遥か彼方の永劫を超えて   作:とも2199

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遥か彼方の永劫を超えて8 途中下車Part1

 二十二世紀最後の日――。

 

 タイジは、HSPの覚醒機能によって、予め設定したこの日に目覚めた。

 解凍されて目覚める時の感覚は、非常に不快なものだった。彼は、身体の硬直が解けるまで、ポッド内で横たわったまま、じっとしていることにした。

 タイジが事前に予想した通り、人工冬眠で意識が無い間に、またあの夢を見ていた。夢の記憶は、以前よりもかなり鮮明になって来ている。今度の夢では、何故かタイジは月にいた。そこには、何か重要な物が埋まっており、人知れず、誰かがそこにいて、何か重要なことをやっていた。どういう意味か、タイジはわからなかったので、今は気にしないことにした。

 タイジは、十分に身体が動くようになったか、腕を動かして確認した。

 これなら、動けそうだ。

 タイジは、HSPのハッチを開くボタンを押した。

 ハッチが開いて、起き上がると、そこには、誰かが彼を見守っていた。

「氷室泰司さんですね?」

 タイジは、まだぼうっとした頭で、話しかけてきた人物を眺めた。端正な顔立ちをしたその人物は、まだ若い男性で、胸にISASのセキュリティカードをぶら下げていた。

 タイジは、頷いてから、その男に話しかけようとした。しかし、上手く言葉が出ない。人工冬眠からの覚醒が、まだ身体の自由を奪っている。

「無理しないで下さい。私は、ISASの職員です。あなたが、この日、この時間に目覚めると聞いていたので、ここで待っていました」

 男は、タイジに手を貸して、彼がHSPのポッドから出てくるのを手伝った。

 男が用意した椅子に倒れるように座ったタイジは、一息ついてもう一度喋ろうと試みた。

「……い、今は、二二〇〇年かい?」

 男は頷いた。

「はい。ようこそ、二十二世紀へ。と、言っても、もうすぐ二十三世紀ですけどね」

 タイジは、あれから正確に百年経過し、装置が正常に動作したことに安堵した。

「申し遅れました。私は、サトシ2といいます」

 タイジは、違和感を覚えて、男の顔をまじまじと見た。

「気にされているのは、私の名前の数字の事ですよね? ご存知無いでしょうから、ご説明しましょう。あなたが、冬眠している間に、政府は、少子化対策として、人工子宮を開発しました。厚生労働省の管轄で、国で人工的に子供を産み、育てる機関が運営されています。私は、そこで誕生しました。同一の精子と卵子を交配して子供を誕生させた場合、AIが決めた名前と、誕生順にナンバリングが行われます。この番号は、ある精子と卵子の組み合わせで生まれた子供の二番目であることを意味します」

 タイジは、出発前に計画段階だった人工子宮が、既に実用化され、運用されていたことに、隔世の感があった。

「番号とは、随分酷いじゃないか。君は、嫌じゃないのかい?」

 サトシ2は、にこやかに答えた。

「ご存知ないでしょうから、仕方ありませんね。先進国では、自然分娩で子供が誕生することは、だいぶ減って来ています。約七割方、人工子宮で子供は産まれます。今では、名前に番号が付いている人の方が多いんですよ」

 タイジは、この時代の男女が、どのような恋愛や結婚生活を送っているのか、更なる疑問が湧いてきた。だが、この調子で話していると、彼を質問攻めにすることになってしまうだろう。

「それは、失礼した。よければ、少し案内してもらって、そういった歴史を調べる為の端末を用意してくれると、君を煩わせずに済みそうだ」

 サトシ2は、笑顔で言った。

「もちろんです。立てますか?」

 

 ISASの建物は、様変わりしていた。HSPが設置されていた地下施設こそ、百年前と変わりなかったが、全く新しい建物へと生まれ変わっていた。

 窓の外を眺めると、外の様子はそれほど変わっていなかったことに、タイジはほっとしていた。

「ここの役割も、百年前とは大きく変わっています。具体的な宇宙開発の計画が推進されていますので、それに必要となる研究開発が行われています。月には、政府主導の基地が建設され、資源開発を行っています。今は、月面での土木建築の重機の研究開発が、盛んですね」

