The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~   作:せいけー

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アスタリスク編ですが、ここで終わります。


第26話 Which do you like, cat or rock(3)

 多田さんから取り上げた画用紙の束をちらりと流し見る。……やっぱり、最初から最後まで文字がぎっしりと詰まっていた。何なんだこれは。

 

「……質疑応答に入るが、誰か質問あるか?」

 

 面食らった様子の一同の中で一人だけ、ダフネだけがすっと右手を上に挙げた。

 

「ダフネ」

 

 俺が呼びかけると彼女は立ち上がり、多田さんを見る。

 

「……結局、ロックってどういう事かしら」

 

「えーっと、それは……」

 

 多田さんが俺から画用紙の束を奪い取ろうとするが、すぐに頭上に上げて取れないようにする。

 

「……何だよケチー」

 

 多田さんは口を尖らせて俺を睨む。

 

「あのなあ、それぐらい何も見ずに言ってくれよ」

 

 自分の主張なのだ、こんな画用紙なしで言って欲しい。拾ってきた文章の丸写しに頼っているようじゃ、心に何も響かない。

 

 俺の真面目な顔を見たからか、彼女は尖らせていた口を元に戻し、表情を引き締める。そして、ゆっくりとダフネの方を向いた。

 

「――うん。私が思うロックってのは、……何なんだろ」

 

 いや、訊かれても困るんですけど。後、俺の顔はカンペじゃねえぞ。見ても意味ないからな。

 

「とにかく、私がロックだと思えば、ロックなんだよ!」

 

 余りにも基準が曖昧過ぎるが、まあ良いだろう。

 

「じゃあ、ネコチャンにロックを感じたらいいにゃ!」

 

 そう言いながら勢い良く立ち上がったのは、ネコミミ装着アイドルの前川さんだ。ごそごそと鞄の中を探り、タブレット端末を取り出す。

 

「城戸チャン! 出力は?」

 

「出力?」

 

「本格的ね、前川さん」

 

 ハーミーとダフネが、感嘆の声を上げる。アプリ版のプレゼンテーションスライド作成ソフトを使ったのか。そこそこにポイントが高いな。

 

「あー待ってくれ。……プロジェクタはないからな……確かこの辺りに、使えるモニタが……よーしあった」

 

 脇に除けていたガラクタから、若干ホコリを被った液晶モニタと接続ケーブルを取り出す。この接続ケーブルと充電用に使っているケーブルでタブレット端末を繋いで、っと。うんうん、問題なく映る。

 

「よし、これでオッケー。それじゃ前川さん、時間は同じく三分で頼む」

 

 若干埃臭い設備に顔をしかめながらも、前川さんは頷く。

 

「分かったにゃ! 三分あれば充分にゃ!」

 

 タブレット端末を操作した前川さんは、モニタに真っピンクの画面を映し出す。早速目に優しくない。

 

「みくのテーマはもちろん……これだよ!」

 

 「にゃーん」と気の抜けるような音声素材がタブレット端末から流れ、真っピンクのスライドに虹色の文字が浮かび上がる。文字はぐにゃぐにゃに変形されているが、「ネコチャンについて」と書かれていることがギリギリ判断出来た。

 

「ふふん、みくはちゃんと勉強したもん!」

 

 いやしてねえだろこれ。ちかちかする表紙スライドから、もう嫌な予感しかしない。

 

「まず、ネコチャンについて!」

 

 表紙スライドと同じくらいにどぎついピンク色が、聴衆の視覚を襲う。「同じくらい」と称したのは、微妙に色味が違うからである。こちらの方が少しだけ紫っぽい。

 

「これを見て!」

 

 再び「にゃーん」と気の抜けるようなサウンドエフェクトが流れ、猫の写真が右から跳ねてくる。比喩ではなく、本当に跳ねてくる。ぼよんぼよんバウンドして。

 

「どう思うにゃ!?」

 

 前川さんはびしりとハーミーを指さす。

 

「ええと……可愛いわね?」

 

 探り探り言ったハーミーに、「そう!」と前川さんは力強く首肯した。

 

「可愛いんだにゃ! そして!」

 

