遥か彼方の永劫を超えて   作:とも2199

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遥か彼方の永劫を超えて12 終焉の終曲

 アオは、うなされながら、ベッドで目覚めた。

 

 寝ながら泣いていたのか、頬に何か跡がついていた。それを拭って、彼は体を起こした。

 辺りを見回すと、そこがリングにあった自分の個室なのに気づいた。

 おかしい、輸送船に乗っていたはずなのに、と一瞬考え込んだアオは、今しがた見ていたのが、悪夢だったと理解した。

 アオは、ほっと息を吐き出した。

「なんて酷い夢だったんだろう」

 カレンダーを確認すると、丁度片足を失って、復帰しようとしていた日だった。ベッドの脇に置いてあった義足を見たアオは、夢の中で足をつけずに作業に出て、ユリ17に少したしなめられたのを思い出した。

 彼は、頭を振って、義足を装着すると、部屋から出ていった。

 

 アオは、リングの食堂にやって来ると、いつものように普通の食事をトレイに載せ、長テーブルの隅に座った。食堂には、大勢の作業員たちが、思い思いに食事をとっている。

 アオは、食事を食べながら、先程見ていた夢を振り返った。リングが崩壊して、ユリ17が行方不明になり、助かったアオは、時折彼女を思い出しては泣いていたのだ。それにしても、リアルな夢だった、と彼は背筋が寒くなるのを感じた。

 その時、リングブロックリーダーが大きな声で、食堂にいた仲間たちに声をかけていた。

「注目! 二週間後に、政府の要人がここを訪れることになった。その夕食時間に、全員がここに集まってくれ。以上だ」

 政府の要人? と聞いて、アオは夢の中で見た地球連邦政府からやって来たという役人の姿を思い出した。隕石回避の作業を数十年か数百年、ずっと続けるように指示を出して帰っていった彼に、アオは、大いに腹がたったのを思い出した。そして、あのユリ17が、アオの前で激昂する原因になったのだ。

 

 もし、そいつが本当にやって来たら聞いてやろう。

 僕らが、何の為に生きているのかを……。

 

 それから、アオは、毎日ユリ17を探して話がしたいと思っていたが、何故か中々会えなかった。時々姿は見かけたが、話をする機会がない。彼は、しまいには避けられているのだろうかと疑うようになった。

 そうして、ある日、遂に展望室にいる彼女を発見した。

「ユリ17!」

 彼女は、アオの姿を認めると、足早に展望室を出て行こうとした。彼は、明らかに避けられていたようだ。

「待って下さい!」

 アオは、やっとのことで、ユリ17の腕を捕まえた。

「何か、気にさわることをしましたか? 何で避けようとしているんですか?」

 彼がまくし立てると、彼女の腕の力がようやく抜けた。彼女は、アオの方を向かずに、顔を背けたままで言った。

「何か用かしら」

 その一言に、アオは悲しくなった。夢の中で味わった絶望感を、何故現実でも感じなければならないのか。

 アオは、自分の気持ちを彼女にぶつけた。

「僕は、少し前に、酷い悪夢を見ました。リングが崩壊して、あなたが行方不明になりました。辛くて、悲しくて……。その事を、ほんの少し聞いてもらいたいだけなんです!」

 少し間があって、やっと彼女はアオの方を振り向いた。その表情は、何か恐ろしい物でも見たかのような顔をしていた。

 

「あなたも、同じ夢を見たんですか?」

 アオとユリ17は、展望室の窓に並ぶ椅子に隣り合って座って話をしていた。

 ユリ17は、静かに頷いた。

「そう。そして、あなたは、私の本当の気持ちを知ってしまったということね」

 アオは、夢の中の彼女の言動を思い出した。彼女のあの最期は、死に場所を探していた事が原因ではないかと、彼は考えていた。

「たぶん……そうだと思います」

 彼女は、あまり見せた事がない、自嘲めいた笑みを浮かべていた。

「どうする? 勝手に死なないように、どこかに閉じ込めておく?」

 アオは、泣きそうな表情で言った。

「止めて下さい」

 ユリ17は、視線を窓の外の宇宙に移した。

「夢で見たような出来事が、現実に起こったら、私は、たぶんそこが死に際だと、同じ様に思うでしょうね」

「そんなこと……!」

「私には、私の意志がある。私の意思を、あなたに話す事で影響を与えたくなかったの。あなたも、自分自身で考えるべきだから」

 アオには、何も言えなかった。確かに、日々、ここで生を受けた意味を考え続けていたのだから。

「私が、どうして体を機械に交換したか、話してなかったわね」

 それは、ずっとアオが聞くべきじゃないと思って触れて来なかったことだ。

「私には、以前大切に思っていた人がいた。その人に、私は聞いてしまったの。何の為に、私達はここで生まれて来たのって。その人も、ずっと同じ様に悩んでいたのに」

 ユリ17は、遠い目をして言った。

「その数日後に、彼は作業中に行方不明になった。何でも、バックパックを捨てて、宇宙に身を投げたんですって。一緒に作業に出ていた人たちに、後から聞いたわ」

 アオは、ユリ17が、泣きそうな表情をしているのを見てしまった。

「私は、自分を責めた。あんな事を言ったせいで、彼の自殺願望の引き金を引いたのかも知れない。私も、後を追おうとしたけど、出来なかった。私はその時に、女である事を捨てようと決意した。その結果が、この身体よ」

