皆に攻略される百合さんのお話   作:茶蕎麦

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 夢のような再会。そして、ちょっと緩めに。


ルート8 佳日の無垢 日田百合③

 

「っと……」

「百合姉さん、忘れ物ない?」

「もう。百合ちゃん、遅いよー?」

「わわっ、ごめんね紫陽花ちゃん!」

 

 家に出る前に、三人っていうのは本当ならはじめて。でもあたし以外の皆はそれが当たり前みたいで、ぼうっと準備の姿を眺めていたら、遅れてしまう。

 慌てて革靴をとんとんさせて、扉の先で手を振る元気な紫陽花ちゃんにあたしは手を振る。何と言うか、あの子って元気の塊。お化けさんだった頃が嘘みたいに活き活きしていて、困ってしまうくらいに嬉しい。

 だから、あたしは知らず微笑んで、振り向く。そして目が合った、こっちではお母さん代わりをやっている人にも手を振るんだ。

 

「行ってきます、菊子さん」

「はい、行ってらっしゃい、百合。……気をつけてね」

「うん!」

 

 気をつけて。そう言われてもちょっと冒険したくって足にぐっと力を入れて、あたしは駆けてみる。すると、思ったよりも全身辛くなくって拍子抜け。

 あたしは、先に歩いていた紫陽花ちゃんに直ぐ追いついてこう言えた。

 

「お待たせして、ごめんね!」

「ははっ、全然待ってなかったよ! 百合ちゃん本当に元気になったね! 嬉しいなー」

「そっかなー」

「ふふ……百合姉さん、この調子なら直ぐに紫陽花姉さんの得意な運動でも勝っちゃいそうね」

「なにおうっ! ボクは百合ちゃんに簡単に負ける程度の鍛え方をしてないよーだ。そもそも、運動はボク、知恵は百合ちゃんってちゃんと分担してるんだから!」

「えっと……そうなんだ」

「はぁ……百合姉さん。紫陽花姉さんが勝手に言ってることだから、気にしないで。分担とかただの、勉強しない言い訳よ」

「負けないぞー!」

「あ、紫陽花ちゃん走ってっちゃった」

「はぁ……紫陽花姉さんは、アレでも小学時代水泳で国体に一度出れたことを誇りにしているから、私の言葉、余計だったわね」

「ふぅん……」

 

 誰より見知っている筈のたった一人の妹の口から新事実ばかりが述べられることに、あたしは自らの不明を知る。やっぱり、ここは違うんだ。

 多分、あたしは違う世界に迷い込んでしまったんだと、思う。夢かな、と最初は考えたけれども幸せな実感だらけで。なら、文句なんて言えなかった。

 でも、前の世界と今の世界のどちらが正解なのかなんて、分からない。だから、ただ流されるまま見つめるだけ。

 知らず知らず、辛くない心地についあたしはぼうっと、空を見上げていた。

 

「いい天気」

「本当。しばらくはこんな感じみたいで良かったわ」

「そっか」

 

 昨日と今日がひょっとしたら繋がっていなくても、季節は一緒。夏が終わって、そろそろ秋なのがあたしにも分かる。

 どこかさらりとした空気感だけじゃなくって、木々の色変わりの侘びに、空に高くちぎれたいわし雲も秋ならでは。

 お花だって、と周りを見てみれば花壇にはダリアにコスモス。ちょっと行ったところにはさざんかが綺麗なピンク色を開かせていた。

 どれもが全て、生きるために懸命で眩しく強かに手を広げているんだ。あたしはつい、それらに向けて本心を呟いちゃう。

 

「お花さん、格好良いね」

「はぁ……百合姉さんくらいよ? 可愛い花を見てそんなこと言うの」

「そうかなあ」

 

 でも呆れた顔で、アヤメはそう返す。この子はとってもいい子で普通一般だって知っている賢さだってある自慢の妹。なら、間違っているのは多分あたしだと思う。

 でも、あたしからしたらやっぱり小さくも美しいくらいに一輪に懸けるその生命っぷりはとてもじゃないけど真似できないと感じる。

 花に嵐と言うけれど、花は決して別れのためではなく、今に残るために身を委ねているのだから。散って良いのではなく、散ることの出来るほどの勇気がそこにある。

 だからやっぱり可愛くも格好良いよなあと想いを反芻していると、そこに。

 

「いいや、意外にもそう思っているのはここにも居たりするかもよ? うん。花に()()を見るのも風雅でいいね」

「……水野先輩。そう口にしながら姉妹水入らずに邪魔するのは、野暮ではありません?」

「なあに。水と油でもなく私と百合の仲だ。多少のサプライズはむしろ刺激で……ん、百合?」

 

 大好きなあの人の声が聞こえて、向いたら当然のようにそこにあったから、あたしはつい口を開けたままぽかんとしていた。

 なんだかアヤメとお話しているけれど、そんなの全部耳に入らない程の衝撃で、あたしは彼女の名前を口から溢す。

 

