皆に攻略される百合さんのお話   作:茶蕎麦

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終わり、やっと。


ルート7 水月の大望 水野葵⑥

 

 痛くて、辛くて、哀しい。それは、日田百合の生において当たり前の感覚だった。

 人の間に生まれた、組成違い。きっと天国にて最適な身体は、しかし地獄の少し上の位置では痛苦に歪んだ。

 なんで、どうしてとは百合が幼いころによく呟いた文句だった。

 少女は地べたの知能では誰も理解できないマテリアル。疾く焚べられ空に撒かれることこそ望ましけれども、しかし人倫は容易くそれを許しはしない。

 だからこそ、日田百合は生きるのが辛いのだ。愛おしく輝く場違いにて、一人至極の肉体を傷ませ続けるばかり。誰もかもに優しくしたいのに、強く皆幸せになって欲しいとだって思うのに、目立って力になれない。

 

『ごめんね。みんな』

 

 そう、真実天使の少女の視点には地べたのありとあらゆる存在が上位である。痛みに怯む己は優先順位の外。故に、自らに対するように必死に全部を大切にする。あたしがダメならせめて、と。

 

 そんなの愛ではないというのは、何より百合自身が知っていた。こんなの人間のまがい物が間違って覚えた強情である、と。

 天つ神は平等である。まるでそれを身近に識っているかのような彼女は、しかしエデンの園をこの世に示せなかった。

 百合は、悪だって認めてしまっていたがために。いや、彼女は悪なんてあたしが認めないと誰が彼らを救ってやれるのだと、地獄を考えずにそんな傲慢を思っていたのだ。

 だから、百合は周囲の悪をも赦して、餌食になることも間違ってしまうことすら認めてしまった。

 此度の滅びまでの間、隙だらけの百合は随分と犯されたし、飼われたし、叩かれたし、摘出だってされている。

 彼らが彼らのためにだけ行った悪徳それら全てを、しかし百合は微笑んで赦す。誰より痛みに耐えるのに慣れた自分がそれを味わうのが、一番に皆にとって楽だからと諦めて。

 けれども、頑張って歯を食いしばることばかりに努めて、世界の存続を求め続けてきた百合は、塔の最上部にて諦めに呟きを続ける。

 

『こんなことなら、あたし』

 

 終わりだ。そんなのは、百合もあらゆる手段を採っても不通だから理解できた。

 まさかあたしなんかが最期なんて哀しいとしか考えられない生体不足。この存在はまるで自分が金の価値を持つ可能性を考慮してこなかった。

 彼女は、生まれてからずっと天国から落ちてそのままだ。故にフォーラー達が感じる痛苦には耐性があり、それ以上に距離的に中々落っこち辛い。

 端から滅びからは遠い位置にあるのだから、我関せずと生きていれば良かったのに。

 でも、日田百合でありたい人でなしな天使は心を殺せなかった。

 

 百合が閉じられない瞳をそのままに脳裏に浮かべたのは、幸せな記憶。痛みを当たり前とした彼女には、それを差っ引いている過去こそが真美しい。

 色んな、出会いがあって別れがあった。好きになってくれた子たちがいて、好きになりたいと思った人も数知らず。

 そして、何より。

 

――ごめんね。

 

 最愛の、水野葵のことが今際の際まで忘れられない。いや、忘れられないのだ。この想いだけで永遠になりたいくらいに、百合は彼女のことが大好きだから。

 

 日田百合と、水野葵の出会いは、劇的ではない。むしろ、百合はステータスを上げる日々の邪魔と最初葵に歓迎されなかった。

 百合が幾ら博愛的とはいっても、誰彼と無理に仲良くするつもりはない。むしろ、あたしなんかやっぱりダメだよね、と引いてしまったのが事実。

 でも、つっけんどんな様子の葵も攻略対象として構わざるを得ず、しかし親愛パラメーターにろくな進展もないまま、ある日百合は死にかけた。

 

――勝手に、死なないでよ!

