遥か彼方の永劫を超えて   作:とも2199

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遥か彼方の永劫を超えて9 途中下車Part2

 時に、時代は二十四世紀初頭――。

 

 貧民街で廃材を漁っていた少女は、目ぼしいものが見つからず、悪態をついて辺りに落ちている物に当たり散らした。静かな貧民街で、けたたましい音が響く。

 仕方無く、暗い貧民街を出ようと歩き始めた少女は、五百メートル程離れた街の灯りの方へと向かった。この周辺には、廃墟や、家の跡のような痕跡しかない。暗い通りの所々には、普段は廃墟に住む数人の人々が、疲れ切った様子で座っている。

 彼らにとっては、こんな所に迷い込んだ小娘など、いつもならカモでしか無かったが、彼女は違った。金品を奪おうとして、既に返り討ちにあったことがあるからである。彼女は、この辺りでは、暴力的な少女として有名だったのだ。

 少女は、通りに座る年老いた老人に近付くと、何か話しかけた。老人がしぶしぶ出した箱を受け取ると、少女は嬉しそうににやりと笑った。

 彼女は、受け取った箱の中身を一本取り出すと、口に咥えて持っていたライターで火を付けた。煙草の煙をくゆらせた少女は、足取りも軽く、街の灯りの方へ向かった。

 

 その少女、ユミは、腹が減っていた。

 

 腹が減ると、無性にいらいらとしてしまう。煙草なんて、腹の足しにもならないが、あれば多少は誤魔化せる。だが、本格的に減った腹をどうするか、建物の影に潜んで、明るい街の通り沿いの店を物色した。もちろん、金は持っていない。この辺りでは、電子マネーを持っていない者は、紙切れ一つ手に入れることは出来ない。

 何度も泥棒や、無銭飲食を繰り返した彼女は、この辺りではすっかり危険人物として、目を付けられていた。彼女は、潮時だと思っていた。別の街に移動しなければ、姿を見られただけで捕まってしまうだろう。今日の罪を最後に、新天地へ向かおう、と彼女は心に決めた。

 

 帽子を深くかぶった彼女は、無人精算のコンビニエンスストアのゲートを飛び越えると、大急ぎで食料品を掴んだ。すぐさま、入って来たゲートに取って返すと、犯罪者を閉じ込めようとする店のシャッターの隙間を潜り抜け、通りをひた走った。

 

 ユミは、数キロも走っただろうか。辿り着いた公園内のトンネルのような遊具の中に入って、一息ついた。

 そして、手に握り締めた盗んだ食料を、食べようと見直した。しかし、食べ物だと思っていたそれは、良く見ると、本物に似せたダミーだった。

 恐らく、ユミが侵入することを、店のAIが予測して、取りやすい位置に予め陳列しておいたのだろう。

 ユミは、激昂すると、そのダミーをトンネルの壁に叩きつけた。

 突然、泣き始めた彼女の声が、公園の外にも響いていた。

 

 日本は、米国の州の一つになってから、半世紀が過ぎようとしていた。AIは、何処にでもあり、人々の暮らしや、国家の運営まで、欠かせないものになっている。

 人工子宮で誕生する子供たちも、既に全体の八割以上となっている。

 そんな時代にあって、ユミの母親のように、人工子宮では無く、自然分娩で出産するのは、貧民街で暮らすような貧乏人だけだった。ユミの母親は、娼婦を生業として見知らぬ男の子を妊娠してしまい、堕ろす金も無く、やむを得ずユミを産んだのだ。望まれぬ形で生を受けたユミは、小さな頃から様々な非合法な手段に手を染めて、今日まで生きてきた。母親は、ユミが十歳の時に蒸発し、彼女はたった一人で強く生きねばならなかった。

 そんな彼女だったが、望んでそのような暮らしを選んだ訳でも無く、思い出したように、自らの不幸に、人知れず涙に暮れることもあった。

 

 その時も、たまたまそんな時だったのだ。

 ユミは、次第に涙が溢れるのが治まると、何処からともなく、食べ物のいい匂いが漂って来るのに気が付いた。

 彼女は、遊具のトンネルを抜け出すと、ふらふらと匂いの方へ引き寄せられていった。

 公園の外から匂ったのは、一杯のカップ麺の香りだった。公園の低い塀の上に置いてあったそれを、ユミは恐る恐る手に取った。既に、お湯が注がれており、食べ頃と思われる。

 辺りを見回しても、人の気配は無い。

 ユミは、ご丁寧にカップ麺の上に置いてあった割り箸を割ると、勢いよくそれを食べ始めた。

 ユミが、半分ぐらい食べた頃だろうか、背後に人の気配がした。彼女は、食べ物を取られまいと、気配の方を振り返って身構えるが、その人物は五メートル程の距離で立ち止まり、ユミの様子を眺めていた。