 真っピンクのスライドが切り替わる。今度は芝生をイメージしたのか、目にも鮮やかな黄緑色のスライドだ。……無茶苦茶目が痛い。

 

「このネコチャンも! このネコチャンも!」

 

 「にゃーにゃー」と効果音が立て続けに鳴り、子猫の写真が左右から跳ねてきた。そのアニメーション効果好きだね、君。

 

「どうにゃ!」

 

 いやどうって言われても。

 

「ネコチャンには無限の可能性があるにゃ! つまり、ネコチャン要素を取り入れたアイドルはものすっごい可能性があるの!」

 

 チャリン、とレジスターのサウンドエフェクトが鳴り、下から「ネコチャンは無限大」と記された、虹色のぐにゃぐにゃフォントがせり上がる。そこは鳴き声の効果音じゃないのかよ。

 

「以上にゃ!」

 

「終わりぃ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 

「ホントはネコチャンの解説を入れるつもりだったけど……やむを得ないにゃ」

 

 残念そうに言うのはやめろ。

 

「……質問! 誰か質問はぁ!?」

 

 ストップウォッチはまだ三分を指し示していないが、猫の写真の解説を長々と聞くつもりは毛頭ない。

 

「えっと、具体的にどんな方針なんですか?」

 

 エバンスさんがおずおずと訊く。

 

「――へ?」

 

 前川さん、どうして動きを止める。

 

「……アイドルとしての方針なんですけど」

 

 エバンスさんは縮こまりながら言葉を続ける。前川さんはしばし考え込む。

 

「……えーと、ネコチャンアイドル?」

 

 だから、訊かれても困る。

 

「みくちゃんの話じゃ、取り敢えず猫の写真は癒されるって事しか分からなかったよ」

 

 多田さんがため息をつきながら言う。

 

「なにをー! 李衣菜ちゃんだって、全然ロックじゃないにゃ!」

 

「だったらみくちゃんのプレゼンも! 目がチカチカして見づらかったじゃん!」

 

 やいのやいのと、再び言い合いが始まった。……あーもう、何処からどうツッコミを入れたものか。

 

「……そういえば、プロデューサーもプレゼンをしたんでしょ?」

 

 ハーミーの言葉に、周りが静まり返る。

 

「……したっていうか、良くするな」

 

 職業柄、切っては離せないものだが……まさか。

 

「だったら、プロデューサーさんのも見てみたいわ。お題は何でもいいから」

 

 ダフネの言葉に、前川さんと多田さんは勢い良く首を縦に振る。

 

「そうにゃ! 文句ばっかり言っているんだから、みく達に見せてみるにゃ!」

 

「そうだそうだ!」

 

 喧嘩していた二人も、何故か結託して声を荒らげる。やっぱり仲良しなんじゃないか君達。

 

「……別にいいが、つまらん話だぞ?」

 

 前川さんのタブレット端末を外し、事務机の上に置かれたノートPCを代わりにモニタと繋ぐ。

 

「いいんですか?」

 

 エバンスさんが訊いてくるが、苦笑いして返す。

 

「いいっての。……そうだなあ、じゃあ『E.G.G.Sがサマーフェスに出演する意義』ってなお題目で」

 

 つい最近まで使っていたテーマでもやるか。

 

――――

 

 スライドが終わったことを示す、真っ黒な画面が映し出された。

 

「――以上。簡単だが、プレゼン終わり。何か質問は?」

 

 一同を見回すが、特に手を上げるような気配はない。……っと、ハーミーが顔を上げたな。

 

「感想でもいいかしら?」

 

 彼女は手を挙げた。

 

「何も無いよりいいぜ」

 

 ノーコメントで終わるのも、かなり辛いものがあるし。

 

「二人のプレゼンよりも分かりやすくて見やすかったわ」

 

「だろうな」

 

 それらを比較対象にされても困る。

 

「そもそも、最初はハブられていたなんて思ってなかったよ。出演出来るように説得するなんて、ロックじゃん」

 

「多田さん、俺は仕事でやってるんだが……」

 

 ロックな要素は一ミリもないぞ。

 

「……うにゃー! 城戸チャン、全然仕事出来ないイメージがあったのにー!」

 

