皆に攻略される百合さんのお話   作:茶蕎麦

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 名前を変えたり他にも書いてみたり描いてみたり色々としてみましたが、相変わらず分からないので続けてみました!
 ちょっと書き方も変えてみたのですが、少しでも親しんで頂けたら幸いですー。


第十三話 デッドライン

 

 あたしにとって、月野椿という女の子は、憧れに近いものであったのかもしれない。

 とても綺麗でお金持ちで健康で、そして何より色々大っきい。とても高いところから、彼女はあたしを見下ろしていたのだ。

 人を踏んづけて、幸せになる。対象があたしであることを、あたしは嫌わない。

 そんな魅力的な彼女がどうしてだか虐められていた時は必死になって助けたけれど、その後に椿ちゃんが隣を許してくれるようになったことをあたしは不思議に思った。

 あたしなんかがこんなに凄い人の隣に居ていいのか、半信半疑だったから。

 

 でも、椿ちゃんはあたしのことを友達と呼んでくれた。だから、あたしは近寄ることをためらわなくなったのだと思う。

 けれど、そのために間近で好きを開かせ愛を弾けさせて、随分とうるさくしちゃったかもしれない。そこは反省。

 ああそういえば、あたしのことを親友とは椿ちゃんが真っ先に言ってくれたのだった。大好きな彼女に、たいせつなおともだちとして貰えたのはとても嬉しかったとよく覚えている。

 だから、あたしは少しでも返したかった。別に友情を恩に感じたから、という訳ではない。

 ただ単純に。あたしも椿ちゃんのことが大好きだって、示したかったから。

 

 順番としては、それは葵や家族の次くらいの好意だったかもしれない。でも、それだって抱えきれないくらいには大輪だから。

 

「椿ちゃん」

「ごめんね、ごめんね……」

 

 だから、幾ら椿ちゃんがあたしを()()()()()()()したところで想いは変わってなんかしてやれない。

 あたしは微笑んで、潰れかかった喉から、あたしの首をその細指で締め付けた彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

 物語には終わりがある。人生にだって、終わりがある。そしてピリオドは唐突であってもいい。

 なら、たとえば世界が明日終わってしまうのだとしても、決して不思議ではないのかもしれなかった。

 

「キレイな、ヒビ……」

 

 あたしは、生きるために強張って以前よりも吸い込みづらくなったのど元を開かせるためだけに上を向いたのだけれど、そうしてみたらお空に真っ赤な罅が入っているのを発見してしまう。

 青に走る紅のその美しさに感動しながらもあたしはびっくりして、左右をきょろきょろ。

 すると、同じように空を見ている様子の子達も居た。けれども、彼女たちは特に何か感じ入っている様子もない。

 むしろ、あたしの挙動不審にびっくりしているみたいだったので、あたしはにへりと愛想笑いを浮かべるのだった。綺麗の隣で、至極不格好な花が咲いて、忘れられる。

 

「皆には見えてない、のかな?」

 

 なんとなく、そうではないかと思ったことをあたしは言葉にしてみる。一体全体普通の中で消えかけのあたしだけが何かの兆しを見つけるなんて、そんなこといかにも作り話めいているけれど、どうにも自分のこの目が信じられないのも事実。

 よく分からないから、あたしは近くに通りかかった子に尋ねてみるのだった。

 いかにも一般的な、心地よい可愛い子。遠くであたしのことを嫌いと言っていた、年下のあの子にも遠慮なんてせず、あたしは首を傾げた。

 

「あなたにはお空、どう見える?」

「んー? あおいよー?」

「やっぱり、そうなんだ」

「へんな日田センパイー」

 

 えへへとその下級生の少女はあたしを笑ってから、手を振り駆けていく。やはり、彼女の真実の中には空色の中に赤はなかった。あたしの姿も、なかったみたいだけれど。

 どういうことだろうとあたしが可愛い彼女の背中を見送っていると、とんとんと、背中をつつくものが。なにかな、と思ってその指先へと振り向いてみると、そこにいたのは。

 

「まゆみちゃん。こんにちは」

「うん。こんにちは」

 

 まゆみちゃんだった。挨拶を交わし、あたしの真ん前で、焦げ茶色の少女は微笑む。

 葵から受け継いだものがあるらしい、あたしを大事にしてくれる彼女はあたしの寿命を知ろうとも、それがどうしたのだろうかと平気の体だった。

 転校してしばらく経った今日も変わらずに、まゆみちゃんは笑顔のままで、あたしのおかしさを訊いてくる。

 

「どうかしたの?」

「えっと……うーん……」

 

 でも、あたしも少し困ってしまう。だって、空は青くて当たり前。だからこそ朱や虹の美しさが映えるのに。

 そこに、一筆の紅が引かれてしまっては、台無しだ。そう思うから、あたしはそんな嫌な現実を口にできない。

 しかし、お空を見ながらわたわたしているあたしに察せるものがあったのか、まゆみちゃんは目をおっきくさせて、言うのだった。

 