 アオは、口を開けたまま、呆然とその話を聞いていた。

「だから、人に言うべきじゃないの。何の為に生きているのか、なんて。それは、自分自身で考えるべきことだから」

 ユリ17は立ち上がった。

「もう行くね。もう、あなたを避けたりしないから」

 ユリ17が去った後、残されたアオは、しばらくの間、彼女を何とかして守れないか考え込んでいた。

 

 その後、政府の要人がやって来る日になった。

 リングの食堂は、作業員全員が集まっていたため、非常に混雑していた。

 アオは、ユリ17に声をかけて隣に座っていた。

 やって来たのは、中年の男性ともう一人の壮年と思われる男性だった。アオは、ユリ17と顔を見合わせて、夢でやって来た人物と異なっているのを確認した。

「静粛に! 今日は、政府から連絡事項があると、このお二人がやって来た。静かに話を聞いてくれ!」

 リングブロックのリーダーが後ろに下がると、中年の男性が前に進み出た。

「皆さん、私は地球連邦政府AIのブライアンだ」

 AIと聞いて、食堂に集まった人々からどよめきが起こった。

「AIだってよ?」

「人間じゃないのか?」

「俺、生まれて初めて見たぞ」

 ブライアンは、騒ぎが収まるのを待ってから、話を続けた。

「この体は、アンドロイドのものだ。皆さんとお話しし易いように、AIの端末として使用している。今日は、皆さんにお話ししなければならないことがある」

 アオとユリ17も、意外な人物に驚いていた。

「政府のAIがここへ来たのって、初めてなんですか?」

「今まで、聞いたことがないわ」

 ブライアンは、再び話を続けた。

「未曾有の危機が迫っている。隕石群が、最近ダイソンリングに衝突する事故が頻発しているのは、知っていると思う。これから、数十年か、数百年に渡り、隕石群が飛来してくる確率が上がるだろうと予測している。そこで、隕石群の接近に伴い、リングブロックを切り離して移動し、隕石群が去ったら元へ戻す、というのを君たちのお願いしたい」

 再び食堂はどよめいた。

「おいおい、数十年とか、数百年とか、そんなことやってられると思ってるのか!」

「冗談じゃねえぞ!」

「地球でぬくぬく引き篭もってる奴らにも手伝わせろ!」

 作業員たちの不満が爆発して、騒ぎが次第に大きくなっていった。

 アオとユリ17は、顔を見合わせた。

「夢で見たのと同じ……」

「じゃあ、あの夢は正夢ってことかしら……」

「そんな……」

 アオは、いても立ってもいられず、立ち上がって叫んだ。

「あの!」

 ブライアンは、一人の若者の姿に気が付いた。ブライアンは、傍にいる男の方を見て、頷き合っていた。

「言ってみたまえ」

 ブライアンに指を刺されて、アオは少し萎縮しながらも、勇気を出して言った。

「これから、沢山の隕石や彗星がやってくるって、僕は知っています! あなたがおっしゃったような処置では、とても追い付きません。このままでは、間もなくダイソンリングは、崩壊してしまいます!」

 ブライアンは、その話を聞いても、眉一つ動かさなかった。アンドロイドの体なのだから、当然とも言えるが、アオの苛立ちは、最高潮に達していた。

「聞いているんですか!? 僕らは、この対策で、大勢の犠牲者が出ます。それでも、リングを守れとおっしゃるんですか!?」

 すぐ横にいたユリ17が、立ち上がってアオの腕を掴んだ。

「アオ。落ち着いて。あれは、夢で起きた事よ」

「落ち着いてなんて、いられませんよ! あなたが、死んでいくとわかっていて、僕は黙っていることは出来ません!」

 前にいたブライアンが、腕を頭の上まで上げて大きな音で手を叩いた。

「皆さん、最後まで聞き給え」

 それを聞いた人々は、再びブライアンに注目した。

「先程の話だが、私はそのように考えていたし、これは政府としての決定事項だ。だが、この方が、別の案を提示してくれた」

 そこで初めて、ブライアンは、傍にいた壮年の男に手を差し出して、前に出るように促した。

「君の案、ぜひ皆に聞かせてやってくれ」

「本当にいいのかい?」

「言っただろう? AIを超える可能性が、あると」

「わかった。ありがとう、ブライアン」

 壮年の男は、にやりと笑って前に進み出た。

 彼は、咳払いを一つすると、集まった人々に語りかけた。

「俺の名は、氷室泰司。タイジと呼んでくれ。ブライアンよりもいい案がある。それを、皆に聞いてもらいたい。そこの立っている二人も、まずは座ってくれないか。話が終わってから、何故これから起こる事を知っているのか教えてもらいたいけどね……」

 タイジは、立っている二人のうち、一人の姿に釘付けになった。

 

 まただ……。

 

