The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
ふわふわとしていた。パフォーマンスが終わった後も、舞台袖に引っ込んだ後も。更に言ってしまえば――ニコニコと笑顔で出迎えてくれた城戸を見た後も。
「よくやった三人とも! 今までで最高だった!」
ただ、彼の言葉を聞いて、ダフネとハーマイオニーの「当たり前よ」という言葉を聞いて――ハリエットは、やっと実感した。あのステージに立ったのだという事を。
「とはいえ、これで終わりじゃない。最後の全体曲、『ススメ☆オトメ』の事も忘れるなよ」
城戸が釘を刺す。アンコールの「ススメ☆オトメ」では、フェスに参加したアイドルが一斉にステージに立ち、歌を合わせる。振付を披露するのはごく一部のアイドルであり、E.G.G.Sとシンデレラプロジェクトは歌のみでの参加となっている。とはいえ、大きな振付があるわけでもないのだが。
ハリエットにとっては、忘れるわけがないプログラムだ。何せ、あんなに練習したのだから。
「ええ、しっかりと覚えているわよ、プロデューサーさん」
ダフネが微笑みながら頷く。彼女に続くような形で、ハーマイオニーもふんすと鼻を鳴らした。
「ああ、覚えていてくれて何よりだよ。エバンスさんはどう?」
「はい、バッチリです!」
城戸はハリエットの言葉を聞いて、微笑みながら頷いた。歌詞を振付と同時でないと覚えられないハリエットに合わせ、城戸はまたしても「解決策」を用意したのだ。
「……ありがとうございます」
ぽつりと、意図せずに、ハリエットの口から感謝の言葉が漏れた。それを聞いた城戸は、不思議そうに首を傾げる。
「感謝したいのはこっちなんだけどな。スカウトを受けてくれて、こうして努力してくれているし」
「そうじゃなくて」
彼女は、彼の目を真っ直ぐと見た。しかし、城戸は気恥しそうに目をそらす。
「アイドルにしてくれて、ありがとうございます」
気付けば、ハーマイオニーとダフネはにやにやと笑いながらハリエットと城戸を見ていた。その事に気付き、ハリエットは頬が熱くなるのを感じた。
「……ああ、どういたしまして。さて、次の準備をするか」
照れくさそうに笑う城戸の顔も、心做しか若干赤くなっているような気がした。薄暗い舞台裏ではよく見えなかったが。
――――
既に神崎さんのステージも終盤に近付いているのだが、新田さんの体調は依然として優れないままである。医務室に足を運んでみたが、彼女は未だにベッドの上で横になり、浅く呼吸を繰り返している。
「武内さん、新田さんの様子は?」
俺が訊くと、武内さんは仏頂面で首を横に振った。ラブライカの曲は神崎さんが代役で入るらしいのだが、全体曲ではそうもいかないだろう。それまでに、新田さんが復帰しないといけない。
「……城戸プロデューサー」
新田さんが力なく、俺の方を向く。
「今は無理せず休んでください、新田さん」
俺が声を掛けると、彼女はきゅっと目をつぶり、再び目を開く。
「――私も、ステージに立ちたいです。立たせてください」
「……気持ちはわかります。ですが、無理をして倒れてしまっては、他のスタッフにも迷惑がかかります。こちらとしても心苦しいのですが、今は回復する方に専念して――」
「私は」
武内さんの言葉を遮るように、新田さんは口を開く。
「私は、あの子達のリーダーとして、頑張っていかなきゃいけないんです。他の誰でもない、私が。こんな所でずっと寝ている訳には――」
「新田さん」
息も絶え絶えに起き上がろうとした新田さんを、俺は言葉で制した。
「新田さん。リーダーだからといって、誰にも頼らないっていうのはダメです。他の人の何倍も頑張って倒れてしまっては、リーダー失格です」
目を伏した彼女を見て、俺は頭を掻く。あまり説教するのは趣味じゃないんだけどな。
