The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
神崎さんは、ホラーでスリラーでスプラッタな雰囲気が駄目だというのは分かった。――では、好きな曲調は何だ? 正直、良く分からん。そもそも、今日が初対面だったのだ。神崎さんの事ならば、武内さんの方が良く知っていると言っても差し支えない。
「私は、神崎さんの世界観とマッチした曲を提示したつもりだったのですが」
「そう、なんですね……」
そもそも、音源というか、メロディ自体は問題ないのだ。結局は、歌詞に懸念がある状態なのである。しかし、あの世界観はなんと言うか、言葉に出来ない。
「……。明日、話を聞いてみます」
「是非、そうして下さい。彼女も、それを望んでいたので」
……この件に関しては、俺に出来ることはないな。
――――
ハーマイオニーが風呂に入るとの事で、ハリエットとダフネは二人取り残された。
『どうしましょうか。エバンスさん、他に何かあるかしら』
ハリエットのスマートフォン越しに、ダフネが訊いてきた。現在はラジオの出演に向けて、三人で「作戦会議」の途中である。
「……テストで赤点回避した話は」
『ダメって言われちゃったものね。ハーミーに』
ハリエットが話題の候補として上げたそのエピソードは、ハーマイオニーの必死の抵抗によりあえなく没となった。――ハリエット自身としては輝かしいエピソードだったのだが、ハーマイオニーはアイドルとして恥ずかしいという理由を立て、考え直すようにしきりに言った。
「うーん、どうしよう……」
『無難に、アイドルを始めた理由でもいいんじゃないかしら』
ダフネのアドバイスに、ハリエットは「うーん」と悩むように唸る。
「ぼくがアイドルを始めた理由なんて、面白いものじゃないと思うよ。プロデューサーがスカウトして、両親にも勧められたからなっただけで」
『あら、そうなのね』
「……そういえば、ダフネさんとハーミーはどうしてアイドルになろうとしたの?」
ハリエットの質問に『そうねえ』と逡巡したダフネは、ふふっと笑った。
『なんて事ないわ。――約束しただけよ。アイドルになるって』
「……そうなんだ」
誰と約束したのか、とハリエットが訊く前に、ダフネは言葉を続けた。
『ハーミーなんてあなたよりも酷いわよ。あたしが養成所に通い始めたって聞いて、便乗したんだから』
ハリエットの脳裏に、地団駄を踏んで悔しがるハーマイオニーの姿が容易に浮かんだ。
「ははは、二人とも前から知り合いだったんだ」
ええ、結構長いわね、とダフネはハリエットの言葉に応える。
『……プロデューサーさんと会う前のハーミー、凄かったのよ。例えるなら、小型犬って所かしら』
「……小型犬?」
ハリエットは何となく、チワワが懸命に吠えている光景を想像してしまう。
『ええ。警戒心が強くて、プロデューサーさんも手を焼いていたわね。今じゃ、そんな感じじゃないけど』
今でもハーマイオニーの扱いに手を焼いているような節があるようにハリエットは見えていたのだが、ダフネの話しぶりからはそれ以上だったように思えた。
「……何だかんだ言って、プロデューサーは頼りになるよね」
ハリエットにとってみれば、少しだけ軽口が多い印象があるのだが。
『――あの人、結構無理しちゃってると思うわ。毎日、あたし達が部屋に戻ってくる時には居るもの』
「え……」
確かに、殆ど毎日ハリエット達がレッスンから部屋に戻ると、プロデューサーは確実に部屋の中にいる。しかし、その事についてなんの疑問も持たなかった。増してや、「無理をしてでも部屋にいる」と想像した事すらない。
『だって、忙しいはずよ? 今回のラジオ番組の事もそうだし、もっと言えばデビューライブの調整だってそう。いつの間にか話を進めてて、いつの間にか決定しているじゃない』
確かに、ラジオ番組の出演に関して言えば、いつの間に交渉を行なったのかハリエットには想像がつかない。
『多分、今後の調整や交渉も全部やっているわ』
「今後、って」
思わず、言葉に詰まる。
『分からないわ。でも、何ヶ月も先のスケジュールも管理していると思う』
「そこまで!?」
へらへらと笑ったりハーマイオニーやダフネの言葉に翻弄されている、普段の彼の姿からは想像がつかなかった。
『ええ。そうじゃないと、プロデューサー業なんてやってられないんじゃないかしら』
「……大変なんだね、プロデューサーって」
ハリエット自身は、次の定期試験への予定も立てられていない。これからアイドルとして忙しくなり、勉強にかける時間も少なくなるだろう、とは他でもないプロデューサーの弁だ。
『……だから、あたしはプロデューサーさんを信頼出来るの。例えどんなに忙しくても、あたし達とコミュニケーションを取ろうとするから』
ダフネの優しい口調を聞いて、ハリエットはふと先日の騒動を思い出す。本田があのように愕然としたのも、武内とのコミュニケーション不足が原因ではないかとプロデューサーは推測していた。そして、今回の神崎の件も――。
「ダフネさん、ぼく達、とってもいいプロデューサーに出会えたんだね」
能力やノウハウでは武内に負けるかもしれないが、ハリエットは自然とプロデューサーに対して――城戸進ノ介に対して、そう思うことが出来た。
『ふふっ、抜け駆けは禁止よ?』
