月面都市――。
タイジは、政府が用意した、ダイソンリング解体プロジェクトの対策本部にいた。ユリ17が心配で、居ても立ってもいられず、部屋の中をうろついていた。
「少しは落ち着き給え」
対策本部には、大勢の政府のスタッフとともに、ブライアンの姿もあった。アオたちを救助に向かったのとは、別の個体が起動してタイジの元に居たのである。
「輸送船に乗った、別の私の個体が、無事救助したのを確認している。そんなに心配する必要はない」
「AIのあんたには、わからんだろうな。親の気持ちって奴が」
「気持ちまでは理解できんが、データはあるので、推測は出来る」
「お前さんが再起動した暁には、人間の感情について、理解出来るように、改良した方がいい」
二人がそんなやり取りをしていると、宇宙港に、二人を救助した輸送船が到着したと連絡があった。
宇宙港へ向かおうとするタイジを、ブライアンは肩を掴んで引き留めた。
「慌てるな。ここに立ち寄るように言ってある。待っていれば、向こうからやって来る」
「しかしだな」
「いい加減にしておけ。私が停止するまで、もうあまり時間が残っていない。今後のことを君とも話さなければならんのだ」
タイジは、諦めてブライアンに従った。
「今後のことは、地球の人間の政府代表に任せてある。この時代のことは、彼と話せばわかるだろう」
「なら、何を話そうって言うんだ?」
「君は、また、旅に出るつもりだろう?」
タイジは、ブライアンの言う事に、唖然とした。
「AIは、そんなことまでわかるのかい?」
ブライアンは頷いた。
「君は、遠い過去から、この時代を目指してやって来た。そして、今、この時代の君の役割は終わったと言っていいだろう。恐らく君は、恒星間宇宙船が完成する可能性のある時代に行きたいと考えている。違うかね?」
タイジは、困惑して言った。
「確かに、当たっているが、君はやはり人間の感情を学ぶべきだ」
ブライアンは、驚いたような表情をしていた。
「簡単だよ。身寄りが無い俺は、ここに留まる理由が無かった。だが、身寄りがいるのを知ってしまったんだ。少なくとも、彼女が幸せになるのを見届けたいと思うのは、人間にはありがちな感情だ」
ブライアンは、納得したらしい。腕組みをして頷いた。そんな仕草を見ると、本物の人間ではないかと勘違いをしてしまいそうだ。
「なるほどな。だが、気が変わるかも知れん。人間とは、そうやって何か理由があれば、簡単に気が変わるものだ。私は、三百年後には再起動出来ると予測している。また向こうで相談に乗ってもらえると有り難いのだがな」
三百年後。その頃は、再びダイソンリングを宇宙に戻す計画だ。タイジは、にやりと笑って頷いた。
「わかった。彼女の行く末を見守った後で、気が変わったらな。向こうで会おう」
「だがな、私は、君の気が変わると確信している」
「ほう?」
ブライアンが何か言おうとした所で、アオとユリ17の到着の報があった。
「また、後で話そう」
タイジは、迎えに行こうと、急ぎ足で対策本部の部屋を出て行った。
「仕方がない」
ブライアンは、彼が部屋を出ていくのを見守った。ダイソンリングの分解状況から言って、もうあと僅かしか時間が無いんだがな、とブライアンの頭脳の片隅で思考していた。
アオとユリ17は、対策本部のある建物の階下で待っていた。
タイジは、満面の笑みで、大股で二人に近付いていった。
「二人とも、無事で良かった!」
タイジは、ユリ17を抱きしめようと思っていたが、彼女の手を、アオが繋いでいるのを見て思い留まった。
「ん? 君たち、いつからそうなったんだ?」
タイジの一言に、アオは顔を赤らめていた。
「救助された時に……です」
ユリ17は、にこにことタイジに笑顔を向けている。
タイジは、アオの姿をつま先から、頭のてっぺんまで見渡して、ため息をついた。
「父親の気持ちってのを、今になって知るとはなぁ……」
タイジは、二人の肩を叩いて言った。
「幸せにな」
タイジは、先程ブライアンと会話したことが、こうもあっさりと達成された事にがっかりしていた。
ならば、もう、ここに留まる理由は無いな……。
タイジが、そんなことを考えていると、突然、後ろから背中を叩かれた。タイジが振り返ると、そこには、もう一人のユリ17が立っていた。
「まさか、娘に手を出そうなんて、考えて無かったでしょうね? 随分、がっかりしているようだけど」
タイジは、困惑していた。随分と馴れ馴れしいが、ユリ17の所謂姉妹の一人だろうか、と考えていた。
その彼女は、つかつかと前に進み出て、ユリ17に握手を求めて手を差し出した。
「はじめまして。あなたの卵子を提供した、アユーシ優里です。よろしくね」