「だから、俺達を頼ってください。武内さんやシンデレラプロジェクトのメンバー、他のスタッフ、他の出演者――皆、力になってくれるはずです。勿論、E.G.G.Sも力になります」
彼女かぶっ倒れたのも、リーダーという役職に重すぎる責任を感じてしまったが故なのだろう。自分が皆を支えていかなければいけないと考え、必要以上に気を配ってしまい、パンクしてしまった。彼女ならば問題はないだろうと楽観視してしまった、俺達の責任でもある。
「ですけど、これ以上の迷惑は――」
「新田さん」
武内さんは俺の方をちらりと見ると、少しだけ表情を緩めた――少なくとも、俺にはそう見えた。
「アイドルは助け合い、ですよ」
武内さんの言葉に、彼女はははっとしたように目を開いた。
「そうですよ。アイドルは助け合いです。皆――少なくともこのステージにいる皆は、皆仲間です」
武内さんに便乗する形で、俺も彼女に言った。孤軍奮闘する必要などないのだ。仲間なのだから。
「次はシンデレラプロジェクトのメンバーがあなたをフォローする番って考えてください。ほら――」
ベッドの前のモニタでは、神崎さんとアナスタシアさんが高らかに『Memories』を歌い上げている様子が映し出されていた。
「新田さん、あなたは一人じゃないんですよ」
新田さんはモニタを齧り付くように見つめ、「アーニャちゃん……」と小さく呟いた。
「――さて、武内さん。自分はそろそろ、あの子達の様子を見に行きます」
「……はい、分かりました」
武内さんと新田さんに軽く会釈をすると、俺は医務室を出てE.G.G.Sの控え室に向かった。
「アイドルは助け合い」と言ったんだ、こちらとしてもやるべき事をやっておこう。
――――
今日は晴れだったはずなのに。メンバーの変わった「Memories」が終わった途端、激しい土砂降りになった。何だか凄い音がして、ステージの照明も切れちゃうし。
「すっごい雨だな……。流石に予想外だよこりゃ」
とにかく今はテントで雨宿りする事にして。兄は、真っ赤なもじゃもじゃ髪をごしごしとタオルで拭きながらため息をついた。
「このまま、中止にならないといいけど」
兄が差し出してきたぐしょぐしょのタオルをやんわりと拒否して、私も真っ赤な髪をタオルで丁寧に拭く。
「うーん、この雨が続くようなら正直ヤバいかもなー」
兄が外をちらりと見ながらため息をつく。外の土砂降りは激しさを増していて、風がテントの支柱をガタガタ揺らす。
「縁起でもないこと言わないでよ。だったら、天気予報でもあらかじめ言ってるはずよ。これは通り雨で、直ぐに止むって考えないと」
「考えないと?」
「私が救われないじゃない!」
「なんじゃそりゃ」
大袈裟に肩を竦めた兄が妙にムカついて、脚を蹴り飛ばしてやろうかと思ったけども、今回はやめにしておいた。自分でも、それが八つ当たりになるのは分かってるし。
「……お、勢いが収まってきた。続けられるんじゃないか?」
兄の言う通り、土砂降りはぱらぱらとした雨に変わり、風の勢いも収まっていた。小降りの雨なら、ライブ的には問題がない。場内アナウンスも、『後一五分でライブを再開する』って言っているし、これ以上は気を揉む必要がないみたい。
「ふいー、合羽を持ってきててよかった」
「それ、私のアドバイスなんだけど」
「そうだったかな? ……そうだった」
いそいそと合羽を着出す兄をじろりと睨み付けて、私はため息をついた。
――――
突然の土砂降りが影響してか、観衆の戻りはあまり良くない。次にステージに立つのは……ニュージェネレーションズの三人か。デビューライブを思い出してしまわなければいいが。
「シロちゃん」
俺に声を掛けてきたのは、決心したような表情を浮かべた本田さんだった。彼女の横には、渋谷さんと島村さんもいる。
「……ああ、本田さん、それに二人とも。再開後すぐだったね」
こくりと三人は頷き、にこりと微笑んだ。