「なあ、俺どう思われてんの? シンデレラプロジェクトの子達みんな、ことごとく俺の事を『面白お兄さん』枠にしか見てないか?」

 

「凛ちゃん達の話だと、面白お兄さんにしか思えなかったなー」

 

 あの子は。あの子は、と言うよりか、どうもニュージェネレーションズの子達に舐められているような気がする。……警戒されるよりもマシだという事にしておこう。

 

「それで、どうするのプロデューサーさん? 目論見、外れちゃったわね」

 

「全くだな。こうなるとは」

 

 流石に、ダフネには意図が悟られていたようである。

 

「目論見?」

 

 ハーミーとエバンスさんは、未だに分かっていない様子である。……睨み合っている二人は兎も角として。

 

「ああ――」

 

 そもそも、「猫」も「ロック」も、互いに上っ面しか分からない状態だったのだ。そこで、互いにプレゼンを行ない、それを聴かせる事で理解が深まる――と思っていたのだが。

 

「上手くいかないもんだな」

 

 ここまで筆舌に尽くしがたいプレゼンをされるとは、予想だにしていなかった。

 

「絶対に、分かり合えないにゃ!」

 

「そうだよ! 絶対に無理!」

 

 前川さんと多田さんが、語尾を強めながら否定してきた。……ちょくちょく意見が一致するから、分かり合えそうな気はするんだが。

 

「そんなこと言わずに、しっかりとコミュニケーション取ってくれよ。……つーか、さっさと決めないと、夏フェスに間に合わないんじゃないのか」

 

 「うぐっ」と言葉に詰まった前川さんと多田さんを見て、ハーミーはため息をついた。

 

「こんなところで喧嘩している場合じゃないわよ! どうにかしなさいよ!」

 

 一二歳に説教される高校生、というシュールな絵面が繰り広げられるが、まあそこは置いといて。

 

「時間がないからこそ、きちんと相手の話を聞いてやれ。また喧嘩になるようだったら、俺達が止めるから」

 

 前川さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「具体的にはどうやって?」

 

「知るかよ……。二人で考えてくれ」

 

 やや投げやりな俺の言い方に、部屋の一同は厳しい視線を向ける。

 

「お悩み相談室として、それはどうなのさ!」

 

「多田さん、俺にも無茶なことはあるんだって」

 

 そしてお悩み相談室ではない。

 

「ま、俺から言えることは一つだな」

 

「何ですか?」

 

 訊いてきたエバンスさんに頷きながら、俺は言葉を続ける。

 

「猫とロックを融合させる事だ」

 

「――無理だにゃ!」

 

「――お断りだよ!」

 

 ……そんなことはないと思うんだけどなあ。

 

――――

 

 前川さんと多田さんがぷりぷりと怒りながら部屋を出て行った後、ダフネは「ふふっ」と困ったように笑った。

 

「プロデューサーさんにも、解決出来ない問題があるのね」

 

「二人の向き合い方の問題だからなあ、こればっかりは」

 

 周りからどうこう言われようと、結局は彼女たちが折り合いをつけていかないとどうしようもない。それに――。

 

「おそらく、武内さんも二人に委ねたいんだろうな」

 

「……すっごい不安にならないかしら? さっきのやり取りを見ていたら」

 

「まあまあ、そんな事を言うなハーミー」

 

 凸レーションの時のように、彼女達だからこその爆発力を信じているのだろう。だったら、一から一〇まで手取り足取り教えるのはお門違いだ。

 

「……あの二人、夏フェスに間に合うといいですね」

 

 エバンスさんが心配するような声で呟いた。

 

「あら? あたし達も手は抜けないわよ?」

 

 ダフネはエバンスさんにそう言うと、にっこりと笑った。

 

「そうよ。プロデューサーも、作曲の先生に催促してちょうだい!」

 

「……分かったよ。粘ってみるさ」

 

 ――催促するのは、作曲の先生だけじゃないけどな。




■みくのプレゼン
ダメなプレゼンの典型を詰め込めるだけ詰め込みました。


■解決できない問題
転生主人公だからって何でもかんでも解決するとは限らない。そんなお話。

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