ガンダムシリーズ短編集   作:イング・ディライド

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高原のゲルググ(シロー・アイナ編 2/2)

「聞いたことくらいはあります、キシリア少将直属の研究機関、フラナガン。ニュータイプの科学的な立証とその人工発生を目的としていると」

「ニュータイプっていうと、あのジオン・ダイクンが言ってたやつか」

 

 地上、それも極東の辺境部隊にはそうそう宇宙の武勲など届くものではない。いくらアムロ・レイが英雄的戦果を挙げても、それが民間を含めた世に知れ渡るのはもう少し先の話だった。であれば、ニュータイプという存在の認識についても「昔誰かが言ってたこと」程度にしかならない。

 

「平たく言えば兵器として使える人間の育成です。薬物投与、思考操作、肉体改造などで戦うためだけの人間を作っていたとか」

 

 淡々と語るアイナの表情がみるみる曇っていくのがわかった。非人道的な実験を繰り返す研究機関の悪名は高く、ジオン内でも反対の声は多い。そもそもの心根が兵士に向いていないアイナには到底理解できない所業である。

 

「じゃあ、この子どもたちもそういうことになるのか」

「ええ、間違いないでしょう」

 

 シローが振り回すのは「Flanagan」の文字が刻印された金属のタグ。子どもに首輪と一緒に付けられていたものをひとつ拝借したのだ。裏側の「No.8」というのはおそらく識別番号だろう。兵器として使う予定の人間に名前など必要ないということだろうか。いらついた感情を一言、気に食わない、とだけ吐き捨てた。

 アイナの懸念は、この子どもたちが洗脳されてはいないかとの一点に尽きる。地上に取り残されたジオン兵と合流しようとするのなら、自分たちの存在を知られるのはまずい。なまじ忠誠心など刷り込まれていては、懐柔できるほどの柔軟さも持ち合わせてはいないはずだ。

 そんな心配もどこ吹く風と、シローはずんずんと中へ進む。眠る子どもたちとジオン兵の遺体が転がっていた貨物区画、いくつかの計器が異常を示したままの操縦席、まだ熱が残った動力部。明らかに不時着なのに起動した形跡のない脱出装置や救難信号、不自然に歪んだ各部の装甲など、疑問はいくつもある。

 

「お兄さんたち、誰・・・? 」

 

 二人ともかなり警戒していたつもりだったが、全く気配は感じられなかった。背後に立っていたのは、小さな人形を抱きしめたロングヘアの女の子。

 

 

「シロー・アマダ。こっちはアイナ・サハリン。君たちは? 」

「五番、六番、七番、八番、九番・・・」

 

 ただ暗記していることを読み上げるような感情のない声は、人の名前を呼ぶときのそれではなかった。何気なく見せる細かな動作にも、意思や感情みたいなものは全く感じられない。

 わかった、とシローが女の子の声を遮った。ラサ基地からの盗品がだいぶ少なくなってきたリュックサックの中から紙とペンを取り出し、さらさらと文字を綴ってゆく。

 

「文字は教わってるのか」

「わかる。読めないと、作戦が分からないから」

 

 満足そうに頷くシロー。怪訝そうに様子を窺っていたアイナだったが、その手もとを見て合点がいった。

 ミケル・ニノリッチ、テリー・サンダース、エレドア・マシス、カレン・ジョシュワ、キキ・ロジータ。すべてシローの話の中に出てきた戦友の名前。番号で区別されてきたこのかわいそうな子どもたちに名前を与えようというのだ。シローからペンを奪ったアイナは、「ノリス・パッカード」の名を書き入れた。

 

「このコムサイには、全部で何人乗ってるんだ」

「八人、みんな番号」

 

 む、と大仰なリアクションを見せたあと少し考えて、シローは一行の空白を挟んで一番下に二つの名前を書き足した。

 シロー・アマダ。

 アイナ・サハリン。

 

「よし、これで全員ぶんの名前ができた。みんなにどれがいいか聞いてみよう。まず、君はどれがいい? 」

 

 名前、という概念がこの子どもにあるのだろうか。一抹の不安がアイナの胸中をよぎったが、どうやら基礎的な教育は受けているらしい「機関」出身者たちには無用の心配だった。真剣な顔がかわいらしい女の子は、しばらく紙とにらめっこした後にハッキリとひとつの名前を指さした。

 アイナ・サハリン。

 

