firm:しっかりした、確固とした
突然と空より飛来し人類に牙をむいた怪物の群れは、明楽と歌野の活躍によって排除された。
しかし人々は安堵するどころか、依然パニックに包まれている。
あの化け物はなんなのか。家族は、親戚は、知人は生きているのか死んでしまったのか。
生き残った者たちはみんな混乱していた。
その最中にあって、明楽、歌野、そして水都の三人は、唯一と言っていいほど落ち着きを保っていた。
右往左往する大人たちから離れ、少年少女は神社の側に集まり情報を交換することにした。
最初に歌野が口を開く。
「私、彼女に言われてこれをゲットしたの」
と、水都に視線を向けつつ持っていた鞭を見せる。
通常の鞭であれば革を編み込んで作られるものらしいが、歌野が手にするそれは植物の
「それで、私しかあのモンスターと戦えないって言われたから、ファイトしたわけ」
「なんで藤森さんがそんなことを」
「わ、私もよく分からないんだけど……頭の中に声が聞こえてきて、それで」
声? と明楽と歌野がそろって口にする。
「もしかして……ゴッドボイス!?」
「まさかそんな……」
『その通りだ』
ごく自然に、三人の会話にヘビ型が紛れ込む。
ヘビ型の声はテレパシーとして歌野と水都の頭にも届いていたため、二人は突然のことに驚いていた。
明楽はこれまでの経緯を歌野に話して聞かせる。
「なるほどね~。それであっきーはあのバトルスタイルにチェンジできたわけね」
うんうん、と納得する歌野。
「でも、あっきーのライフをセーブしてくれてサンキューと言うべきか、よくもあっきーをキルしようとしてくれたわねと怒るべきか、迷うわね」
『今生きているなら、問題ないだろう?』
「そんな訳ないでしょう! ここにポリスがいたら殺人未遂で即
『わからない、結果が良ければそれでいいではないか』
「ノー! 結果も大事だけど過程も
「まあまあ、僕は気にしてないからもう許してあげて。ね」
歌野が説教モードに入りそうだったので、明楽がなだめ仲裁した。
あの、と水都が小さく手を上げ質問する。
「私が聞いたのが神様の声って、どういうことですか?」
『言葉通りだ。人間どもを守護するためにこの地に結界を張り、力を分け与えたのは、お前たちが神と呼んでいる存在だ』
土地神と呼ばれる八百万の神々の内の一柱が諏訪に宿り、この地を守る守護者としての力を歌野に与えたのだと言う。
そして、とヘビ型は言葉を続ける。
『我々を創りだしたのもまた、神と呼ばれるモノだ』
「「……えーっ!?」」
「君らって宇宙怪獣とかじゃなかったんだ」
てっきりあの怪物たちは、宇宙人が造った生物兵器かなにかではないかと思っていた明楽。
歌野と水都も、宇宙からの侵略だと思っていたことが実は神同士の争いと言われ、驚きの声を上げる。
「な、なんで神様が、私たち人間を殺そうとするんです?」
『お前たちは、人の理を外れ神に近づこうとしている。ゆえに滅ぼす、と言っていた。だがその真意は私にも分からない。私はただ、その計らいを実行しただけ』
「ふ~ん、ずいぶん一方的ね。何様のつもりかしら」
歌野がわずかに怒りを滲ませながら言った。
神とは生きとし生けるものすべてを愛し守る存在だというのが一般的なイメージだろうか。その印象を覆す無慈悲な実態に納得がいかないのだろう。
「でも、私たちを守ってくれる神様もいるんなら、ここはもう安全ってこと……だよね?」
『……だといいが』
希望的観測を述べる水都に、ヘビ型は含みを持たせたように答えた。
「もしまたあいつらがアタックしてきても、私とあっきーで戦うからノープロブレム! ね、あっきー」
「もちろんさ」
『頼もしいことだな』
