死のうとしたらTSしてオジサンに助けられる話。   作:潮見ヤシ

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 どれくらい歩いただろう。

 幸か不幸か洞窟へ入った時のように地面が崩れるというようなことはなかった。

 俺が歩く目的は、これほどまでに魔物の匂いがしたというのに何故一匹も魔物と遭遇しないのか。あの果実を外へ運び出す道筋はあるのか。俺は死なずにここから出ることが出来るのか。この三つである。

 魔物と出会えば丸腰で、武器となりそうなのは幹から離れても未だ輝き続けるこの枝のみ。つまり当初の目的通り、死に向かうものではある。そして二つ目三つ目も俺の生死に一応直結する。出ることが出来なければ餓死だ。

 あの果実がどれくらいの歳月を経てあの木に実らせているのかは分からないが、数十日ほどで出来るほど甘くはないだろうと踏んでいる。多少今は腹が膨れているが、俺には食べるものがない。

 何もしなければ死ぬし、行動しても結果によっては死ぬ。どちらもほぼ同じこと。

 

 風の流れを感じた。それと同時に、魔物の匂いが一層強くなった。

 噂かもしれないというのは前言撤回だ。間違いなく、ここには魔物がいる。それも一匹や二匹ではなく、群れと言う奴が。

 移動してもひたすら付きまとってくる甘ったるい匂いは、もう体臭だと考え諦めやや慣れてきたが、それにしても魔物の匂いが突然強くなった。

 以前ならば魔物の匂いを察知すれば警戒したものだが、今は無謀か諦めによって足がすくみもしなかった。失うものがない者は強いと聞いたことがあるが、果たしてこういう事を指すのだろうか。

 ただ俺は、光る枝を握り、歩みを進めるだけ。

 

 たとえ俺が生きて外に出られたとして、生き場所はあるのだろうか。ふとそんなことを思う。

 死を選ぶほど俺は全てを投げ捨てた。失ったと言えるほど無責任ではないと個人的には思うが、何か自分が持っていたかと聞かれてもきっと答えられない。

 俺の行動はただいい加減な目的を立て、無意味に歩いているだけとも言える。地に足がつかない感覚に混乱している。

 死か生か選べる状況になった時、自身がどちらを選ぶのか分からない。

 

 そんな時、視界に動くものを収めた。

 魔物だった。ずっと求めても俺の前に現れなかった巨体が俺の前に姿を現した。本来ならば全く見えなかっただろうその姿を、光る木の枝のおかげで目にすることが出来た。

 二本足でやや前傾気味に直立している、手足の短い巨体。目は魔物の例に漏れず赤く輝き、俺の背の二倍ほどはあるその大きな体のところどころから湯気のようなものが噴出している。

 奇しくもあの時隊を襲った魔物と似たような外見をした魔物だった。違うのはややこちらの方が小さく、前足に付いた爪が平たく鋭いスキのような形状をしていることくらいか。

 

 不思議と恐怖は感じなかった。

 この魔物が俺を死なせるのか。そう思い、枝を手から離し目を閉じた。

 再びあの暗闇がやってくる。あとは俺が死ねば、死体以外は当初の目的通りに終わる。

 

 鉄の匂いがした。

 いつまでたっても、あのスキのような爪も、牙も、ましてや突進すらやってこない。

 ゆっくりと目を開けると、そこには一人の人間がいた。

 さきほどの魔物の返り血のようなものを浴びた一人の男が、腰から光を蓄える鉱石を加工した特徴的な灯篭を下げ、剣を握り構えを取ったままこちらを睨みつけていた。

 

「貴様……人間か? 新手の魔物であるまいな。それに、この匂いは……」

 

 口を開けばしわがれた声。今の俺の声とは大違いに、重みと荒々しさのあるものだ。

 死ななかったこと、おそらくだが助けられたことは瞬時に頭の中に入ってきた。そしてこのような場所にいる俺を警戒しているのも、見て理解できる。

 そして声からして歳は食っているようだが、今はどう見ても一人。あの大きさの魔物を一人で仕留めるとなると、相当な腕だということが分かる。あれは少なくとも相当鍛えた人間でも最低三人は必要な部類なはずだ。

 

「……魔物だ」

 

 咄嗟に、そんなことを口にしていた。

 男は眉を顰めため息をつきながらも剣を下げた。

 

「違うな、奴らは死を恐れる。儂に人を斬れと言うのか娘よ」

 

