翻弄され嘲笑され続けながらも生きることを諦めなかった、一人の戦士。
その半生を紐解く。
祈りなど、いらない(シーマ編)
その時、私は浮かれていたんだ。今思えば、すべての過ちはあの時から繋がっているのだと断言できる。でも人間には未来を見通す力なんてありゃしないし、複雑に絡み合った様々な思惑を感じ取る力もない。無力を感じられる程度に賢いヤツが一番悲惨なんだ。何かを変えられる力もなく、過ちを知りながら正せない、正しさを知りながら教えられない。
ニュータイプだとかいう奴らはそういったことがわかるんだろうか。ジオン・ダイクンは『誤解なくわかりあえる人々』と定義づけたが、新たな人類などと言われれば旧い者たちは過ぎた理想を抱かずにはいられない。シャア・アズナブル、ララァ・スン、シャリア・ブル、アムロ・レイ――どいつもこいつも年端もいかない若僧で、戦場で後ろを任せようとはとても思えはしないけど、一度話してみたかったとは思う。
そうすれば三年に渡るこの後悔も、少しは和らいだのかもしれないと考えずにはいられないんだ。
U.C.0078、十二月二十日。私の立身出世が約束された記念すべき日であるとともに、私の生涯を狂わせる十字架を背負うことが決定づけられた悪夢の日。
後の歴史を見ればわかる通り、この時点でジオン公国は連邦軍と戦うことを正式決定しており、事務処理も戦力展開も最終段階に入っていた。もちろん、末端の私たちがそんなことを知っているはずもない。
しかし急ごしらえで国家の体裁だけ整えたジオン公国など所詮一枚岩ではなく、政治を牛耳るザビ家ですらまとまってはいない。それぞれが己の利益を求め足並みが揃わない国の中にあって、私の故郷『マハル』は見捨てられたコロニーとすら呼ばれていた。最初期に建造されたコロニーで老朽化が激しく、初めから穴だらけのシステムで騙し騙し運用している。有力者が生まれるわけでもなければ経済効果が望める訳でもない。利益にならないコロニーなど手を差し伸べる意味もない、立身出世のみ追い求める政治家連中にとっては眼中にもない辺境の田舎。そんなところで生まれ育った貧民連中を揃えて特殊部隊とした海兵上陸戦隊は、錬度は劣るものの士気は高い。私を含め過酷な環境を生き抜いてきた若者たちがいきなり兵士に取り立てられて、全員が尉官待遇を約束されたのだから無理もない。功績を上げればもっといい暮らしができるかもしれない、マハルに住む親兄弟に楽をさせてやれるかもしれない。まだまだ『上』を目指せるのだと実感した私たちは、ザビ家への恩義で動く。
「作戦内容は簡単だ。来年の元旦、とあるコロニーに催涙ガスを打ち込むだけ。デモの鎮圧を市長から依頼されたものでな、なにぶん急な話で動ける部隊がいないのだ。頼まれてくれるか? 」
聞けば聞くほど簡単な仕事だった。周辺コロニーからの補給路を絶ちつつ、コロニー内に一発打ち込んでおさらばするだけ。仮に武装していたとしても戦闘機と戦車がせいぜいだろう、海兵隊に配備されたMS、ザクの敵ではない。なんのことはない雑務だが、上から言われたことは文句を言わず成し遂げるのが軍人というものだ。
しかし、気になることがひとつだけ。
「アサクラ大佐は、どうなされるので? 」
海兵隊の指揮官アサクラ大佐は、ギレン・ザビ総帥配下の文官だった。どこをどう間違ってキシリア少佐麾下の突撃機動軍にやって来て現場の指揮官をやらされているのか知らないが、印象はそれほど悪くなかった。腰が低く微笑を絶やさない好青年。東洋人らしい童顔が年齢を錯覚させるが、実は五十代手前だと聞いた。ここまでの段取りに関しても手際よく進められており、協力部隊との調整や増員要請、近隣の艦船用ドックの確保から関係機関への航路申請まで非の打ち所がないほどだった。