「美嘉ねえにも言ったんだ。『次は一歩進んで、前よりもっといいライブにする』って」
「へえ。そしたら?」
「『一歩じゃ分かんないかも』だってさ」
「全くアイツは……」
俺の呆れ返るような声とは裏腹に、三人は笑顔を崩さない。――どうやら、俺が心配する事は何も無さそうだ。
「本田さん、渋谷さん、島村さん。君達三人には、人を引きつける魅力がある。だから、今俺が言ったところでどうということはないかもしれないけど。一歩とは言わず、二歩でも三歩でも進んじまいな」
「ふっふっふー」と本田さんは不敵な笑い声を上げた。
「もちろん! 何だったら、一〇〇歩でも一〇〇〇歩でも進んじゃうよ!」
「み、未央ちゃん、そんなに進んだらステージから落ちちゃうよ!」
「いや、卯月、そういう事じゃないと思うけど」
本番前とは思えないようなやり取りに力が抜け、俺の口から笑いが漏れる。ニュージェネレーションズの三人も、それに釣られるような形で各々が笑った。
「それじゃ、楽しんでこいよ」
三人はこれまたいい笑顔で、返事をした。
「「「はい!」」」
――――
そう言えば、ニュージェネレーションズの激励に武内さんが居なかった。何か嫌な予感がする。
医務室に急ぐと、未だにベッドで横になった新田さんと、その横で困ったような表情を浮かべる武内さんと千川さんの姿があった。
「……新田さんは?」
俺が訊くと、千川さんは首を横にゆっくりと振った。
「まだ熱が下がらない状況です。そろそろ下がってくれないと、全体曲――『GOIN'!!!』に間に合わないのですが」
新田さんはしかめっ面のまま、ベッドの上でため息をつく。峠は超えたらしいが、未だに不安が残るといったところか。
「セトリの調整は?」
「現在行なっていますが、芳しくありません。土砂降りが実質的には休憩時間となってしまいましたので、休憩時間を挟む事も出来ず」
武内さんは右手を首に添えたまま、俺の質問に答える。
「他のアイドルの出演を早める事は出来ないんですか?」
「一通り掛け合いましたが、早めるのは難しいようです」
……事態は宜しくないようだ。しかし、これは正直、俺にとっては『見越していた事態』だった。その為に動いていたし、E.G.G.Sの三人にも準備をさせた。かなり無理を言ってしまったが。
「新田さん」
俺は黙ったままの新田さんに声を掛ける。彼女は返事をすること無く、ただ押し黙ったまま俺の方に顔を向けた。
「新田さんは、ステージに立ちたい?」
じっと俺の目を見た新田さんは、ゆっくりと口を開く。
「……今、この状態で立つと皆に迷惑を掛けてしまいます。私と同じくらい、他の子達も全体曲には思い入れを持っているんです。だから、私は我慢して――」
「そうじゃなくて」
俺が新田さんの言葉を遮ると、医務室の三人が俺の顔の方を向いた。
「新田さん、君はどうなんだ? 体調とか周りの迷惑とか、そういうのを置いといて、君自身はどうしたいんだ?」
動きを止めた新田さんは突如、ぼろぼろと泣き始めた。
「……私も! 私も、ステージに立ちたいです! リーダーとしてじゃなくて、一人のアイドルとして! だって、だって、悔しいじゃないですか! あんなに練習したのに! あんなに頑張ったのに! あんなに――」
彼女の声は嗚咽で潰れ、すすり泣く声が医務室に響いた。
「……だよな。そうだよな」
我ながら、意地悪な質問をしたかもしれないな。武内さんと千川さんの方を向く。
「お願いがあります。この後の出演者に、『出番を遅らせる』ように掛け合ってください」
「……遅らせるように、ですか?」
武内さんが目を丸くするのを無視して、俺は言葉を続ける。
「正直に言ってしまえば、これは最後の手でした。……ですが、出し惜しみは出来ません。千川さんも、お願い出来ますか?」
「何か考えがあるんですね? 城戸さん」
「――ええ」
準備は行なったが、一か八かの策だ。