The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
俺は、机の前に置かれた二つの本を睨んでいた。どちらも表紙は黒一色なのだが、大きさが違う。小さい方はまだ分かる。武内さんの手帳だ。問題は、スケッチブック程の大きさのノートである。
「一体これは何だって言うんだ……」
ため息をつく。表紙からは誰のものか分からなかったため中身を覗いたのだが、その、まあ、なんだこりゃ。所謂「ぼくのかんがえたさいきょうのじゅもん」的なドイツ語と英語の羅列や、長ったらしく小難しい単語を並べ立てた文章であったりとか、見ていて頭が痛くなるような事柄が所狭しと書かれていたのだ。これ以上はヤバい。一回目の一四歳を思い出してしまう。
武内さんの手帳にも同じような単語が並んでいる。こちらの方は、どちらかと言うと分かる日本語に翻訳をしているのだが、それだけでは読み解けない。そもそも、武内さんの翻訳もぶっ飛んでいる。何をどう解釈したら、「闇に飲まれよ」が「おはようございます」になるんだよ。闇に飲まれたら「こんばんは」になるじゃないか。
「分からん……全然分からん……」
武内さんの手帳にも同じような単語が並んでいることから、シンデレラプロジェクトの誰かのものだというのは分かる。しかし、今までに会ったメンバーとは印象がかけ離れすぎているのだ。おそらく、知らないメンバーのものだろう。
「それで、未央さんったら――どうしたのプロデューサー、その黒いノートは?」
レッスンを終えて部屋に入ってきたE.G.G.S三人娘は、謎のスケッチブックを興味ありげに見る。
「おう。拾ったんだが、中身が全然分からなくてな」
「あら、プロデューサーさんでも分からない事があるのね」
「毎日が勉強の日々だよ。……これに関してはお手上げなんだが」
ぺらり、とエバンスさんはノートの中身を見る。
「呪文ですか? これ」
「さあ……?」
ハーミーが顔をしかめながらため息をつく。
「ねえ、勝手に覗いて良かったのかしら」
「あら、名前が書いてないからしょうがないわよ。心当たりはあるの? プロデューサーさん」
「まあ、シンデレラプロジェクトの誰かなんだろうなってのは。武内さんに連絡したけど、全然返事が来なくてな」
あの人は、普通のプロデューサーの何倍も忙しいから仕方がないのだが。それに加えて、他のメンバーのデビューも見通しが立ったみたいで、常人では考えられないような量の仕事をこなしている。
「だったらわたしが、未央さん経由で訊いてみるわ。表紙だけなら問題ないわよね?」
確かに、本田さん経由ならば直ぐに持ち主が見つかりそうだ。幸い、シンデレラプロジェクトの誰かという当たりは付いているし。ハーミーは謎のスケッチブックの写真を撮り、本田さんに送り付ける。送るや否や、通知音が鳴った。
「返信が早いわねあの人……。えっと、『らんらんのだ!』だって」
誰だよ。やっぱり知らないメンバーの物じゃん。
「……? 誰か来るみたいですけど」
エバンスさんがそう呟くのと、扉が乱暴に開かれるのは正に同時だった。
「ぐ、グリモワールが深き地底の卵の間にあると聞いた!」
入ってきたのは、何やら慌てた様子の、フリフリのゴスロリ衣装に身を包んだ女の子だ。えっ何これ。銀髪と赤い瞳のお陰で違和感がないが、ちょっとでも間違えたら無茶苦茶痛いファッションだぞそれ。言葉遣いも訳分からんし。
「グリモワール? あのノートですか?」
エバンスさんが指し示したノートを見た女の子は、安堵、羞恥、焦りところころ表情を変えて、俺の手からスケッチブックを奪い取った。
「……あ、あの。見ました?」
スケッチブックで顔を隠した女の子は、まるで消え入りそうな声で俺に訊く。
「あー、まあ……。その、悪い」
悪気は無かったんですよ、ハイ。
「……。〜〜〜〜〜〜! ううっ、うう……」
「ちょっ、ちょっと泣かないで! あーもう、プロデューサーの馬鹿! また女の子を泣かせて!」
