもなくじっと静止していた。まるで明楽たちを観察でもしているように。

 

「く、駆道くん……今のうちに逃げよう」

 

 水都が小声で言った。

 3人はゆっくり後ずさりすると、ヘビ型の怪物はそれに反応したのかピクリと体を震わせる。

 逃げられない、明楽は直感的に思った。ならどうするか、自分がとるべき行動は……。

 水都に視線を合わせ、明楽は口を開く。

 

「僕が囮になるから、君はその子を連れて先に逃げて」

「えっ、そんな……ダメだよ!」

「このままじゃ三人とも殺される。大丈夫。僕はさっきも怪物から逃げ回って、うーちゃんに助けられたんだ。今度も助けに来てくれるまで逃げ切って見せる」

「で、でも」

 

 ヘビ型の体がまた震えた。話は終わりとばかりに、明楽は小石を拾って怪物に投げつける。

 さらに手を振り回し大声を上げ注意を自分に引き付ける。

 

「藤森さん、行って!」

 

 水都は子供を連れて走り出す。明楽も彼女とは反対方向に走り出す。ヘビ型が動き出す。その動きが、明楽の予測を上回る素早さだったのが彼の誤算だった。

 怪物はまさにヘビのように、口に似た器官を大きく開けて、走る明楽の体に食らいついた。

 バツン、という鈍い音を立てて食いちぎられた明楽の下半身は、そのまま怪物の体の中に飲み込まれていった。

 腰から下を失った明楽の胴体が地面に落下する。

 無造作に投げ捨てられた人形のように地面に転がる明楽の姿を見て、水都と歌野の叫び声が響いた。

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