 魔物は死を恐れる。組合に所属する「狩人」共通の認識だ。

 魔物は死にそうになれば、勝ち目がないと理解すれば逃げる。故に討伐は逃げられないように追い詰めて行われる。一人で魔物討伐が難しいのはそういう訳だ。

 ではこの男は何だ。何故一人であの魔物を討伐することが出来た。それこそ、逃げる暇も与えずに殺したとでも言うのか。

 そして男の言葉。

 もし俺が本当に得体のしれない魔物であったとしても、絶対に殺せたという自信があるかのような物言いだ。

 

 じっと男を観察していれば、目はじっとこちらに向けたまま静かに剣を鞘にしまう。人間とは判断したのだろうが、得体のしれないという形容詞は取れていないのだから当然と言える。

 初めは元同業者かと考えたが、これほどまでの実力者は聞いたことがない。まして一人でこれほどの離れ業を成し遂げられる人間を噂でも聞いたことがないのは、あの組織内では異常だ。

 そんなことを考えていると、男は懐から何かを取り出すとそれをこちらに投げつけてきた。思わず取り損ないそれを胸で受けるも、その拍子に土の臭いが顔の周囲に舞った。

 

「げほっ、臭い消し、か」

 

 落ちたソレを拾い上げる。恐らく俺の体臭をこれで隠せと言うのだろう。

 そこまで近づいていない人間にもこの体臭が感じ取れるということは、よほど強い匂いなのだろうか。あの果実を食べた時点から大分嗅覚が麻痺してきているのかもしれない。

 

「その変な匂いを消せ。気が散ってかなわん。匂い袋でも持っているのか?」

「俺は服以外何も持っていない。脱いで見せようか」

「馬鹿、早くしろ。ここの魔物はあらかた始末したが、万が一もある」

 

 当然のように言ってくれる。あの魔物を粗方始末しただと。

 開口一番魔物を名乗ってしまったせいで、男に対しどう振る舞えばいいのか分からない。冗談を口にするも一蹴され、そして例の発言だ。

 男には俺が死を求めて来たことはもう知られている。その上で男は俺について来いと言っているのだ。

 

 匂いを消せとは言われたが、果たして本当にこれは俺の体臭なのだろうか。そもそも俺の認識している匂いと、男の言う匂いが同一でない可能性もある。

 なんて考えはしたものの、俺自身もこの体臭は異常だと感じている。匂いの系統といい、間違いなく蠱芳の甘果を食べたのが原因なのだろうが、それにしても匂いすぎだ。

 頭に臭い消し、一種の匂い袋を押し付けて土の臭いを塗していく。髪からも漂っているのだ、若干男が驚いていたようにも見えたが仕方がないだろう。

 髪にあらかた馴染ませた後、顔から首、服の中、腕、足と臭い消しを押し付けて匂いを付けていく。多少匂いが薄れたような気がした。

 

 無愛想な男に付いてくるよう促され、一定の距離を開けて付いていく。

 男の腰の灯篭で明りは事足りているが、一応木の枝も拾っておく。一応経緯を聞かれた時の証拠にもなるだろう。

 

「貴様、ここにはどうやって来た」

 

 男は振り返りもせず、こちらに声を掛けてくる。相変わらず洞窟内に声が響き渡る。

 俺は凶暴な魔物がいると噂で聞いた洞窟に来たこと、噂を聞いた街のことを話した。嘘は言っても仕方がない。

 その後特に男は返事もなく、ただひたすらに剣に手を掛けながらひたすら進んだ。俺はそれを追いかけた。歩幅を調整してくれているのか、それとも俺の体は細くなっただけでそこまで縮んでいなかったのかは分からないが、距離が離れていくようなことはなかった。

 

 しばらくひたすら足を動かし男の背を茫然と眺めていると、突然男が足を止めた。距離が離れていたのでぶつかることはなかったが、突然背中が迫り始めたので少し慌てた。

 男の見る方を見るも特に何もない、若干開けた場所に出たくらいだ。このまま外まで歩いていくものだとばかり思っていたが、俺のいた場所はそれほど深い場所だったのだろうか。

 そうこうしていると、男はその場でしゃがみ込んだ。そしてここで一休みする、そう呟いた。

 

「なあ、アンタ何者だ? あれは一人で倒せる魔物じゃないだろ」

「奇襲であれば急所一撃、乱闘であれば足を挫く」

「それは理論であって実行できる人間がいないだろうが……」

 

