死のうとしたらTSしてオジサンに助けられる話。   作:潮見ヤシ

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 目が覚めた。

 ここはあの世だろうか。全身が痛む。

 体を動かそうとした瞬間、激痛に咳込むようにして息を吐いた。

 

「……っが」

 

 程なくして、片足が折れ、脇腹の皮膚の弱くなった古傷から血が出ていることを理解した。酷い痛みだが、死には程遠い。

 ここは何処だろうか。どれくらい落ちたのだろうか。

 先ほどとは打って変わって、若干薄明るい場所だ。日の光が差し込んでいるとは言い難いが、全く光源がないとは言えない暗さ。そのおかげで今の俺の現状がより正確に分かった。

 

 這いずるようにして、俺はその光らしきものに進んだ。

 もしここが別の洞窟と繋がっていて、元同業者と鉢合わせするかもしれないなんて思いもせずに。痛みで錯乱していたのだろう。光の方へ進んでいるうちに、死ぬのなら光とは逆の方向へ行くべきだと冷静になれた。

 しかし、大きな崩落の音がしたであろうにこちらへ足を向けるような音もしなければ、近くに人の匂いもしない。その代わりにどこからともなく甘ったるい香りが漂ってくる。

 好奇心から、俺は方向転換せず、そのまま光の方へと向かった。

 

 それは輝く植物だった。

 光を蓄えるという鉱石は見たことがあったが、光を蓄える植物なんて見たこともなかった。洞窟、あるいはもう地底といっても良いかもしれない場所に、その輝く植物は生えていた。

 植物、より正確に何かに例えるならば樹木だ。

 葉こそないものの、根のようなものを大地に突き刺し広げ、光を探すように上へ向けて幹のようなものが伸びている。

 その樹木にはカラフルな何かがぶら下がっていた。

 

「まさか……」

 

 俺は足の折れた痛みすら忘れ、地面の凹凸に苦しみながらその樹木の元へ這い寄った。

 ぶら下がっていたものは何かが集まったような形をしていた。本来ならば色すらも分からない筈のソレは、それ自体が発光しているおかげで、赤と青と緑の三色で構成されているのがよく分かる。

 数日前に聞いた例の果実の外見に酷似している。確かに輝いていて三色で、丸い実が集まっているような見た目をしていた。

 

「蠱芳の、甘果……」

 

 幹にすがるようにして立ち上がる。

 樹木はそれほど高くはなく、立ち上がった俺と同じくらいの高さしかなかった。

 思わず目の前に差し出されるようにぶら下がる例の果実に手を触れる。触れても皮膚が爛れるようなことはなく、毒ではなさそうである。

 どうやらあの甘ったるい匂いはこの果実から漂ってきているようだった。

 よろけそうになりながら鼻を近づけて嗅いでみるも、香りだけで腹が膨れそうなほど重たく甘い匂いだ。この匂いに間違いはない。

 その匂いに惑わされたのか、足の力が抜けその場に座り込む。

 咄嗟で果実にしがみついたせいで、その果実はポロリとあっけなく地面に落ちた。

 

 落ちたそれを観察するが、確かに一つ一つ独立していそうな丸い実は互いにくっ付き合っていて、一つ一つ千切れそうではあるが複数の果実ではない。

 これを持ち帰れば、一攫千金だ。何不自由なく暮らせる。

 

「持って帰れば……」

 

 金にはきっと困らずに済む。

 しかし俺の足ではきっと出口までたどり着けない。ただでさえこれを持って帰るとなると、片手ないし両手が塞がるというのに、片足も使えないとなると絶望的だ。

 不意に、喉が鳴った。

 極上、美味。貴族が血眼になって探し求める果実。

 どうせ終わるつもりでここへやって来たろくでなしだ。持ち帰ることが出来ないのであれば、食ってしまおう。

 金が手に入ったところで、きっと人との関わりが戻ってくる。望んで関わりを捨てたという訳ではないが、俺のことだ。きっと元に戻れば同じような過ちを繰り返すに違いない。

 

 何故かその果実は俺を酷く誘惑した。もはや頭の中で何を考えていたか分からない。

 気づくと俺は果実に噛り付いていた。

 

 噛り付いた端から、口腔に先ほど以上の重い香りが溜まっていく。鼻からその香りが抜けていく時は意識が飛ぶかと思うほど頭を混乱させる。

 味のことなんてほとんど分からなかった。体を内から壊し何か別のものに塗り替えてしまうかのような、恐ろしい香りのことばかり。

 それでも口を動かすのは止められない。その香りに頭の奥底まで満たすにはそれが一番手っ取り早い手段だからと、狂ったように食み続けた。

 気づいたころには、果実はヘタを残して奇麗になくなっていた。

 