 タイジの目に映るユリ17は、若き日のアユーシにそっくりだった。今度は、他人の空似と言えない程、彼女によく似ていた。

 タイジは、気を取り直して、話を始めた。

「私は、二十一世紀から人工冬眠装置を使って、この時代へやって来た。まぁ、この事は、今は省略する」

 再び、集まった人々がざわざわとなりだした。

「ブライアン、つまり、政府のAIの考え方は、最小限の作業で最大限の成果を上げること。それにより、リング全体を守り、人類が享受する利益を守ること。これを基本的な前提としている。だが、これを前提とすれば、先程ブライアンに意見してくれた彼の言った通り、想定外の事態が発生した場合に、対応が困難になる。ならば、臨機応変に、前提を変えればいい。その前提とは、守るべきは、リングなどでは無く、人類の利益でもない。本当に守らなければならないのは、人の命だ」

 タイジは、そこで話を区切り、作業員たちのざわめきが収まるのを待った。

「未曾有の危機に対して、リングなど、無くなっても構わない。何故なら、人が、僅かでも生きてさえいれば、また作ればいいからだ。そうだろう? ブライアン?」

 タイジは、横にいたブライアンの方に問いかけた。

「君の言う事は、これまで長い年月をかけて、人類が積み重ねてきた努力や苦難を、全て捨て去ることを意味する。私には、そんな発想はあり得ない」

「だからこそ、俺の話を聞いてくれたんだろう?」

 ブライアンは、AIらしからぬ笑顔のようなものを浮かべているように見えた。

 タイジは、再び、集まった人々を見回した。この話は、ここにいる人々だけでなく、リング全体にいる他のリングブロックの人々にも中継されている。彼は、多くの人々の視線が、自らに集まっているのを感じた。

 そして、アオは、二十一世紀からやって来たという男の話を、驚きを持って聞いた。横にいるユリ17も、興味津々といった様子だった。夢で見た内容と同じ事が起こりそうだが、彼の存在が、事態を大きく変えそうだった。

「では、今の話を踏まえて、私の案を説明する」

 タイジが、リングブロックのリーダーに合図すると、食堂の中空に、三次元モニターの立体図が現れた。

「まず、これから増えるという隕石などからの被害を回避する為、リングをブロック毎に分解して、これを輸送船で曳航させる。完全に安全とは言えないが、一旦これを月面や、火星の衛星に運ぶ。この過程で、リングからの地球へのエネルギー送信が途絶えるだろう。そして、AIの電子頭脳も、地球上のインフラ設備も、すべてその時に停止する。しかし、最優先は、リングを移動させてしまうことだ。恐らく輸送船が不足すると思うので、これは政府に、曳航に使える宇宙船を出してもらうことで対応する。これで、数十年も数百年も、リングの面倒を見る必要は無くなるだろう」

 作業員たちは、意外な展開に戸惑いが広がった。そのうちの一人が、タイジに質問をして来た。

「俺たちは、ここでメンテナンス作業するしか能のない奴ばかりだ。それが終わったあと、俺たちはどうすりゃあいいんだ?」

 タイジは、大きく頷いて言った。

「君たちには、次に重要な仕事をお願いしたい。地球に降りて、新しいインフラ設備を建設してもらいたい。まずは、発電施設に必要な物資やパーツの開発を、独立した電源を持つ月面で行い、それを地球に運んで組み立てて欲しい。これは、恐らく原子力発電所などの旧式のものになり、今の地球上のインフラを稼働するのには不十分だろう。ならば、その次は、その電力で賄える設備にインフラを作り変えればいい。これは、恐らく百年はかかる一大事業になるはずだ。君たちは、本来は、精神的にも肉体的にも、新人類と呼ばれる地球に住む人々より、強い人間だ。君たちが指導して、彼らを導いてやって欲しい」

 その話をする頃には、集まった人々は、タイジの話に夢中になっていた。

「そうして、数百年後になるだろうが、ダイソンリングを、再び宇宙に戻す。その時には、隕石などの対策も平行して研究を進め、同じ様な事が再び起こらないようにすればいいだろう。その時は、再びAIの電子頭脳を再起動出来る」

 別の作業員の一人が、質問をしてきた。

「今の話は、ありがたい話だし、数百年後の事なんて、俺達には関係が無いことだが、未来の俺たちの仲間は、またリングのメンテナンスに明け暮れる人生を送れっていうのかい?」

 タイジは、頭を振った。

「それもあるが、もっと大きな目標がある。それは、ダイソンリングの莫大なエネルギーを利用して、恒星間航行に必要な新しい技術を開発する。恐らく、ワームホールを人工的に作り出し、それを使って時空を超えて別の星系に瞬時に旅立てるようになるだろう。そんな時代を支えるのは、君たちのような普通の人間だ。AIや、新人類には難しい奇想天外な発想や、強靭な肉体が必要になる。これからは、君たちが、人類の未来を作って行って欲しい。今回の大転換は、その為の第一歩だ」

