The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~   作:せいけー

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第29話 Now, I find our way(3)

 アスタリスクの「ØωØver!」が終わった瞬間、照明が三度落とされた。

 

「また停電か?」

 

 兄が不安そうにステージを見た。確かこの後はMCが入るので、ステージが真っ暗になってしまう必要はない。何か、トラブルが発生したのかな。他の観客も不安に駆られたのか、どよめき始める。あんなトラブルがあった直後だから不安になるのもしょうがないし、実際私も不安だ。

 

――この気持ちを 隠していたい

 

――Invisible Veil, Invisible Veil, Invisible Veil……

 

 そんな動揺を切り払うかのように、澄んだ歌声が会場に響き渡り始めた。

 

「……真っ暗なままなんだけど」

 

 それだけじゃない。メロディすら流れていない。ただただ、歌声だけが聞こえている状態だ。

 

――私一人の 秘密の気持ち

 

――Invisible Veil, Invisible Veil, Invisible Veil……

 

 待って。今気付いたんだけど――。

 

「これ、一人で歌ってるんだな」

 

「そうみたい、しかも」

 

 私は慌てて手元のペンライトを赤色に照らす。私の他にも気付いた人はちらほらいたみたいで、ぽつぽつと赤色の光が灯され始めた。――やっぱり。

 

「どうしたんだよ、いきなり」

 

 私に合わせてペンライトを掲げた兄を無視して、ステージに集中する。未だにステージは暗闇のままだが、よく目を凝らすと三人の人影が立っている事が分かった。両脇の二人は微動だにしていないが、真ん中の一人は立ったまま腕を動かしている。歌っているのはやっぱりこの子みたいだ。

 

「なあ、一体何が――」

 

――暴いて!

 

 まるで兄の質問に応えるように、ステージが眩い光に包まれて、EDMのようなメロディが心を揺さぶり始める。重いベース音を踏みしめるように、軽やかな高音に体を預けるように、あの三人――E.G.G.Sの三人が、パフォーマンスを始めた。

 

――Invisible Veil, Invisible Veil, Invisible Veil……

 

「なあ、これって――」

 

「新曲、新曲よ、お兄ちゃん!」

 

 まさか、一足先に聴けるなんて!

 

――――

 

 それは、十数分前の事だ。

 

「ハーミー、行けそうか?」

 

 今回の鍵を握る、我らがハーミーに声を掛ける。

 

「何とかするわ。……いいハリエット? 今回は振付に集中すればいいから」

 

「うん。ハーミーも、ソロ頑張って」

 

「もちろんよ」

 

 ハーミーが頷いたのに合わせて、ダフネも微笑む。

 

「あたしも出来る限りの事をするわね。プロデューサーさんが頑張ったんだから、次はあたし達の番ね」

 

「ああ。頼む」

 

 武内さん達が出演者への交渉を行なっている間、俺はスタッフ達への交渉を行なっていたのだ。幸いギリギリ間に合い、前川さんと多田さんのユニットであるアスタリスクの次に、E.G.G.Sの出番を再び差し込む事が出来た。……音源データをスマホに突っ込んでいた自分を褒めてやりたい所だ。

 

「分かってはいるだろうが、音源はとても短い。……何秒かはアカペラで凌いで貰うが」

 

「問題ないわ。合図は送るから、しっかり見てて頂戴」

 

「おう、頼まれた」

 

 新田さんの体調は回復したが、どの道シンデレラプロジェクト全体での調整が必要だ。アスタリスクの二人もMCが挟まれているとはいえ、続け様にパフォーマンスを行なうのには不安が残る。

 

 そこで、俺はあまり使いたくない手を準備する事にした。未完成の曲――『Invisible Veil』を、急ごしらえで披露する。新田さんの様子を知ってから急いでレッスンをさせて、兎に角形にはしておいた。

 

「そろそろだな。それじゃ、俺から一つ」

 

 ステージの照明が落とされた事を確認し、俺はE.G.G.Sの三人に声を掛ける。

 

「何よ。つまんない話だったらぶっ飛ばすわよ」

 

「こらハーミー、そんな事言うな。――楽しめ。以上、行ってこい」

 

 暗闇の中で三人がどのような表情をしていたのかは分からないが、力強く頷いたのは影の動きで分かった。

 

――――

 