 

 それに、誰よりも慌てたのは葵。理由としては、未来が想定から外れることに対する恐れが殆どを占めていたが、しかし確かに僅かに愛もあって。

 だからこくりと、百合はそれに頷いた。なら貴女のために、死んであげようと馬鹿な子供は思ったのだ。

 

 そして、そんな酷い手前勝手な言葉を糧に百合は生きている。

 その合間、とても痛くて、辛くて、哀しかったけれども恋して愛して、皆のためによく踏みつけられてあげられたと自認している。

 百合自身間違いなく精一杯やれたとは思っているし、もういいやという気持ちもあった。

 滅びを前に意気は保たず、真なる独りは心を殺す。なら、このまま自らを赦してあげてもいいかとも彼女も思ったが。

 

『誰か一人を、愛するんだった」

 

 けれども、一つの後悔が強く、強く。本心の扉は最期にぱかりと開かれる。

 

 もう天は赤ばかりで、紅に朱く。嘆きの声すらどこにも届かないようであったが。

 

「なら、また私を愛せばいいでしょう?」

「え?」

 

 再読は終わり、ここにて過去ログの幕は開けた。なら、今から彼女の手を引っ張って。

 

「終わりの物語を、変えましょう」

 

 そう、終末に間に合った元主人公さんが、百合ゲームの続きを始めるのだった。

 

 

 

「葵! あ、あれ? 生きて……それにあたし、身体が失くなってる筈なのに、どうして……」

「私が百合の手当をしてあげて、ついでに引っ張り出してあげたのよ……ふよう辺りからそこら辺、聞いてない?」

「あ、そういえばそんなこと聞いたことあるような……葵って、すごい!」

「ふふ……それで済む問題かしら? 皆を直せとか言わないの?」

「ううん! あたしは貴女がそれを使って命を失ったことを知ってる! 折角また会えたのに、無理は……させられないし、させたくないよ」

「ふふ、相変わらず百合は可愛いわね」

「わ、わわ……」

 

 白を抱く黒。両方多少淡い色を持つが、それでも大凡そんなもの。混じり合わない彼女らは、でも再会に喜びをぶつけ合う。

 久しぶりの奇跡的な力の行使に、大分命を削ってしまっていることを隠しながら葵は、タワーから引っ張り出した百合を抱く。

 温さ、柔らかさ、力の具合。それらがあまりに懐かしく。湧き起こる喜色に少女はもう堪えられなかった。

 葵の肩に、雫が二つ落ちる。

 

「わ……うわ、あああぁ……」

「哀しいの?」

 

 奇跡によって起きた至極の幸せ。これを哀しむ馬鹿はいない。そして、当然百合も首を振る。その涙、止め処なく零しながら。

 

「うあ……ううん、ちがう。幸せ、なの」

「……なら、どうして百合は泣いてるの?」

「だって、あたしだけ、幸せになって、いいはず、なくって!」

「……いいのよ」

「そんなの……」

「いいの!」

 

 ぐずる少女に、断言。そして、葵はぐいと百合の顔を自分の顔の前に寄せた。

 そしてまるで怒ったようにして、彼女はこう伝える。

 

「幸せなら、笑ってよ! 泣かないで、私の目を見て! そして百合、あなたは貴女の心を見るの!」

「あたしの……心?」

「そうよ! 百合は、一度も心の底から貴女を愛せていない……私はそんな貴女でも愛せたけれどっ」

「むぎゅ」

 

 好きだから、愛せる。そんなの当たり前。だが、それでも自分のこと嫌いな分からず屋は自らに愛をしない。好きなのに、本当の意味で幸せになってくれないとは、何たる身勝手。

 恋人としてそんなの赦せやしないと、こう断言するのだった。

 