「そうか、これから君はアイナだ。じゃあ悪いんだけどアイナ、君たちの中でのリーダーと話をさせてくれないか。いきなり俺たちが行くと驚かせてしまうかもしれない」

「アイナ・サハリン。アイナ、アイナ・・・。うん、アイナ、連れてくる。ここで待ってて」

 

 嬉しそうに反復して、「アイナ」はとたとたと走っていった。ようやく少し落ち着いたアイナがため息をつく。

 

「どうするつもりなんです」

「わからない」

 

 即答。なんとなく予期していた流れに失笑。しかしシローの目にはいつものまっすぐな輝きが宿っていた。

 

「名前をあげたのはケジメだよ。連邦軍人のシロー・アマダ、サハリン家の令嬢アイナ・サハリン、これまでのことを捨てるために。・・・まあ、ここで子どもたちの面倒みるのも悪くないんじゃないかな」

 

 アイナがどう答えるか迷っているうちに、「アイナ」が男の子を連れて戻ってきた。褐色の肌にどこか遠くを見るような眼差しは大人びた雰囲気を抱かせるが、あくまでもその年齢にしてみれば、という話である。よくよく観察してみれば「アイナ」とさほど変わらないだろう、せいぜい十二歳といったところか。

 

「おい、お前たちは何者だ」

 

 突っ張ったような態度は、自分がリーダーだという自覚ゆえのものだろう。背伸びしている感は「アイナ」同様にかわいらしいもので、思わずアイナは微笑みを漏らす。ジオンの軍服を着た男の子は背後の仲間たちを守るように、シローたちを逃がさないようにと通路を塞いで立っていた。男の子が殺気立つのを感じ取ったシローが腰を上げる。アイナがホルスターに手を掛ける。

 小刻みに震えながらも仁王立ちする男の子をなだめたのは「アイナ」だった。

 

「ねえ、この人たち、悪い人じゃないよ。わかるでしょ」

「そう簡単に信用できるか。こいつらがジオンの、機関の回し者だったらどうする。軍に戻されて戦場送りだぞ。連邦の軍人だったらどうする。身ぐるみ剥がされて身体中にメスを入れられて、死ぬまでモルモットにされるんだぞ。もう少し警戒心を持てよ。生き延びるんだろ、みんなで、平和なところまで」

 

 一気に捲し立てた男の子は、いつの間にか涙を流していた。誰だって怖い。戦場に出るのも、解剖されるのも、知らない間に洗脳されていることも。ましてやその全てを幼少期に体験していれば、トラウマになってもおかしくない。

 結局二人は泣き疲れて眠った子ども――「シロー」からことの成り行きを聞いた。ア・バオア・クーの最終決戦を見据えて移送されていた最中に連邦のパトロール艦隊に補足されて脱出を余儀なくされたこと、混乱に乗じて見張りを射殺し、ジオンからの追撃を逃れるために通信回線を遮断したこと。確実に戦争が終結に向かいつつある中、犠牲の数は日増しに増えていく。犠牲とはなにも命を落とした者のことだけではない。心を落とした者もまた、戦争の被害者なのだ。

 おぼろげながらもそれを感じ取ってしまう子どもたち、「失敗作」のレッテルを貼られ前線で使い捨てられる運命にあった彼らはフラナガン機関の職員たちが思わぬ方向に目覚めてしまった。

 

 翌朝、シローとアイナが始めに取り掛かったのはエリウス・ラドルの遺体を埋葬することだった。既に硬直してしまった成人男性の体を運ぶのは容易ではなかったが、アイナの補助と「シロー」たちの協力で昨日のキャンプ地点まで移動させた。コムサイの墜落痕を確認した、あの見晴らしのいい丘である。

 シローが穴を掘っている間に、アイナは子どもたちを連れて周辺を歩き回った。もちろん追跡者の有無を確認するという目的もあったが、心を開いてくれない子どもたちと打ち解けたいという思いもあった。

 

「キレイなもの、いい匂い、柔らかくて気持ちいい」

「花はあまり詳しくないのだけれど・・・この季節に花が咲いてるものなのね」

 

 子どもたちにとっても初めての地球、そして保護者、母親のような気持ちで彼らを眺めるアイナにとってものびのびと楽しむことができる初めての地球。

 ミミズを見つけて悲鳴を上げたり、澄み渡った空に見惚れたり。冷たい風が吹き渡る高原を駆け回る子どもたちよりも、なんにでも一喜一憂しているアイナが一番はしゃいでいるように見えた。まるでピクニックをしているような微笑ましい光景。