タイジは、その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。アオと、ユリ17も、唖然とした表情をしている。
「アユーシ……?」
そのアユーシは、腰に両手を添えて、大きくため息をついた。
「全く、あなたを追いかけるの、大変だったのよ?」
タイジは、まさか、と思うので精一杯だった。ユリ17は、彼女におずおずと言った。
「ま、まさか……お母さんなの?」
アユーシは、大きく頷いた。
「ブライアンから聞いた。顔もそっくりだし、間違い無いんじゃない?」
タイジは、ようやく言葉が口から出た。
「本当に、君なのか?」
アユーシは、不満そうに目を細めた。
「本当に大変だったんだから。私、製薬会社に転職したじゃない? 向こうで、医療用の人工冬眠装置の開発をすることになってね。ISASには悪いと思ったけど、ノウハウは全部持ってたから、似たような機能のものを、作らせてもらったの。で、被験者第一号で、自分が入ったって訳。一年ぐらい入ってたんだけど、あなたが言ってた変な夢、私も見ちゃったのよね。あなたが言ってた事が、嘘じゃないってわかった。そしたら、居ても立ってもいられなくて、あなたを追うことにしたの」
あっけらかんと話す彼女の様子を見て、タイジ自身も呆気に取られていた。彼女の話は、更に続いた。
「その後、ISASに行って、あなたが百年後に起きるように設定したのを確認して、私も同じ時間、装置に入ることにした。医療用だったから、さすがに千年も一度には無理だったから、百年おきに起きて、あなたが次にいつ起きるか確認した。HSPを月に移動した時は、行方がわからなくなって、かなり焦ったかな。まぁ、つてを辿ってどうにか突き止めてからは簡単だったけどね」
アユーシは、意地の悪そうな顔でタイジを見つめた。
「ここに辿り着く時は、同じ病院で、あなたより先に起きたの。ブライアンに会って、先に話して、あなたの到着を待ってた。彼には、私がいることを黙っててもらった。驚かそうと思ってね」
タイジは、ブライアンがさっきすぐに気が変わるとか言っていたのは、このことだったのだな、と理解した。
「で、感想は?」
「こんなことをして、どうするつもりなんだ! もう、戻れないんだぞ!」
タイジは、気が動転しすぎて、何を言っているか、自分でもわからなくなっていた。
「それ、そっくりそのまま、あなたに返してあげる」
アユーシは、穏やかな笑顔を浮かべて彼を見つめた。
タイジは、突然、彼女を強く抱きしめた。
「何て、馬鹿なことを」
「あなたに、言われたくない」
二人は、そのまま、互いに抱きしめ合った。時を超えた再会の奇跡を、二人は噛み締めていた。
「タイジ。愛してる」
アユーシは、タイジの耳元で囁いた。
「アユーシ、会えて嬉しい。俺も、君を愛してる」
それを見ていたアオとユリ17は、居たたまれない様子だった。
「タイジ。私たちの娘に、ちゃんとお別れしようか?」
アユーシの言う事に、タイジははっとした。
「俺と一緒に、また旅に出てくれるのかい?」
「当たり前でしょ。もう、引き返せないんだから」
二人は、ようやくユリ17とアオの方を向いた。アユーシが、最初に彼女に話しかけた。
「その人を選んだのね。どうか、幸せになってね」
そう言ったアユーシは、ユリ17を抱きしめた。
ユリ17は、母親にまで会えるなど、思いもしなかった。涙を溢れさせた彼女は、母親に向かって言った。
「お母さん……」
「ユリ……」
アオは、抱き合う二人を、涙を浮かべて見つめていた。子を作り、父と母になる。それがどういう意味を持つのか。これからユリ17と一緒に、長い時間をかけて知って行くことになるのだろう。
アオとユリ17が去ってから、二人は、ダイソンリング解体プロジェクトの対策本部へ戻って行った。しかし、その時既に、ブライアンは動かなくなっていた。ダイソンリングのエネルギー供給が切れてしまったのだろう。
二人は、動かなくなったブライアンの身体を抱いて、一頻り、感謝を伝えた。
「アユーシ、次は三百年後だ。ブライアンに約束したから」
「いいわ。じゃあ、この時代とも、お別れね」
タイジは頷いた。
「ここでやるべきことは、全て終わった」
「また、あなたが変な夢を見なきゃいいけど」
タイジは、その可能性を考えていなかった。だが、そろそろ、別の者が、このバトンを受け取るべきだろう。
二人は、対策本部を後にして、病院に置いてある、それぞれの人工冬眠装置へと向かって歩き始めた。
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。