The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
ぐったりとテーブルに突っ伏しているエバンスさんを見て、ダフネは困ったように笑い、ハーミーはぶすりと不機嫌な顔をしていた。
「終わりました……何もかも」
この際、何が終わってしまったのかは訊かない方がいいだろう。
「うーん、こんな状態でレッスン出来るか?」
「絶対に無理。普段から勉強しないからよ、ハリエット」
「うう……返す言葉が……」
「どうしましょうか」
「そうだなあ……」
E.G.G.Sの課題は、大体がエバンスさん起因のものである。中でも、全体曲のレパートリーが欲しい。現在習得している全体曲は「お願いシンデレラ」だけなので、もう少し数を増やしておきたい所だ。しかし、エバンスさん自身がこんな調子ならば、ハーミーの言う通りレッスンにはならない。
「まあ、今日はレッスン休みって事でいいんじゃないか」
「あらあら、体がなまっちゃうわね」
「自主練までは止めないさ。門限は守れよ」
俺が立ち上がると、ハーミーがじっと俺を見る。
「……何処か行くの?」
「晩飯買いに行くんだよ」
今日も今日とて残業だ。コンビニで適当に買うしかない。社内の売店はもう空っぽだろうし、外のコンビニに行くしかないか。
「ご苦労さま、プロデューサーさん」
「何、嬉しい悲鳴って奴だよ」
処理しなきゃいけない仕事があるって事は、三人が鳴かず飛ばずではない証拠だからな。閑古鳥が鳴くよりもよっぽどいい。
「それじゃ、各自支度するなりしてくれよ」
はーい、という三人の声を背に、俺は一階へ上がる階段を登った。
一階に上がるや否や、ずんずんと不機嫌そうに歩く少女の姿を目にした。あのなびく黒髪は間違いない。渋谷さんだ。
「渋谷さん」
俺が声を掛けると、彼女はむすりとした表情を変えずに振り向く。
「……ああ、えっと、城戸さん」
「覚えていてくれて何よりだよ。それで――」
「どうしたんだ?」と訊こうとして、咄嗟に言葉を引っ込めた。渋谷さんが不機嫌な理由など、思い当たるものは一つしかない。
「――相談に乗るよ?」
きょとんとした様子の渋谷さんに対し、俺は改めてにっと笑う。
「……でも、」
「こう見えても、人生の先輩だからさ。――それに、渋谷さんが今抱え込んでいるものは、一人でしまい込んじゃいけない」
こちとら累計年齢は五〇弱だ。うら若き少女の愚痴のはけ口ぐらいにはなれるだろう。
「……分かった。話すよ」
「そりゃ良かった」
少しでも彼女の不安を紛らわせるために、俺は無理やり微笑を湛えた。
――――
プロデューサーが部屋を出て暫く経った。今ぐらいのタイミングかしら。
「ダフネ、ハリエット、わたし帰るわね」
立ち上がったわたしを見たダフネは、もの珍しそうな顔をした。
「あら、珍しいわね。何か用事?」
「そうね。そんな感じ」
適当に受け流しながら帰り支度を終えたわたしは、急いで部屋を出た。絶対に話をするんだから。
急いでマンションに戻り、本田さんの家のインターホンを押す。昨日みたいに三回押しても、返事はなかった。もう、宅配便が来たらどうするつもりなのかしら。
負けじともう一度押すと、スピーカーから必死な女の子の声が聞こえた。
『もうやめてよプロデューサー! 来ないでって言ったでしょ!』
「違うわ! わたしよ! ハーマイオニーよ、本田さん!」
『えっ……』と困惑したような声を出した本田さんは、黙りこくってしまった。
「わたしもここに住んでいるんだけど、鍵を事務所に忘れちゃって。親が帰ってくるまで、ちょっと入れさせて貰いたいの」
もちろん、そんな事はない。でも、嘘も方便って言うじゃない?