「誰だ!」

 ユミは、警戒して、その人物、男の方を睨みつけた。

 男は、ため息をついて、彼女の方へ話しかけた。

「探したぞ。情報が余りにも曖昧なんで、会えないかと思ったよ」

 ユミは、その間も食べ続けた。何故なら、この機会を逃したら、また食べ物にありつけないかも知れないからだ。

「これは、お前のか? 言っておくが、もう返せないからな」

 男は、首を振った。

「いらないよ。君の為に置いておいたんだから」

 麺を食べ終えたユミは、今度は汁を飲み始めた。そして、それを飲み干すと、その男に言った。

「あたしに用があるみたいだな。悪いけど、身体目当てなら諦めろ。そこまで落ちぶれちゃいない」

 男は、両手を広げて再びため息をつく。

「俺も、そこまで落ちぶれちゃいないさ」

 ユミは、首を傾げた。

「あんた、一体誰だ?」 

 男は、腕組みをして、少女を見つめた。

「君の名は、橘優美で間違い無いな? 俺の名は氷室泰司だ。訳あって、旅をしている」 

 

 タイジの車に乗ったユミは、彼に渡されたクッキーの袋を抱えて、助手席で車窓の灯りをぼんやりと眺めていた。時間はもう遅く、深夜になっていた。

 彼女が、タイジの誘いにのったのは、食べ物に釣られてのことだった。一体、何処に向かっているのかも、彼は話してくれなかった。

 二時間ぐらい車に揺られただろうか。自動運転車に音声で指示をした彼は、広い敷地の入口のゲートを抜け、どんどん奥へと車が入って行く。そのゲートの脇には、プレートに、「宇宙科学研究所」と書かれていた。

「ユミ、着いた。ちょっと来てくれ」

 入口のドアのガラスは既に無く、タイジはそこを潜り抜けて、先に中へと入って行った。

 ユミは、食べ物に釣られて、こんな所に来て大丈夫だったか少し後悔していた。もしかしたら、この男は、臓器売買をしている業者ではないか、などと不吉な予感が深まっていった。

「心配ない。一緒に来てくれ」

 ユミは、仕方無く、意を決して、その建物の入口を潜った。

 

 建物の内部は、閑散としていた。そこに居を構えていた者たちが、ここを出ていって数年は経過していると思われた。

 ユミは、辺りを警戒しながら、タイジの後を追った。そのタイジは、時折り彼女を振り返りつつも、どんどん奥へと進んで行き、地下へと降りる階段を下って行った。タイジが照らす携帯ライトの光だけが、階下を動いて照らしている。明かりはそれだけで、真っ暗闇だった。

 ユミの心臓は、どきどきと早音を打っていたが、前を行くタイジは、足を止めない。地下の廊下を進む彼は、途中にあった部屋の扉を開いて、そこで立ち止まってユミの到着を待っていた。仕方無く、ユミは気が進まなかったが、その部屋の中へ入った。タイジが、壁のスイッチを操作すると、部屋が一気に明るくなった。

 部屋の中央には、何やら大きな箱のような装置が置いてあった。不思議そうに、その装置を眺めるユミの後ろから、タイジが歩み寄って、その装置の上に手を置いて立ち止まった。

「これは? まるで、棺桶だな」

 タイジは、ユミの言ったことに、暫し考えていた。

「なるほど。言い得て妙というのは、このことだな。確かに、こいつは、棺桶の様なものだ」

 タイジは、微笑して、その装置の表面を撫でた。

 それから彼は、装置の脇のデスクの椅子に手を差し伸べて、ユミに座る様に促した。不安な気持ちを隠せぬまま、ユミはその椅子に座った。先程、タイジが与えたクッキーの袋を大切そうに抱えたままだ。