 タイジは、聞くこと全てが驚きの連続だった。

「月に、普通の人が訪れて行けるようになったのか?」

「それはこれからですね。二十二世紀は、そういう過渡期になりました。二十三世紀は、本格的に宇宙進出が行われるでしょう。ISASの役割は、昔より随分重要になりました」

 

 タイジとサトシ2は、エレベーターで最上階へと移動した。案内された会議室で、タイジは待っているように伝えられ、そこで椅子に座っていた。サトシ2が部屋を出ていってしまったので、タイジは落ち着かない様子で、そこで一人で待つことになった。

 しばらくして、サトシ2が戻って来ると、一緒に年配の男性数名が部屋に入って来た。

「氷室泰司さんですね。私は、宇宙科学研究所所長のケン7です」

 タイジは、所長のケン7と握手を交わした。何故、名字を名乗らないのだろうか、と疑問に思ったが、きりがないので、ここでは控えることにした。

 会議室の椅子に全員が腰掛けると、所長のケン7が最初に話し始めた。

「あのHSPとあなたの存在は、長い間、歴代のISASの所長も気にかけていました。こうして、実際に百年前の生き証人である、あなたに会えて光栄です」

「ありがとうございます。この建物も、建て替えが行われたようですが、地下施設を維持して下さったようで、私としても感謝しています」

 所長は、笑顔で、首を振った。

「とんでもない。我々にとっても、あなたの研究は大切なものです。これからも、維持して行くので、ご安心下さい」

 タイジは、いろいろな意味で安堵した。所長もナンバリングがあるので、人工子宮で誕生した人間なのだろうが、好意的だったこと、そして、ISASの地下施設の維持を約束してくれたことに、大いに感謝した。

「私の時代では、政府のAIは、恒星間航行用の人工冬眠装置の開発に消極的でした。私は、医療用という建前で、あれの研究開発の予算を政府から頂いて進めました。今は、その辺りはどうなっていますか?」

 所長のケン7は、大きく頷いた。

「懸念は、ごもっともです。現在、政府は太陽系内の資源開発に積極的に取り組んでいます。しかし、太陽系外の宇宙探査は、中々承認されませんね。あのNASAでさえも、今世紀中に探査が承認されて飛ばした探査機は、一機だけでした。あなたの研究の場合、当初の目的通り、医療用の装置として報告している為、予算の獲得に問題はありません」

「それは、本当に良かった。私は、再びあれに乗り、もっと先の時代まで行くつもりですから」

 所長とは、別の職員が口を開いた。

「今は、民間の病院で、あのHSPを元にした、医療用人工冬眠装置が、何処にでもあります。あなたの研究は、大いに世の中の役立っています」

「ありがとうございます。確かに、実用化にこぎつけたのは私のチームでしたが、そう言って頂けると、基礎技術を完成させた祖父母も喜ぶでしょう」

「そういえば、あの氷室夫妻のお孫さんでしたね。彼らの功績は、この時代でも、語り継がれていますよ」

「そうですか。私は、祖父母のことを誇りに思っているので、そう言って頂けると、自分の事のように嬉しいですね」

 彼らは、タイジの功績を労い、互いに感謝しあった。

「それで、またすぐに、旅立たれますか?」

「そうですね。一休みしたらと思っています。可能なら、この時代のことや、百年間に何があったか知ってから行こうと思っています。そういったことが可能なインターネットに接続可能な端末があればお借りしたいのですが」

「どうぞ、自由にお使い下さい。サトシ2、氷室さんを案内してあげてくれ」

 サトシ2は頷くと、タイジを手招きした。

「こちらへどうぞ」

 

 タイジは、案内されたISAS内の別の階の会議室に通され、サトシ2が持ってきた携帯端末を渡された。

「使い方がわからなければ、仰って下さい。私は近くに待機していますので」

「何から何まで、ありがとう」

 サトシ2が部屋を出ていったので、タイジは再び一人になった。端末の電源を入れると、画面が表示された。昔使っていた端末と、それ程違いは無いようだ。

 タイジは、ブラウザを起動して、インターネット上の情報を幾つか検索した。

 

 検索キーワード:AI 政治

 検索結果:五百三十二万八千七百五十一件

 

 タイジは、検索結果上位に表示された記事のうち、気になる内容を確認した。

 

