The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
やっと買いに行けるわ。ジェームズ・エバンスの日本語訳、凄く楽しみね。原語版も持っているし何度も読んだけど、日本語訳には日本語訳の良さがあるもの。翻訳者の癖だったり、もしかしたら人生みたいなものも翻訳に影響するんだから。――でも、結果は散々。まさか、ここまでないなんて思ってもいなかったわ。
「……それで、どうしているのよ」
見つからない苛立たしさから、隣の人物に訊く。
「どうもこうもねえよ。俺も探してんだし」
隣の人物――プロデューサーは、ふうとため息をつきながら答える。
「何なのよもう! ストーカーでもしている訳じゃないでしょうね!」
「どうして担当アイドルのストーカーをしなくちゃいけねえんだよ……。ほら、入るぞ」
そう言って、プロデューサーはまるでお化け屋敷のような古本屋に入ろうとする。
「ちょっ、ちょっと!」
冗談じゃないわよ! ここに入るの!?
「どうしたんだよハーミー。さっさと中に入ろうぜ。こんな店でも、クーラーぐらい付いてるだろうし」
確かに、暑さでやられそうだから涼みたいのは山々だけど!
「でも、出るんじゃない?」
「は? 何が」
プロデューサーはじっとお化け屋敷を眺める。街中にしては珍しい、古めかしい日本住宅。こんなの、出るに決まっているわ!
「……お、開いてるみたいだな。ごめんくださーい!」
「ちょっと、置いていかないでよ!」
お化けが出てきたらどうするのよ!
――――
すりガラスのような扉でよく中が見えなかったが、入ってみれば綺麗なものだ。しっかりと掃除が行き届いている。ただまあ、なんだ、少し品物が乱雑に置かれている印象があるんだが。
「っと、これは……はあ、ホントに古本屋だな」
若干煤けた背表紙には、金色の刺繍で物々しく題名が記されている。お、これは昔の百科事典か。少しナンバリングに抜けがあるのが気になるな。全体的に、絶版になっていそうな古書が多い。古本屋っつーか、本の博物館みたいだ。
「うーん……。流石に新刊はないのか?」
「当たり前よ! 古本屋って見えなかったの?」
「誰かが売ってるかもしれないだろ」
何故か膝が笑っているハーミーの睨むような視線を受け流しながら、棚を物色する。本を大事にはしているみたいだが、並びが不規則だ。本のジャンルがひっきりなしに変わる。常連客がよく立ち読みして、適当に戻しているのだろうか。いやでも、棚の整理も店員の仕事じゃないのか。
「……ひぅっ!?」
ハーミーがびくりと跳ね上がる。
「どうした? 冷房が強いんなら、店員に言って少し弱めてもらうか?」
たたっと俺の方に駆け寄ったハーミーは、ガタガタと震えながら俺の背を引っ掴む。
「おい、服が伸びるからやめろ――」
「何か聞こえなかった?」
「……は?」
耳を澄ますが、特に何も聞こえない。振り子時計が規則正しく動く音ぐらいである。
「時計の音じゃないのか?」
「違うわよ! 今確かに、女の人の声が聞こえた!」
「はあ?」
何を言っているんだ。今ここには俺とハーミーぐらいしかいない――ん?
「なあ、店員は見たか?」
俺の質問に、ハーミーはふるふると首を振った。まさか、誰もいないとでも言うのか? ……何かが床と擦れる音が、微かに聞こえる。布か? でも今は夏だ、丈の長い服を着る必要が何処にもない。
「……か」
聞こえた。聞こえた聞こえた聞こえた! ハーミーの言う通り、女の人の声が!
「どうにかしなさいよ!」
「いやどうすりゃいいってんだよ!」
そもそも、お化けなんている訳ねえし! 転生した俺がお化けみたいなモンだし!
