三十五世紀、月面都市――。
タイジは、長い眠りから目覚めた。
タイジは、HSPから抜け出すと、長い旅をともにした装置を眺めた。多少はくたびれていたが、システムは正常に稼働していた。
「ここまで、俺を無事に送り届けてくれてありがとうな」
タイジは、装置の表面を撫で、そして、感謝を捧げた。
お婆ちゃん――。
俺は、やったよ。これがあれば、銀河を旅出来る。
しかし、今、その宇宙船は無い。
残念だが、後で考えよう。
まずは、やるべきことをやる――。
タイジは、暗い部屋の灯りを探した。壁のスイッチを見つけて押すと、部屋が明るくなった。タイジは、部屋の様子を見て、驚いた。
「な、なんだ? ここは?」
その室内には、無数にHSPと同型の装置が設置されていた。ざっと眺めて数えた所、百台以上はありそうだった。
「どういうことだ?」
タイジは、傍にあった一台の中を覗いてみた。誰か入っている。彼は、数台の中身を、同じ様に確かめた。どの装置にも人が入っている。
タイジは、疑問を抱きながら、部屋を出ることにした。
階上へ上がって、その謎はすぐに解けた。そこは、病院だったのだ。あれは、医療用の人工冬眠装置なのだろうとタイジは予想した。
辺りを見回すが、どうも千年もの未来に来たような感じがしない。病院内は見慣れた風景で、特に珍しいものも無かった。一階の受付カウンターを見ると、昔と同じ様な端末を使い、来院者の応対をしている。
タイジが、そうしていると、何処からか、看護師と思われる男性が走ってくるのが見えた。その看護師は、タイジの目の前で立ち止まると、息を切らせながら言った。
「ヒムロタイジさんですね? コールドスリープ装置の覚醒信号を受け取って、探していました。まずは、そこの受付に行って頂き、いろいろ手続きをして頂けますか?」
病院側としては、当然の対応だろう。タイジは了承して、受付に立ち寄った。
受付の女性によれば、タイジは、病人として預けられていたらしい。彼女が調べてくれたところによれば、千年以上前に、ダニエルの会社から、この病院に移設されたらしい。そして、病人として手続きされ、この時代まで管理されていたようだ。
受付の女性から、健康診断とカウンセリングを受けるようにすすめられ、タイジはそれに同意した。
健康診断を受けた後、案内された医療室で、タイジが待っていると、カウンセラーの若い女性が現れた。
タイジは、その女性が、どことなく、あのアユーシに似ているので凝視してしまっていた。
「何か?」
「……申し訳ありません。少々、知り合いに似ていたもので」
カウンセラーの女性は、それには答えなかった。
タイジが、女性が着る白衣の胸の名札を確認すると、そこには、ユリ9と書いてあった。顔をよく見れば、確かに似てはいるが、別人だった。それに、タイジの知るアユーシよりも、だいぶ年下のようだ。他人の空似と思い、彼はそれ以上触れるのを止めた。
彼女は、通り一遍の精神状態の確認等を行って話を終えた。彼女は、最後にタイジに言った。
「検査はこれで終わりですが、政府のAIが、あなたとお話をしたいと言っています。かまいませんか?」
政府の者と聞いて、タイジは少し驚いた。
「願ってもない。私からもお願いしようと思っていました」
聞けば、政府のAIとは、希望すれば誰でも話す事は可能なのだそうだ。
タイジは、その医療室で、そのまま待っているように言われ、一人でそこで待っていた。事前の想像では、端末を渡され、そこで対話するものと思っていたが、どうも違うようだった。
医療室のドアが開くと、一人の中年の男性が現れた。タイジが、訝しげにその人物を見つめていると、彼は握手を求めて来た。
「地球中央政府AIのブライアンです」
タイジは、ぎょっとしたまま、その手を掴むのを躊躇した。結局、彼の方からタイジの手を握ってきたのである。
「あなたは、千年以上前からやって来たと伺いました。ご存知無いと思いますので、簡単に説明すると、この体はアンドロイドです。AIの端末として使っています。人とお話しするには、この方が都合が良いとわかってから、このような対応をしています。驚かせたようで、申し訳ありません」
タイジは、呆けたまま、首を動かして頷いた。
「あなた自身への興味も尽きませんが、そちらからもお話があるとか。まずは、ご用件を伺います」
タイジは、気を取り直して、冬眠中にユミやダニエルとの対話から考えて来たAIへの質問を話し始めた。
「この時代には、ダイソンリングというものがあると聞いています。政府としては、あれが失われる可能性や、その場合のリスクをどうお考えですか?」
タイジは、ストレートに、一番聞きたいことを質問した。しかし、AIは、表情一つ変えずに、淡々と回答した。
「あれを失う訳には行きません。あれは、全人類の生活を支える基盤なのです」
「私の質問の答えになっていないようですが」
「なるほど。そういうことでしたら、正確にご回答しましょう。あれを失えば、人類の文明は崩壊してしまうでしょう。だからこそ、決して失う訳には、いきません」