「自分ぐらい、自分で抱きしめてあげなさいよっ! まず、貴女が幸せになってくれないと、誰も幸せになれやしない!」

「そ、そんなの嘘だよ……!」

「本当! 私は百合が百合を幸せにしてくれないと、嫌!」

「む、葵こそ勝手!」

 

 出てきてずっと押し付けばかり。流石にこれにはただ申し訳なく思っていた百合も眦にて怒気を表す。大きく開いた紅い瞳は、赤と一緒に目一杯葵を映した。

 

「今更戻ってきて、何なの? あたしはもう諦めていたのに、こんな勝手にあたしを救って、幸せになれって……あたしの幸せは、貴女の幸せだったのに!」

「だから……今更なのは申し訳ないけれど、でもそれこそ私の気持ちだったのよ! 百合が本当に幸せになって私が幸せになるまで、私は死ぬに死ねなかった!」

「あっ……」

 

 そっくりそのまま返されて、百合は狼狽する。

 ひょっとして。あたしがあたしを幸せにしなかったからこの子は死んでしまい、そして今化けて出たのか。それが悲しくも、僅かだけ嬉しさもあってあまりに胸元が窮屈で、彼女はまた泣きそうになりながら前へ向く。

 

「だから、百合。貴女も貴女を認めてあげて。それが、本当の幸せの一歩よ」

「どう、すればいいの? あたし、分かんないよ……」

「そんなの簡単よ!」

 

 最初の一歩から間違えている人生赤点少女は、人生イージーモードを彼女のために投げ出した少女を頼る。

 それを待っていたのか軽々と、葵は百合の問いにこう返した。

 

「愛言葉以外の言葉を放てば良い。痛いも辛いも全部貴女のものだから。想いは溜め込まずに言葉にしていいのよ……って、そんなことも教わってない?」

「うん……あたし、結構弱音を吐くと怒られちゃってたから」

「はぁ。叔母様も結構クズよね……」

「葵……そんなの」

「まあ、故人に文句を言っても仕方ないけれど、でも本心ではあるわ。はい、わんつー」

「わわ。えっと……」

 

 早く言え。そんな意味で拍手とともに紡がれた英語の数えに百合は慌てる。

 まるでこの世があと一息で終わってしまうような状況とは思えないようなそんな二人に赤天は瞬かない。

 せっつかれた百合は、ここでようやく本音を更に披露する。

 

「痛い……えっと、苦しい、し……それがあたしだけなのが、辛かった」

「……ええ」

「ああっ! 皆どうしてどうしてどうして! あたしだけ、全部辛いのはあたしだけで。どうしようもないならそれでいいと頑張ったけれど、結局何一つあたしは変えられなくって! 無駄だったら、あたしはどうしてあたしだったの? あたしは、間違ってたの?」

 

 一度防波堤が崩れてしまえば、後は続いて中々止まりはしない。一人ぼっちの懸命は、しかし独りぼっちだからこそ間違える。

 自明な大違いに溜息を飲み込みながら、葵はこう指摘する他になかった。

 

「そんなの、当たり前じゃない。皆も言っていたのに、あの子らの本心に気づいていなかったの? ……辛いなら少しは分けなさいよ、分からず屋」

「っ! あたしはっ、そっちが良いって……」

「ばーか。貴女が辛い世界なんて、私にとっては論外よ。滅びて当然ね」

「葵……」

 

 舌を出して、葵は断言。百合はあんまりなそれに絶句するしかない。

 何せ、百合にとってはこの世の滅びは真他者の消失であり愛の絶望。だから、必死になって止めるのが当然だったのに。

 恋人はそれを分かってくれない。むしろ、全てが百合のためになっていなかったのだと決め込むのだった。

 更に、葵は主張を続ける。

 

「私は百合じゃない。百合になれない。でも、だからこそ本当に抱きしめて、こうして注意だって出来る……私は、それでいいわ」

「あたしも……今はこうして最期に葵が居てくれて、それが良かった」

 