 作業員たちのざわめきは非常に大きくなっていた。メンテナンス作業に明け暮れる人生に絶望していた人々に、タイジは新たな希望を与えたのだ。

 そのタイジは、ブライアンの方を向いた。

「人間には、希望が必要なんだ。それが無ければ、人は絶望してしまう」

 ブライアンは頷いた。

「そのようだ。そういった対策が不足していたようだ。そして、君の案は、極力、何も失わないようにするものだ。ただ、数百年、まわり道をするだけだ。自分自身を停止するなどと言う案は、そもそも検討すらしていなかった。そういう新たな発想が生み出される事を期待して、ここの作業員たちを地球にいる新人類と接触をさせないようにしてきたのだが……。結局、二十一世紀生まれの君に助けられることになった」

「その兆しはあるさ」

 タイジは、先程ブライアンに意見した若者の姿を目で追った。

 タイジは、再び皆に語りかけた。

「では、この後のことは、リングブロックのリーダーたちから指示を出してもらう。リングの移動作業は、最も危険を伴う作業になるだろう。気を引き締めて取り組んで欲しい。私からは以上だ」

 

 話を終えると、人々は、タイジに感謝を伝え、肩を叩いたり、握手を求めたりしていた。

 ユリ17は、目を潤ませてアオの方を見つめていた。

「私たち、もう、リングのメンテナンスをしなくていいってことで合ってるかしら」

 アオは頷いた。

「はい。僕らは、リングを救うだけじゃなく、人類を救う。それが、僕らのやるべきことになりました」

「どうしてかしら。何だか、涙が出てくるの」

 アオは、同じ様に目を潤ませた。

「それは、僕もです」

 アオは、ユリ17の肩にふれて、一緒に食堂を出ようと立ち上がったが、タイジと目が合うのを感じた。彼は、手招きをして、アオとユリ17を呼び寄せた。彼は、二人と少し話したいと言い、食堂に残ることになった。

 

 そこには、ブライアンも含めて、四人が向かい合って食堂のテーブル席に座っていた。

 アオは、恐る恐る聞いた。

「話というのは何でしょうか?」

 タイジは、彼らに微笑んだ。

「そんなに警戒しないでくれ。先程言った通り、俺は、二十一世紀生まれの古い人間だ。今日の危機を知り、人類を救おうと思って、人工冬眠装置を使って、ここまでやって来た」

 アオとユリ17は、その話に、どう反応していいかわからない、といった表情をしている。

「頭が、いかれていると思うかも知れないが、これには理由がある。俺は、不思議な夢を子供の頃に見続けた。それは、ここで、隕石群や彗星群がダイソンリングを崩壊させ、人類が、緩慢な死を迎えていく様子だ。俺は、人工冬眠の実験中に、再び夢を見たことで、ここへ来る決意をした。夢の中では、意識が時空を超え、様々な時間に接触することが出来た。理由はわからない。だが、先程の君のブライアンへの発言は、俺と似たような体験を君がしていると感じたんだが、違うかい?」

 アオは、ユリ17と顔を寄せ、小声で何か話していた。二人は頷き合うと、その回答をした。

「はい。僕らも夢で同じ体験をしました」

「やはり、そうだったか」

 タイジは、何か考え込んでいた。

「その記憶……大切にすることだ。俺が思うに、そのような体験をしたことに、何か意味がある。恐らく、人類の未来に関わる何かを、君らがこれから行うのかも知れない」

「私たちが?」

 タイジは頷いたが、それ程自信は無さそうだった。

「多分な。申し訳ないが、俺は君らの未来がどうなるのかは知らない」

 タイジは、ブライアンの方に向いた。

「ブライアン。多分、この過去や未来の記憶に接触する現象は、検証や研究が必要だ。そのような秘密に迫れるのは、命の限りがない、君のような存在が、研究を続けるべきだろう。例えば、医療用の人工冬眠装置で寝ている人々を対象に、検証するのが早道だと思う」

 ブライアンは、またもAIらしからぬ表情をしていた。

「その話、信じていいのかまだ判断が出来ん。だが、君の功績に免じて、約束しよう」

「それで十分だ」

 タイジは、最後に、ユリ17に目を向けた。見れば見るほど、出会った頃の若かりし日のアユーシに似ていた。

「君の名前は?」

 ユリ17は、不思議そうな表情で、タイジを見つめた。

「ユリ17です」

 タイジは、目覚めた病院のカウンセラーの名札にも、ユリ9と書いてあったのを思い出した。

 どういうことだろうか?

 まるで彼女が追いかけて来ているような気持ちになっていた彼は、その理由を思案した。

「少し気になってね。月の病院で、君によく似た女性に出会ったんだ。名前も同じだったんだがね」

 ユリ17は、月の病院と聞いて、彼女も少し考えている。

「私は、リングにある人工子宮から誕生しました。恐らく、同一の冷凍卵子と冷凍精子の組み合わせで誕生した、私の、いわゆる姉妹でしょう。月面都市への人員配置も、リングの人工子宮で行っているはずです」

 タイジは、ユリ17の顔を見ながら考えた。

 

 もしや……いや、まさかそんな。

 

