The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
俺の話を聞いていたダフネは、開口一番に言った。
「事案ね」
「えっ何が」
解せぬ。我らがマスコットのハーミーは、ガチャンとティーカップを乱暴にテーブルに置いてまくし立てる。
「逮捕よ、逮捕! プロデューサーがそんな男だとは思わなかったわ!」
「二人とも俺に対する当たりが強くない? ちゃんと本人の承諾も貰って、資料のデータもメールで渡したのに?」
眼鏡の少女をスカウトした次の日である土曜日、事情を説明していたらこれである。都会は冷たい。キンキンに冷えてやがる。
「それで? プロデューサーさんが花の女子高生に声かけしたり、メールを送ったりする変態って事は分かったけど」
「ダフネさん? 全然分かってないよ?」
武内さんなんてマジでお縄につく寸前だったんだから、笑い話にもならんぞ。
「その子は『アリ』だったの? 『ナシ』だったの?」
ダフネはじっと俺を見る。
「『アリ』だと思うぜ、俺は」
直感、本能、理性。俺の内面の全てが、諸手を挙げて「アリ」だと告げたのだ。今日の朝に送られたエントリーシートのデータを部長に見せても、「やるじゃないか」って褒められたし。前世じゃ仕事で褒められたことは無かったから、意外にジンときた。
「変態」
「うっせえハーミー。変態じゃねえからな」
「あたし達中学生の女の子を二人も侍らせて?」
「ダフネ、仕事だよ仕事。そんな趣味はねえし」
「やっぱり変態じゃない!」
「どうしてそうなるんだよ!」
俺にその手の趣味はないからな。多分、世の中には罵倒されて興奮する奴もいるとは思うけど、俺はそんな奴じゃない。
予めプリントアウトしてあったエントリーシートを、二人の目の前に出す。
「ほら、これだこれ。行動が早い子で助かってんだからな」
二人はじっとエントリーシートを眺める。
「ハリエット・エバンス、一五歳」
「高校一年生……わたし達の中じゃ一番年上なのね」
確かに、今回スカウトした子――エバンスさんは、三人の中では一番年上である。とは言っても、二人とは歳も近いしいいお姉さん役になるんじゃないかな。……見た目だけならダフネが一番年上に見えるが、まあそこはご愛嬌という事で。
「眼鏡かけてるのね。踊る時とかどうするのかしら」
ハーミーが、A4紙の右上をつんつんと指でつつく。その位置にある顔写真には、昨日と同じようなラウンド型の眼鏡が掛けられていた。
「意外と、掛けたままだったりするんじゃない? ほら、上条さんみたいに」
「他にいい例はなかったの、ダフネ? あの人はちょっと特殊じゃない?」
あの子は眼鏡に取り憑かれているからな。誰彼構わず眼鏡を勧めるその姿は、まさに狂信者だ。眼鏡教の。
「……って、エバンスってやっぱり! ジェームズ・エバンスの一人娘じゃない!」
突然ハーミーが大声を上げる。
「――もう、ハーミー。いきなり大声を出さないで」
「ダフネ、知らない? あの『夜の鏡と緋色のドラゴン』のジェームズ・エバンスよ!」
「知らないわ」
ハーミーは強めの視線で俺を見る。
「知らん。なんだよそれ」
「有名な小説よ! 欧米じゃ凄い人気で、ハリウッドが今映画化の交渉をしてるって噂の!」
なんで知らないのよ、とハーミーは悔しがるようにテーブルをバンバン叩く。多少ガタが来ているそれは、ボールか何かのようにバインバインと大袈裟に揺れた。ガチャガチャとティーカップが音を立て、波打った紅茶が少し零れる。ああもう、後で拭いとかないと。
しかし、変な話だ。欧米で人気があり、作品もハリウッド化間違いなしの小説家が何故日本にいるのやら。それに、そんな名前の小説は日本で聞いた事もない。日本に滞在しているならば、日本語訳されたものも出てそうなものなのだが――。
ふと疑問に思い、手元のパソコンで検索してみる。……ああ、まだ出てなかっただけか。出版社の特設サイトには「日本初上陸!!」と大々的に銘打たれている。道理で、名前を聞かなかった訳だ。余程の本の虫でもなければ、知らないのも当然である。
「ハーミー、今度日本語版が出るらしいぞ」
「嘘!? いつ!?」
「三ヶ月後、って所だな」
「読まなきゃ……」
「あら? ハーミー、英語版は読んだんじゃないの?」
「気持ちの問題なのよダフネ!」
