The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
夏フェスの後、そこそこにE.G.G.Sの仕事が増え始めた。咄嗟の判断で披露した「Invisible Veil」が、ある程度の話題作りにはなったらしい。まあ一番嬉しいのは、作曲の先生がスランプから抜け出せた事か。
「はい、カット!」
でもそれ以上に、ライブやラジオ以外の仕事が増えたのは大きい。例えば、今回のようなTVCM撮影とか。
「良かったよ、次は四人のシーンも撮っていくから」
「はい!」
監督の指示にハキハキと答えるハーミー。エバンスさんとダフネも、笑顔でこくりと頷いた。
「いやあ、いいですね。撮影が順調で」
赤髪の青年が、のんびりとした調子で俺に話しかけた。
「はい、このような仕事は初めてのはずですが、上手くやってくれていると思います」
俺は彼に向き直り、頭を下げた。
「改めて、ありがとうございます。CMの共演を打診してくれて」
赤髪の青年は「いやいや」と照れ臭そうに手をひらひらと振った。
「確かに打診したのは僕ですが、ゴーサインを出したのは監督ですよ」
赤髪の青年――ロン・ウィーズリーは、温和にはにかんだ。
俺が彼を初めて見たのは、今から二〇年程前の特番だった。大家族の生活を追うタイプの、前世でもよく見たパターンの番組だ。外国人家族が日本で面白おかしく生活をしていく明るい雰囲気が、かなりの人気を博していた。
しかし、俺が注目したのはそこではない。ロン・ウィーズリー。『ハリーポッター』の中でも重要な位置付けにある登場人物が、なんて事ない様子で日本にいる。その事に衝撃を受けたのだ。
その特番は彼の兄達が成人して海外に居を構えていった事でなくなったのだが、目の前にいる彼――ロン・ウィーズリーは、日本で俳優として活動している。今では名バイプレーヤーとして、若くして日本の芸能界になくてはならない存在にまでなった。――つまり、大抜擢である。そんな彼の指名を、E.G.G.Sは直に受けたのだから。
「しかし、E.G.G.Sを指名するとは思いもしませんでした。てっきり、同じ新人アイドルならニュージェネレーションズが選ばれてもおかしくないはずですが」
「ああそうかも」とロン・ウィーズリーは頭を掻く。
「身内にファンがいてですね、何らかの形で一緒に仕事をするって言ってしまったんですよ」
身内にファンが? それは嬉しいものだ。
「そうだったんですね。喜ばしい限りです」
何よりも、彼女達の身内以外にもファンがいると言う事実を聞けて嬉しい。彼女達の頑張りもそうだが、俺の仕事が無駄になっていないという事を実感出来るのだから。
「っと、ではそろそろ」
監督の視線に気付いた彼は、教室を模したセットへと向かっていった。
「ええ。至らない所があれば、アドバイスをしてやって下さい」
俺が声をかけると、彼は「任せろ」と言わんばかりに親指を上げた。
さて、今回撮影しているのはソフトキャンディのCMである。テンションが上がらない女子中学生三人に、商品のタイアップキャラクターであるロン・ウィーズリーが颯爽と登場、商品のソフトキャンディを勧めるといった内容である。バイプレーヤーの彼にしては珍しく、主役の立ち位置と言えるか。
E.G.G.Sの三人は女子中学生然としたセーラー服だが、彼は商品をイメージした、白色に赤いラインの入ったスーツだ。イチゴ味だろうか。まあそんな事はどうでもいいだろう。過去には白一色の全身タイツだった事もあるくらいだし。てか、仕事は選んでくれよ名俳優。
「待ちなレディ!」
見え見えの黒子が引っ張る台車に乗ったロン・ウィーズリーが、開いていた扉から飛び出してくる。
「カット! 三人とも、もっと驚いたリアクションをして!」
監督が撮影を止める。確かに、E.G.G.Sの三人はあまり驚いたような動きを見せていなかった。まあ、撮影前に段取りを確認した事もあるのだが、CMの流れ的にはもっと驚いて然るべきだろう。
「は、はい! 気をつけます!」
エバンスさんが頭を下げる横で、ロン・ウィーズリーはいそいそと台車を元の位置に引っ張っていた。シュールな光景ではあるが、撮影の舞台裏はそんなものだろう。
「テイクツー!」
監督の掛け声から数刻程遅れて、ロン・ウィーズリーが再び台車に乗ってやって来る。
「待ちなレディ!」