 タイジは、ブライアンに質問した。

「人工子宮で使用されている冷凍卵子と冷凍精子の提供者を確認することは出来るんだろうか?」

「提供後、二百年以上経過していれば、情報公開している。無用なトラブルを避ける為、本人に会うのが不可能な年数が設定されている」

「どういう手続きをすればいい?」

「私に聞いてくれれば、この場で回答可能だ」

 ブライアン以外の三人は、意外な回答で驚きを隠せなかった。

「えーと、ユリ17。俺は、君とよく似た人物の知り合いがいてね……」

 ユリ17は、何を確認しようとしているか、ようやく理解した。

「構いませんよ。私も、自分自身のルーツを知るのも悪くないと思っています」

 ブライアンは、タイジの顔を見つめた。

「君の知り合いだというのかね? それは、情報公開制度の穴だな。知り合いに開示しない為のルールだが、さすがに二百年以上前の人間がやって来るのは、想定外だ」

 タイジは、笑った。

「すまないな。開示してくれるかい?」

「ルール通りだから、問題ない。だが、見直しを後で検討するよ」

 ブライアンは、ユリ17を見て、照合を行ったようだ。それは、ネットワークを通じて、リング内の人工子宮に接続して確認を行っていた。

「照合した。卵子の方は、西暦二〇七〇年生まれ。名前は、伊藤・アユーシ優里。提供日は、西暦二一〇一年」

 タイジは、口を開けたまま、暫く固まっていた。

「そうか。やっぱり、そうだったんだな。俺が出発した翌年に提供しているのか……」

 タイジは、感無量といった様子で、遠くを見つめている。

「どんな人だったのか、教えてもらってもいいでしょうか?」

 ユリ17の質問に、タイジは、どう話せばいいか、考えがまとまらなかった。月並みな事しか言えそうもない。タイジは、苦笑して、目を閉じてから言った。

「頭が良くて、優しくて、それから……とても美しかった」

 ブライアンが、更に続きを話し始めた。

「それから、精子の方だが……」

 タイジは、それを遮ってユリ17に聞いた。

「君が聞きたいなら。俺は……。気分のいいものじゃないから、あまり聞きたくは無いかな」

 ブライアンが言った。

「タイジ。これは驚いた。本当に聞かなくていいのかね?」

 ユリ17が言った。

「ぜひ、聞かせて下さい」

 タイジは、少し困惑したが、ブライアンに先を促した。

「タイジ。精子は、君のものだよ」

 タイジは、驚きのあまり、ブライアンを凝視した。

「何だって?」

「君が提供者だと言ったんだ」

 タイジは、記憶を辿った。確かに、冷凍精子の募集がかかった時に、遊び半分で申し込んだのを覚えていた。

「俺が……?」

 タイジは、ユリ17に向き直った。

「そんな、嘘だろ。そんな偶然……」

 ユリ17は、タイジを真っ直ぐに見て、ぽつりと言った。

「お父さん……?」

 アオは、急な展開に、ユリ17と、タイジを交互に見ていた。

 ブライアンが話を補足した。

「確かに、偶然だと思うが、この組み合わせは、提供された年代、国籍、職業等を考慮して選定している。君らが、そういう条件が一致しているなら、必然的に組み合わせられる確率は上がる。ある意味、偶然では無かったとも言えるな」

 タイジも、ユリ17も、お互いどうして良いやらわからなくなっていた。そもそも、ユリ17やアオたちは、親という存在を知らずに育っているのだ。二人には、そのような絆は理解出来ないはずだった。それなのに、ユリ17の瞳から涙が溢れるのを見ると、タイジはいたたまれない気持ちになった。

「は、はは……」

 タイジは、思わず笑いが込み上げて来た。

 

 アユーシ。こんな事になって、すまない。彼女が、ユリ17なら、17人も子がいる事になる。随分と子沢山だなぁ、俺たち――。

 

 タイジも、自然と込み上げて来る涙を、抑える事が出来なかった。この旅に出なければ、彼女と結婚して、子供をもうけた未来もあったかも知れない。そう思うと、この信じがたい偶然は、神の御業のように思えた。

 

 

 

 その翌日から、タイジの提案が実行に移された。

 

 ダイソンリングは、地球から遠い位置にある場所から、解体が始まった。リングブロック単位で接合部のロックが作業員によって解除され、近くに待機する輸送船に運ばれた。複数の作業員が、リングブロックに取り付き、宇宙服のバックパックのスラスターをふかすことで、人力で移動していた。それらを、輸送船から伸びるワイヤーに括り付ける。一定の数のリングブロックが接続されると、輸送船は後部ロケットエンジンを咆哮させて、一路最も近い星に向かった。

 

 同じようにリングブロックの分離と、輸送船による輸送が、あちこちで行われ、急ピッチでリングは解体され、比較的安全な月に移送された。

 また、場所によっては、火星に移動した方が近い場合もあり、フォボスやダイモスにも分散してリングブロックは運ばれて行った。これは、万一これらの衛星にも隕石群が降り注ぐ可能性もあり、リングが破壊されるリスクを分散する為でもあった。また、これら衛星に運んでいる理由も、大気圏突入等のコストを下げる意味があった。作業中にも、隕石群などは襲って来ており、出来るだけ、迅速に作業を完了させる趣旨もあった。

 