「ああ。百合ちゃんも見えるんだ。そういえば葵が口酸っぱく期限のことは言ってたね。あれは死線だよ」

「しせん?」

 

 視線、いいやあれは死んでいる線なのかもしれない。

 脈動すらない、赤の悲しさ。終わりの夜に、至るための紅こそが死を呼ぶものだと言われても、あたしはおかしいとは思えない。

 けれども、それはつまり。答えに至りそうになったあたしの横で、残念そうな面をしながらまゆみちゃんは続ける。

 

「空に走る、この世のデッドライン。ゴールテープの一種かも」

「ゴールテープ……」

「ま、要はセカイの罅だね」

 

 罅。どういうことだろう。割れる前の無理な状態こそが、罅にまみれた全体。なら、これがもし広がってしまったら。

 あたしはぶるりと身体を震わせた。

 そんな恐れに怯えたあたしの隣で、彼女は頷く。ココア色の長髪を上下に、頷いてしまったのだった。

 

「百合ちゃんが思った通り。あれが広がってそれで全部、お終いなんだ。意味(主人公)がないセカイは、繋がら(続か)ないから」

 

 驚きに、あたしは注視。けれどもそこに、悲しみはなかった。

 夏に元気を謳歌したというまゆみちゃんはそれこを葵を思わせるほどの、茶褐色。涙乾ききったその色のまま、この世の終わりを信じている。

 鄙びて、閑かに。正に彼女は死期を隣にした女の子だった。

 あたしは、問う。

 

「本当?」

「うん」

「どうしようもないの?」

「うん」

 

 切なる問いに、どうしたって頷きが返る。

 うん。云。そんな短い言葉にあたしの心は散り散りに乱されてしまうのだった。

 まゆみちゃんの説明に、無駄なものはなにもない。嘘も感想も、原理も何も。ただ、事実のみがぽかんとあたしの前に無慈悲に提示されていて。

 皆が終わりなんてそんなこと信じたくないのに、信じられる。だって、彼女は愛した人の残滓。

 

 だからこそ、あたしは。

 

「そんなの、悲しい」

 

 視界に映らず、ただその無闇な煌めきばかり散らす。あたしは、落涙を止められなかった。

 どうでもいいものなんてないのに。この世の好きも嫌いも何だって、あたしなんかより大切で、もっともっと愛されるべきなのに、壊れてしまうなんて。

 皆もっと幸せであって欲しい。終わってしまうのはあたしだけでいいのに。

 

 何も遺せず脆くも砕けて消え去って、忘れ去られてしまう。誰もそんなあたしに倣わないで。

 

 あたしは、皆()()()は永遠であって欲しいと、泣くのだった。

 

 ぐすぐす、しとり。あたしはまるで、破れる前の濡れ紙。もう、悲しいばかりのこんなものに価値なんてあるのだろうか。

 皆の幸せを信じて、空の赤もまゆみちゃんだって嘘と断じればいいのに、そんなこともできずに。

 あたしは、苦しくって辛くって、どうしようもなくって、止めてと零すばかりなのだ。

 

 そんなあたしを見咎めて、まゆみちゃんは言った。

 

「泣かないで。私は、百合ちゃんがそんなどうでもいいことのために悲しんでいることの方が、悲しい」

「え?」

「私は最期まで、貴女を諦めないから」

 

 泣きながら、止まらないまま。でもあたしはおかしなことを言うまゆみちゃんをぼやけた視界の中に認める。

 セカイの中で、全ては大切で。あたしばかりが要らない子。そんなことはあたしのなかの当たり前なのに。

 

 でも、彼女の中の天秤はおかしいみたいで。

 

「だって――――世界の全てより一人の女の子を選ぶほうが、ステキでしょ?」

 

 この世を見捨てて台無しにしてしまった主人公の言葉を借りて、まゆみちゃんは戯けるのだった。

 

 

 

 

 月野椿は知らない。明日の献立も、鬼の存在も、世界の終わりも、自分の想いの深さも大概のことを。

 でも、それでも生きていた。ぼうっと見つめながら、それでも苦しまずに生活を出来ていたのだ。

 だから。

 

「はぁ……はぁっ」

「百合ちゃん……!」

 

 ただ皆の幸せばかりを考えて、必死に苦しく足掻き続けていた少女の命が消えかかっていることを初めて知って、強く歯噛みする。

 それは発作、ですらない、ただの息の失敗。それが終わりかけの身体には耐えられない不足に繋がっただけのこと。

 友達との下校中、心揺らしていた日田百合は生きるのに失敗して、突然に死にそうになった。

 

「ど、どうしよう……救急車……そう、救急車を」

「やめて……は、……ぐっ」

「百合ちゃん!」

 