『……でも』
「他に頼れる人がいないの。お願い、本田さん」
しばらくの沈黙の後、『分かった』と渋々受け入れるような返事が届いた。よし、第一関門突破ね。
――――
自販機コーナーに据えられたソファーに渋谷さんを座らせる。
「ほら、飲んだらどう?」
ブラックの缶コーヒーを手渡すと、彼女は小さく会釈した。
「ごめん、なさい。無関係の城戸さんにまで、気を遣わせちゃって」
「いいっていいって。丁度、美嘉からも相談されたし」
「美嘉……ああ、そう言えば従兄だったね。莉嘉が言ってた」
俺も自分の分の缶コーヒーを口に含む。……俺と城ヶ崎姉妹が従兄妹という話は、どうやら莉嘉が広めているらしい。話して何が楽しいんだか。
「まず、この前のデビューライブについて。俺も見ていたから、感想を言っちゃうか」
渋谷さんは顔を上げて俺を見た後、「ああ……うん」と不安げな表情を浮かべる。
「パフォーマンスを見れば、大成功だ。まだ二ヶ月弱なんだろ? その状態で、ニュージェネレーションズはちゃんとライブをやり切った。そこは誇ってもいいと、俺は思う」
うん、と力なく返事をする渋谷さんの顔は、依然として浮かないままである。
「ただまあ、緊張してたね。三人とも余裕がなかった。表情とかね」
「……うん」
渋谷さんはまるで、親に叱られた子供のように目を伏せ続けていた。
「あのさ」
彼女は缶の中身を一口飲むと、話を切り出してくる。
「うん?」
「私達って、笑顔以外に何かあるのかな」
それはつまり、アイドルとしての強みのことだろうか。
「あると思うよ? 例えば渋谷さんで言えば、一見クールで他の人に冷たい印象を持っているけども、さっきみたいに歳相応に感情的になっちゃう所とか。背伸びしているって言うのかな、そんな感じが親近感湧いちゃうし、もう少し上の世代になれば庇護欲みたいな――」
「ストップ、城戸さんストップ」
おっと、いけないいけない。渋谷さんは顔を赤らめながら、俺を睨み付けていた。……うーん、そっちの趣味の人向けにも需要がありそうだな。いや、変な事を考えるな。思考を切り替えるために、わざとらしく咳払いをする。
「……まあ、そんな感じで、何かしらの強みとか長所はあるはずだよ」
「歌が上手い」とか「ダンスが凄い」とか、そういったものではなく、「そのアイドル」自身でないと出せないような特色、個性が。
「未央にも?」
「当たり前だよ。あの子は、もの凄くプレッシャーに強いんじゃないか?」
デビューライブなど、誰しもが緊張するものである。それをあの子は、「客が足りない」と言い放ったのだ。正直、肝が据わっているとかのレベルではない。
「そう、なのかな」
ぽつりと、渋谷さんは呟く。徐々に、彼女の缶を持つ手に力が入っているように見えた。
「渋谷さんは、本田さんとステージに立ちたい?」
「そんなの、当たり前だよ。ここまで来たんだから、中途半端な状態で諦められない」
コーヒーを一口飲み、ため息をつく。
「きっと、それは本田さんも同じだ。だから、信じてやってくれないかな」
「……プロデューサーを?」
渋谷さんは、苦虫を噛み潰したような顔になる。……これは、もしかしなくても一悶着あったな?
「今すぐ武内さんを信じられないって言うなら……そうだなあ、本田さんを信じてみればいいんじゃないかな」
「……未央を?」
「絶対に戻ってきて、この前よりももっと、いいステージが出来るって具合に。だから――」
俺はにっと笑うと、渋谷さんの方を向く。
「だから、本田さんが戻ってきたら、笑顔で迎えてやれよ? 渋谷さん」
渋谷さんはふっと顔を下げたかと思うと、缶コーヒーを一気に呷る。飲み終わった後の彼女の顔は、若干靄が晴れたようだった。
「……ありがと、城戸さん。少し、楽になった」
「そりゃ良かった」
少しでも力になれたのなら何よりだ。
「おや、珍しい組み合わせだね」
反射的に声のする方を向いていた。穏やかな面構え、撫でつけられた白髪、四角の眼鏡――。頭で理解するよりも先に、体が反応したらしい。俺は慌てて立ち上がっており、素早く頭を下げていた。
「ぶっ、部長! お疲れ様です!」
「はっはっはっ、お疲れ」と今西部長は和やかに挨拶を返した。
「お疲れ様です、今西さん」
渋谷さんは、座ったまま挨拶をしていた。ちょっと君、立ち上がらんかい。
「どうしたんだい、城戸君。ナンパの途中だったかな?」