「俺に責任を押し付けないでくれよ! ホントごめんって! 悪かった、悪かったよ! 馬鹿にはしてないから!」
「あらあら、いけないプロデューサーさん」
「ダフネも、どうにかして宥めてくれ!」
――――
どうにかして泣き止んだ女の子に、砂糖をたっぷり入れた紅茶を出す。
「悪かったよ。ちゃんと返すつもりだったんだけど、誰のものなのか分からなくて」
「うん……」
女の子は紅茶に口を付け、力なく頷いた。
「あなたが未央さんの言ってた、らんらんね?」
ハーミーの質問を受け、女の子はすっと立ち上がるとポーズを決める。
「いかにも! 我は神崎蘭子、闇より出でし堕天使である! 今こそ闇は満ち、降誕の時が迫った!」
やべえ。何言ってるか全然分かんねえ。唯一分かったのが名前だけなんだけど。
「……プロデューサー、どういう事ですか?」
「エバンスさん、俺に聞かないでくれ。ここはハーミーに聞くべきだろ」
俺とエバンスさんの会話を聞いたハーミーが「ちょっと」と声を上げる。
「どうしてわたしに振るのよ! ダフネならどうにかなるんじゃないの!?」
「ハーミー、あたしでも出来ない事はあるわよ」
うーむ、コミュニケーションが取れないぞこれ。どうするべきか――。
「ああ、そうだ」
武内さんの手帳から、それっぽい単語を見つけ出して翻訳すればいいのか。俺は直ぐに武内さんの手帳を開き、「神崎さん語」の翻訳がなされたページを見る。……えっと、「降誕の時」はこれかな。
「……つまり、近々デビューするって事か」
神崎さんはポーズを決めたまま、こくこくと目を輝かせて頷く。よし、当たりみたいだ。……しかし、またエグい個性の子をデビューさせるんだな。前川さんも浮かばれないだろう。いや、死んでねえし。
「……しかし、瞳を持つ者は闇の儀式を理解していない。これも全て、我の言の葉が届かぬ故」
えーと何だ? 武内さんが「闇の儀式」を分かっていなくて、原因は神崎さんの言い方にあるって事か? 闇の儀式って何だよ。武内さんの手帳にも書いてない。
「武内さんは、その闇の儀式をどう理解していないんだ?」
兎に角、何と誤解しているのかを知ればどうにかなるのだろう。英文読解でもそうだ。分からない単語でも、読み進めると推測出来る事があるし。
「瞳を持つ者は、我に死神の饗宴を供した。だが我の欲せんとするものは、堕天使の転生、魔王への覚醒。血に濡れた死者の宴ではない」
やっぱり分からん。死神の饗宴って言葉も、「神崎さん語辞典」には載っていない。
「……あのさあ、三人とも助けてくれよ」
正直、限界が近い。助けを求めて三人を見るが……ちくしょう、露骨に目を逸らしやがって。
「血に濡れた、って所が気になるわね。武内さん、そんな人だったかしら」
ハーミーがダフネに訊く。ダフネも唸りながら首を傾げた。
「とりあえず、方向性が違うって事かしらね、神崎さんのその言い方だと」
ダフネの一言に、神崎さんは力強く首を縦に振る。お、当たりか。しかし、方向性ねえ。
「その、死神の饗宴、ってのが違う事は武内さんに伝えたのか?」
神崎さんは顔を俯かせる。
「……未だに我の言の葉は、瞳を持つ者に届かぬ」
結局、その口調のせいで伝わっていないのだろう。俺達も探り探り話を聞いてるし。武内さんが誤解したという話も、結局探り探り話を聞いているうちに見解がズレていったと考える事が出来るだろう。
「何かアイディアはないんですか?」
エバンスさんの問いかけると、神崎さんは再び「かっこいいポーズ」を決めた。よくそんなポンポン出てくるな。
「言の葉が通じぬならば、グリモワールを以て示すのみ!」
成程、「言ってダメなら見せてみる」という所か。あながち間違ってはいない。百聞は一見にしかず、ともいうし。
「だから、その、……拾ってくれて、ありがとうございました」
神崎さんは弱々しく小声で言うと、ぺこりと頭を下げた。――もしかしなくても、これが素なのかもしれない。
「ん、いいさ。――武内さんにイメージを伝えるなら、早めに準備をしといた方がいいんじゃないか?」
