The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
「それじゃ、反省点としてはこんな所か」
ホワイトボードには「リハーサルで感じた事」と題された箇条書きが、四行くらい書いてある。
「――そうね。こんな感じかしら」
ペンの蓋をはめたダフネは、こくりと頷いた。整った字がとても読みやすい。「顔を上げる」、「笑顔を忘れない」、「はっきりと歌う」、「合図をよく見る」。基礎的な事だが、改めて意識して損は無い。
「しっかりしてね、ハリエット。落ち着くのよ」
「うっ、うん」
その反省点の全てが、エバンスさんに向けられたものではあるのだが。
「さて、俺からも一つ。――あーこら、嫌そうな顔すんなハーミー、この後打ち合わせなんだよ。……さて、このサマーフェスは、E.G.G.Sにとって初の大舞台だ。もしかしたら各々、『失敗したらどうしよう』って心配になったりとか、『気合いを入れなきゃ』って力んだりとかしてるんじゃないか? ……エバンスさん、ハーミー、やっぱり思ってたな? いやいや、確かにそれも必要なんだが、大切な事を忘れるな。――ダフネ、ペンを貸してくれ。ん、サンキュ」
ダフネから受け取ったペンで、箇条書きに新しく項目を付け加える。
「――俺からは、この言葉を送る」
三人は首を傾げながら、俺が書き加えた項目を読む。
「……『兎に角、楽しめ』?」
「ああ、そうだ。デビューして三ヶ月程で、こんな大きなステージに立てるんだ。楽しまなきゃ損だろ?」
まあ、俺はアイドル活動しているわけじゃないけど。
「兎に角、楽しめ。観客も皆、分かってくれるはずだからな」
机の上にペンを置く。さて、そろそろ時間か。
「それじゃ、俺は打ち合わせに行ってくる。三人とも、そんな気負うなよ。俺もついてるからな」
以上、と話を切り上げて、会議が行なわれる部屋へと向かう。
さて、今日は待ちに待った、サマーフェス当日である。とは言っても、フェス自体は何日かに分かれて行なわれる。新人アイドルのシンデレラプロジェクトとE.G.G.Sは今日、一日目のプログラムに参加する事になっている。
フェスの始まりを告げる「お願いシンデレラ」を皮切りに、人気アイドルがE.G.G.S、シンデレラプロジェクトを挟み込むといった流れになっている。会場のボルテージを上げる先輩アイドルと、ボリュームが多いシンデレラプロジェクトの繋ぎとして、E.G.G.Sがねじ込まれている形だ。前後に比較対象がある分、プレッシャーは大きいかもしれないが、是非ともあの三人には最高のパフォーマンスをしてもらいたい。
「――という流れになっています。本日は気温も高いので、各プロデューサーはアイドルの体調管理に気を配ってください」
会議室のホワイトボードには、大まかな流れが書かれている。セットリストに大きな変更はない。少しばかり、高垣楓の担当する時間が増えているぐらいか。おそらく、マスメディアに向けてだろう。346所属アイドルの中でも、彼女の知名度は段違いだからな。
「城戸さん」
打ち合わせが終わり、武内さんが声を掛けてくる。
「『アスタリスク』について、改めてお礼を」
「ああ、あの二人ですね」
前川さんと多田さんのユニットである「アスタリスク」は、結局上手い具合に収拾がついたらしく、何とか参加という形になった。ホント、よかったよかった。
「あの二人が、自分から歩み寄ったからこそですよ。切っ掛けを与えただけに過ぎませんから」
莉嘉のアイディアで解決に向かったらしいので、総合的に見ても俺達は何もしていない。寧ろ礼を言うべきは莉嘉じゃないだろうか。
「切っ掛けだったとしても、城戸さんにはまた助けてもらいました。……ありがとうございます」
武内さんは深々と頭を下げた。……何度か武内さんに頭を下げられているが、やはり慣れない。
「いえ、こちらこそ。……それよりも、あの曲はどうですか? 最初の方は、なかなか揃わなかったと聞いていますが」
