The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
パフォーマンス自体は、問題がない。ただ、本田さんの表情がずっと引っかかる。
「緊張しているのかしらね」
「多分な」
定例ライブの時はあくまでバックダンサーであり、特に注目される事もない。仮に注目されるとするならば、それは大きな失敗をした場合だ。それに比べて今回は、自分達が主役であり、些細なミスでも目に付いてしまう。このユニットのリーダーは彼女らしいので、その分気負ってしまっているようだ。
曲が終わり、両脇の二人が観衆に手を振っている間も、本田さんは俯いていた。
「……様子がおかしいわ」
「気付いたか、ハーミー」
確かに、様子がおかしい。新人としては問題ないレベルのパフォーマンスだった。既に集まっていた観客を落胆させることもなく、寧ろ通行人を新たに引き留めるぐらいだったのだ。大成功であると言っても過言ではない。
しかし、本田さんの表情は浮かないものである。――何かがおかしい。
その時だった。ふと上を見上げた本田さんは、まるで逃げるようにステージを去ったのだ。島村さんと渋谷さんは、慌てて観客に向かって会釈すると、彼女を追いかけるようにステージから降りていった。
「やっぱり、様子がおかしいわ! プロデューサー、今すぐ向かうべきよ!」
ハーミーが急かすように、俺に声をかけた。
「分かったよ。……迷子になったら困る。ハーミーも着いて来い」
「いいの?」
「それぐらい何とかするっての」
一応、俺達も346の関係者だ。彼女達の初舞台ともなれば、武内さんもいるだろうし。
スタッフ数人に場所を訊き、「関係者以外立ち入り禁止」の扉を開ける。開けた先にいたのは、既に私服に着替えた本田さんだった。
「本田さ――」
俺が声を掛けようとすると、彼女は顔を俯かせ、そのまま脇を通り抜ける。
「待って!」
ハーミーが手を伸ばすが、僅かに届かない。……ここで本田さんを逃がしたら、大変な事になる気がする。
「本田さん!」
俺も追いかけようとするが、本田さんは雑踏に紛れ込んでしまった。――くそ、見失ったか。
「城戸さん……」
力なく声をかけたのは、武内さんだった。その後ろには、今にも泣きそうな顔をした島村さんと、険しい目付きをした渋谷さんがいた。
「一体、何があったんですか?」
俺が訊くと、彼は首に右手を添える。
「答えなさいよ!」
感情を抑えられない様子のハーミーが、鬼気迫る調子で訊く。
「未央が――」
答えたのは、未だに険しい目付きで武内さんを睨む、渋谷さんだった。
「未央が、アイドルを辞めるって……」
「……は?」
どういう事だよ。
――――
おそらく、ボタンの掛け違いだ。その時には気付くことがないが、後々になってズレていた事が分かる。服ならまだいい。ボタンをかけ直せばいいだけなのだから。しかし、人の認識となると、そもそも気付くことすら遅れる。気付いた時には、大事になってしまっている事も多いのだ。
「プロデューサーは、理由が分かるんですか?」
翌日、問題集に向かっているエバンスさんが訊いてきた。相変わらず間違いが多いのだが、今はそれどころではない。問題集にも載ってないような、厄介な出来事が起きてしまったのだから。
「もっと人がいるもんだと思ってたらしいな」
昨日の武内さんの話だと、どうもその辺りの認識のズレが発展したものらしい。
「あら、新人だったら聴いてもらえるだけでも成功じゃない?」
ダフネの言う通り、実績のない新人ならば聴いてもらえるだけでも御の字なのだ。足を留めてもらうだけでも上出来なのに、あの三人組は新たに人の足を止めた。素人が二ヶ月弱であそこまで行くのは、武内さんの能力以上に本人達の実力があるからこそなのだ。
「武内プロデューサーは、どうするって言ってました?」
「戻ってくるように言うらしい。ただ、どうなる事やら」
本田さん自身にその気が無ければ、どれだけ呼びかけた所で無駄になる。
「……プロデューサー、どうにか出来ないの!?」
ハーミーが訊いてくる。その場に居合わせた事もあり、二人よりも必死だ。
「残酷な事を言ってしまうが、俺達にとってみれば『対岸の火事』だ。何も出来る事はない」
そもそも、武内さん自身がどうにかすべき問題である。外野がしゃしゃり出るような事をするべきではないし、彼もそれを望んではいないだろう。
「だったら、わたしが!」
「何処に住んでるかとか分からねえだろ」
「武内さんに訊けばいいじゃないそれぐらい!」
「あの人が教える訳ないっての」
住所はプライバシーに関わる事柄だ。武内さんが教えるとはどうも思えない。
「武内さんがどうにかするべき問題だ」
そう、彼自身が――。大きなため息が漏れ出た。
「ハーミー、俺も本田さんの事が心配だよ」
ただ、と言葉を続けようとして、結局口をつぐんでしまった。
むすっとしたハーミーの表情が、昨日の渋谷さんと何処か重なってしまって。
――――
ずんずんと家路を急ぐ。全くもう、プロデューサーも頼りにならないんだから。こういう時こそ、同じ新人アイドルが何とかするべきなのよ! 今に見てなさい!
でも、本田さんの住所を知らないのは本当の事だった。結局、プロデューサーも教えてくれなかったし。島村さんと渋谷さんも、知らない様子だったわね。
自宅のマンションの集合ポストを見て、ふととある苗字に目がいく。……まさか。「本田」なんて苗字はありきたりなものだし、そんな事ありえないわ。だって、そんな偶然が起きたら、ロックハート先生の小説みたいじゃない。
「いえ、当たって砕けろよ、ハーマイオニー」
自分を鼓舞して、「本田」さんの家のインターホンを押す。――反応がない。いいえ、諦めてはいけないわハーマイオニー! 「サンコノレイ」って言葉もあるくらいなんだから!