神崎さんはぱっと顔を上げて壁に掛かった時計を見ると、再びぺこぺこと頭を下げる。
「は、はい! 失礼しました!」
神崎さんは結局素のまま、慌ただしく部屋を出ていった。
「……嵐みたいだったわね」
ハーミーがため息をつく。
「あらハーミー、あたし達も早めの準備が必要じゃない?」
「ラジオの話でしょ? そうね、手は抜けないもの」
ハーミーは意気込むように鼻を鳴らす。川島さんの「わかるわアワー」の収録が今週末に迫っており、E.G.G.Sの三人も気合いが入っているようである。
「大丈夫かな……? 噛んじゃいそう……」
「大丈夫だエバンスさん。川島さんもサポートしてくれると思うし、何よりも収録だ。生放送じゃないんだから、慌てる事はないって」
そもそも収録なのも、「放送時間の夜七時には、仲間と飲みに行きたいから」という事情があるかららしい。……大丈夫なのかこの事務所は。
「だとしても、話題を何も持ち合わせていないのは不味いわ、ハリエット。作戦会議するわよ!」
「別にいいけど、さっさと家に帰れよ三人とも。親御さんに心配かけさせんな」
「分かってるわプロデューサー! それじゃあ二人とも、また後で連絡送るわ!」
「分かったわ。それじゃまた明日、プロデューサーさん」
「こ、今度はボツにならなきゃいいけど……」
三人娘も、各々帰路についたようだ。――結局武内さんからの返事がないが、どうしたのだろうか。また何か、面倒事に巻き込まれてないといいが。
――――
俺の心配も杞憂に終わった。武内さんは自分のプロジェクトルームでデスクワークをこなしていた。
「城戸さん、どうしたんですか?」
武内さんの質問に、俺は彼の手帳を掲げることで答える。はっと目を開いた武内さんは、椅子から立ち上がると頭を下げた。
「すみません。城戸さんには毎回」
「いえいえ、今回はたまたま拾っただけですよ」
手帳を渡すと、武内さんは再びこくりと頷き、ページをめくる。――「神崎さん語」の対訳がメモされたページだ。
「そういえば、神崎さんのノートも拾ったんですよ」
「そうなんですか。本人には?」
「既に手渡しました。自分にはよく分かりませんでしたが、本人にとっては大事な物のようでしたので」
そうでしたか、と武内さんは安堵したようなため息をつく。
「そういえば、もうすぐデビューするとも言ってましたね。……どんな曲を?」
ふと興味が湧いてしまい、そんな質問をしてしまった。「死神の饗宴」とは一体何なのか、想像だけでは分からない。「百聞は一見にしかず」、いや「百聞は一聴にしかず」とでも言うべきだろうか。
「まだ仮音源ですが」
武内さんはパソコンを操作すると、音楽を再生する。――特に、何か引っかかるような所はない。むしろ、メタルロック調のそれは仮音源と言えども十二分に思えるのだが。
「となると、歌詞か……。武内さん、歌詞の方は見せてもらえますか?」
「いいですが……。神崎さんは、その……何か言っていましたか?」
武内さんはコピー紙を手渡しながら訊いてくる。武内さんとしても、何処で神崎さんが待ったをかけたのか知りたいらしい。
「まあ、その、なんと言うか、ええ……。すみません、あの子はその……少し独特な言葉遣いだったので」
言葉を濁しに濁して、やっとの思いで答える。「そうですか……」と武内さんの弱々しい返事が聞こえるが、今は歌詞を見てみよう。
「あー、そういう事か」
仮音源の曲調に合わせた、中々に過激な歌詞である。主にスプラッタな印象で。「死神の饗宴」とはなるほど、ホラーでスリラーな曲って事だったのか。
「神崎さんの言葉ですが、このようなホラーテイストは嫌だとの事でした」
「……! そうだったんですね」
武内さんはさらさらと手帳に何かを書き足す。……意図せずして、また武内さんを助けるような流れになってしまった。
「それでは、どのようなものが良いと?」
「……へ?」
「……城戸さん?」
――そこが一番分からねえ所だったんじゃん。
■神崎さん語
主人公は蘭子の出身地が分からないので、このような言い方に。