結論からいえば、セイラの心をざわつかせたその感覚の源は、彼女が想像したものとは違っていた。
旧知の戦友アムロ・レイに似たそれは、しかし根底に底抜けの明るさを持つ点で大きく違う。グリプス戦役時に多くのニュータイプが確認されたことは知っていたセイラだが、その誰とも面識がなく感覚では判別できない。ましてそれが現在進行形で続いている第一次ネオ・ジオン戦争の最中で新たに確認された少年、ジュドー・アーシタであることなど知るよしもなかった。
ダカール都市部に近付くにつれ、血と炎の匂いはむせ返るほど強くなっていく。頭上でネオ・ジオンのMSが爆発し、飛び散った火花が傍らの木々に燃え移ったとき、セイラは何年かぶりに「死の恐怖」というものを間近に感じた。
この状況で戦闘の中に突っ込むのは無謀すぎるかもしれない、一抹の不安が胸をよぎる。自分はもう若くはないのだという自覚ゆえの臆病もある。たった一人で、身体ひとつで戦場は変えられないのだとリアリズム的な視点も持ち合わせている。経験は必ずしも前へと進む追い風とはならない。一度マイナスの思考に陥れば堰を切ったようにネガティブな感情が理論武装して押し寄せてくる。足がすくんでしまったセイラに、切迫した“声”が聞こえた。
「助けて・・・っ」
消え入りそうなか細い、震えた言葉。そう遠くではない。
私が助けられる人がいる――。
目的はすっかり変わってしまったが、セイラは落ち着きを取り戻すことができた。
「どこ? どこにいるの? 」
上空の戦闘は激化の一途をたどっている。ブライト率いるアーガマ隊、ハヤト率いるカラバの部隊も手を焼いているらしい。撃って撃たれて、斬って斬られて殺されて。そうやって全く無価値に無意味な犠牲が重ねられていくなかで状況は刻々と変化する。疲弊して動くこともできないほど弱っているであろう“声”の主がいつまでも無事でいる保証はない。気が急くセイラの両足は、ホワイトベースでトレーニングをしていた頃よりもずっと早く走っていた。
「お兄ちゃん、早く戻ってきて」
少しずつ、着実に小さくなっていく叫びを聞き逃すまいと必死に感覚を働かせ、セイラがついたのは小さな掘っ建て小屋の前。
激しい発熱と出血だった。まだ一年戦争当時のホワイトベース乗組員よりも若い、というより幼い少女。形だけの止血も粗が目立つうえ、環境も悪い。迷っている暇はなかった。戦争がけが人や一般人に優しくないことは誰よりも知っている。
そこから先は無我夢中で、何をしていたか詳しく覚えていない。シェイルが起こしてくれたのが戦闘が終わった次の日の午後、既に少女の手当ては終わっていて穏やかな寝顔を見ることができた。
「悪いんですけど、今は重症者が多すぎて僕らでは見てられないです。一通り処置は終わらせましたが・・・」
少女の面倒を見られるのは自分だけだと思ったセイラはシェイルたちに別れを告げ、宇宙へと上がった。ネオ・ジオンの主力はハマーンと共にアフリカを発っている以上、留まり続ける理由はない。思っていたよりも長く滞在してしまったのは、久々に自分が必要とされる心地よさに浮かれてしまっていたからだろう。想定外の収穫も得られたのだから、長居したこと自体は全くの無意味でもなかったが。
度重なる滞在延長申請ですっかり仲良くなってしまった審査官に名残惜しそうに判子を捺してもらい、セイラは地球を離れた。
「本当にありがとうございます。私はリィナ・アーシタ。サイド1のシャングリラコロニー生まれです」
利発で聡明、礼儀正しく立ち居振る舞いも大人びている。保護した時の衰弱した姿を忘れさせるほどしっかり者の印象を受けるリィナは、ダカールでの騒動までネオ・ジオンの保護下にあったという。クワトロ・バジーナはハマーンの近くにはいないことも、ネオ・ジオンの対抗馬が実質アーガマ単艦であることも聞いた。そして、搭載機のパイロットが少年たちであることも。
「兄に会わせてください。会って・・・ちゃんと謝らないと」
