The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~   作:せいけー

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第14話 Can you open your door(1)

 ぐったりとテーブルに突っ伏しているエバンスさんを見て、ダフネは困ったように笑い、ハーミーはぶすりと不機嫌な顔をしていた。

 

「終わりました……何もかも」

 

 この際、何が終わってしまったのかは訊かない方がいいだろう。

 

「うーん、こんな状態でレッスン出来るか?」

 

「絶対に無理。普段から勉強しないからよ、ハリエット」

 

「うう……返す言葉が……」

 

「どうしましょうか」

 

「そうだなあ……」

 

 E.G.G.Sの課題は、大体がエバンスさん起因のものである。中でも、全体曲のレパートリーが欲しい。現在習得している全体曲は「お願いシンデレラ」だけなので、もう少し数を増やしておきたい所だ。しかし、エバンスさん自身がこんな調子ならば、ハーミーの言う通りレッスンにはならない。

 

「まあ、今日はレッスン休みって事でいいんじゃないか」

 

「あらあら、体がなまっちゃうわね」

 

「自主練までは止めないさ。門限は守れよ」

 

 俺が立ち上がると、ハーミーがじっと俺を見る。

 

「……何処か行くの?」

 

「晩飯買いに行くんだよ」

 

 今日も今日とて残業だ。コンビニで適当に買うしかない。社内の売店はもう空っぽだろうし、外のコンビニに行くしかないか。

 

「ご苦労さま、プロデューサーさん」

 

「何、嬉しい悲鳴って奴だよ」

 

 処理しなきゃいけない仕事があるって事は、三人が鳴かず飛ばずではない証拠だからな。閑古鳥が鳴くよりもよっぽどいい。

 

「それじゃ、各自支度するなりしてくれよ」

 

 はーい、という三人の声を背に、俺は一階へ上がる階段を登った。

 

 一階に上がるや否や、ずんずんと不機嫌そうに歩く少女の姿を目にした。あのなびく黒髪は間違いない。渋谷さんだ。

 

「渋谷さん」

 

 俺が声を掛けると、彼女はむすりとした表情を変えずに振り向く。

 

「……ああ、えっと、城戸さん」

 

「覚えていてくれて何よりだよ。それで――」

 

 「どうしたんだ?」と訊こうとして、咄嗟に言葉を引っ込めた。渋谷さんが不機嫌な理由など、思い当たるものは一つしかない。

 

「――相談に乗るよ?」

 

 きょとんとした様子の渋谷さんに対し、俺は改めてにっと笑う。

 

「……でも、」

 

「こう見えても、人生の先輩だからさ。――それに、渋谷さんが今抱え込んでいるものは、一人でしまい込んじゃいけない」

 

 こちとら累計年齢は五〇弱だ。うら若き少女の愚痴のはけ口ぐらいにはなれるだろう。

 

「……分かった。話すよ」

 

「そりゃ良かった」

 

 少しでも彼女の不安を紛らわせるために、俺は無理やり微笑を湛えた。

 

――――

 

 プロデューサーが部屋を出て暫く経った。今ぐらいのタイミングかしら。

 

「ダフネ、ハリエット、わたし帰るわね」

 

 立ち上がったわたしを見たダフネは、もの珍しそうな顔をした。

 

「あら、珍しいわね。何か用事?」

 

「そうね。そんな感じ」

 

 適当に受け流しながら帰り支度を終えたわたしは、急いで部屋を出た。絶対に話をするんだから。

 

 急いでマンションに戻り、本田さんの家のインターホンを押す。昨日みたいに三回押しても、返事はなかった。もう、宅配便が来たらどうするつもりなのかしら。

 

 負けじともう一度押すと、スピーカーから必死な女の子の声が聞こえた。

 

『もうやめてよプロデューサー! 来ないでって言ったでしょ!』

 

「違うわ! わたしよ! ハーマイオニーよ、本田さん!」

 

 『えっ……』と困惑したような声を出した本田さんは、黙りこくってしまった。

 

「わたしもここに住んでいるんだけど、鍵を事務所に忘れちゃって。親が帰ってくるまで、ちょっと入れさせて貰いたいの」

 

 もちろん、そんな事はない。でも、嘘も方便って言うじゃない?