 ある場所では、実際にリングブロックの分離作業中に隕石群に襲われた場所もあった。タイジの説明会の後、各リングブロックリーダーに詳しい作業方法が記載された資料が配布されたが、そこには、人命第一と記載されており、危険を察知した場合は、リングを捨てて、緊急避難する指示が伝えられた。

 隕石群に襲われた場所では、作業を中止して、早めに輸送船でその場を脱出したことで、死傷者はほぼ出ないで済む形となっていた。この作業中でも、メンテナンス作業員の数に対して、輸送船に乗船可能な人数が足りず、脱出時は、リングブロックを曳航する目的のワイヤーに掴まって移動していた。

 

 着々と作業が進められると、地球に近いリングブロックが徐々に最後まで残ることになった。このリングブロックを解体して移動すると、地球へのエネルギー供給が完全に途絶えてしまう為、ぎりぎりまで移動させない方針だった。

 一部の作業員は、月面に降りて、タイジの指示にあった旧式の発電設備のパーツの開発を進めていた。タイジは、地球中央政府のメンバーと一緒になって、この開発と地球への移送を指揮していた。あのブライアンも、AIの電子頭脳へのエネルギー供給が続く間は、原子力発電用の放射性物質採掘の作業指示や、発電所の建設場所の準備に追われ、地球に住む地球連邦国民らへの説明などで、多くの時間を費やしていた。

 

 アオとユリ17も、リングの解体作業員として、作業に参加していた。二人は、リングブロックの中でも重要な、人工子宮が格納されているブロックを担当していた。二人は、内部で接合部の分離作業を行い、外にいる十名程の作業員が、手押しで輸送船まで運ぶ手筈だった。人工子宮のあるブロックは、人工子宮の電源が喪われると、保存されている冷凍卵子や冷凍精子の冷凍状態が維持できなくなる為、特別な作業を必要としていた。内部へのバッテリーの設置と、リングの外側に、大型の太陽光パネルを設置して、電源が維持されることを確認してから分離するのである。

 

「ユリ17、バッテリーの設置は終わりました」

 重いバッテリーも、ここでは無重力で宙に浮いており、設置作業は、力仕事では無かった。

 ユリ17は、各バッテリーから伸びたコードを束ね、人工子宮の電源に接続する作業を行っていた。ユリ17は、電源パネルを閉じると、アオの方を振り返った。

「こっちも、終わったわ。外で設置中の太陽光パネルの電源ケーブルも繋げたし、後は分離作業をするだけね」

「太陽光パネルの設置は、まだ何時間かかかりそうですね。少し、休憩しましょうか」

「そうね」

 

 アオとユリ17は、人工子宮の格納容器のすぐ横の床に、服の臀部にあるマジックテープで固定して座り、携帯食料を口にしていた。

「タイジさんの説明、理解出来ました?」

 ユリ17は、エネルギー補給用のドリンクを飲みながら、タイジのどの話の事だろうと考えていた。彼との交流によって、あまりにも多くの情報や事実の確認があった為である。

「ブラックホールを作る実験が出来るとか言ってたじゃないですか」

「あぁ、そのことね。そんなこと、わからないわ」

 アオは、興味津々といった様子で、話を続けた。

「ダイソンリングを、巨大な粒子加速器に使うとか言ってましたね。ブラックホールの生成実験から、最終的にワームホールの生成まで研究してみたいとか。科学者って、考える事が桁違いで、驚いちゃいましたよ。太陽の近くにブラックホールなんて作って大丈夫なのか、とか、僕はそっちの方が心配になっちゃいました」

 ユリ17は、笑っていた。

「そうね。でも、それって何百年ものずうっと先の話よ」

「タイジさんは、千三百年もの時を旅したって言うじゃないですか。僕らだって不可能じゃないですよ」

 アオは、目を輝かせて、未来を夢見ていた。そんな彼を、ユリ17は、眩しそうに眺めた。

「そうね。どんな可能性もある。つい、この間まで、一生死ぬまでここでメンテナンス作業をやって行くって思ってたのにね」

 そう言う、ユリ17も、未来への新たな予感を感じているのか、希望を胸に抱いているようだった。

 アオは、そっとユリ17に聞いてみようと思っていた。

「僕は、何の為に生きてるんだろう、何て、もう言いません。ユリ17は、どうですか?」

 夢の中で死に場所を探していた彼女。その彼女が、今、どう思っているのか、彼は気になっていた。

 ユリ17は、アオの目を真っ直ぐに見つめて言った。

「うん。もう少し、頑張ってみようかな。今はそう思っているわ」

 アオは、満面の笑みでユリの手を両手で包み込んだ。

「よかった。本当に、よかった。安心しました」

 ユリ17は、彼に手を触れられたまま、そっと目を閉じた。その脳裏には、様々な思いが去来していた。

「ねぇ、アオ」

「何ですか?」

 ユリ17は、瞳を閉じたままで言った。

「親って何なんだろうって、あれから考えているの。私たちって、人工子宮で生を受けて、政府機関の施設で育てられた。何となく、施設の養護師さんとか、そういう人から、多分親のような愛情をもらっていたと思う。でも、いろいろ昔の資料を調べてみると、どうも本当の親って、そういうのとも、また違うみたいなの。無償の愛って、わかる?」