 きつい酒を飲んだ後の酩酊状態のような感覚から覚めるまで、少しの時間を要した。

 口の中に広がったあの匂いは未だなくならない。まるで自身の体に染みついたかのように、周囲を漂い続けている。

 

「あれが、極上……美味?」

 

 澄んだ高い声が零れ落ちる。

 決してそんな言葉で表現できるものではなかった。主に、期待外れといった意味で。

 確かに香り自体は酒よりも頭を馬鹿にしたという感覚はあったものの、味の方は記憶に残っていないほど印象が薄かった。

 

 ふと、喉に手をやる。喉の調子がおかしい。恐怖に引き攣った時のようにかん高い、それでありながら男の喉が出さないような奇麗な澄んだ声が出た気がする。

 もしや毒だったのだろうか。甘ったるい香りを払うように手を振るも、その手に体毛は一つとしてなかった。そして背後の光る樹木のせいかやけに肌が白く見える。白く見えるのはただ単に体毛が抜け落ちたからというだけかもしれない。

 声をおかしくし、体毛を抜け落ちさせる毒。果たしてそんな毒があるのだろうか。

 想像して思わず恐る恐ると頭皮に触れる。頭の毛が全て抜け落ちているということはなかった。しかし、場違いな感触が手に返ってくる。

 上質な、絹の布を触っているかのような。

 その時、肩から崩れるようにして何か黒いものが垂れ下がってきた。

 虫かと思わず手で押さえつけるも、先ほどと同じくサラサラとした感触のものが手から零れ落ちる。それは間違いなく糸状のもので。

 

「……髪。いや、まさか」

 

 相変わらず女子のような声が洞窟内に響き渡る。

 肩にかかったソレを掴み思いきり引っ張れば、頭皮が悲鳴を上げた。俺の髪はこれほど触り心地が良かったことも、これほど長くまで伸ばしたこともない。

 一体俺の体に何が起きている。

 それだけだと思いたいが、もうすでに頭の中で一度答えが出てしまったそれを否定するために、胸に触れる。悲しいことに予想通り、あってはならない膨らみがそこには存在していた。

 股間の方も、血でも止まったのかと現実逃避したくなるくらいにブツの感覚が消失していた。

 

「男を女にする、毒……?」

 

 自分の声だと思って聞いていれば違和感しか覚えないが、女子の声として聞けば美しい声のようにも聞こえる。

 これは一体何なのだ。命を捨てようとした俺への罰とでもいうのだろうか。

 

 俺にはもう血縁のある人間はいない。

 最後の家族だった母も、俺が組合に入る少し前に病で亡くなった。

 手狭だったはずの自宅はたった一人人間が居なくなっただけで酷く空虚で広い空間になった。それでも小さい頃からの思い出があった大切な家だが、俺がこの手で引き払ってしまった。

 身一つ。文字通り身一つだったのだ。再び、大切な家と同じく自ら投げ捨てようとしていたこの身も、大切なものだったということに気付いていなかった。

 馬鹿げている。自己嫌悪でもなんでもなく、間違いなく俺はろくでなしだ。

 母が残してくれた、もはや唯一だったこの身を、死という形ではないとはいえ手放してしまった。

 

 自身の愚かさに笑っていたのか、気づくと笑い声を上げていた。

 俺の肉体はきっと、確かに死んだのだろう。なくなったというべきか。ここにあるのは全く違う人間の肉体だ。この肉体が死んで、たとえ誰かに見つかるようなことがあっても、それは俺と認識されないだろう。

 もはや俺が俺自身であると証明するものは何一つなくなってしまった。

 これからここで死ぬのは俺でもない誰かということになる。

 

「はは……にしても、香りが取れねえ」

 

 思わず呟くが慣れない声にウンザリとする。

 一体どれほどの間風呂に入っていなかったのか、体からは本来悪臭というべきものが漂っている筈だ。それが一切感じられず、代わりのように周囲にはずっとあの香りが漂っている。嗅いでいるだけで腹の膨れそうな、重みのある甘い香り。

 自身のいつのまにか長くなっている髪を持ってきて嗅いでも、腕を鼻に近づけてもその匂いばかり。頭がどうにかなりそうだ。

 色々と確かめたが本当に比喩でもなんでもなくこの体から漂っている。

 

 今の俺は何をするのが正解なのだろうか。

 男が女になる時になのか、いつの間にかねじ曲がった足が元のようにまっすぐ生えている。完全に元通りという訳ではなく、確かに肌が白くなり心なしか細くなっているようにも見える。

 何だか不思議な感覚だ。ずっと死のうとしていたのに、自分の肉体を亡くしたというだけで何をすべきか分からなくなるだなんて。

 立ち上がっても、あのねじ曲がっていた足は痛みすら上げなかった。

 俺は光り輝く木から枝を一本折り取って、ゆっくりと歩き出していた。

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