等とぎゃいぎゃい騒いでいる二人を尻目に、次はジェームズ・エバンス自体の検索をしてみる。……こちらの方は、海外の記事でも芳しい結果が出てこない。精々、イギリス生まれの小説家であるという事しか分からなかった。そもそも、彼が引っ越して拠点を日本に移した、なんて事も書かれていない。となると、父親が向こうにいて、妻子が日本にいるってパターンか? いや、別の記事に出ていた「彼は愛妻家であり」という記述から考えると、微妙に違う気がする。うーむ、分からん。……まあ、無理して知ろうとしなくてもいいか。
ブラウザを閉じると同時に、内線が掛かってくる。
「はい、アイドル事業部、城戸です」
『千川です』
電話の相手は、アイドル事業部の事務員の一人だった。
『城戸さんに用事がある、という子がいるみたいなのですが、心当たりはありますか?』
ある。めっちゃある。絶対にある。噂をすればなんとやら、ってやつか。
「あります。総合受付に向かえばいいですか?」
『こちらの方で案内します』
「いいんですか?」
『グリーングラスさんとグレンジャーさんもいますからね』
三人でバタバタ向かうよりかは、部屋で構えて待って欲しいのだろうか。
「分かりました。お願いします」
『はい、任せてくださいね』
内線はそこで切れた。千川さんはシンデレラプロジェクトのサポートでてんやわんやのはずなのに、こうして他のプロデューサーの仕事にも気をかけてくれる。いつ休んでいるのか分からないが、何か秘密でもあるのだろうか。……今度訊いてみるかな。
「プロデューサー、なんの電話だったの?」
「噂をすればなんとやらってやつだ。エバンスさんがここに向かっているらしい」
ハーミーは、突然目を輝かせる。
「だったら、ジェームズ・エバンスの事を聞かないと! 謎が多い小説家として有名なのよ!」
「ハーミー、違うでしょ? 本人の意志を確認しないといけないんだから。『やっぱり辞める』なんて言われたらどうしようもないもの」
「大丈夫だと思ってるんだけどな、俺は。そうじゃなけりゃ、エントリーシートなんてすぐ送ったりしないし」
「あらプロデューサーさん。女の心は変わりやすいのよ?」
「まさに秋の空、ってことわざね!」
今は春なんだが。
「……やっと見つけた原石だ。逃げ出さないように頼む」
仮に辞めると言い出したならば、少し歳の離れた俺が追いすがるよりかは、歳の近い二人が引き止める方が確実な気もする。ここまで来たんだ、急な心変わりは困る。
そう時間を置かずに、扉が外からノックされた。事務員とはいえ、千川さんは俺にとって先輩にあたる。こちら側から扉を開ける事にした。
「千川さん、わざわざすみません」
扉を開けた先にいた、ライムグリーンのジャケットを着ている女性に声をかける。……芸能事務所とはいえ、事務員に派手な制服を作る理由は何なのだろうか。
「いえ、気にしないでください」
「し、失礼します」
千川さんの後ろからひょこひょこと前に出てきたのは、エバンスさんだ。眼鏡の奥の瞳は不安げに揺れているが、俺で陰になっている部屋の中を覗き込もうとしている。
「では、私は行きますね」
「はい、ありがとうございます」
急遽動き出したシンデレラプロジェクトのスケジュール調整もあり、千川さんはとても忙しいはずである。プロジェクトがお互いに落ち着いてきたら、武内さんと千川さんを飲みに誘うか。
エバンスさんはダフネとハーミーを見ると、背筋をピンと伸ばした。
「は、ハリエット・エバンスです! よろしくお願いします!」
そのままエバンスさんは勢い良く頭を下げる。その勢いに負けたのか、眼鏡がカツーンと音を立てて落ちてしまった。
「うわあ、め、眼鏡、眼鏡……!」
うーん、こう言っては悪いかもしれないが、若干鈍臭いのかも。床を這いずり回っている姿も、正直滑稽に見える。
「はい、どうぞ」
「うあ、ありがとう、ございます……」
ダフネが拾い上げた眼鏡を掛けた後、エバンスさんは「ほわあ……」と感心したような声を上げた。おそらく、ダフネの大人っぽい雰囲気に見とれていたのだろう。
「あたしはダフネ・グリーングラスよ。よろしくね、エバンスさん」
「は、はい、よろしくお願いします」
「わたしはハーマイオニー・グレンジャーよ! ハーミーでいいわ!」
「うん、よろしくねハーミー」
エバンスさんは二人から自己紹介された後に、じっと俺を見る。