かっちりしすぎる、という印象はなかなか拭えなかった。この歳でこうも自分の感情を抑えて行動することを覚えるのはそう良いことではないのではないか、とセイラは思う。まるで一年戦争を戦い抜いた後のホワイトベースクルーたちを見ているようでつらかった。
ひとまず兄のことは置いておいて、まずこの少女のささやかな願いを叶えてあげたい。可能な限りの人脈をたどって戦争の状況を知り、その中心にいるであろうジュドーという少年の話を集めた。ちょうど音信不通となっていたカーディアスと連絡が取れたので話を聞いてみれば、ブライト・ノアに案内をさせるという。
一年戦争、そしてグリプス戦役でもめざましい戦果を挙げ(本人が望まずとも)地球連邦の軍神、英雄と祀り上げられるブライトまでもスケジュールを空けさせるほどの影響力をカーディアスが持っていることに多少の違和感を覚えつつ、セイラは月へと向かった。
「セイラさんは戦うってこと、どう思ってるんですか? 」
シャトルの中で浴びせられた鋭い質問。4か月あまりを共に過ごしながらも自分のことは語らなかったリィナは、とうてい年相応とは思えない議論を吹っ掛けてくることが多々あった。それは戦争を間近に経験したセイラですら言葉にすることが難しいほどの、厳しい問いかけ。
「くだらないことよ。戦っていなければ満たされない、そんな人たちが勝手にやっていればいいこと」
「それは違います」
これまでにない強い否定だった。
しかし、これまでずっと感じてきた彼女の芯とも呼べるものがようやく表に出てきたようにも思えた。
「私の兄は、決して戦いたくて戦っている訳ではありません。私を取り戻そうって、戦ってくれてたんです。それにセイラさん、あなただって、ホワイトベースの人たちだってそんな戦闘狂じゃないでしょう? ・・・そんな達観したような、悲しいものの見方をし続けるのはつらいんですよ、きっと」
「そうね」と気のない相づちを打って、セイラは窓の外に視線をやる。
大気圏を抜けたシャトルを包む宇宙は、多すぎる血を吸ってどす黒く染まっている。連邦もジオンもエゥーゴもティターンズも関係なくただ平等に訪れる死の運命、自分が生き延びられたのは幸運なだけだったのだと痛感する底なしの漆黒。
確かに、他人のために戦う者もあろう。しかしホワイトベースに乗っていた自分たちには理由などなく、死なないために戦う、それだけを考えていた。その点ネェル・アーガマに乗る少年たちはリィナを守る、地球を守るという真っ当な志で戦っている。彼らが持つ意思の固さはリィナの瞳が教えてくれる。
「ごめんなさい、リィナ。私は兄のことを家族とも思えないし、もう戦う若さもない。歳を取りすぎたのかも」
月までの二時間、リィナからの言葉はなかった。
※※
眼前で抱き合う兄妹の姿は、セイラにいくらかの安らぎをくれた。とうの昔にいなくなって繋がりが消えたダイクンの子――アルテイシアとキャスバルの兄妹とはあまりにも対照的な、互いを思い合う心からの家族。
「用事も済んだことだし、私は失礼するわ」
直視するには眩しすぎて背を向けたセイラに、傍らのブライトが心配そうに声をかける。
「こういう言い方もないが・・・大丈夫なのか? 何かあったら、頼ってくれていい。私とて・・・」
「所帯染みたわね、ブライト。気遣いには感謝するけど、私は大丈夫。奥さんによろしくね」
最後に一度だけ純心な子どもの輝きを目に焼きつけようと振り返って、リィナと目が合った。これまでに見た中で一番いい顔だ。
2、3度手を振って、セイラは「ジュピトリスⅡ」進宙式を後にした。
投資で蓄えた財を食い潰すだけの人生と決別させてくれたのは、リィナのお陰だ。使い道はもう決めた。戦うことでしか自分の理想を実現できない兄に見せつけてやるのだ。
古巣のマス家からたどるジオン系の人脈、ブライトから得られる連邦の人脈、そしてカーディアスをはじめとする政財界の人脈。そして投資で蓄えた財、他者がニュータイプと呼ぶ自分の特別性。使えるものはすべて使おう。
まっとうな方法で、私は世界を変えていく。ニュータイプが正しく理解され、差別されることのない、新しい世の中へ。