「えっ!? あっ!? そ、そんなつもりじゃないってば!」
『あら、冗談のつもりだったんだけど』
「……ちょっとダフネさん!」
『遅くなったわ――って、一体何の話で盛り上がっているのよ!』
『ふふ、ハーミーには内緒』
『その言い方凄く気になるわよダフネ!』
――夜は静かに、それでも賑やかに更けていった。
――――
メールの件名を見て唸る。必死こいて交渉を続けたが、あえなくご破算と言ったところか。テレビへの出演はまた先、今は地道に前座を積めと。……仕方ない、デビューしてすぐにラジオに出演するだけでも頑張った方だ。
「プロデューサー、いるわね……って、微妙に暗い雰囲気ね」
部屋に入ってきたハーミーが、若干落ち込んでいる俺に声を掛ける。
「何かあったんですか? まさか、ユニットの解散とか……?!」
「ちょっ、縁起でもないわよハリエット! まだ何もしていないじゃないわたし達!」
「いや、そんなに深刻な事じゃねえよ」
高々、テレビ出演を断られたぐらいだ。エバンスさんが言ったような、ユニット解散の危機とまではいかない。
「あら、だったらどうしたの?」
ダフネが不思議そうに訊く。別に言う程の事でもない気がするが、ここまで探られると下手に隠すよりも言った方が良いだろう。
「テレビ出演の交渉が決裂しただけだ。やっぱり上手くはいかないもんだな」
改めて、メールの文面を追いかける。
「それに、解散なんて事には俺がさせない。例え俺がプロデューサーを辞める事になってもな」
それだけの価値が、このユニットにはある筈だ。だからこそ言い切れる。
「……ね?」
「……うん、そうだね」
エバンスさんとダフネが何かを言い合っているようだが、メールの文面に集中して……おっ? マジか。
「三人とも。出演は出来ないが、収録を見ることは出来るらしい」
交渉を続けたからか、一応見学ぐらいはさせてくれるらしい。
「あら、そうなの? あたし、テレビの収録なんて見るの初めてよ」
うふふとダフネは微笑む。
「でも、一体どんな番組なの? まあ、プロデューサーの事だから、ある程度はまともだと思うけど」
「ある程度まともって言い方は失礼だな……」
ある程度どころか、無茶苦茶マトモなんだが。
「ブレインキャッスルだよ。ほら、川島さんと十時さんの」
番組名を言った途端、エバンスさんの目が輝く。
「ブレインキャッスルですか!?」
おや、エバンスさんが食いつくとは思っていなかったな。
346プロダクションがメインスポンサーを務めるブレインキャッスルは、「アイドルによる、アイドルのための、アイドルのクイズ番組」をテーマとしている。番組MCから出演者まで、全てアイドルで行なう徹底ぶりだ。その為、普段テレビとは縁がない若年層にも人気が高く、仮に出演出来たら良い宣伝になるのだが――今回は、武内さんの方に運が傾いたようだ。
「行きましょう。プロデューサー、収録、行きましょう」
さっきからエバンスさんの圧が強い。そこまで好きだったのかその番組。
「ハリエット、ブレインキャッスル好きなのね」
「勿論だよハーミー! 凄いな、もしかしたら生の幸子さんに会えるかも……」
「いやあのさ、同じ事務所なんだからすれ違うこともあると思うぜ?」
「あああそうだった……色紙とサインペン、色紙とサインペン……」
急に挙動不審になったエバンスさんを差し置いて、ダフネがくすりと笑いかける。
「とにかく、目の前の予定に集中しなきゃいけないわね? プロデューサーさん」
分かってくれているようで何よりだ。
「ああ、まずはラジオだな。――悪いな、大きな仕事を逃してしまって。だがE.G.G.Sの知名度が上がれば、色んな所から声がかかると思う。四人五脚で頑張っていこうな」
俺がそう言うと、ダフネはにんまりと意味深な笑みを浮かべた。
「ふふっ、プロデューサーさんはいい人ね」
……? 一体何なんだ唐突に。
――――
結局、神崎さんは武内さんと意見のすり合わせが出来たらしい。レッスン中のハーミーのスマホに、本田さんから連絡が来ていたようだ。
「『グリモワールを拾ってくれてありがとー!』……だって」
ハーミーが読み上げたメッセージの下には、黒いノートを持ってはにかむ、神崎さんの写真が載っていた。
「良かったわね、ちゃんと話が出来たみたいで」
ダフネがゆっくりと紅茶を口にする。確かに、あのエキストリームな神崎さん語で、よくコミュニケーションが取れたものだ。
「今回は何も出来なかったわね、プロデューサー」
俺の方を見たハーミーは、意地悪なにやけ顔を浮かべる。
「何もする必要はなかったって。武内さんも、しっかりと向き合うみたいな話はしていたから」
今の武内さんは、今西部長が言っていた「ただ城に届けるだけの車輪」ではなくなっているはずだし。
「何もしてない事ないですよプロデューサー。プロデューサーが、グリモワールを拾ったんじゃないですか」
事の発端はそうなのかもしれないけどさあ。どちらかというと今回、巻き込まれた感じだったじゃないか。
「あたし達も、うかうかしていられないわね」
ダフネは優雅に紅茶を飲み続けながら言った。
「だったら、のんびりと紅茶を飲むのをやめなさいダフネ!」
「あら、急がば回れとも言うわよ?」
「で、でも、善は急げって言わない? ダフネさん」
……平和で何よりだ。俺も、うかうかしてられないな。
これ主人公たちいるかな……?