「い、いえいえ。……冗談でも人聞きが悪いですよ」
間違いなく事案じゃねえか。武内さんじゃなくても捕まるぞ。
「私が、その、相談をしていて。城戸さんに」
ふむ、と俺と渋谷さんを眺めた部長は、渋谷さんの向かいにあるソファーに腰を下ろした。
「丁度いいから、ちょっとした昔話をしておこうか。『魔法使いから車輪になった男の話』なんだけどね」
――なんじゃそりゃ。一体どんな男なんだよ。
――――
ドアを開けると、本田さんが廊下に立っていた。
「ごめんなさい、急に」
「……ううん、別にいいよ。はみはみだから」
そう言うと、本田さんは力なく笑った。……この前のレッスンの休憩中みたいな、元気いっぱいって感じの笑い方じゃなかったわ。
「お邪魔するわね」
「……うん」
靴を脱ぎ、本田さんと一緒にリビングに向かった。結構、男物の洗濯物が多いわね。兄弟の物かしら。
「お茶飲む?」
「そうね、そうさせてもらうわ」
テーブルの近くに座って、周りを見渡す。間取りはわたしの家と同じような感じだけど、感じが違う。兄弟がいるからごちゃっとしているみたいね。
「はい、麦茶だけど」
本田さんが麦茶の入った透明なコップを私の前に差し出し、向かいに座った。
「……あのさ、はみはみ」
本田さんは、顔を下げたまま声を掛けてきた。
「はみはみの時って、どうだったの」
「わたしの時?」
「その、……デビューライブ、の時」
本田さんの声は、尻すぼみになっていった。やっぱり、他のユニットのデビューがどんな物なのか、よく知らなかったみたいね。デビューライブが前座じゃないなんて、考えられないもの。
「わたしの時は、リオンモールの中庭だったわ」
「リオンモールって、あそこのだよね? 私達の時と同じ感じだったんだ」
「……本田さん、違うの」
「……え、どういう事?」
「セクシーギルティって知ってるでしょう?」
本田さんはこくこくと頷く。
「あの人達のライブの前座として、わたし達――E.G.G.Sはライブをしたのよ」
「え、でもデビューライブだよ?」
本田さんの顔からは、動揺が見て取れた。
「そうよ。目の前の観客は皆、セクシーギルティのライブを見に来た人達なの。E.G.G.Sを見ようとしてやって来た人達じゃないわ」
「そんなの……」
本田さんは、消え入るような声を出しながら首を横に振った。
「本田さん、言っておくけど同情は要らないわよ。だって、失敗した訳じゃないんだから」
そうよ。失敗してないわ。それどころか、大成功だったもの。ちゃんとわたし達のパフォーマンスが認められて、セクシーギルティのファンが「認めてくれた」。わたし達も、「アイドル」なんだって。
「はみはみ……」
顔を上げていた本田さんは、視線を落とした。
「はみはみはどう思ったの? デビューライブが、他のアイドルの前座って聞いて」
「少なくとも、悪い気はしなかったわよ。だって、絶対に誰かがわたし達を見てくれるんだから。少なくとも、セクシーギルティのファンが」
コップの中の麦茶を飲んで、口を湿らせる。
「だから、ニュージェネレーションズは凄いのよ。先輩アイドルなしに、観客を集めたんだから」
プロデューサーに聞いたら、やっぱり凄い事らしい。普通はあそこまで集まらないし、そもそもパフォーマンスを最後まで見てもらえない事もあるみたい。
「そう、なんだね」
本田さんの視線は、未だに下を向いたままだった。ぐすん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「私、逃げちゃったよ。……もっと観客がいると思ってて。美嘉ねぇのステージみたいに、千客万来! ってのを想像していたから」
「本田さん……」
本田さんの鼻をすする音が段々と大きくなっていく。俯いた顔からは、ぽたぽたと涙が落ちていた。
「私、どうしたらいいか分からない! 勝手にリーダーになって、勝手に失望して、あんなに当たり散らして! 今更、どんな顔をして皆に会えばいいの? ……戻れる訳……ないよ」
雨が強くなったのか、部屋がしんと静まり返ったのか分からないけど、本田さんの泣き声以外には雨の音しか聞こえなかった。
■主人公の未央の評価
バックダンサーの時に緊張でガタガタ震える場面があったが、彼はそれを見ていないのでこのような評価に。
次でちゃんみお回ラストです。