 当然、側に居ながら何も出来ていない自分なんかより、切羽詰まった状況に応じた者を呼ぶのが椿の脳裏に浮かぶ。

 でも、百合はそんなことを望みはしない。一枚板のような電話機に手をかけて、ふかふかの胸元で、苦しみ抜きながら。

 

 皆が死んでしまうならもう死んでもいいかと思ってしまっている百合は、こう言うのだ。

 

「あたしなんか、助けてもらう価値、ないよ……」

 

 少女は笑う。諦めに浮かんだそれ。柔和を通り越した、哀の円か。その弧線から出た音を信じられずに、椿は零す。

 

「何、言ってるの?」

 

 そう。何を言っているのだこの少女は。ずっと、人は支え合って生きている、と心の底から信じていたはずの純がどうして助けを嫌うのか。

 その答えは、簡単だった。赤色増えた蒼天の下にて、百合はぽつりと口を動かす。

 

「だってあたし、皆が一緒に終わってくれるってことに、安心しちゃった悪い子だから」

「え?」

 

 それは、椿にはこれっぽっちも理解できない言の葉。届かない。けれどもそれで、十分だった。

 彼女は一つ、おかしなことをその文句の中で見つけたから。

 

「百合ちゃんは、悪い子じゃないわ」

 

 椿は断言出来る。日田百合は、たとえ生きることが罪でも、進むことが踏み潰すことであったとしても、そんなの全て許されるくらいの、良し。

 愛を信じた。幸せを望んだ。それこそ必死に、ずっと心の底から。

 何が出来なくても何を掴めなくとも、それだけのことがどれだけ眩く輝いていたか。

 ああ、光は己が眩しいことを知らないのだ。そう、椿は解す。

 

 だが、誰よりも(病み)の深さに囚われていた少女は言うのだった。

 

 ()に言って、しまう。

 

「なら、どうして……あたしばかりが辛いんだろ」

 

 そう言って、息を吸えない。溺れた肺腑はろくに働かずに、貧じた脳は一つごとしか考えられなかった。

 

 今更ながら、どうして。どうして自分ばかりがこんなに呪われているのか。

 

 その答えは、ファンブックの一節に書かれているのみ。けれども、そんなこと分からない文字の中の少女は勘違いするのだった。

 

「きっと、あたしが生まれてきたのが、悪いんだ」

 

 そう、思いたくはなかった。けれども、そう思わざるを得なくって。

 

 痩身から溢れる涙、それは隈を覆っていた白すら暴く。間近から、憐れまれるばかりの矮躯を覗いて椿は。

 

 

「――――そんなことを、言うなっ!」

「ぐぅっ」

 

 赫々と、怒った。

 

「私を助けたくせに! 私を愛してくれたくせに!」

 

 それは、心の底からの怒気。

 最愛から発されることすら許せないほどの否定。

 月野椿は世迷い言を否定するために、小さな彼女の喉元を必死になって締め付ける。

 

「私の救いを、日田百合を、なかったことになんて、するな――――!」

 

 そして、本音を発するのだった。

 

 

 

 びゅうと、冷たい風一陣。そんな優しい闖入すらなければ、終わった物語も終わっていた。

 

「……あ」

 

 やがて、彼女の自分勝手は自省され。冷えた頭は手を震えさせた。

 

「げはっ……はぁ……はぁ……」

 

 そして、再び喉元自由になった百合は呼吸のやり方を思い出し、励んだ。命からがら命を拾えば、救われることに頑張るのは当然のこと。

 少女は奇しくも殺されかけて、再び命を継げた。

 だから。

 

「椿ちゃん」

「ごめんね、ごめんね……」

 

 自分に縋り泣いて謝る少女の頭を撫でるのだって、自然な行為となる。

 謝りなんていらない。むしろ誤っていたのは自分の方で。

 そんな色んな言葉がついて出そうになるのもどうでもいいと、百合は思う。

 だが、一つばかり言わなければいけないことがあった。だから彼女は辛く、息を吸う。

 

 そして彼女はセカイに()()()だ。

 

「ありがとう。あたしを殺したいくらいに認めてくれて、ありがとう」

 

 相変わらず、世界の終わりは空高く。己の終わりは胸元にぽっかりと。

 どちらもとても悲しい心地で、だからこそ忘れていた。

 

「ああ、あたしは好きだから生きていたんだ」

 

 そう。日田百合という少女はテキストの全てを愛していて、全てが活きるよう願っている。

 善人ですら狭い、いい人というには間違った何か。

 

「だから、最期まであがかないとね」

 

 けれども、だからこそ。死を認めて、しかしそれを愛せずに、怖さに涙まで流してしまって。

 それでも。

 

「皆、幸せになって欲しいから」

 

 残酷なまでに前を、向くのだった。

 

 

 

 

「わぷっ」

「百合ちゃんが戻って良かった、良かったよぉ……」

 

 やがて一歩踏み出す前に彼女は安堵に抱かれて。

 

「ふぁ」

 

 遠いデッドラインの下、少女は眠った。

 

 


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