 

『……でも』

 

「他に頼れる人がいないの。お願い、本田さん」

 

 しばらくの沈黙の後、『分かった』と渋々受け入れるような返事が届いた。よし、第一関門突破ね。

 

――――

 

 自販機コーナーに据えられたソファーに渋谷さんを座らせる。

 

「ほら、飲んだらどう?」

 

 ブラックの缶コーヒーを手渡すと、彼女は小さく会釈した。

 

「ごめん、なさい。無関係の城戸さんにまで、気を遣わせちゃって」

 

「いいっていいって。丁度、美嘉からも相談されたし」

 

「美嘉……ああ、そう言えば従兄だったね。莉嘉が言ってた」

 

 俺も自分の分の缶コーヒーを口に含む。……俺と城ヶ崎姉妹が従兄妹という話は、どうやら莉嘉が広めているらしい。話して何が楽しいんだか。

 

「まず、この前のデビューライブについて。俺も見ていたから、感想を言っちゃうか」

 

 渋谷さんは顔を上げて俺を見た後、「ああ……うん」と不安げな表情を浮かべる。

 

「パフォーマンスを見れば、大成功だ。まだ二ヶ月弱なんだろ? その状態で、ニュージェネレーションズはちゃんとライブをやり切った。そこは誇ってもいいと、俺は思う」

 

 うん、と力なく返事をする渋谷さんの顔は、依然として浮かないままである。

 

「ただまあ、緊張してたね。三人とも余裕がなかった。表情とかね」

 

「……うん」

 

 渋谷さんはまるで、親に叱られた子供のように目を伏せ続けていた。

 

「あのさ」

 

 彼女は缶の中身を一口飲むと、話を切り出してくる。

 

「うん?」

 

「私達って、笑顔以外に何かあるのかな」

 

 それはつまり、アイドルとしての強みのことだろうか。

 

「あると思うよ? 例えば渋谷さんで言えば、一見クールで他の人に冷たい印象を持っているけども、さっきみたいに歳相応に感情的になっちゃう所とか。背伸びしているって言うのかな、そんな感じが親近感湧いちゃうし、もう少し上の世代になれば庇護欲みたいな――」

 

「ストップ、城戸さんストップ」

 

 おっと、いけないいけない。渋谷さんは顔を赤らめながら、俺を睨み付けていた。……うーん、そっちの趣味の人向けにも需要がありそうだな。いや、変な事を考えるな。思考を切り替えるために、わざとらしく咳払いをする。

 

「……まあ、そんな感じで、何かしらの強みとか長所はあるはずだよ」

 

 「歌が上手い」とか「ダンスが凄い」とか、そういったものではなく、「そのアイドル」自身でないと出せないような特色、個性が。

 

「未央にも?」

 

「当たり前だよ。あの子は、もの凄くプレッシャーに強いんじゃないか?」

 

 デビューライブなど、誰しもが緊張するものである。それをあの子は、「客が足りない」と言い放ったのだ。正直、肝が据わっているとかのレベルではない。

 

「そう、なのかな」

 

 ぽつりと、渋谷さんは呟く。徐々に、彼女の缶を持つ手に力が入っているように見えた。

 

「渋谷さんは、本田さんとステージに立ちたい?」

 

「そんなの、当たり前だよ。ここまで来たんだから、中途半端な状態で諦められない」

 

 コーヒーを一口飲み、ため息をつく。

 

「きっと、それは本田さんも同じだ。だから、信じてやってくれないかな」

 

「……プロデューサーを?」

 

 渋谷さんは、苦虫を噛み潰したような顔になる。……これは、もしかしなくても一悶着あったな?

 

「今すぐ武内さんを信じられないって言うなら……そうだなあ、本田さんを信じてみればいいんじゃないかな」

 

「……未央を?」

 

「絶対に戻ってきて、この前よりももっと、いいステージが出来るって具合に。だから――」

 

 俺はにっと笑うと、渋谷さんの方を向く。

 

「だから、本田さんが戻ってきたら、笑顔で迎えてやれよ? 渋谷さん」

 

 渋谷さんはふっと顔を下げたかと思うと、缶コーヒーを一気に呷る。飲み終わった後の彼女の顔は、若干靄が晴れたようだった。

 

「……ありがと、城戸さん。少し、楽になった」

 

「そりゃ良かった」

 

 少しでも力になれたのなら何よりだ。

 

「おや、珍しい組み合わせだね」

 

 反射的に声のする方を向いていた。穏やかな面構え、撫でつけられた白髪、四角の眼鏡――。頭で理解するよりも先に、体が反応したらしい。俺は慌てて立ち上がっており、素早く頭を下げていた。

 

「ぶっ、部長! お疲れ様です!」

 

 「はっはっはっ、お疲れ」と今西部長は和やかに挨拶を返した。

 

「お疲れ様です、今西さん」

 

 渋谷さんは、座ったまま挨拶をしていた。ちょっと君、立ち上がらんかい。

 

「どうしたんだい、城戸君。ナンパの途中だったかな?」

 