まさかキシリア少佐の元へ配属されたことを左遷と捉えて軍を欺くことなどはないだろうが、表層だけで判断するのは問題だ。後のシャア・アズナブルの例を出すまでもなく。
「別件を抱えていてね、新設の組織は大変なのさ。部隊の司令は君に任せるよ、コッセル中尉」
やや困惑しながらも敬礼で返す海兵隊最年長のコッセル。腑に落ちない点もいくつかあったが、抗議するだけ無駄だろう。
従順だけが、私たちの取り柄なのだから。
その日、宇宙はいつもと変わらない静けさで私たちを包んでいた。サイド2、8バンチコロニー“アイランド・イフィッシュ”。鎮圧するのは数日前に連邦政府議会で可決された税制法案の中にあったスペースノイドとアースノイドの税負担率の格差を不当と訴えるデモだそうで、気持ちは分かるが何とも同情し難い連中である。本作戦の目的は単なる民衆の鎮圧に留まらず、近年関係が悪化している連邦に友好的な姿勢を見せることでジオン公国の独立認可をスムーズに行わせることにあるらしい。それこそ私たちみたいな下っ端には関係のない話だったが、やれと言われればやるのが海兵隊だ。
過剰とも思える最大レベルの警戒体勢を敷いた艦内は薄暗く、ブリッジは画面に映る輝点と彼方の星々の微かな灯りしかなかったが、訓練を経た海兵隊にとってはむしろ好都合というものだ。
「平和な仕事もあったもんですねぇ、我々海兵隊でさえこの程度の任務とは。よほどジオン軍も暇と見える」
「ぶつくさ言ってんじゃないよコッセル、最新型のザンジバル改に傷でも付けたら左遷じゃ済まないからね」
コッセルの言うことも分かるが、上に立つ者が言葉にしていいことではない。いくら温い任務といっても手抜きは許されない。
配備されたザクⅠの調子は上々、普段扱わない催涙弾装備のメンテナンスも終わっている。作戦本部から通達されたデータと実際の重量が大幅にずれているというトラブルもあったが、それも解決済みだった。
「MS隊各機、全武装の安全装置解除。侵入後は手筈通りに。・・・行くよ」
18メートルの巨体を持つMSの隠密行動などと言えば、連邦の石頭どもは嗤うだろう。だが差し渡し30キロを越す建造物を頭の上に浮かべておいてその台詞を吐く間抜けさは滑稽を越してただ憎らしい。
あまりにも温い警備態勢は、コロニーを作らせた者たちが頭の上にあるものを意識していない証といえる。かくしてアイランド・イフィッシュに潜入を果たした私たちは、予定通りに催涙弾を放った。それがどういう結果をもたらすかなんて、考えてもみなかったんだ。
「知らなかったんだ――毒ガスだなんて、知らなかったんだよ!! 」
かくして、私たちの運命は狂った。コロニー全体に空気を行き渡らせるための人工気流に乗ったガスは四半日と経たず密閉空間に暮らす数百万の命を奪い、『上』が望む結果をもたらした。後詰めの部隊に引き継ぎを終わらせた後も、サイド3の港に帰った後も一年戦争終結後も私の頭から地獄の光景が消えた日はない。
償いきれない罪、消えることのない悪夢、私という人間の尊厳の消滅と同時に、すべてはここから始まった。開戦の狼煙はそのまま、私が私としての人生を終えた合図でもある。
真実を知った時、クルー全員が崩れ落ちた。正気で立っていられた奴はいなかった。どいつもこいつも、自殺志願者みたいな顔をしていた。実際、自分の銃で初めて撃ったのが自分だった奴も何人かいた。PTSDで除隊した奴も。
作戦の成功と隊の状況を考慮されジオン本国に戻された海兵隊は、数か月の特別休暇を与えられた。その命令を受けたときの私たちにはアサクラの野郎をぶん殴ってやろうかという気力さえなかった。
休暇を利用して訪れた12バンチコロニーで彼女と出会ったのは、運命だったのだろうか。最も、ぼろ雑巾みたいなメンタルを虚勢で騙しながら日々を送っていた私にとって、その出会いは悪夢の一欠片にしかなり得なかった。
「貴女、冷たい感じがするわ」
