帰還
ユミとダニエルは、ようやく未来の時の流れが変化したのを確認した。
「その後、どうなった?」
「あれじゃないか」
ユミとダニエルは、更に三百年後の未来で、タイジとアユーシが、ブライアンとともに、次の計画を話すのを見た。かと思えば、アオとユリ17の影響で起きた変化。自然分娩のよる子の誕生が再び始まったのだ。
そして、様々な人々が、時代の変革に翻弄される様子を見た。ほんの一瞬でこれらのことが手に取るように理解出来る。
それらの時の流れを確認すると、ユミは、一気に更に遠い未来へ跳躍しようとしていた。
「おい、ユミ!」
ダニエルの呼びかけを無視した彼女は、無鉄砲に先へ先へと飛び去って行った。
時空間を縦横無尽に行き来する中で、ユミは更に遠い未来で、銀河に進出した人類が、その銀河自身の崩壊に直面する様子を見た。人類は、再びそのような絶望的な危機に立ち向かい、そして、力尽きて行く未来が見えた。
かと思えば、遠い過去の遠い星で、銀河や、この宇宙の未来を知った異星人の姿を垣間見た。彼らは、この宇宙の膨大な時空を知る術を持ち、高度な文明を築いていた。その技術こそ、今ユミたちが経験しているものの正体だった。
ユミは、同じ時空に存在する、彼らの意識に触れ、その絶望感、悲壮感に意識を侵食された。
「やめろ! あたしに勝手に入って来るな!」
ユミの意識は、彼らと次第に一体化し、彼女という存在自体が、何の意味も持たなくなって行った。元々ユミだったその存在は、この宇宙に絶望し、救済をを求めていた。
我々は、何の為にこの宇宙に存在しているのか。
いつしか、宇宙が滅びる運命なのであれば、困難に立ち向かい、努力を積み重ねて行くことに、何の意味があるのか。
誰か――。
ここに生きる意味を永遠に喪う前に、この宇宙に救済を――。
それは、存在自体への渇望だった。
数万年、そして数億年の膨大な時の流れに身を任せることによって、時空間は俯瞰可能な主観的な概念と化し、いつしか高次の存在をも感知し始めていた。
それこそが、我々が神とも呼ぶ、何者かの存在だったのかも知れない。
そして、突然前触れも無く、ある惑星が誕生した。その時空間には、過去にも未来にも存在しなかったはずだが、高次の存在が、何か目的を持って生み出したのだろうか。
異星人たちは、現実の世界で船を建造し、その惑星の衛星に拠点を築いた。そして、それが意味することを近くで観察した。
そして分かったことは、彼らに、僅かに干渉するだけで、時空間が増殖するということだった。増殖した時空間は、可能性世界の拡大を意味する。もしかしたら、この宇宙を救う触媒としての可能性があるのかも知れない。
そして、ある可能性に賭けた。
ほんの僅かな干渉をするのだ。
一言、魔法の言葉を囁いた。
だから、お願いだ。
この宇宙を救って欲しい――。
この言葉による干渉は、形を変え、時の流れの中で変化して受け継がれ、彼らの触媒としての存在を活性化させた。
いつしか、彼ら自身が、自らに干渉し、自身で変化を続けるのを確認した。時空間は、その瞬間から爆発的に拡大し、可能性世界が無限に増殖した。
それでも、宇宙は救われていなかった。しかし、いつかは、その増殖の中から、新たな可能性が開かれるかも知れない。
やがて、ユミだった存在は、爆発的に広がる、可能性世界の時空を漂流し、最早、自らが存在した世界が何処だったのか、思い出せなくなっていた。
その何処かで、何か大切なものがあった気がするが、それは何だっただろうか。ユミだった存在は、意識の片隅で、その記憶を探した。
あれは、何だっただろう――。
「……!」
何かが、その意識の片隅で知覚される。
何だろう。
これは、気持ちのいい眠りを妨げられる時に似ている。
気持ちのいい眠り?
そう言えば、遠い昔、住む所も無く、辛い日々を誰かが、救ってくれた。そして、与えられた部屋のベッドで、心の底からくつろいで、安心感に包まれて眠りについたのを、懐かしく思い出した。
その幸せで温かい感覚。
そうだ。誰かにとても感謝してたのに。
あれって、何だったかなぁ。
「……ユミ!」
ユミは、眠りから目覚めるように、突然意識が自分自身に戻っていた。その意識を包んでくれたのは、紛れも無い、温かい部屋とベッドを与えてくれた、ダニエルその人だった。
「ユミ! お願いだ、戻ってくれ!」
ユミは、意識をダニエルに向けた。そうすると、本当にすぐ近くに彼の意識が存在していた。
「随分遠くまで来ちまったよ。ダニエル、あんた、帰り道知ってる?」
ダニエルの意識が、大きな安堵に包まれていく。
「ああ。探したぞ。いつもいつも、迷惑ばかりかけて……」
彼の意識が、その温もりが、ユミは懐かしかった。きっと、そこが一番居心地がいい場所に違いない。
「帰ろう。俺たちの居場所へ」
大きく頷いたユミは、彼の意識に寄り添い、もと来た道を辿って行った。
エピローグ
とある病院で、子供が誕生した。
父親と母親は、その子の誕生を祝った。
よくある風景だった。
病院を退院した母親は、子を抱いて自宅に戻った。
自宅では、祖父母がやって来て、いろいろと手伝いをしてくれた。
育児に関わるいくつかのやり取りをし、赤子をベッドに寝かせると、お祝いの準備をした。
楽しい話に花を咲かせた一家は、幸せに包まれていた。
祖父母は、帰り際に、もう一度子を抱きたいと言うので、母親は、赤子を抱き上げて、祖母の腕の中に渡した。
赤子をはすやすやと眠っており、祖母は大切にその子を抱えて優しい笑顔をしていた。
泰司と命名されたその子は、元気な男の子だった。
優子は、その子を抱きながら、幸せにそうに、夫の裕介の方を見た。裕介も、笑顔を返し、その子を見つめた。
「元気な子だ。いい子に育つといいな」
優子は、少し考えてから言った。
「そうね。どんな子になるのかな? 楽しみだね」
そうして、二人は、その子の成長を願い、彼のこれからの未来に願いを込めた。
遥か彼方の永劫を超えて
完――。
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。