 先に振付を止めたのは誰だろうか。美波には知る由もなかったが、何が彼女達の動きを止めたのかはすぐに分かった。レッスンルームの天井から吊り下げられたモニタ。ステージを映しているそれは、ただ真っ暗な外の風景を映し出しているに過ぎなかった。

 

 しかし――それでも、聞こえていた。まるで繊細なガラス細工のような、張り詰めていて澄んだ歌声が。

 

「はみはみだ」

 

 独り言を漏らしたのは未央だった。

 

「……ハーミーが?」

 

 凛がモニタと未央を交互に見ながら、未央に訊く。

 

「うん、間違いないよ。はみはみだよこれ」

 

 美波の脳裏に、珍しく深刻な面持ちをした先程の城戸が浮かんできた。彼は、「何とかする」とだけ言い残し、医務室を出たきりだった。

 

「って事は、進にーちゃんが?」

 

 莉嘉が質問すると同時に、モニタからは光が炸裂する。……いや、照明が一気に照らされたのだ。

 

「これ――」

 

 美波も、絶句してしまった。先の暗闇の歌声をガラス細工とするならば、これはまるで爆弾の爆発だ。レッスンルームでは依然として「GOIN'!!!」が流れているのだが、それを塗りつぶすようにE.G.G.Sの三人がパフォーマンスをしている。

 

「にゃ!? 歌ってるの、ハーマイオニーちゃんだけにゃ?」

 

「えっ? ……ホントだ」

 

 みくと李衣菜の会話にふと気付き、美波も耳を澄ます。――確かに、歌を披露しているのは中央の赤い衣装の少女だ。音源の激しい自己主張に負ける事なく、ガラス細工のような歌声を響かせている。

 

「うっきゃ〜!! ハーミーちゃん、すっごい歌が上手いんだね!」

 

 きらりが嬉しそうにみりあや杏と戯れるが、美波としてはそれどころではなかった。

 

 まるで、挑戦状のようにも感じられたのだ。それがE.G.G.Sからなのか城戸からなのか、あるいはその両方からなのかは分からないのだが、「これを超えてみせろ」と言わんばかりの挑戦状に。

 

「……美波さん」

 

 動揺する彼女の手をそっと握ったのは、凛だった。いつの間にか両手を握っていたことに気付いた。じんわりと、手汗が掌を覆っていた事にも気づかなかった。

 

「城戸さんの事だから、特に何にも考えていないと思うよ」

 

「えっ、あの、それは失礼じゃない?」

 

 凛の宥めるような発言に困惑したのは、パフォーマンスに魅了されていた卯月だった。

 

「全くもー、しぶりんは言葉が足りないんだから! みなみん、つまりしぶりんが言いたいのはそんな事じゃなくて、気楽に行こうぜって事!」

 

「えっ、でも、こんな物見せられたら」

 

「――いえ」

 

 いつの間にか来ていた武内プロデューサーが、いつもの仏頂面で話に加わってきた。

 

「彼の――城戸さんの伝言です。『気にせず楽しんでこい』と」

 

「ほら、やっぱり」

 

 凛はため息をつきながら、美波の方を向いた。

 

「進にーちゃんの事だから、意地悪な事は考えてないと思うよ」

 

 武内プロデューサーの伝言で呆気に取られた美波に声を掛けたのは、城戸の従妹である莉嘉だった。美波が莉嘉の方を向くと、彼女はにっこりと笑う。姉である美嘉に似ていて、それでも純真さでは勝っている表情だった。

 

「……彼の卵のみならず、我らが灰被りもここが特異点――。その、頑張り、ましょう」

 

 蘭子がこくりと頷きながら、美波を真っ直ぐに見つめた。

 

「そうだよ、蘭子ちゃんの言う通りだよ! 私達も気合い入れないと!」

 

「少し、怖いけど、でも、皆が――シンデレラプロジェクトの皆と、E.G.G.Sの人達がいるから!」

 

 かな子と智絵里も、蘭子に続いて頷く。

 

「うんうん、ほら、杏ちゃんも!」

 

「えー? 杏は暑苦しいのはパスしたいんだけど」

 

「杏ちゃんも一緒だよ!」

 

 きらりとみりあは、杏の腕をぐいぐいと引っ張りながら笑う。半ば巻き込まれた形の杏は、ため息をつきながらも、心から嫌がっているようには見えなかった。

 