桃色のツインテールが可愛らしい少女は、私の顔を真っ直ぐに見つめていた。睨むでもなく笑うでもなく、真剣な表情だった。
「石みたいに冷たい・・・でも、昔は暖かかった、そんな気がする。冷えて固まっちゃった溶岩みたいな・・・」
その瞳を見たとき、何かが弾けた気がした。
傷だらけの心を撫でられ包み込まれる生暖かい感覚。不快さはなく、落ち着いて身を任せていられる優しい匂いがした。でもざらざらにひび割れた表面にそっと触れる手のひらが目の前の少女のものだと直感した時、私の心は悲鳴を上げたんだ。
悪意のない優しさが他人を傷つけることもある。無条件の優しさが全てを救えるとは限らない。心を撫でられていたはずが、土足で踏み荒らされている気がした。包まれていたはずが、嘲笑で侵された気がした。
針のむしろに突っ込まれた方がまだマシと思える苛烈な凌辱が、とうとう私の人格を壊した。
「うああああああぁっ!! 」
その場でぶっ倒れたアタシが次に目を覚ましたのはザンジバルのブリッジだった。行方知れずにさまよう意識をひっぱたいて頭痛を堪え見上げた先には、厳しい顔をしたコッセルの姿があった。
「シーマ様・・・戦争は、終わりましたよ」
数か月にわたって昏睡状態だったと聞かされても、ジオンは負けたと聞かされても、何の感情も沸いては来なかった。見知った仲間が少し減っていたのには心が痛んだけど、それにも前ほどの動揺はしなかった。
海兵隊は強く大きくなっていた。ザンジバル改修艦“リリー・マルレーン”を旗艦としてムサイ三隻、パプア一隻を率いる艦隊。アタシがいない間にコッセルたちが手腕を発揮して手柄を挙げ続けた結果、相応の評価なのだろう。誇らしくもあり、空しくもあった。自分がいなくても海兵隊は回る、と突きつけられたようで、複雑な気持ちにさせられた。
でも、実態は違ったらしい。
「この艦隊は、ア・バオア・クー決戦のために無理矢理編成された付け焼き刃です。ギレン総帥直属の親衛隊もドズル中将麾下のソロモン配備艦も回されてます。・・・まあご存じの通り、ジオンは負けたんですけどね」
数十隻の大艦隊を与えられ最前線を任された海兵隊は、その多くを戦場に散らした。私が今見ているのは激戦を潜り抜け運良く生き延びた者たち、元の三割程度だという。疲弊したコッセルの顔は、自分の指揮の下多くの将兵を失った重責に押し潰されそうに歪んでいた。
前を向かせる奴が必要だったんだ。首根っこひっつかんででも、後ろを振り返らせないリーダーが。
「野郎共、次の仕事だよ。さっさと準備して出港だ」
一年戦争終結後の三年を戦い抜けたのは奇跡だった。心のどこかで贖罪の死を求めていたはずなのに、誰も殺してくれやしない。死ぬ間際まで「生きたい」とほざく奴等を何人も殺してやった。生きたけりゃあ強くなれ、それが無理なら強かになれ。私の信条だ。
無関心な風見鶏の大衆が一年戦争を忘れかけた頃、私たちのもとにデラーズ・フリートなるジオン残党から連絡があった。“ソロモンの悪夢”と名高いエースパイロット、アナベル・ガトーを擁する叩き上げの軍人の集まりだ。艦隊を率いるエギーユ・デラーズは公国軍時代から『人徳のデラーズ』と評される傑物で、たびたび噂を聞いてはいた。しかし、
「所詮は『動かす』側の人間でしょう。アサクラの野郎とも同じ穴の狢ですよ」
佐官クラスともなれば後方で指揮を執るのが当たり前、私たち海兵隊が最も嫌う人種だった。そもそも戦争をやっているくせに人徳がどうたら言っているのが小賢しい。そんな三流の配下に付くのはプライドが許さない――そんなものがあれば、の話だが。
「デラーズ・フリートへの参加を表明する」
選択肢はなかったんだ。アクシズに引き揚げる奴等にも拒否されて、どこからか漏れた情報を知って初めから私たちだけを狙う連邦軍の襲撃もたびたびあった。なんとか戦い抜いて来てはいたが、補給のアテもない。
「しかし、彼らは――」