タイジは、余りにもあっさりとした回答に当惑した。相手は人間ではない、ということをつい忘れてしまいそうだった。
「対策については、二十四時間体制で対応可能なメンテナンス要員を配置していますので、彼らがリングを守ってくれるでしょう」
タイジは、本当に危機が訪れた時の対応を、考えていないように感じた。
「あなたの懸念していることは、私も理解しています。しかし、既に私の電子頭脳や、あらゆる地球上のインフラを支える施設は、従来型の原子力発電等の発電施設で賄えるような物ではありません。あれが失われれば、代替えできる設備は無いのです」
タイジは、何故対策がまともにされていないのか、という疑問への答えとして、随分単純な理由だった事に少し驚いた。結局、発展し過ぎた文明が、逆に首を締めていると言うことだったのだ。
「そのメンテナンス要員の事ですが、旧式の人工子宮を使っているとか。何故、新型の遺伝子操作を行う人工子宮を使わないのですか? 前者は、それ以外の目的では、もう使われていませんよね?」
それまで明快な回答をしていたブライアンが、その質問に回答するのに、少し間が空いた。
「あなたの言う新型の人工子宮は、頭脳労働に適した人間を生み出す事を目的としてコントロールしています。対して、リングのメンテナンス要員に求められるのは、精神的、肉体的に強い人間です。遺伝子操作こそ行っていませんが、そのような冷凍卵子と冷凍精子の組み合わせがされるように配慮しています」
明快な回答ではあるが、何か隠しているようにも、タイジには感じられた。すると、AIは、タイジの心を読んだかのように、説明を付け加えた。
「ヒムロさん。あなたは自然分娩で誕生した人間ですね。そう記録されています。この時代では大変貴重な存在です。私は、旧来型の人間も大切に考えているのです。現代の主流ではないので、今はメンテナンス要員の誕生のみで使われていますが、あなたのような人間が誕生する可能性があると考えており、設備を残しているのです」
「私のような人間?」
「気を悪くされたなら、申し訳ありません。この時代の人間に、千年以上もの未来に行こうと考える人間はいません。皆、合理的な判断で行動する為です。失礼な言い方になりますが、あなたの行動は、非合理的に映ります。しかし、そのような非合理的な存在は、私の電子頭脳を超える発想の可能性があると考えています」
タイジは、その話を聞いて、一つの結論に達した。AIは、効率と利益を最大限にするようにし、人々の平和と安定に尽くして来た。それが、現代の世界平和であり、高度な文明に支えられた生活だ。しかし、一方でこの千年もの間に、大きな変化が起こらなかった事にも起因している。つまり、少々いかれた非合理的な人間こそが、人類の発展に寄与して来たことを、AIは学んだのに違い無い。
タイジは、最後の質問をした。
「もう一つ。あのダイソンリングの莫大なエネルギーは、地球に住む人類を支える以上の電力を賄って有り余るのではありませんか? 無駄だとは思わないのですか?」
AIは、またしても淡々と回答した。
「いいえ。これから、人類はさらなる成長を遂げます。余剰エネルギーは、その準備だとお考え下さい」
どうやら、この時代のマスコミに鍛えられたAIは、当たり障りの無い回答をするようになっているようだ。これでは、大本営発表だとタイジは感じていた。
「私の経歴は、ご存知だと思います。私の専門は、宇宙物理学です。私は、あの莫大なエネルギーがあれば、恒星間航行用の、新しい航法技術の開発が可能だと考えています。外宇宙の宇宙探査や、その為の技術開発について、今後実行する予定はあるのでしょうか?」
彼は、その質問には即答した。
「その予定は、今はありません。リングが完成したので、人々の生活レベルを更に上げるのが、現在の目標です。しかし、将来的には、それは実行に移すでしょう。余剰エネルギーは、その時に有効に活用します」
タイジは、更に質問した。
「それはいつ?」
「まだ決まっていない事なので、明確にはお答えできません。数百年以内と考えている、とだけ申し上げておきましょう」
タイジは、AIの回答に満足して、握手を求めた。
「ありがとう」
「どういたしまして。あなたには、特別なIDカードを発行しておきます。このカードがあれば、政府の要人扱いで何処へでも行けます。それから、電子マネーも支給しておきます。何かあれば、またお呼び下さい」
タイジは、その待遇を不思議に感じたが、先程、彼が言っていた、「大変貴重な存在だ」というのは、お世辞では無く、本心からのものだったのだろう。恐らく、AIは、嘘をつけないようになっている。
タイジは、病院を出て、空を眺めた。ドーム状のカバーの向こうに、宇宙に浮かぶ地球が見えている。壮大な眺めに、彼は目を細めた。
そして、彼は、宇宙港を探しに、通りを歩き始めた。重力が調整されているのか、地上で歩くのと、あまり変わりはないようだった。
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。