「何だかんだで、いい所ばっかり城戸ちゃんに持ってかれてるような気がするにゃ……」

 

「そうかな? 結構ロックじゃない?」

 

 みくと李衣菜は談笑しながらも、他のメンバーに続く。

 

「ミナミ」

 

「……アーニャちゃん」

 

 アーニャは美波の方を向き、力強く頷いた。

 

「大丈夫です。皆、ミナミの味方です」

 

 美波は、自分を見ている少女達を再び見渡す。信頼している眼差しの中には、アーニャの言葉通り敵意を持ったものがなかった。思わず、目頭が熱くなる。

 

「……では、スタンバイに向かってください。――新田さん」

 

 美波には、武内プロデューサーが微笑んでいるように見えた。何時もの仏頂面には変わりなかったのに。

 

「楽しんでください」

 

「――はい!」

 

 彼女は力強く、彼に返事した。

 

――――

 

 予想外のパフォーマンスに歓声が沸く中、セクシーギルティの三人がステージに上がる。

 

「凄かったわね! はい、E.G.G.Sの三人に改めて拍手!」

 

 片桐の一声で、再び拍手がハリエット達に浴びせられた。

 

「まさに、サイキックサプライズでした! 歌ったのは、ハーマイオニーちゃんです!」

 

「いい歌声でした〜」

 

 ハーマイオニーは堀と及川の賞賛を受けて、これ見よがしに胸を張った。

 

「当たり前よ! なんてったって、わたしなんだから!」

 

「あらあら、後でキャンディあげなきゃね?」

 

「要らないわよダフネ!」

 

 二人のやり取りに、ハリエットは思わず吹き出してしまう。慣れてきてはいたのだがやはり、姉妹のように見えてしまった。

 

「どうだったエバンスさん? 楽しかった?」

 

 片桐が寄越してきた質問に、ハリエットは大きく首を縦に振って答えた。

 

「はい! とても楽しかったです!」

 

 観客がそれに賛同するように、歓声を再び爆発させた。

 

「でも、次の曲も見逃せないんだから! シンデレラプロジェクトの子達が皆出てくるのよ!」

 

 ハーマイオニーが「ね?」とハリエットの方を向いて訊いてくる。

 

「うん、――E.G.G.Sにとってはライバルかもしれないけど、仲間でもあります。だから、ぼく達も応援したいです!」

 

「ふふっ、切磋琢磨ね」

 

「当然よ!」

 

 片桐の言葉に、ハーマイオニーはまたしても胸を張って答えた。

 

「だから、あたし達E.G.G.Sと彼女達シンデレラプロジェクト、これからは両方応援してね?」

 

 ダフネが観客に呼びかけると、観客は賛同するように声を上げた。

 

――――

 

「城戸さん」

 

 俺がステージを見守っていると、後ろから呼びかけられる。衣装に身を包んだ新田さんだ。

 

「ああ、新田さん。調子が戻ってよかったよ」

 

 医務室にいたような、うなされているような表情ではなかった。いくらか落ち着きを取り戻し、自信に溢れている顔だ。

 

「私の為に、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げた彼女に、俺は「いいっていいって」と声を掛けた。

 

「準備したのにステージに立てないなんて、ガッカリ過ぎるからね。やるべき事をやっただけだよ」

 

「でも」

 

「そうだな――じゃあ、また何かあったら協力してくれよ。俺は、あーいや、E.G.G.S一同はそれで充分だから」

 

 新田さんは頭を上げ、柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。――助けたくて助けたんだ、見返りは別にいらない。

 

「やる時はやる男、って事じゃん! いやー、カッコいいねしぶりん!」

 

「どうして私に振るの?」

 

「凛ちゃん、怒らない怒らない」

 

 ニュージェネレーションズの三人が賑やかに話に入ってきた。

 

「微妙に締まらねえな……。まあいいや、楽しんでこいよ」

 

 MCを終えて、観客に手を振りながらこちらにやって来たE.G.G.Sとセクシーギルティを迎えながら、一同に声を掛ける。

 

「はい!」

 

 ――シンデレラプロジェクトは、再び歩み始めた。




■『Invisible Veil』
直訳すると「透明な膜」。一つ目。
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