あの曲――シンデレラプロジェクトの全体曲。合宿で初めて話をしたらしいそれは、一四人という人数のこともあってか、レッスンが難航したと渋谷さんや本田さんから聞いた。
「はい、大きな問題はありません。新田さんが皆を引っ張っているので」
「だったら、安心ですね」
メンバーの中でも大人の彼女なら、上手い具合に舵取りをしてくれているはずだ。
「はい。――お互い、ベストを尽くしましょう」
武内さんの言葉に頷く。
「ええ。ベストを尽くしましょう」
開演の時間は、刻一刻と迫りつつあった。
――――
事務所に選ばれたメンバーが「お願いシンデレラ」を歌っている。――凄い。やっぱり、レベルが高い。
「いやあ、高垣さんはやっぱりすげーなー」
隣の兄は、呑気な声を上げた。
「当たり前じゃない! 346のトップメンバーよ! 更に言えば、その隣も、更に隣も! 全員凄くて当然なんだから」
ははは、と苦笑いした兄は、サイリウムを頭上で振りながらも私の方を向く。
「でも、お目当ては違うんだろ?」
「まっ、まあ、そうだけど」
私の様子を見た兄は、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「あの時に見た、あの新人アイドルユニット。えーと、なんだったっけな……」
「E.G.G.Sよ、E.G.G.S」
「ああ、それそれ。早速ファンになったんだろ」
悔しいけど、兄の言う通り。なんだかんだ言って、行ける範囲のライブならば足を運んでいる。デビューシングルなんて、私のみならず兄にも買わせたし。
「僕はいいと思うぜ。何だったら、インタビューの時にも言おうか? 『妹がお熱のユニットがあって』とか」
「お兄ちゃんがお熱じゃないと、宣伝効果ないと思うけど」
「ま、それもそうか!」
あっけらかんと笑う兄に何となく腹が立ち、彼の脛を足で小突く。
「……正直兄の手も借りたいぐらいだから、今回はこれくらいで許してあげる」
兄は肩を竦めた。
「へいへい、分かったよ」
――――
ハーミーに無理やり連れてこられた先は、医務室だった。
「大変! 大変なのよプロデューサー!」
「医務室……。まさか、誰かケガしたのか!?」
本番直前にケガとなれば、それは由々しき問題である。医務室の前には、シンデレラプロジェクトのメンバーが大勢詰めかけている。
「渋谷さん、いったい何が」
俺に気付いた渋谷さんは、深刻そうに首を振る。
「美波さんが」
「……新田さんが?」
医務室の中を覗くと、ベッドの上でうずくまる新田さんの姿があった。見たところ、負傷したようにも見えないのだが。
「ちえりんの練習に付き合っていたみなみんが、突然倒れたらしくて。E.G.G.Sの三人もその場にいたんだけど」
本田さんは、渋谷さんの言葉に続く。医務室内の千川さんによると、極度の緊張による発熱とのことである。ケガではなくて一安心なのだが、問題はそのタイミングだ。
シンデレラプロジェクトの中でも、ラブライカの出番は早い方である。どのくらいで復帰できるのかは分からないのだが、間に合わないことは確実だろう。
「――ステージへの出演は、許可できません」
武内さんの静かな宣告が、慌ただしい廊下にまで伝わってきた。
「ラブライカが出演できないとなると、調整が必要ですね」
「待ってください!」
新田さんは、声を振り絞って千川さんの言葉を遮る。
「私が出られないのは、自分のせいです! でも、アーニャちゃんは……」
「アーニャちゃんだけは……」と弱々しい声が掻き消えていった。
「プロデューサー、どうにか出来ないの?」
ハーミーが俺に訊いてくる。ただただ、首を横に振る他なかった。
「……ハーミー、そろそろE.G.G.Sの出番だ。準備をしてくれ」
「でも」
「今は――今は、武内さん達を信じるしかない。俺達には、俺達の仕事があるんだ」
とん、と軽く彼女の背中を小突く。