 記事タイトル:各国政府が導入したAIにより、国境が無くなる日が訪れる

 記事本文:二十一世紀後半に、技術的特異点(シンギュラリティ)を迎え、本格的なAIの運用が始まってから一世紀以上、世界は、大きな変化を迎えようとしている。二十二世紀は、世界中の国家の合併や併合が大いに進んだ。AIによる政策、政権運営を積極的に推進した先進国間で、国家同士のお見合い、そして合併や併合をする国が増加している。それまでは、イデオロギーや、宗教の違いを乗り越えられず、不可能と思われていたことである。その壁を乗り越えた大きな要因は、二つある。

 ・政府に導入されたAI

 政府が導入したAIによって、国家間の違いが希薄化した。似たような方針の政策が取られることによって、国家間の違いが以前に比べると、大幅に少なくなった。

 ・人工子宮による人の誕生

 先進国では、少子化が進んだ二十一世紀の問題を解決する為、人工子宮の運用が始まった。これによって、政府のAIが運営する人工授精児たちの育児や教育が進められると、イデオロギーや宗教等の違いを生むような影響下に置かれずに育つという。そういった教育を受けて成長した子供たちが、政治や経済の分野で活躍するようになったことが、関係している。

 以上の理由によって、多くの国民の間で、国家を超えた共通意識が芽生え、合併をし易い環境が出来たのである。そして、戦争やテロという過去の忌まわしい記憶から逃れられず、数世紀を経ても、憎しみや葛藤を抱える人々は、現代では少数派となった。今後、更にこの状況は先進国だけで無く、中小規模の国家にも影響を与えることになるだろう。世界が一つになる日も遠い未来では無いかも知れない。

 

 タイジは、記事を読んでしばらく考えを巡らせた。

 出発前に、AIが人類が滅びる原因ではないかとも考えていたが、それは間違いだったようである。この記事に書かれていることは、人類が長い間望んでいた世界平和とも言うべきことが、実現しようとしているのでは無いだろうか。少なくとも、これを妨げる理由は無い。

 然らば、何故人類は、滅びようとしているのか?

 タイジは、夢で見た人類の緩慢な死に至る情景は、現実には起こらないのではないかと考えた。

 

 検索キーワード:宇宙開発

 検索結果:三万四百九十一件

 

 再び、タイジは気になった記事を開いた。

 

 記事タイトル:月面都市建設計画

 記事本文:日本政府は、新たな月面開発計画を発表した。既に、米国やEU連合と共同で、月面基地を設けて資源開発を行っているが、今回の発表は、普通の人々が住めるようする、月面都市建設計画である。今後、二十四世紀までの百年間をかけて、月面に都市建設をするという。これにより、月面の資源採掘を容易にすると共に、火星や金星等の地球に近い惑星にも、資源開発の手が広げられる。今後、月面都市建設に必要な機材の研究開発や、都市建設の為の新たな公共事業に、多くの企業が参加する事が予想されるだろう。また、将来、これらの惑星や衛星から採掘される資源により、更なる文明の発展が期待されるだろう。

 

 タイジは、今回の冬眠中に夢で見た光景を頭の中で描いた。確かに、月面に都市があったのをタイジは目撃していた。何か、大事なことをやっているのを見たと思うのだが、これは、どう考えれば良いだろうか?

 こういう時は、祖母の言葉を振り返ってみる。

 

 絶対に忘れずに、その記憶を大切にしてね――。

 

 タイジの祖母の言葉を思うと、気持ちを落ち着かせることが出来た。

 

 お婆ちゃん。大切な記憶なら、行って確かめてみるよ。

 

 その後、それ以外にも、いくつか気になったキーワードを検索したタイジは、もう十分と思い、端末の電源を落とそうとした。

 ふと、タイジは思い留まり、端末に次のキーワードを入れた。

 

 検索キーワード:アユーシ ISAS

 

 そこまで入力して、タイジの手が止まった。

 そんなことを調べてどうする? 彼女は、既に亡くなっている。だが、あの後、彼女は、どういう人生を送ったのだろうか――。

 タイジは、もう、意味が無いことだと、自分自身に言い聞かせ、静かに端末の電源を落とした。

 

 タイジは、立ち上がって部屋から出ると、サトシ2を呼んだ。

 

 次の旅に出る為だ。

 

続く…




注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
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