「……改めて、プロデューサーの城戸進ノ介だ。――エバンスさん、ここに来たって事はつまり、アイドルになるって事でいいんだね?」
俺が訊くや否や、エバンスさんはこくりと小さく頷き、静かに返事をした。
「はい。――これからお願いします」
良かった。直前で「やっぱ辞め」はないらしい。ハーミーは感極まったように破顔し、がばりとエバンスさんに抱き着く。
「ほんっ、とーに良かったー! 馬鹿プロデューサーがずっと駄々こねてたから、いつデビュー出来るか分からなかったのよー!」
「えっ? ……え?」
突然のカミングアウトに、エバンスさんは困惑しきりだ。……へいへい、悪かったな駄々こねてて。
「ハーミー、文句を言うのは後にしましょう? ――そんな事よりも、これから忙しくなるんじゃない?」
ダフネの言う通りだ。武内さんのシンデレラプロジェクトに次いで、こちらも本腰を入れていかなければならない。
「そうだな。エバンスさんにはこれから、デビュー曲の方をきっちりとやっていって欲しい。目標は来月のデビューライブ、正直に言って時間が無い。ダフネとハーミーは二人は彼女の素質を見て、サポートしてやってくれ。俺は調整をしていくから」
「分かったわ、プロデューサーさん」
「エバンスさんはわたし達に任せて、プロデューサーは自分の仕事をしてて!」
正直、シンデレラプロジェクトの影響力が計り知れないが、こちらはこちらで出来ることをやっていくのみだ。
「しばらくは休日返上かな……」
気が重いが、これも全て三人のためだ。さてさて、踏ん張っていきますかね。
「あの!」
それは、エバンスさんの声だった。
「ユニット名とかは、ないんですか?」
……あ。
「ああああああ!!」
「そうよ! そうよそれ! 何か足りないと思ってたら!」
完ッ全に忘れてた!! 最後の一人を探すのに躍起になり過ぎてた!
「あら、どうする?」
「のんびり紅茶飲んでる場合じゃないだろダフネえええ!」
ああもう、どうしようか。こういう時に限って、いいアイディアが思いつかない!
「ハーミー、読書家ならいいアイディアあるんじゃないか!?」
「無茶振りが過ぎるわプロデューサー! ダフネ、一人だけ落ち着いているんだから、いいアイディアがあるんでしょうね?」
「あら、ないわよ?」
「ダフネ!!」
「え、ええとええと、ぼくはどうすれば……!」
「エバンスさんも何かいいアイディアがあったら言ってくれ! 頼む!」
「えっ、と、『龍の騎士』……」
「それはジェームズ・エバンスの小説の邦題だってば、エバンスさん!」
もう何だか、適当でいいような気もして来た。
「……いっそさ、イニシャルを適当に組み合わせりゃ良くね?」
「はあ?! プロデューサー、真面目に考えてよ! わたし達のユニットなのよ!?」
「そうね。順序立てて考えていったほうがいいわ」
不満を漏らす二人を尻目に、エバンスさんは一人考え込んでいる。突如、何かに気付いたかのように「ああっ!」と大声を出した。
「あの、むしろ、イニシャルを組み合わせてみたらどうですか?」
「ちょっとエバンスさん、馬鹿プロデューサーの言う事に取り合わなくても――」
ハーミーの愚痴を聞き流すかのように、エバンスさんはホワイトボードに名前を書く。「Evans」、「Granger」、「Greengrass」と黒いペンで書かれたそれに、彼女は赤いペンで大文字に丸を付けていく。
「これで、『EGG』、です」
……驚いた。確かに、ユニット名として問題がない。出来過ぎている。
「アイドルの卵、三人揃って『E.G.G.S』なんてどうかしら」
ダフネがそう言いながら、ホワイトボードに青いペンで「E.G.G.S」と書く。成程、悪くない。
「ハーミー、どうだこれ」
「アリよ! 最っ高じゃない!」
「イニシャルを組み合わせる」という適当なアイディアに難色を示していた二人も、乗り気のようだ。
「それじゃあ気を取り直して、『E.G.G.S』始動だ!」
おー! と少女三人の声が部屋に響いた。
■ハリエット・エバンス
名前からしてバレバレですが、見なかったことにしてください。
■『夜の鏡と緋色のドラゴン』
「戦え……戦え……」の方か「カメェンライダァ(ネイティブ)」の方かは分からない。
■E.G.G.S
これは完全に偶然。作者も執筆中に気付いて「おぉ……」とおったまげた。
ハリポタ成分が実家のカルピス並みに薄いのは許してください。
どこかで補充しておきます。