「い、いえいえ。……冗談でも人聞きが悪いですよ」

 

 間違いなく事案じゃねえか。武内さんじゃなくても捕まるぞ。

 

「私が、その、相談をしていて。城戸さんに」

 

 ふむ、と俺と渋谷さんを眺めた部長は、渋谷さんの向かいにあるソファーに腰を下ろした。

 

「丁度いいから、ちょっとした昔話をしておこうか。『魔法使いから車輪になった男の話』なんだけどね」

 

 ――なんじゃそりゃ。一体どんな男なんだよ。

 

――――

 

 ドアを開けると、本田さんが廊下に立っていた。

 

「ごめんなさい、急に」

 

「……ううん、別にいいよ。はみはみだから」

 

 そう言うと、本田さんは力なく笑った。……この前のレッスンの休憩中みたいな、元気いっぱいって感じの笑い方じゃなかったわ。

 

「お邪魔するわね」

 

「……うん」

 

 靴を脱ぎ、本田さんと一緒にリビングに向かった。結構、男物の洗濯物が多いわね。兄弟の物かしら。

 

「お茶飲む?」

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 テーブルの近くに座って、周りを見渡す。間取りはわたしの家と同じような感じだけど、感じが違う。兄弟がいるからごちゃっとしているみたいね。

 

「はい、麦茶だけど」

 

 本田さんが麦茶の入った透明なコップを私の前に差し出し、向かいに座った。

 

「……あのさ、はみはみ」

 

 本田さんは、顔を下げたまま声を掛けてきた。

 

「はみはみの時って、どうだったの」

 

「わたしの時?」

 

「その、……デビューライブ、の時」

 

 本田さんの声は、尻すぼみになっていった。やっぱり、他のユニットのデビューがどんな物なのか、よく知らなかったみたいね。デビューライブが前座じゃないなんて、考えられないもの。

 

「わたしの時は、リオンモールの中庭だったわ」

 

「リオンモールって、あそこのだよね? 私達の時と同じ感じだったんだ」

 

「……本田さん、違うの」

 

「……え、どういう事?」

 

「セクシーギルティって知ってるでしょう?」

 

 本田さんはこくこくと頷く。

 

「あの人達のライブの前座として、わたし達――E.G.G.Sはライブをしたのよ」

 

「え、でもデビューライブだよ?」

 

 本田さんの顔からは、動揺が見て取れた。

 

「そうよ。目の前の観客は皆、セクシーギルティのライブを見に来た人達なの。E.G.G.Sを見ようとしてやって来た人達じゃないわ」

 

「そんなの……」

 

 本田さんは、消え入るような声を出しながら首を横に振った。

 

「本田さん、言っておくけど同情は要らないわよ。だって、失敗した訳じゃないんだから」

 

 そうよ。失敗してないわ。それどころか、大成功だったもの。ちゃんとわたし達のパフォーマンスが認められて、セクシーギルティのファンが「認めてくれた」。わたし達も、「アイドル」なんだって。

 

「はみはみ……」

 

 顔を上げていた本田さんは、視線を落とした。

 

「はみはみはどう思ったの? デビューライブが、他のアイドルの前座って聞いて」

 

「少なくとも、悪い気はしなかったわよ。だって、絶対に誰かがわたし達を見てくれるんだから。少なくとも、セクシーギルティのファンが」

 

 コップの中の麦茶を飲んで、口を湿らせる。

 

「だから、ニュージェネレーションズは凄いのよ。先輩アイドルなしに、観客を集めたんだから」

 

 プロデューサーに聞いたら、やっぱり凄い事らしい。普通はあそこまで集まらないし、そもそもパフォーマンスを最後まで見てもらえない事もあるみたい。

 

「そう、なんだね」

 

 本田さんの視線は、未だに下を向いたままだった。ぐすん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。

 

「私、逃げちゃったよ。……もっと観客がいると思ってて。美嘉ねぇのステージみたいに、千客万来! ってのを想像していたから」

 

「本田さん……」

 

 本田さんの鼻をすする音が段々と大きくなっていく。俯いた顔からは、ぽたぽたと涙が落ちていた。

 

「私、どうしたらいいか分からない! 勝手にリーダーになって、勝手に失望して、あんなに当たり散らして! 今更、どんな顔をして皆に会えばいいの? ……戻れる訳……ないよ」

 

 雨が強くなったのか、部屋がしんと静まり返ったのか分からないけど、本田さんの泣き声以外には雨の音しか聞こえなかった。




■主人公の未央の評価
バックダンサーの時に緊張でガタガタ震える場面があったが、彼はそれを見ていないのでこのような評価に。


次でちゃんみお回ラストです。
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