「無償の愛?」

 ユリ17は、目を開けて頷いた。

「何も見返りを求めない愛情のこと。子を守る為なら、親って、命を捨てることだってあるらしいわ。それって、凄く素敵なものだと思わない?」

 アオは、不思議そうな顔をしている。

「確かに、それは凄いことかも知れませんね」

 ユリ17は、人工子宮を見ながら、続きを話した。

「あそこに、私たちのお母さんや、お父さんの元になったものがある。その人たちって、私たちのことを知ったら、愛してくれるかしら?」

 アオは、タイジとの出会いから、彼女がそのようなことを考えているのを知った。

「……そうかも知れません」

 アオは、もしかしたらユリ17は、彼からの愛情を求めているのだろうか、と考えた。そして、何となく不安な気持ちになった。恐らく、嫉妬のような感情に違いない、と、彼は自らの心の変化を思った。彼は、以前の夢の中で、彼女に想いを告白したら、どうなるだろうか、と考えていたことを思い出した。

「ユリ17……。ぼ、僕は……」

 ユリ17は、突然アオが言いにくそうに何か言おうとしているのを見て、首を傾げた。

「なあに?」

 その時、突然二人の携帯端末から音が鳴った。驚いた二人は、腰にぶら下げていた端末を取り出した。

 そこには、隕石群接近のアラートが表示されていた。

「いけない。近いわ!」

「何で、こんな近くになるまで、警告が出なかったんだろう?」

「リングを分解したせいだわ。もう、リングのセンサーが遠くまで検知出来ないのよ!」

 

 二人が、窓の外を見ると、船外作業中の仲間たちにも、警告が届いていたらしい。慌てて蜘蛛の子を散らすように、リングから離れて輸送船の方へ向かっている。

 その時、ユリ17の端末は、リングブロックのリーダーからの通信が入っていた。

「こちらユリ17」

「隕石群を検知した!五分以内にここに到達するぞ。たった今、このリングブロックは放棄する。二人とも、脱出ポッドですぐに避難しろ!」

 すぐに通信が切れると、二人は顔を見合わせた。

 そう。夢の中と同じ状況になった、ということに、二人はすぐに気がついた。

 アオは、その出来事のことを、頭を振って振り払った。

「急ぎましょう! 脱出ポッドは、ブロックパーツを二つ先にいった所にあったはずです」

 アオは、立ち上がって移動しようとした。しかし、ユリ17は、人工子宮を見つめたまま、動きが止まっていた。

「ユリ17! もう、行かないと」

「これを失えば、もう、私たちの仲間を生み出せなくなってしまう。それに、私たちのお母さんやお父さんが、あそこにはいる……」

 アオは、ユリ17の言っていることを理解した。タイジとの出会いが、彼女に親への渇望のようなものを芽生えさせたのだろう。しかし、今は、そのようなことを言っている場合ではなかった。

 アオは、ユリ17の両肩を掴んで、自分の方へ向けさせた。

「ユリ17。逃げましょう。生きていれば、どうにでもなります。夢の中で、あなたを失った時の気持ち、僕は忘れることは出来ません。僕は、誰よりも、あなたが大切なんです!」

 一瞬驚いた彼女を無視して、アオは彼女の肩を抱えて、床を蹴って移動した。そして、気を取り直したユリ17も、自ら床を蹴って移動し始めた。

 

 脱出ポッドに辿り着いた二人は、夢の中のことを思い出していた。一人乗りのポッド。その時はアオが乗り込んだのだ。そして、外に掴まると言った彼女は、嘘をついていた。

「ユリ17、あなたが乗って下さい」

 ユリ17は、宇宙帽を掴むと言い返した。

「いいえ。全身サイボーグの私が、外に掴まる。あなたが乗って」

「しかし……!」

 ユリ17は、その彼に、あの時と同じように、腰にぶら下げていた水筒の様な円筒形の容器を差し出した。

「大切なものなの。あなたが、ポッドで一緒に運んで」

 アオは、容器を受け取ったまま困惑していた。

「アオ、もう大丈夫。今は生きていたい。だから、信じて!」

 アオは、もう時間が無いとわかっていた。確かに、もう、自分が宇宙服を着る時間がない。

「信じます。これからも、一緒にいて下さい! 約束ですよ!」

 そう言い残すと、彼はポッドに乗り込んだ。

 

 ポッドの射出準備をすすめるアオは、時々ポッドの窓の外を見た。なかなかユリ17が、リングから外に出てこないので、心配でたまらなかった。

「ユリ17!」

 アオは、射出準備が整うと、通信機で彼女を呼んだ。

 空電音が鳴り、彼女からの応答がない。

「ユリ!」

 悲鳴のような、彼の声だけが、脱出ポッドに反響した。

「こちら、ユリ17。準備出来たわ」

 ポッドの窓の外の済に、彼女が顔を覗かせた。宇宙帽の中は暗く、彼女の表情は窺えなかった。

「急いで!アオ、射出して!」

 アオは、目を閉じた。そして、ポッドの射出ボタンに置いた指が震えていた。

 本当に大丈夫かなのか――?