 どこかからか取り出した干し肉と野菜の漬物らしきものを口に放り込む男に、ずっと聞きたかったことを聞いた。

 そして返ってくるのは、机上論の一つ。奇襲できたとして、一瞬で急所を見抜き的確にそこに攻撃を狙える人間などいない。乱闘でも同じことだ。

 男の顔色を窺おうと近づくも距離を取られる。そのせいで表情や顔はうまく見ることが出来ない。

 そんな理論でしか成しえない筈の行動が出来る人間がどんな顔をしているのか見てみたいと思うのは、人間の性だろう。

 

「離れろ。ただでさえ不味い飯が更に不味くなる」

「……野郎と二人きりよりかはマシじゃないのか」

「野郎と二人の方が気が楽だ。貴様はちと色々と不味い」

 

 先ほどから人の顔を見て不味い不味いなどと、未だに女になってから自身の顔を見ていないがそんなに酷いのだろうか。醜女というぐらいなのであれば、魔物と思われても仕方がないかもしれない。

 彫刻を作るような人間なら、こうして顔に触れるだけで顔が分かるのかもしれないが、芸術的才能のない俺には自身の顔を触ったところで凹凸があるくらいしか認識が出来ない。

 

「貴様の顔は悪くない。絶世のと言っても良いだろう。自覚がなかったのか?」

 

 慰めのような言葉を男から貰った。とはいっても鏡を見たこともないし、男の時であっても女にモテることはなかった程度の容姿でしかなかった。

 首を傾げることで男は何となく察しはついたよう。けれど俺は、男の発言のせいで余計に容姿が気になってしまう。水面すらないため確認のしようがない。

 剣の刃を見れば分からなくもないだろうが、この男がそう易々と得物を渡すはずもなかった。

 

「まあ良い。それに不味いのは顔ではない、匂いだ」

「ああ、匂いがきつい方は自覚しているけど。そんなに酷い匂いか?」

「貴様のそれは特別……その、情欲を掻き立てる不味い匂いだ」

 

 言い換えれば、雄を誘う匂いだと。

 俺は静かに男から距離を取った。

 

 その後お互い何も言わなかったが、顔を向けると男は無言で頷いた。この距離ならば匂いについては大丈夫ということだろう。

 とはいえ、色々と不味いことになった。男の口癖が移った。

 あの果実を食って女になった。甘ったるい体臭を放つようになった。ここまでは理解していたがそれが情欲を掻き立てる匂い……だとは思わなかった。

 あの男が体よく匂いを理由にして俺を遠ざけようとしているのではないだろうか。男ならば、股間を見れば欲情しているかどうかは分かる。

 ……分かりたくないな。

 臭い消しの時のように投げて寄越してきた干し肉を齧る、確かにこれは不味い。

 

 時間にしてはそれほど長くはない。

 男が剣の柄に手を掛けたまま目を閉じていた。近づけば柄を握る手の力が強まったことから、完全に寝ている訳ではない。剣を拝借するのは無理そうだ。

 俺の場合はおそらく崩落時に気を失っていたものが、体が睡眠だと捉えているのだろう。男ほど眠たくはなっていない。目を瞑れば男のように眠れる自信はあるが。

 男が目を覚ませば、ゆっくりと深呼吸をし、こちらを向いた。

 支度をしろ、とでも言うかのように。

 

 男の手荷物は驚くほど少ない。それこそ衣服の間に挟む程度で事足りているかのように。

 俺が仕事をしていた時は。少なくとも手荷物を一つは携帯していた。男のように体に括りつけたりする物も多かったが、それでも戦闘中落とすことも想定して必要最低限の補助道具を。

 男の生態が気になって仕方がない。奴の方こそ魔物ではないのか。

 ただ男の行動を見ている限り、普通の人間が出来ることを突き詰めているだけのようにも感じる。そこが不思議なところだ。

 

「貴様、名は何という」

「オルランド。……嘘ではないからな」

「……そうか。ダリオだ」

 

 偽名を疑われる前に先手を打っておく、これで信じたかは分からないが了承の言葉は確かに聞いた。

 男、ダリオは特にそれからも会話はなく、ただひたすらにこちらを振り返ることなく歩き続けた。

 俺はダリオの背を見ながら、ひたすらその後を追いかけ続けた。




オルランドというTS娘は、ダリオという謎のオジサンを追いかけ回すことになる…と良いなぁというアレ
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