 再びの抱擁をただ喜悦として受け入れて、百合はその痛みを最小限しか与えない上手を優しさと取った。

 やっぱりこの人が好きだな、と思いながらもだからこそ彼女は残念だとも考える。

 今が、葵が永遠であって欲しい。そんな本心に今度こそ百合は蓋をしなかったので、それは面に出る。

 そして、当の葵は思い違いに微笑むのだった。

 

「あ、百合。何か勘違いしているみたいだけれど、私達これで最期じゃないわよ?」

「ええっ?」

 

 驚きに開いた口が塞がらない。そして、そんな百合を見て可愛らしい喉ねと思う葵は余裕たっぷりに言葉を紡ぐ。

 

「ふふ。恋が分泌液の次第? そんな設定、勝手にしなさい。私はどんな形になっても恋を繋げてここまで来た」

 

 そう、人は形こそ本質と思うが、しかしそんなの設定たる文言には欠片も敵わず、現実に負ける。

 奇跡という無理矢理により、結果的に彼女の身体は様々に変貌しようとも恋は死なずに百合の元へと更に燃え盛って戻ってきた。

 ならば、きっと死んでも心は死ななくて。

 

「奇跡は、奇跡じゃない。あって欲しいと思った願いの形」

 

 そして、主人公の事実はそんなだから、少女は己の願いを叶えられてきた。

 

 だからとうとう、待ち構えていたかのようにぱっかりと割れて朱を落としてきた空に片手を上げて。

 

「それに、私は私の尻拭いくらい、するわよっ!」

「わっ」

 

 押し上げる手のひらに応じて巻き戻るように、それは戻った。

 驚きの最中、現象は更に奇跡を起こす。そして、世界という重しは少女らの幸せのための蓋とならずに赤は青になって。

 

「っ」

「葵!」

 

 霹靂。百合にはあわや世界が正されるように感じられたが、しかし葵の悲痛な声ならぬ声がその無理を実感させる。

 葵の口の端から出てきたのは、何時ぞやに見た赤。そう、きっと彼女の臓腑は力の行使のために破けてしまっている。恋人は命を使って、それで無理をしているのだ。

 なら、止める他ない。愛とはそういうもので。

 

「頑張って!」

「ええっ!」

 

 しかし、恋はもっと身勝手なもの。百合は、もっと格好良い葵を見たいと思ってしまい、応援すらして。無論、そんな最愛のチアに踏ん張れない程情けない元主人公なんて居らず。

 

「すごい!」

 

 そんなだから、点だった青空は瞬く間に遠く広がる。やがて、赤だったのが嘘のような晴天ばかりが広がって。

 

「これくらい、かなあ……」

 

 しかし、それだけ。喧騒は戻らず、落っこちた全ての命は欠片も浮遊することもなかった。

 また、命の分だけ終わりに時間を付け足したばかりだからそのうち空はまた紅くなるだろう。もっともそれは万年単位で向こうのことであるからには、ひょっとしたら山田静あたりは見物に来て鬼さんくらいは戻って来る可能性もあるが、そればかり。もう、生命体の掃けた世に命の芽吹きは可能性すら見当たらないのだった。

 終わりの延命に希望も、未来もない。けれども。

 

「ずっと青いよ、やったー!」

「ふふ……あはは……良かった、かな」

 

 でも、それでもあたし達が生きられるという喜びに心の底から幸せそうな恋人に、腹を抱えながら葵は笑みを見せて。

 

「めでたし、めでたし……」

 

 そう、決めつけ目を瞑った。そして、それきり。

 

「葵? ……え、嘘でしょ、葵っ!」

 

 恋人が幾ら叫ぼうとももう、デウス・エクス・マキナな彼女は目を開くことはない。

 

 

 何時までも麗らかな青空に、天使が独り。

 

 

 これはそんな、主人公の終わり。

 

 

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