そこは静かな場所だった。ただ波が寄せては引いてゆき、地平線に沈む夕日で辺りがオレンジ色に染まっている。そんな浜辺にオレンジの髪を持つ少女、藤丸立香は立っていた。そこがどこか、何故人理保障機関カルデアのマスターであり自室で眠りについているはずの自分がここにいるのか、そんな疑問も思い浮かばず、ただただ穏やかな気分であった。ぼうっと夕日を眺めている。すぐ近くに一人の男が胡坐をかいて座っていた。アジア系の人物であろう、黒髪で簡素な和服を着たその人を美しい人だと立香は感じた。宝石や貴金属、工芸品に感じるものとは違う。例えるならそう、今眺めている夕日や海へ感じる畏怖の混じった美しさ。自分のよく知る英霊である牛若丸を鍛えられた刀のような美しさとするなら彼はそびえ立つ古木のような、静かにある巨岩のような美しさ。そこまで考えて何故自分は比較対象に牛若丸を選んだのかという疑問が浮かんだ。この場に彼女はいないし、性別も違う。
「奇麗なものだろう、この眺めは。」
そう話しかける男の、夕日と海を見つめる横顔を見つめその理由に得心が言った。
「ええ、そうですね。本当に。」
似ているのだ、彼女に。どこがとは言えないが、好むものを見て嬉しそうにほほ笑むその雰囲気が、眼差しが似ているのだ。
「苦労を掛けるな。」
唐突に男は言葉を放つ。
「それはどういう「妹によろしく。」
聞き返すのを遮ったその言葉を聞きながら立香は自分が目覚めていくのを感じた。
気が付くと彼女の目には見慣れた天井が映っていた。意識がしっかりとしていくにつれて自分の状況を思い出す。人理、人がなしてきた歴史を焼却しようとする魔術王ソロモンと戦い、七つの特異点を駆け抜け、人理を修復し終え外部からの監査の結果を待つカルデア。そんな中昨日また新たに特異点が見つかった。規模も小さく不思議と安定していて緊急性が少ないこと、観測されたのが夜遅くだった事もあり、レイシフトは翌日、つまりは今日行われることになっていた。
「先輩、失礼します。」
扉が開く音がし、彼女と共に特異点を修復してきたデミサーヴァントであり、後輩を自称する薄紫色の髪の少女、マシュ・キリエライトが部屋に入ってくる。
「すいません、起きてらしたのですね。そろそろ集合時刻ですし、ノックをしても反応がないので勝手に入らせていただきました。」
「もうそんな時間!?起こしてくれてありがとう。すぐに準備するから。」
バタバタと慌ただしく準備を始める。マシュがまだ部屋の中にいるというのに寝間着を脱ぎ着替えを始める立香。いくら女同士とはいってももう少しは慎みを、というマシュの声は聞こえていない様子だ。マシュは少しあきれながら部屋を出て扉の前で待つ。
「ごめん、待たせたね。」
数分で支度を終え、立香が部屋から出てくる。
「いえ、そんなことは。それでは行きましょうか。遅刻するとダ・ヴィンチちゃんに怒られますよ。」
「うげぇ、そりゃ急がなきゃ。」
二人は管制室へと急いだ。管制室に入るともうスタッフは揃っていた。
「すいません、遅れました。」
「いや、ギリギリセーフだ。集合時間を早めに設定しておいてよかったよ。」
そういって、カルデアで召喚されたサーヴァントであり今は司令官のような役目を果たしているレオナルド・ダ・ヴィンチ(性別自体は男だが趣味から肉体を理想の女性のものにしている)が笑う。
「なんだ、そうだったの。まったく、人が悪いんだから。」
そういってじとりとダ・ヴィンチを見る立香をマシュがなだめているのを意に介さず、彼女は話始める。
「さて、これで全員そろったね。じゃあ、改めて状況を確認しよう。昨日私たちは新たに特異点を観測した。場所は日本、時代は西暦1000年前後といったところだがどうにもはっきりとしない。状態的にはどういうわけか安定していて、直ぐにどうこうということではないができる限り早く対処すべきだろう。私たちバックアップ班は準備はできている。後は立香、君だが準備は大丈夫かい。寝起きのようだし。」
新たな特異点への不安から無意識にこぶしを握っていた立香の手から力が抜ける。
「おかげさまで、ぐっすり寝たし大丈夫だよ。」
ダ・ヴィンチは少し笑い、言葉を続ける。
「さて、誰を連れていくかは決めたかい?」
「うん、牛若丸と行こうと思う。」
なんとなく、そうしようと彼女の中では決まっていた。
「それがいいだろう、ちょうど彼女の時代も近い。とりあえず彼女と君二人で出撃としよう。マシュはお留守番だよ。こっちでしっかり彼女等をサポートしなきゃ。」
悔し気な表情を浮かべるマシュを見ながらダ・ヴィンチは言う。立香と共に人理を修復したマシュだが彼女は今デミサーヴァントとしての力を失っていた。
「わかっています、精一杯サポートしますので頑張ってください。先輩。」
小さくこぶしを握りながらマシュが意気込む。
「それじゃあ、牛若丸を呼んだら出発だ。」
「なら、私が呼んでくるよ。」
「いいえ、私が呼んできます。先輩はゆっくりしていてください。出発まであまり時間もありませんし。」
マシュからは出撃できない分出来ることは何でもしようというやる気が感じられた。
「いや、別にそんな気を使わなくていいよ。でもまぁ、それじゃ一緒に行こうか。」
マシュと共に管制室の出口へと向かうとひとりでに扉が開く。そこにいたのは呼びに行こうとした牛若丸であった。史実と違い性別は女性だが残された数々の逸話にたがわぬ実力をもつ英霊である。
「主どの、出陣と聞きました。此度は何処へ参られますか?。」
まだ自分がいくと聞いたわけでもないのに新たな戦いへの期待に抑えが聞かなかったようだ。
「ちょうど呼びに行こうかと思った所だよ。牛若丸。」
「といいますと、私も出陣ですか!」
うれしくて仕方ない様子で、無邪気に喜ぶその姿は子犬を連想させる。
「して、場所は。」
「日本、ちょうど牛若丸の時代らへんだよ。」
一瞬牛若丸の表情が真剣になる。さっきまでのはしゃぐ姿との変わりように立香は驚く。
「どうかした?」
「いえ、別に何もありません。」
そういう牛若丸はすでにいつも通りの明るい彼女に戻っていた。その姿に立香はすこしの心配を抱えつつも気のせいだろうと今は気にしないことにした。
「さあ、牛若丸も来たことだし出発だ。準備はいいかい?」
ダ・ヴィンチは立香、牛若丸、マシュ、その場にいる職員達全員を見る。彼らはそれぞれその視線に答えた。
「よろしい、では出発だ。場所は日本、目的は特異点の解消。みんな、行くとしよう。」
こうして、立香らの新たな旅は始まった。