「あ……葵?」

「んー。そうだよ、私は葵。水野葵だね。どうしたんだい、百合。今の君、まるで()()()()()()の人が蘇った姿でも目にしたかのようだよ?」

「えと……う、うん! びっくりしちゃっただけ! えへへ……葵、急に声かけてきたから……」

「ほら、水野先輩……百合姉さん怒ってますよ? あたしたちのらぶらぶ空間に割って入るなー、って」

「ふふ。百合がそんなことを思うはずがないが……これは」

 

 あたしは、葵が生きて喋っていることにもう、どきどきが止まらない。朝色々と違って、確かにもしかしたらもしかしてくれないかな、とは考えていたかもしれない。

 でも、命って絶対的な死があるからこそ命であって、とはいってもだからこそこの世がひっくり返ってしまっても戻って欲しいと願っていた。そんな、葵が。違う世界なのかもしれないけれども今、隣で。

 泣きそうと言うよりも、爆発しそうな喜びが胸元でびょんびょんしてる。

 アスファルトに、オンブバッタが通った。あたしが多分紅くなっているだろう顔をちょっと下げていると。

 

「百合?」

「えっ?」

 

 そっと頬に寄せられる、葵の手のひら。そっと顔を上げられたあたしは、そのまま葵の二つ色違いの瞳を見つめる。葵の潤んだそれに映るあたしもまた、期待に瞳を湿潤させていた。

 ああ、この子はあの子ではない。でも、彼女は彼女で。水野葵はあたしの。

 そう考えて葵に身を任せるため衝動的に目を瞑ったら。

 

「ふふ……変よね。私達、別に()()()()()()()()()()()のに」

「あ……」

 

 そう言い、葵はあたしから身を離した。香水というには淡く快い薫りが遠く去っていく。

 えっと。この世界のあたしは恋人同士じゃなかった。でもならどうして、素振りをしたのか。急な展開に、あたしは目を白黒。でも、葵はチェシャ猫を彷彿とさせる笑みを湛えていて。

 そんな姿をどう思ったのか、アヤメがかんかんになって葵に食って掛かった。

 

「先輩! 私の百合姉さんに、なんてことしてくれるんですか! 取って食われると思ってこんなに怯えちゃってますよ!」

「いや、最初は冗談だったんだ。けれど、どうも百合の可愛い顔を見てると本気になりそうで、私の中の狼も良心から怖じ気付いてしまったよ。怖がらせてしまったならすまないね」

「エロウルフ……」

「いや、流石にそのあだ名は義妹に付けてもらいたいものじゃないね……」

「ふん! 私はこれ以上姉を作る予定はありませんよ! エロエロウルフさん」

「ふふ。やぶ蛇のために、エロが一つ増えてしまったか……」

 

 アヤメは最初怒っていたけれど、でもそれも本気ではなかったみたいでまたぽかんとしているあたしを見てか、次第に大人しくなって鉾を収めたみたいだ。

 仲良く喧嘩して、アヤメに新しいあだ名まであげている。

 それは、恋人だった頃のあたしにはとても出来なかったこと。思えば、ずっと葵には大切にされていて、それに返すように大切にしていたあたしだ。

 遠慮のあった思い出に、今の遠慮なしの二人の姿がちょっと辛い。あたしは、一歩下がってお尻に植え込みの感触を覚えながらこう感想を言う。

 

「アヤメと葵、仲いいんだね……」

「それは勿論」

「はぁ……年上って皆仲良しメーター壊れてるのかしら……百合姉さん、私と水野先輩は天敵同士で……」

「ね、ねえ。それで、質問があるんだけど……」

「ふふ。なんだい?」

 

 アヤメはぶつぶつ言ってるし、葵は何時もの爽やかなまま。よく考えたら違うだろうけれど、でもこの時のあたしはダメだった。多分、理由は嫉妬でだからこそ。

 

「二人付き合ってたり、しない?」

 

 そんな、変なこと言っちゃったんだ。

 

 勿論、見当外れは逆に見逃すには辛いもので、むしろそれが彼女の琴線に皆中してしまったとしたら。

 

「ふふ……あはははは! なんだ、百合。そんなこと私達の漫才の中で思ってたのかい? あはは……これは、傑作にすぎる!」

「な、な、な……私とこのエロエロエロウルフさんが、何ですって?」

「はは……あ、またエロ増えたね」

「百合姉さん! 勘違いはダメ! というか、私とこの人の関係程度で恋を感じていたら、月野先輩と火膳先輩の間には卵が生まれちゃうわ!」

「あはは……あの二人、果たしてどっちが卵生なんだろうね……ふふ」

「えと?」

 

 あたしが大ウケと猛反発を受けて、違うのだと内心安堵しながら予想以上の展開にびっくりしていると。傾げた首に、どうしてか葵も合わせて傾げてくれた。

 瞳と瞳があって、やっぱりこの子は()()にキレイだなあと思っていたら。

 

「残念ながら、私はフリーさ」

 

 冗談めかして、葵はそう言ってくれた。笑った際に零したのだろう眦の涙がどうにもあたしには印象的で、でもそれを信じたくもあったからこくんと頷きを返して。

 

「そう、なんだ……」

 

 スカートの端っこを掴んでいた手を解いてやっと、ほっと、一息をつけたよ。

 

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