「プライドで飯が食えるのかい」
人徳で人を救えないのと同じように、誇りでは生きていけない。両天秤にかけるのならば、迷わず命を取るべきだ。
「文句は許さないよ、野郎共。私たちは生き延びるんだ。何を失っても何を捨てても、なにがなんでも生きるんだ。皆揃ってザビ家の墓に唾吐くまでは、絶対に死ぬんじゃないよ」
男ってのは単純だ。『生きること』は二の次で、『生きる目的』が一番大事なのだから。無防備な心につけ入って、思い通りに動かすのだって簡単だ。そう、すべては私を狂わせた世界への復讐のため。目的を達するまで、私の手足として存分にこき使ってやる。
墓前を汚す唾は、皆揃って吐き捨てなきゃあ気が済まない。
デラーズ・フリートと合流する前に、ちょっとしたトラブルがあった。連邦軍との会談を終わらせて本国に帰る途中だったムサイと出くわしたのだ。共和国の連中が公国残党の戦争屋と絡む道理はないはずで、何も言わずとも何事もなくすれ違えるはずだった。
しかし何事にもイレギュラーは付き物である。戦闘の意思がないことを示す信号弾を打ち、ブリッジクルーが警戒態勢を解除しようとしたとき、
「海兵隊か? シーマ、コッセル、聞こえていたら返事をしてくれ!!」
聞き覚えのある声。傍らのコッセルに目を流すと、正面モニターを睨み付ける鬼の形相があった。
「アサクラか」
短いつぶやきに込められた激しい怒り。ブリッジクルー全員が集めた視線だけで叩き割れそうなモニターに、ムサイのブリッジ映像が映る。
忘れることが出来るはずもない、憎く恨めしく腹立たしい怨敵の顔が大写しになった。
「久しいな、皆。終戦から連絡もとれず、心配していたぞ。ともかく無事でいてくれて何よりだ」
どの口が言うのか、とは言わない。口も利きたくない。静かに穏やかに波風立てずに、確実に殺す。
「コッセル、ゲルググを出すよ。援護は頼む」
「はっ、随伴はレギーとレオロアに」
口に出さなくても考え通りに動くクルーに背中を任せ、ブリッジを出る。MSデッキには私の、私だけの機体――ゲルググマリーネが佇んでいる。デラーズ・フリート参加のために調整を施した超高スペックの新鋭機。いずれこのザンジバルのMSデッキを埋め尽くす予定の機体は、未だ私の一機だけだった。
整備士に礼を言ってコックピットに身体を流す。最近は部下に任せきりだったMS戦だが、腕が鈍るほど平和ボケしちゃいないつもりだ。
「いい仕事してるね」
無理を通してフルモデルチェンジしたコックピットにはまだ慣れないが、使い勝手は上々。スロットルを吹かして機体を温める。エアロックの解放を確認――一気に加速。
「シーマ・ガラハウ、ゲルググマリーネ。出るよ」
研ぎ澄まして全てを込めて、過去を清算して前に進むために、ゆっくりと。フルチャージが完了したビームライフルの引き金に力を入れる。
若作りの年寄りが窓にへばりついていた。私たちに向けていた笑顔が恐怖に醜く歪む。私たちの人生を狂わせたジオン公国軍屈指の名将は己の運命を最期まで認められず、黄金色の粒子の濁流に呑まれて消滅した。
「はっ、ははっ・・・ハハハハハッ!! ざまあみろ、私たちの運命を歪めた報いだ!! 裁きの鉄槌だ!! 私たちの怒りだッ!! 」
錯乱していた。何を言っているのかわからない、何をしているのかわからない――だが、何をしたかはしっかりとわかった。アームレイカーを握る手にしっかりと感触が残っている。愉悦と快楽と達成感が混ざりあってぐちゃぐちゃになって私を狂わせてくれる。
「コッセル、『茨の園』へ向かうよ」
正気に戻って命令を下すまでにどれだけの時間を要したのかはもうどうでもいいことだ。過去は全て洗い流して消し去った。
「見定めさせてもらうよ。連邦かデラーズか、どちらが『勝者』なのかをね」
人の命を吸って咲く美しい花火を背に受けて、ゲルググのモノアイが涙を流した。