 タイジは、装置に寄りかかってユミに話を始めた。

「着いてきてくれてありがとう。君に、頼みがあるんだ」

 ユミは、眉をひそめて、男が何を要求するのか、少し怯えた様子を見せた。

「この棺桶……。これは、人工冬眠の為の装置だ。正式には、ハイパースリープポッド、略してHSPという。俺は、これを使って、二百年前からやって来た」

「はぁ?」

 ユミの疑いは、一層深くなっていた。

「信じるかどうかは、今はいい。頼みというのは、こいつを君に月まで運んでもらいたいんだ」

「つ、月?」

 タイジは、驚くユミに、微笑んで頷いた。

「そうだ。今、月面に都市が建設されているだろう? こいつを、その都市に設置して、安全を確保して欲しい」

 ユミは、開いた口が塞がらなかった。

「何を言ってんだ、あんた。頭がいかれてんのか? 見りゃ、わかるだろう。あたしみたいな貧乏人が、どうやって、月に行けるって言うんだよ」

 タイジは、目を閉じて頷いた。

「そうだな。今の君には、無理だ。だが、未来の君なら、出来る」

「なんだそりゃあ。未来のあたし? 本当に、どうかしてるな、あんた」

 ユミは、呆れた顔で、憐れみの表情でタイジを見つめた。だが、そのタイジは、大真面目で頷いた。

「かもな。だが、俺は、知ってるんだ。未来の君に教えてもらったから。君のこの時代の居場所、腹を空かせてるから、食べ物で釣れば言う事を聞いてくれるってことも」

 ユミは、憤慨して言った。

「ふ、ふざけるな! 誰に、あたしの事を聞いて調べたかしらねぇけど……」

 タイジは、彼女を遮ると言った。

「今は、信じられなくても、構わない。君は、これから、とある偶然によって、月面の建設を請け負うある企業の社長に出会う。その人は、君にとって、とても大切な人になる。面接を受けた君は、その行動力を気に入られて採用され、彼と一緒に月に行く事になる。今の貧乏暮らしとは、その時におさらばさ。俺の頼みは、その時に、俺の話を思い出してもらって、このHSPを一緒に月に運んでくれれば、それでいい」

 貧乏暮らしから抜け出せるという、彼の予言めいた話に、彼女は少しだけ興味を持った。少し考えていた彼女は、ふと顔を上げて言った

「で、その見返りは?」

 タイジは、初めて彼女の言う事に驚いた。

「あんたの言うとおりの事が、本当に起こったら、考えてやってもいいよ。でも、こんな大きな物を月まで運ぶとなれば、相当金がかかるはずだ。何か、見返りがなきゃ、手伝うのは難しいな」

 タイジは、顎に手を当てて考えていた。

「わかった。俺の電子マネーを君にあげよう」

 タイジは、ポケットから一枚のカードを取り出すと、彼女に渡した。カードを受け取った彼女は、当惑していた。

「今は、あんまり入ってないが、ちゃんと用意しておく。こいつを、月に運んでも、釣りがかなりあるだろう」

 ユミは、ますます疑い深くなった。

「金があるなら、あんたがやればいいじゃないか。何で、あたしみたいなのに頼む必要があるんだよ?」

 タイジは、装置を叩いてから言った。

「俺は、こいつで、もっと先まで行く。だから、俺が旅立った後も、こいつの面倒を見てくれる人が必要だ。未来の君と、約束したから、君に任せられれば、安心出来るんだがね」

 ユミは、立ち上がって装置の傍に寄った。

「これは、タイムマシンじゃないんだろう? 何で、未来のあたしとか、言ってんだ?」

 タイジは、ユミの質問に素直に答えた。

「こいつで寝ている間に、どうやら未来や過去の時間に接触出来る。俺にも、何でそんな事が出来るのかわからない。もしかしたら、人が見る夢っていうものが、時空を超えることが出来るものなのかも知れない。とりあえず、未来の君に接触したから、こうして君と会い、話が出来た。技術的には、いろいろ調べてみたいところだがね。寝ている間の凍りついた脳の脳波何てものがあるなら、それを分析したり……。だが、それも、恐らく何百年もの長期に渡る調査が必要だ。寿命の限られた、今の人間の手に負えるものじゃ無い」

 ユミは、やっとのことで、少しだけタイジのことが、信じられるかも知れない、と思い始めていた。

「で、どうするだい? あんたは未来に行って」

 タイジは、少し恥ずかしそうに言った。

「ちょいと、未来で人類を救いに行くのさ」

 ユミは、目を丸くした。

「はあ?」

 タイジは、心外そうな顔で、ユミに言った。

「君が、俺に言ったんだよ。子供の頃の夢の中でね」

 ますます、ユミは、頭がこんがらがった。

「まぁ、今は、気にするな。その電子マネーカードには、君がこいつを運ぶ頃になったら、自動的に入金されるように設定しておく。無駄遣いされちゃ困るからな」

 タイジは、ドアの方へ向かった。

「じゃぁ、行こうか。元いた所に連れて行ってやるよ」

「あんたは、どうするんだい?」

「俺は、これからこいつに入って旅に出る。ここ、ISAS……宇宙科学研究所は、NASAに統合されて無くなってしまったが、俺の為に数年は電源の維持を約束してくれた。君に渡した電子マネーカードや、俺の為の車も、ISASが、俺の功績に免じて残しておいてくれたものだ。後は、君に全てを託すから。頼んだぜ?」

 タイジに背中を押され、ユミはその部屋を後にした。

 

 元いた公園に戻ったユミは、去って行くタイジの車を見送った。彼に渡された電子マネーカードと、クッキーの袋を抱きしめて、彼女は自分の未来に想いを馳せた。

 だが、タイジの言ったことが、真実かなんて、今の彼女にはどうでもよかった。少しの金と食べ物、それを与えてくれた彼に心から感謝した。

 

 煙草に火をつけて、煙を吐き出すと、彼女は、これから何処へ行こうか考えながら、ゆっくりと歩き出した。

 

続く…




注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
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