 しかし、「キキ」が見つけたものが波乱を呼び寄せる。

 

「あれ、戦争の道具だよ」

 

 見晴らしのいい高原の端、ちょうど森林との境目辺りから黒煙が昇っていた。恐怖心よりも好奇心が勝り、おそるおそるながらも近付く子どもたち。騒ぎに気付いたアイナが駆けつけた時には、子どもたちはそれによじ登って遊んでいた。

 

「ゲルググ・・・!! 」

 

 ジオンのMS。子どもたちを乗せたコムサイの護衛に就いていた機体だということは、アイナが知った話ではない。慌ててコクピットを覗き込むと、まだいくつかの計器が息も絶え絶えといった感じで作動を続けていた。シートに座るパイロットは既に息絶えており、ゲルググも遠からず機能停止に陥ると思われた。しかし、突如聞こえてきた無線の音にアイナは心臓が飛び跳ねる思いをした。

 

『・・・聞こえるか、こちらラサ基地配属部隊の生き残りだ。生きているなら返事をくれ。現在そちらに向かっている。生きているなら返事をくれ』

 

 既にこちらに向かっているというのなら、回線を落とすことに意味はない。かといってラサ基地の生き残りなら自分が受け答えすれば聞き覚えのある声に気付くだろう。か細い光で点滅を続けるレーダーが拾ったジオンの部隊との距離はせいぜい五十キロ、人の足では逃げ切れない。

 

「私に任せて」

 

 コクピットに滑り込んできたのは、「アイナ」だった。アイナが戸惑っている間にゲルググの状況を把握した彼女は、ほぼ全ての計器の電源を切った。「何を・・・」「静かにしてて」外でゲルググに張りついている子どもたちを森の中へ隠れさせ、開け放たれたコクピットハッチの小さな窓から見える景色を観察することに全神経を注ぐ。やがて綺麗な曲線を描く地平線の向こうから姿を現したザクとグフ、マゼラアタックや軍用ジープなどの混成部隊を確認すると、ゆっくりと息を吐いた。

 ビームライフルは撃ててもあと一発、大気中では減衰率も高い。加えて初期生産型の試作機なため信頼性にも難がある。確実さを求めるなら、ぎりぎりまで引き付けなければならない。

 五キロ、四キロ、三キロ。先頭に立つグフの傷がはっきりと視認できる。だが、まだ早い。通信機は延々と救難隊の声を垂れ流している。

 二キロ、一キロ。

 

「伏せてっ!! 」

 

 黄金色の光が迸る。「何・・・!! 」状況を飲み込めないままにビームを受けたグフのパイロットが文字通り蒸発する。コクピットだけを狙う正確な射撃は、核融合炉が爆発する危険を難なく回避してみせた。

 しかし、満身創痍のゲルググ一機で敵部隊と戦わなければならない危険は回避されていない。焦るアイナだったが、横に立つ「アイナ」の落ち着きぶりを見ていくらかの冷静さを取り戻す。残る敵はザク三機、ワッパとジープがそれぞれ五台。二機のマゼラアタックは機上に傷病兵などを満載しているため戦力ではない。

 こちらの武器はもって数秒のビームナギナタだけ。いくら敵も満身創痍とはいえ、かなり望み薄だ。

 

「アイナ、殺したくないって思ってる」

 

 「アイナ」の呟きが胸に刺さった。脱走してきたとはいえ元ジオンの同士たち、殺すのは忍びない。というより、そもそもアイナは殺しには向いていないのだ。戦争をするような人間ではない。

 

「任せててって言ったよ」

 

「アイナ」はゲルググを立ち上がらせる。突然の震動にアイナが転げ落ちそうになるのも構わず、まずはワッパ、マゼラアタック、ジープの群れをシールドの一薙ぎで蹴散らす。次いで襲いかかってくるザクの一機めにシールドを突き刺し、二機めをナギナタで両断し、三機めの顔面に右ストレートを打ち込んだ。倒れ込んだザクのコクピットにナギナタを突き刺すと、高原に静寂が戻ってきた。

 所要時間五分足らずの早技だった。

 

「殺すのは悪いこと。こうしなきゃ殺される。それに、アイナの命は・・・アイナ一人のものじゃない」

 

 そう言って「アイナ」はアイナの腹を指さした。意味が分からず困惑したアイナだったが、理解が追いついた途端に顔を真っ赤に染めた。

 