「ひゃん!?」
「きゃっ!?」
「えっ!?」
今度は三人ともリアクションを取ったが、監督は気に食わない様子で首を横に振る。
「カット。もう少し、動きが欲しいな」
ううむ、こだわるなあ。CMの撮影なんだから、程々でいい気もするんだが。
「……そうね。せっかくあのウィーズリーさんとの共演だもの、手を抜けないわね」
ダフネはそう呟くと、ハーミーと目を合わせて力強く頷いた。あーそうか、名俳優がいるから大根役者じゃ笑われてしまうのか。
「そんなに気負わなくていいよー」
台車を引き摺りながら、ロン・ウィーズリーはそんな風に言う。彼自身はリラックスしている様子なのだが、他のスタッフは微妙にピリピリしている。
「エバンスさん、いける?」
「うん、頑張っていかないとだよね、ダフネさん」
エバンスさんは膝の上に置いた両手を、きゅっと固く握りしめた。……ロン・ウィーズリーの言う通り、そんなに気負う必要はないはずなのだが。
「……テイクスリー」
先程までと同じく、ロン・ウィーズリーが台車に乗ってやって来る。
「待ちなレディ!」
「ひゃいっ?!」
「きゃあっ!?」
「ふぎゃっ!?? きゃ!」
ガタン、と大きな音を立てて、三人は思い切り驚く演技をする。特にエバンスさんは、机を思い切り跳ね除けながら倒れて――待て待て待て、大丈夫かエバンスさん!?
「はいカーット! いいよー!」
良くないっての! 怪我したらどうすんだよ。映像を確認する監督を尻目に、セットの方へと駆け寄る。
「エバンスさん、怪我は?」
頭をさすりながら立ち上がる、眼鏡がズレたエバンスさんに訊く。見たところ、転んだ跡は付いていない様子だが。
「いたた……。大丈夫です、プロデューサー」
たはは、とロン・ウィーズリーは緩く笑う。
「いやあ、765プロの春香ちゃんを思わせるコケっぷり、良かったよ」
でも、と彼は言葉を続ける。
「今度からは気を付けてね。君達のプロデューサーは、どうも心配性みたいだから」
ですよね、城戸プロデューサーさん、と言いながら、彼は俺に目配せした。
「……まあ、ウィーズリーさんの言う通りだな。いいか、無茶すんなよ。これからって時に怪我されちゃ、元も子もないからな」
エバンスさんは慌ててストレッチをして、俺に頭を下げた。
「ごめんなさいプロデューサー! 大丈夫です、怪我はありません!」
「だったら良かったけど――」
監督は少しも気にかけることなく、右手でオッケーサインを作る。全く、呑気でいいものだな。
――――
最後に四人で行なう決めポーズも問題なく終わり、撮影は全て終わった。途中で冷や冷やしてしまったが、大きな問題も特になく、順調に撮影が終わったから良しとしよう。
「ウィーズリーさん、ありがとうござ――」
俺がロン・ウィーズリーに挨拶しようとすると、ズカズカと一人の少女が彼に近付き――名俳優のロン・ウィーズリーをどついた。
「ちょっと! 私を呼んでって言ってなかった?」
「げえっ、ジニー……」
ロン・ウィーズリーは顔色を変えると、近くにいた俺の背後に回り込む。すっごい震えているけど、そんなにあの子が怖いのだろうか。いや怖いか。名俳優を躊躇いもなくどついたんだし、嫌な汗しか出てこねえ。
「……すみません。どいてください。兄をどつけないので」
まるでめらめらと燃えるような赤い髪の少女は、俺の後ろにいるロン・ウィーズリーを真っ直ぐと睨み付けた。
「ええと? あなたは?」
「ジネブラ・ウィーズリー、この兄の妹です。ジニーで結構ですよ。そんな事より、このっ、バカ兄!」
ジニーと名乗った少女はロン・ウィーズリーを俺の背後から引っ張り出し、ガミガミと怒り始める。
「言ったよね?! 絶対言ってた!」
「いやだって、今日も朝から色々と予定が立て込んでたし――」
「この予定にだけ顔を出せたらいいの! 連絡ぐらいしてよ!」
「……あっ、そうか。そりゃそうだな」
「こんの、バカ兄!」
ベシンベシンと、少女が若きバイプレーヤーの頭を叩く音が響き渡る。
「ちょっと、何よ一体! プロデューサー、説明しなさい!」
突如始まった騒ぎに駆け寄ってきたのは、慌てた顔のハーミーだった。芸能界の大先輩がシメられている姿を見て、血相を変えて俺に詰め寄る。
「俺が訊きたいっての、ちょっとジニーさん!? 落ち着いて!」
周りのスタッフも止めてくれ! どうして「我関せず」って顔してんだ!
