ガンダムシリーズ短編集   作:イング・ディライド

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二人だけの戦後(シロー・アイナ編1/2)

「お前たちには見えるだろう、公国が勝利する未来が・・・!! 」

 

 大音量の警報に負けない怒鳴り声を上げる壮年の男。与えられた任務を完遂できない焦りと、絶望の状況下にあって未来を託せる者がいることに安堵する気持ちがない交ぜになった複雑な心境を大人としてのプライドで覆い隠した固い表情。目の前にいる子どもたちにただの虚勢であることを見抜かれていると分かっていても軍人然とした態度でいるのは、長年の生活で身体に染み付いた癖だろう。

 彼が心の中に隠した動揺を感じ取った子どもたちは慌てず騒がず、ただ自分たちを待ち受ける運命を静かに受け入れる心構えをしていた。普通の世界に暮らしていればまだ学校に通い始めたばかりの年頃であろう幼い子どもたちが、である。

 彼らが乗るムサイは連邦のパトロール艦隊に補足されサラミスによる砲撃を受けていた。想定外の遭遇だったゆえに敵MSの発進は遅れていたが、撃沈されるのも時間の問題だった。

 

「お前たちだけでも、生き延びろ!! 」

 

 自分たちの死、そして目的地への到達は不可能と判断した大人たちの行動は早かった。最低限の任務の遂行、つまり積み荷たる少年少女たちを逃がすことを最優先に動き始めたのだ。数人のMSパイロット候補生、未来のジオンを背負って立つ戦士をムサイに備えられた脱出ポッド、コムサイに詰め込んでしっかり身体を固定してやると、大人たちはコムサイから離れた。ただ一人、操縦士役の青年を残して。

 クルーの中で最も若い士官をコムサイの操縦士にあてがったのはなぜだろうか、窮地に置かれた人間は案外他人に優しくなれるものなのかもしれない。ともかく彼、操縦士役の青年エリウス・ラドルは自分に託された想いの重さに押し潰されそうになりながらもまっすぐ未来を見つめていた。初めての地球、そして初めての大役。人類の母なる大地に降り立ち、苦戦する仲間と合流する。自分が送り届けた戦力が劣勢を覆し、重力戦線の明暗を分ける要となる。戦争とはそれほど単純なものではない、と常々言われてきたものの本当の意味でその言葉を理解できていないのは若さのせいだ。一度火が着けば消えるまでにしばらくの時間が必要となるのはメリットでもありデメリットでもある。今回に限っていえば、エリウスの士気を高めているという点でプラスに働いていた。

 

「露払いは任せろ」

 

 輸送部隊として組織された艦隊に配備されたのはムサイ級三隻に対してたった三機のゲルググ、そのなけなしの一機が母艦から切り離されたコムサイの護衛に就く。出撃が遅れたジムが編隊を組んで襲いかかるが、旧ザクの試作段階からMSを操ってきたベテランのパイロットが操るゲルググの前には手も足も出ない。

 

「すみません、隊長・・・。ジーク・ジオン」

「謝るのは任務を完遂してからにしろ、軍曹。ジーク・ジオン」

 

 上官が鉄面皮で覆った本音はどんなものだったのだろうか、エリウスには知るよしもない。彼は普通の人間、“積み荷”とは違うのだから。

 

※※

 

 そよ風に揺れる草木が清々しい匂いを撒き散らし、互いを求め合う小鳥たちのさえずりが遠くに響いた。チベット高原特有の気候のお陰で、二人は慣れない地球でのサバイバル生活をなんとか生き抜いていた。

 もっとも、十二月半ばと冬本番を迎えた以上、厳寒に見舞われることはなくとも底冷えはかなり二人の体力を奪っていた。ラサ基地から持ってきた諸々の道具を試行錯誤しながら、亡家の姫と隻足の脱走兵は北を目指す。

 今日の寝床は、やや小高い丘の上だ。常緑樹が二人の痕跡を覆い隠し、ある程度の見晴らしも確保されている。

 

「ようやく温まってきましたね。気温が低いとどうも・・・」

「本当に冬ってのは寒いんだな。聞いてはいたけど、体感してみなけりゃわからないものだ」

 

 どこまでも前向きな青年の震える姿を見て微笑む女性。その優しい笑顔から思わず目を背けた青年は、温まったスープを照れを隠すように一気に飲み干した。

 

「うわ、熱い!!」

 

 カップを放り投げて飛び上がる彼の姿に、女性はずっと笑っていた。

 

「ごめんなさいシロー、火加減が難しくて」

「いや、アイナが謝ることじゃないさ。それに、ちゃんと美味しくできてる」

 