 嵐が過ぎ去った高原のコムサイの中で、シローたちは手を合わせる。

 

「いただきます!!」

 

 奇声、ともすれば悲鳴にも聞こえる歓声をあげて、子どもたちは串焼きの魚にかぶりついた。行儀もマナーも知ったものかと油を散らし、骨が刺さったと騒ぎ、内蔵が苦いと顔をしかめる。

 油や骨が飛び散った室内を見てシローは、外でやればよかったかな、と苦笑する。十人ぶんの食事を確保するのは簡単ではなかったが、こうも嬉しそうに食べてもらえるのなら苦労も報われるというものだ。「シロー」と「サンダース」、「ミケル」たちが不慣れながらも手伝ってくれた功績も大きい。

 

「アイナ、本当に大丈夫だったのか」

「ええ、誰にも怪我はなかったわ」

 

 墓を作って食料調達を終えた後、すべてが終わってから「キキ」に呼ばれて駆けつけたシローが心配そうに尋ねる。アイナと子どもたちは「大丈夫だ」と何度も繰り返したが、肝心なタイミングで現場に居なかったシローは気が気ではない。「しんぱいしょー」と子どもたちにからかわれても、心配せずにはいられなかった。

 

「すまない、アイナ。嫌なことを押しつけてしまって」

「シローのせいじゃありません。本当に、私は気にしていませんから」

 

 そうか、と答えるシローに納得した様子はなかった。二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 全員が食事を終えた頃、ようやくアイナが切り出した。

 

「みんな、お風呂に入らない? 」

 

 ビームナギナタの出力調整には戸惑った一同だったが、傷だらけのゲルググはやや過剰とも思える出力で川を流れる水をお湯に変えてみせた。

 

「川底に気をつけて。何かに噛まれたりしたらすぐ俺に言って」

 

 自分のことを棚に上げて他人を気遣う癖は変わらないシローだったが、その顔はいつもの明るい彼に戻っていた。きゃあきゃあと歓声を上げてはしゃぐ子どもたちに、アイナは思わず頬を緩める。

 

「やっぱり、普通の子どもたちだな」

「疑ったりした私がおかしかったのね」

 

 川岸に近いところで寄り添うアイナとシロー。二人の眼差しは自分の子どもを見つめる時のそれだった。

 川の流れにバランスを崩したアイナがシローにもたれかかる。「ありがとう・・・」アイナが顔を上げた瞬間、二人の目が合った。互いに火が点いたように真っ赤になった顔を見つめ合う。

 

「キスするの? 」

「ラブラブだぁ!! 」

「いちゃいちゃしてる!! 」

 

 子どもたちのヤジに、慌てて二人は体を離した。まだ心臓はばくばくと激しく鼓動を刻んでいる。

 

「ほら、もう上がるぞ!! 」

「のぼせてしまいますよ」

 

 のぼせているのがシローとアイナだということは誰の目から見ても確実だった。

 結局はしゃぐ子どもたちに付き合った二人はこの後一時間以上も風呂に浸かり、全員揃って仲良くのぼせることになった。

 

 十日ほどコムサイで子どもたちとの生活を送った二人は、当初の目的どおりさらに北へ進むことにした。別れるのは名残惜しかったが、彼らは自分たちの意思でしばらくの間ここに残ることを決めた。釣りや狩りのやり方も軽い怪我の手当ての仕方も、生きていくために必要なことはあらかた教えたはずだからみんなうまくやっていくだろう。

 旅立つ日の朝、二人はそれぞれ花の指輪をもらった。「頑張ってね」「幸せにね」「浮気しちゃだめだよ」と余計な気遣いを受け取って赤面しつつ、荷物をまとめて朝のうちに別れを告げた。

 これまでの人生、経験してきた別れの数は多けれど、これほどに清々しい別れはなかった。

 どこかさっぱりとした表情を浮かべ、二人は寄り添って歩いてゆく。

 十年後の未来に立つ自分たちに、今を笑われないように。




この二人には幸せになって欲しい・・・
そんな気持ちにさせてくれます、第08MS小隊。
久々に見てノリスとカレンに惚れました。

まあ、そんな話はともかく。
これで当初書きたかったアイデアはすべて終了です。
これからはまたアニメ見てて書きたくなったものとか頂いてるリクエストとかやっていきたいと思います。
いつになるかわかりませんが、気長にお待ちください。
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