――――
しゅんと勢いをなくしたジニーさんは、俺達に向かって謝罪した。
「すみません、いつものノリで……」
あれが何時ものノリなのかよ。道理で、周りのスタッフが動かない訳だ。
「そ、そうなのね。びっくりしちゃったわ」
ハーミーが苦笑いしながら答えた。遅れてやって来たエバンスさんとダフネも、引きつった笑いを浮かべている。……何時ものノリでプロレスじみた締め技をされるのか、この俳優は。
「えっとですね城戸プロデューサーさん、この愚妹が――」
「くぅっ!」といきなり観念したような声を出したジニーさんは、がばりと素早い動きでエバンスさんの両手を握り締めた。
「ハリエット・エバンスさん!」
「ひゃっ、ひゃいいい!!?」
急な動作について来れなかったエバンスさんは、半ば恐怖したような声を出す。
「ちょっ、うちのアイドルに――」
俺がジニーさんに注意しようとした所で、彼女はばっと顔を上げる。目がらんらんと輝いていた。
「ファンです! 会えて嬉しいです!」
あれ? 思ったよりも普通じゃん。俺とは違い微動だにしなかったハーミーとダフネは、冷たい視線で俺を見据える。
「何だと思ったのよ、プロデューサー」
「いや、てっきり何かの刺客かといぃぃっっって!」
ハーミーに思い切り横腹を殴り付けられた。いやだって、ロン・ウィーズリーにキャメルクラッチかました子だよ? 警戒するなって方がおかしくない?
「えっ、と、ぼくのファン、なんですか?」
「はい! デビューライブの時から見てました!」
俺がボディに強烈な一発を貰ったことなど露知らず、ジニーさんは興奮した様子でエバンスさんの顔を真っ直ぐと見つめていた。
「……ウィーズリーさん、もしかして、身内のファンって」
「ええ、はい。彼女です」
たはは、と彼は笑いながら頭を掻いた。
「あいつ、何だかあの三人を気に入っちゃって。特に、あの眼鏡の――エバンスさんか。……あいつがああやって何かに熱中するなんて初めての事なので」
ロン・ウィーズリーの目は、E.G.G.Sのサインを貰って狂喜乱舞するジニーさんに向けられていた。先日のアストリアさんを何となく思い出すが、こちらの方が何倍もアグレッシブだ。
「兄として応援したくなった、という事ですか」
「ま、そんな所ですね」
俺とロン・ウィーズリーは顔を見合わせて笑った。気持ちは分からんでもない。美嘉が読モになると言い出した時にも、あいつの「進兄さん」として出来る限りの応援はしたしな。
「――って、お兄ちゃん! 次の現場! 早く行かないと遅刻するよ!」
ジニーさんは時計をちらりと見た後、彼に向かって言った。
「全く、またマネージャーから予定を聞き出したのかよ……」
ロン・ウィーズリーは肩を竦めて、俺に向かって右手を差し出す。
「またいつか、一緒に仕事しましょう。城戸プロデューサーさん」
彼が差し出した右手を握り返し、にたりと笑い返す。
「出来れば、ドラマ出演の交渉も手伝ってくださいよ?」
「たはは、善処します」
■ロン・ウィーズリー
名前を表記せずに登場させていたが、満を持して登場。
日本に残って俳優として活躍。思ってたより楽観的な男になってしまった気がする。
■ソフトキャンディ
ハイ〇ュウだったりぷっ〇ょだったり。
■ジニー・ウィーズリー
こちらも名前を表記せずに登場させていた。
こちらも日本に残り、兄の尻を叩いてたりする。