「なに他人事みたいに言ってるの。あなたのパワーも貸してもらうわよ! ……そういえば、あなたのネームはなんだったかしら?」
『私の名前は「裏切り者」。さきほど親に与えられた』
「え……なにそれは」
嬉しそうに名前──だと本人は思っている──を伝えるが、案の定歌野も美都も引いている。
「それは名前じゃなくてただの悪口よ! 蔑称! あなたは虐待でも受けているの!?」
『その通り、私は捨てられたモノ。成りそこなったモノ。私は、十三番目に生み出されたモノ』
叫んだ歌野はヘビ型の言葉を聞いて頭を抱えた。まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、常識が備わっていないのだ。
「なら、私がグッドネームを考えてあげる。十三番目の子供なら……『トミー』っていうのはどう?」
外人さんっぽくてオシャレでしょう、と自信をもって言う。
「う、うん。私も、そっちの方がいいと思う」
「そうだね、いかにも名前って感じだ」
『トミー……』
ヘビ型はしばらくの間、トミーという単語を繰り返していた。
『なかなかいい響きだ。私はトミー。人の子に与えられた名前。そして、お前たちは明楽、歌野、水都』
よろしく頼む、とヘビ型──トミーが言った。三人も、同じようによろしくと返した。新しい友達を迎えたような、爽やかな気分が明楽たちの間に満ちた。
◇ ◆ ◇ ◆
「畑を耕しましょう」
歌野が言った言葉は唐突でもなんでもなく、必然だった。
怪物の襲撃を一旦退け安全になった諏訪だが、逆に言えば人々はその中から外に出ることが出来なくなっていた。
四千万を超す諏訪の住人は、怪物に襲われた結果その数を数万人にまで減らしていた。
それでも数万人である。諏訪の中だけで生活を維持することには限界があり、ついに食料の底が見え始めてきたのだ。
このままでは怪物が来なくても、餓死するという可能性がある。
ゆえに歌野は、自分たちで食料を育てる自給自足によって、その危機を回避しようと提案したのだ。
「という訳で、皆さんもレッツ農業!」
歌野は早速生き残った人々に、共に作物を育て迫る食糧難を回避することを訴えたのだが
「そんなことしたって無駄だよ……どうせ皆、あの化け物に食われて死んでしまうんだ……」
閉鎖的な状況で無気力に過ごす人々には、少女の言葉は届かなかった。みんな非現実的な状況にショックを受け、明日さえも危ういと絶望感に支配されてしまっている。
それでも歌野は諦めず、
「元気出して、うたのん」
「ありがと、みーちゃん」
賛同を得られなくても動じない歌野だったが、それでも水都は彼女に励ましの言葉をかけた。
余談だが、これまでの期間で三人はお互いをあだ名で呼び合うようになっていた。仲を深めようという歌野の提案によるものだ。
「そういえば、あっきーは?」
「あ。それがね、あっきーすごいんだよ。ついて着て」
そう言って、水都は歌野の手を引いてどこかへと向かった。
そこは住宅街からかなり外れた場所にあった。一見すると荒れ地に見えるそれは、かつて畑として機能していたところ。
その畑の成れの果てを今、明楽は一人鍬を手に耕している最中だった。
少女二人が近づいてくるのに気づいた明楽は、手を止めタオルで額の汗を拭く。
「あっきー、なにやってるの? これはいったい……」
「見ての通りの畑だよ。と言っても、今はこんなだけどね」
「あっきーが農家の人にお願いして、使わなくなった畑を貸してもらえたんだよ」
「みんなうーちゃんの考えに同意してもらえないなら、まずは僕らで農業を初めてみようってみーちゃんと話してね」
説明を聞いた歌野はポカンとした表情からやがて堪えきれないといった風に笑みを浮かべ、明楽と水都を抱きしめた。
「二人とも、グッジョブよ!」