「行くぞ、観客は待ってくれないからな」
ハーミーは不安が拭いきれないのか、本田さんと渋谷さんの方を向く。
「未央さん、凛さん、わたし――」
「うん、行ってきなよはみはみ」
「美波さんは私たちに任せて。ちゃんとやり切ってきて」
二人は静かに微笑むと、ハーミーに言った。――不安なのは、ここにいるメンバー全員同じだ。しかし、だからと言って立ち止まる訳にはいかない。
「……分かったわ。新田さんの分まで頑張るんだから!」
「ああ、その意気だ。――急ごう、時間がない」
――――
突如照明が切られる。私たちの周りの観客も、どよめき始めた。
「ん? トラブルかなあ?」
兄は空を見上げた後に、首を傾げた。よく見たら、黒い雲が宵の空を覆っている。一体どうしたのだろうかと疑問に思っていると、聴き慣れたイントロが流れ始める。ギターの刻むような伴奏、ドラムのフィルイン。間違いない、あの曲だ。
メロディが奏でられると同時に、照明はぱっと明るく灯る。そして、ステージの下からあの三人が飛び出てきた。純白、緋色、コバルトブルー。
「ああ演出か、そりゃそうだよな」
兄はのんびりとペンライトを白色に灯し、私の方を悪戯っぽく見る。
「メインディッシュだぞ、ジニー」
「言われなくても!」
私も白色にしたペンライトを頭上で大きく振る。正直、今までのアイドルに比べると周りのペンライトの数が少ない。とは言え、白、赤、青の明かりはちらほらと灯されていた。
――耳を 塞がないで
――私たちの 声を聴いて
何度も聴いている筈なのに、ビリビリとした感覚が私を襲う。どう表現したらいいんだろう、分からないけど、すっごく嬉しい! E.G.G.Sがこのフェスに参加しているのも、私がそれを見ていられるっていうのも!
「久々に見るけど、結構良くなってるなあ。表情もいい具合に作れてる」
「ちょっとお兄ちゃん。野暮よ」
私が窘めると、兄はキョトンとした表情になる。……でもそれも一瞬の事で、彼はにこりと笑い頷いた。
「折角ライブに来たんだから、楽しまないと、だな」
兄の言葉に頷き、三人の――更に細かく言えば、純白の衣装に身を包んだハリエットさんを必死に目で追う。
そうよ、楽しまないと。
――――
今までで最高だ。渾身の力を振り絞り、ベストのパフォーマンスを発揮している。歌は響き渡り、ダンスは見るものを魅了し、笑顔は心に届いている。新田さんの事で心配になっているだろうが、それを微塵も感じさせない。
「いいぞ、三人とも」
自然と拳に力が入る。
「おやおや、感慨に耽っているようだね」
突如、後ろから声を掛けられる。今西部長だ。
「……はい。長いようで、短かったです」
俺の感想を聞いて「ははは」と部長は静かに笑った。
「まだまだ終わってないよ、城戸くん。これが始まりだからね」
いつもと変わらぬ穏やかな表情で、彼はステージをちらりと見る。――そうだ、これがスタートラインなんだ。
「はい、肝に銘じておきます」
自然と、口元が緩んだ。それが自信からくるものなのか、決意からくるものなのか、期待からくるものなのか。今となってはどちらでもいい。ただ――ただ、楽しみになったのだ。
「いい笑顔だよ、城戸くん。何だったら、君もアイドルをやってみるかい?」
「部長、それは勘弁ですよ」
俺が脱力したように答えると、彼は再び静かに声を上げて笑った。
「そうかそうか、それは残念。……それじゃ、彼女達を温かく迎えてやってくれよ?」
「ええ! 勿論です」
遅いのかもしれないが、今やっと俺の目標が出来たように思えた。それはプロデューサーとして当然の事で、今までとも同じような物なのかもしれないのだが。
彼女達を、E.G.G.Sをアイドルのトップにする。
今、俺の進むべき道を、見つけたような気がした。
■Q.合宿は?
E.G.G.Sが参加していないし、原作と同じような展開になるため、描写を省略。
夏ライブ回は始まったばかりです。