 端から見ても微笑ましいほどの理想的なカップル像とも呼べるだろう二人は、連邦・ジオン双方の目を眩ませるために緑が深い森の中を野宿を続けて進んでいる。時おり旧世紀時代の廃墟を見つけることもあったが、どれも使い物にならないほど傷んでいたため雨も凌げやしなかった。手入れが行き届いていないのは人の目がない証拠、と前向きなシローも、流石に初めて雨が降った日の夜は疲れはてていた。幸いにもここでは冬の降雨はかなりレアケースなため、この生活もしばらくは続けて行けそうではあったが。

 翌日の朝、寝床を撤収して歩き出した二人は微かな異変に気付いた。数キロ先、うっそうと生い茂る木々が不自然に途切れた場所がある。当然ながら、昨日確認したときにはなかったものだ。

 

「行ってみよう、アイナ」

 

 好奇心は止められない。いつもの数倍のペースで歩き出したシローは、アイナの様子をうかがう余裕もないほど目の前の異変に心を奪われていた。

 

「待って・・・」

 

 ようやく追いついたとき、シローは木陰からクレーターの中を睨み付けていた。ただならぬ気迫を放つその視線の先には、大きな鉄の塊。それはアイナにとって見慣れたもの。

 ジオン公国軍の大気圏突入ポッド、コムサイである。軍の追跡部隊か、といっそう警戒を強める二人だったが、なにやら様子がおかしかった。着陸は明らかに正規の手順を踏んでおらず、機体は傷だらけ。不時着したにしても、ラサ基地から拝借した通信機に救難信号は届いていない。

 

「様子を見てくる。ここで待っててくれ」

 

 もはや制止することに意味はない。コムサイ不時着のお陰ですっかり平らになった地面を松葉杖で蹴りながら、シローはアイナの視界から消えた。

 シローが安全を確認して再び姿を見せるまで、アイナは少しふくれてコムサイの周りをぐるぐる回っていた。

 

※※

 

 なにごとも予想通りにはいかないものだ。

 エリウス・ラドル軍曹が操縦桿を握るコムサイは大気圏突入直前、直掩に付いていたゲルググが撃墜された爆風に煽られて機体バランスを崩し、大気圏突破には成功したものの目標としていた座標を大幅にずれて連邦軍勢力圏内に侵入。人目を避けて山中に着陸を試みるも、姿勢制御プログラムの不調で着陸シークエンスをこなせず不時着してしまった。

 

「くそっ、ツイてない。おい、無事か」

 

 操縦席のロックを外して積み荷の確認に向かうエリウス。彼らを乗せた区画は特別安全性を重視した設計になっている。無事であってくれと祈りながら扉を開けると、頭を抱えてうずくまる子どもたちの姿があった。

 

「みんな元気そうじゃないか、良かった」

 

 やや精神異常がみられるものの、友軍と合流して適切な療養を施せばすぐに直る一時的なものだろう。安堵したのもつかの間、エリウスはいくつかのシートが空席になっていることに気付く。一人、いなくなっている。

 まさか、どこかで放り出されたのか? いや、エアロック異常の警報はなかった。

 パニックになって別区画に移動したのか? いや、室外への扉にはすべてロックがかかっていた。

 ならば、どこへ・・・。

 

「動くな」

 

 エリウスはこの時初めて、幼い子どもらの声を聞いた。緊張からなのか少し裏返った男の声。ごり、と背骨に当てられた固い感触が何なのかは考えるまでもない。

 

「このまま僕たちを置いて立ち去れ。従えば命までは取らない」

 

 背伸びした言葉遣いがかわいらしいが、言っていることは到底受け入れられないものだった。自分は何のために地球に降りたのだ。隊長は何のために死んだのだ。隊長だけではない、撃沈されたムサイに乗り込んでいた大勢の輸送部隊員の命は何のために散ったのだ。エリウスの任務は、まだ終わっていない。

 

「それは不可能だ。お前たちを送り届けるために地球に降りてきた。劣勢を覆さんと奮闘する同志たちが増援を心待ちにしている」

「・・・ごめんなさい」

 

 狭い室内に銃声が響いた。銃の扱いなど慣れていなくても、子どもにはどこを撃てばいいのかがはっきりわかっている。エリウスは大した思考を巡らせる間もなく即死した。

 その後子どもたちは薄暗い艦内で夜が明けるのを待った。慣れないことをした疲れからいつの間にか眠り込んでいた彼らは、翌朝艦内に乗り込んだシローが起こすまでぐっすりと眠りこけていた。

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