歌野も早速鍬を取り、整地作業に取り掛かる。水都も同じように鍬に手を伸ばす。
『捨てられたモノにも、まだ使い道はあるのだな』
トミーも自分と畑の境遇を重ね合わせ、再起の道が残されていることを喜んでいるようだった。
そうして三人そろって畑を耕し始めたのだが
「ぅう~ん……んしょっ……! ふぅう~ん、よいしょっ!」
「……みーちゃん、大丈夫?」
明楽が心配気に水都に声をかける。農作業のような労働に縁のなかった少女は、鍬の重さに振り回されフラフラと不安定に体を揺らしていた。
「だ、大丈夫……!」
口ではそう言うが、鍬を手にしていくらもしない内に水都は体力の限界を迎えていた。
しかし、歌野と明楽だけに作業を押し付ける訳にはいかないと無理をしているのだ。
「ぅう~ん……あっ」
「! みーちゃん危ない!」
鍬を振り上げた拍子に水都はバランスを崩し転びそうになるが、隣にいた明楽がすぐに彼女を支え事なきを得る。
「あ、ありがとう、あっきー」
「どういたしまし……て」
横から抱きとめる形になったので、水都の顔がすぐ間近にあった。鼻先が触れるくらいに近く。
これほど異性と密着する経験が無かった明楽は赤面し、言葉に詰まってしまう。それは水都も同じだった。
しばらくお互い無言のままで見つめあい、やがて我に返った二人は慌てて体を離した。
「「ご、ごめんなさい!」」
謝罪の言葉まで重なってしまい、なんだか余計に恥ずかしくなってくる。
そんな少年少女の姿を見た歌野は一人、あっ、ふーん……となにか察したように呟き
「みーちゃんに体力仕事はベリーハードっぽいから、土の中に埋まってる石を取り除いてくれる?」
と指示した。
「あっきーも、みーちゃんの側についててあげて」
「僕はまだ大丈夫だけど……」
「いいから! ね!」
鍬を取り上げた歌野は、明楽の背を押し水都の元にやる。
その際小さく「
一人鍬を振るう歌野を遠目に、明楽と水都は畑の隅の方から邪魔な石を除き始める。
先ほどのハプニングもあり、二人とも無言で手を動かしていた。
「…………」
「…………」
「……あ、そこ石が残ってるよ」
明楽が見逃していた小石を取ろうと水都が手を伸ばす。一瞬だが、その手が地面の中で少年の手と重なった。
水都の手に明楽の肌の温かさが伝わり、少女はまた顔を赤くする。
(なんか、私変だ……どうしちゃったんだろう……)
ドキドキと高鳴る胸に手を当て、水都は自分の反応に戸惑っていた。
「みーちゃん、大丈夫?」
「ぅえ!? う、うん、全然ダイジョーブだよ!?」
どう見ても動揺している水都だったが、明楽は言及しない方がいいのかなと思い、そっとしておくことにした。
「うたのんを待たせちゃ悪いし、私たちも急いで終わらせよう!」
「お、おう。そうだね」
再び石を除去するため土の中に手を入れるのだが、水都の指に石ではない何かが当たった。
頭にクエスチョンマークを浮かべる水都。
「どしたの?」
「なにか変なものがある。細くて、長くて、なんかヌルッとしてる……」
言いながら手を引き抜くと、少女の指が掴んでいたものは一匹のミミズだった。しかも太さ一センチはあるかなりの大物だ。
「……ひゃあああああ!?」
水都は大声を上げミミズから手を離した。
さらに、とっさに隣にいた明楽に抱き着く。
「みみみ、みーちゃんさん!?」
明楽も慌てる。少女の控え目な胸が押し付けられ、正直嬉しいのだがこれはまずい気がする。
水都を離そうとするが、少女は強い力で明楽にしがみついて離れようとしなかった。
「ミミズは無理! 虫も無理! 私には農業は無理ー!!」
普段大人しい水都は、自身に似合わぬ大声で泣きごとを言うのだった。
これ以降、農作業は歌野と明楽で行い、水都は二人の見守り係に徹することとなったのは別の話である。