「こうなったら、しつこく鳴らすんだから!」
もう一度、インターホンを鳴らす。やっぱり返事はなかった。まだまだよ! 返事があるまで鳴らすんだから!
「いい加減にしなさいったら!」
三度、インターホンを鳴らす。結局、何の反応もなかった。
「いい? 明日も来るから!」
聞いていないとは思うけど、そう言ってしまった。
――――
ハーミーから来たメッセージに頭を抱える。
「何やってんだアイツ……」
自宅アパートに本田姓の苗字があったらしく、意地でも呼び続けるとの事だった。止めてくれよ、本田さんの家族にまで迷惑だろ。それに、違う家だった場合はどうするってんだ。
だが、ここで止めようとしたら――。何だか、問題が尚更こじれてしまうような気がする。ああくそ、頭がいてえ。
『他の人に迷惑がかからないやり方で頼む』
俺が返信を送ると既読通知がすぐ付き、よく分からないキャラクターがサムズアップしたスタンプが送られてくる。こいつ、スタンプで返事を有耶無耶にするつもりだな。
さてどう返すものか、と考えていると、扉がノックされる。
「進兄、いる、よね?」
――珍しいやつが来たな。
「ああ、入って来い。美嘉」
カチャ、と静かに扉を開けて入ってきたのは、沈んだ顔の美嘉だった。
「何か飲むか? やっすいコーヒーか紅茶しかないけど」
「いい。いらない」
調子が狂うな。いつもだったら、何かしら文句をぶーたれるはずなのに。
「……アタシのせいなのかな」
ぽつりと美嘉が零した。
「何がだよ」
「その、未央が辞めるって言い出したの」
……ああ、そう来るか。
「お前のせいじゃないって。そもそもあれは――」
「そうだけど!」
俺が言葉を続けようとすると、彼女は突如大声で俺を制した。
「……そうだけど、でも、責任感じるじゃん、普通」
確かに、武内さんと本田さんの間に起きてしまった、ボタンの掛け違いの切っ掛けにはなったかもしれない。おそらく本田さんは、美嘉のステージにバックダンサーとして立ってしまったせいで、「アイドルのライブにはこれくらい来るのが普通である」と誤解してしまったのかもしれない。
「アタシが、あの三人をバックダンサーにしたから……」
「本田さんが誤解した、ってか」
そもそも、箱の規模が圧倒的に違うんだけどな。
「武内さんは、何か言ってたか?」
「……分からない。いなかったし」
「――そうか」
武内さん自身、これは不味いと思っているはずだ。本田さんを呼び戻そうと奮闘しているに違いない。
「あの人の事信じられないよ、進兄」
「そんな事はないんだけどな」
仕事は誠実で真面目だし、浮いた噂も聞いたことがないし。人間味があるかと訊かれたら、若干怪しいかもしれんが。
「どの道、お前が気に病む事はないって。結局、本田さん自身がどうしたいかって問題なんだから」
簡単な話だ。アイドルを続けるのか――あるいは辞めるのか。それを最終的に決めるのは、他でもない本田さん自身である。
「何だったら、俺から武内さんに訊いておくよ。あの人もあの人で忙しいかもしれないけど」
美嘉は小さく「うん」と返事をした。
「そら、さっさと帰りな。おばさんが心配してしまう」
「……うん」
依然として浮かない表情だったが、美嘉は部屋を去っていった。
「――全く」
E.G.G.Sにとっては対岸の火事だったが、俺にとってはそうでもなかったらしい。
――――
「武内さん」
焦っている様子の武内さんを呼び止める。
「すみません城戸さん。先日は――」
「単刀直入に訊きます。本田さんは現在、どうしていますか」
武内さんは視線を下ろし、首筋に右手を添える。まだ解決に至ってないって事か。
「申し訳ありません。無関係のはずの城戸さんにまで、心配を――」
「無関係じゃないんですよ」
武内さんは右手を首筋に当てたまま、頭を上げて俺を見る。
「俺自身は兎も角、俺の『従妹』が見初めた子達ですからね」
真意が分かったのか、彼は再び視線を下げた。……くそ、俺はそんな所を見たい訳じゃないんだよ、武内さん。
「武内さん、お願いですから一人で全部抱え込もうとしないで下さい。何だったら、俺も力になります」
口を突くように、そんな言葉が出てきた。――確かにE.G.G.Sには何の関係もないし、本来ならば武内さんが解決するべき問題である。だが、そんな事は関係なく、ただ――。ただ、あの時の美嘉の顔が脳裏によぎったのだ。
――あの人の事信じられないよ、進兄。
……んな訳ねえだろ。
「……検討します」
……そうじゃないだろ。
「今回の問題は、私自身が対応します」
……違うだろうが。
「……分かりました」
一体どうしたって言うんだ、武内さん。どうしてそう、頑なに一人で抱え込もうとするんだ。
「覚えていて下さい、武内さん」
そのまま歩み去ろうとしていた武内さんを呼び止める。俺は彼の方を振り向いたが、彼は振り向きもせず、前をじっと見据えていた。
「あなたは一人じゃないです。……担当しているアイドルも、千川さんも、何だったら俺もいますから」
武内さんはただ、考えあぐねるように右手を首筋に添えていた。
■ハーミーから来たメッセージ~~
現代っ子ぽくスマホを使うハーマイオニー・グレンジャーを見られるのはこの作品ぐらいかもしれない。
■E.G.G.Sにとっては対岸の火事~~
主人公は美嘉の親類である為、無関係とは言えなくなった。
ちゃんみお編はもう少し続きます。