「アオ!」

 彼女の叫びに、彼は遂にボタンを押した。

 衝撃とともに、脱出ポッドは急速にリングから離れていった。宇宙空間をくるくると回転しながら、どんどん速度を上げて行く。

 アオは脱出ポッドの窓の外を確認した。その窓の外に、ポッドに接続した電源ケーブルに掴まっている、ユリ17の姿が見えた。

 アオは、思わず瞳から涙が溢れていた。安心感から、大きく息を吐き出し、未来が変わった事に感謝した。

 窓の外では、既にかなりの距離を移動していたが、小さくリングが見えていた。そのリングが光を放っている。隕石群が、リングブロックに命中したのだ。

 通信機から、ユリ17の寂しそうな声が、聞こえてきた。

「人工子宮が……」

 

 ポッドは推進力は、とうの昔に失われていたが、慣性の法則により、宇宙空間を飛び続けた。このまま長い時間漂っていれば、やがてユリの宇宙帽に供給している酸素が尽きてしまう。

 アオは、通信機で必死に呼びかけているが、輸送船には連絡がつかないようだった。

 アオが、力なくポッドの狭いシートに体を埋めると、ユリ17から、通信が入ってきた。

「アオ」

 アオは、すぐに返事をした。

「ユリ17。すいません。輸送船に連絡がつきません」

 通信機は、しばらく静かになった。

 彼女は、生きていたい、と先ほど言っていた。せっかくここまできて……。

 再び、通信が入ってきた。

「アオ。さっき渡した容器なんだけど……」

 アオは、先ほどの容器を片手に取った。

「はい」

「それ、中身は、私の冷凍卵子なの」

 アオは、とても驚いて、容器を両手で持ち直した。

「えぇ?」

「体を機械に交換する時に、悩んで、それを残してもらったの。何でかな。私が、女だったっていう証拠を捨てられなかったっていうか……」

 アオは、しげしげとその容器を見つめた。

「最初は、いつか、人工子宮に提供しようかと思ってたの。その人工子宮が無くなってしまったし……。良かったら、あなたがもらってくれない?」

 アオは、そう言われて、言葉が出なかった。彼女は、死を覚悟したのだろう。

「さっき、言ってくれたよね? 私が一番大切だって。ずっと一緒に居たいって。だから、それは、あなたにあげる。嫌じゃなければ、体外受精で子供を作ってくれたら、嬉しいかな……」

「ユリ……!」

「そろそろ、駄目みたい。酸素がもう一分ももたない」

 アオは、ユリに渡された容器を抱きしめた。

 

 そんな……。こんなの、酷いじゃないか。

 

 アオは、神を呪った。

 

 その時、アオの視界に何かが見えてきた。

 アオが、何だろうと、目を凝らすと、何か人の形をしたものが近付いてきた。次第に、はっきりとした姿となったそれは、あのブライアンだった。

 アオが、驚いてその姿を見守るっていると、彼の背には大型のバックパックがついていた。彼は、スラスターをふかして逆噴射すると、あっと言う間に、ポッドの速度に合わせて並行に飛行を始めた。そして、後方にいるユリ17に近付くと、持っていた酸素ボンベの交換を行った。

 そのブライアンから、通信が入ってきた。

「こちらブライアン。君たちの位置は把握した。これから最寄りの輸送船に移動して、君たちを迎えにこさせる。もう少し、待っていてくれ」

「な、なんで、あなたが来てくれたんですか?」

「君たちのリングが隕石群の被害を受けたと報告があった。君たち二人が、脱出ポッドで脱出したが、位置が掴めないとね。タイジが酷く心配して、迎えに行くように懇願するので探しに来た。因みに、同型のアンドロイドは何体もある。一番近くの月面の個体を起動させたから、何とか間に合ったというところだ」

 そう言い残すと、ブライアンは脱出ポッドを離れていった。助けを呼んでくれるのだろう。

 

 アオは、この奇跡をまだ信じられずにいた。先ほど呪った神に、再び感謝しなければならないだろう。

「アオ」

「ユリ?」

「何だか、さっきお別れを言ったつもりだったんだけど……助かったみたいね。何だか、バツが悪いけど……」

「はい。もう、大丈夫だと思います」

 そこで、少し彼女は黙り込んだ。

「さっきの話……。せっかくだから、あなたと私で、お父さんとお母さんをやるのは、どう? あなたが嫌でなければ……」

 アオは、ユリ17が、母性と呼ばれるものに目覚めたことを知った。体を機械に交換した彼女は、そのような感情から、遠ざかっているはずだった。これも、神が与えた奇跡なのだろうか。

 アオは、優しい笑顔を浮かべて言った。

「ええ。ぜひ、そうさせて下さい」

「本当にいいの? こんな身体の私でも……」

「そんなの、関係ありません。だから、これからも、ずっと一緒に居て下さい……」

 

 小さな点でしかないその物体は、宇宙をまだ漂っていた。

 そこでは、人類が長い間失っていた新たな希望が芽生えていた。この後、この二人が自ら子を育てて行くことが、人類の未来に大きな影響を与えて行くことになる。

 

 しかし、それはまた、別の話――。

 




注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
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