「ここに入ったのもプロデューサーじゃない! ああもう、わたしは嫌よ! こんなところで呪われるなんて!」
「バッキャロ、人のせいにすんな!」
小学生のような言い合いをぎゃいぎゃいしている今この瞬間にも、布の擦れる音が近付いてくる。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「ああくそ、つねってる! 背中つねってるって!」
ふと、布の擦れる音が止んだ。静寂の後、棚の陰から出てきたのは――髪の長い女の頭だった。
「ぴっ、ぴゃあああんぐっ!!?」
叫ぶハーミーの口を手で塞ぎ、女の出方を見る。じっとこちらを見た女は、こてんと首を傾げた。
「……何か……お探しですか?」
――――
ああもう、びっくりしたびっくりしたびっくりした!
「はあ、親戚の」
プロデューサーの質問に、「はい」と幽霊みたいな人は答えた。
「すみません。お客さんも殆どが顔見知りの人なので。驚かせてしまいました?」
ちらり、と幽霊みたいな人はわたしの方を向く。
「ええ、まあ。静かでしたからね」
こっちは心臓が張り裂けそうよ。バクバクうるさいぐらいだわ。
「それで、探している本なんですけど」
「そう! そうよ! 『龍の騎士』!」
目的を忘れるところだったわ。お手伝いさんは人差し指を頬に当てると、のんびりと他の棚へと向かっていった。
「……ま、お化けじゃなくてよかったな」
プロデューサーが意地の悪い笑みを見せる。
「悪かったわね。普通、真夏にあんな服装しているなんて思ってもいないじゃない」
お手伝いさんの格好は、ゆったりとしたロングスカートにストール。あんなの、寒くなってからの格好よ。
「ちょっとばかり冷房が強いのもあるのかもな」
「どうして服装で調整しないのかしらね……」
「さあ? 暑いと古本が痛むとか?」
「適当な事を言わないでよ」
プロデューサーとそんな話をしていると、何冊かの本を持ったお手伝いさんが戻ってきた。
「こちらでどうでしょうか。手当り次第にエバンスさんの本を持ってきましたけど」
「手当り次第か……」
「せっかく持ってきてもらったんだから、文句は言わないで頂戴」
「へいへい……っと、原語版が多いな」
プロデューサーの言う通り、原語版の本が多数を占めている。フランス語版とかドイツ語版とかもあるけど、誰が買うのかしら。そもそも、こんな物があるなんて驚きだわ。
「うーん……最近でた、日本語のやつはないですかね」
「一冊だけありますけど」
あるのね! 良かったわ!
「良かったなハーミー。ほれ、買っときな」
店員さんから手渡された本を、プロデューサーはわたしに手渡した。
「え? でもプロデューサーも……」
「別に今すぐ読みたいって訳じゃないからな。読みたがってる読者の元に行く方が、本も幸せだろ」
そう言うと、プロデューサーは無理やりわたしに本を握らせた。目元が前髪で隠れちゃっている店員さんは、頬を緩ませて小さく頷く。
「はい。私もそう思います」
静かな雰囲気はそのままに、声が若干弾んでいるみたい。この人、本が好きなのね。
「親戚のお手伝いっていうのも、本が好きだからなのね」
わたしが訊くと、店員さんは「はい」と答えた。
「本はいい物です。私が見たことも無い世界を、沢山見せてくれます。活字の一つ一つに、作者の人となりが映し出されているので。彼らの考え方に触れ、共感し、時には正反対の意見を抱きつつ、それでも読み進めて、私の中の世界が広がっていくのが好きなんです」
夢中で喋っていた店員さんは「あっ」と気付くと、しゅんと恥ずかしそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、初対面で」
「いや、いいっていいって。そういうのを聞くのが俺の楽しみだし、仕事でもあるんだから」
「仕事……ですか?」
こてんと首を傾げた店員さんは、本を抱えていたわたしをちらりと見て、分かったみたいに手を合わせた。
「なるほど、先生でしたか」
……え?
「先生?」
「はい。生徒さんと一緒に、読書感想文のための本を探していたんですね。わざわざお疲れ様です」
ぺこりと店員さんは頭を下げた。
「いや、えっと……まあ、いいか」
プロデューサーは説明を諦めたかのように、頭を掻く。ちょっと、ちゃんと説明しなさいよ自分の仕事ぐらい!
「店員さん、この人は先生とかじゃなくって、わたしの――」
「別にいいだろ、ハーミー。同じようなもんだし」
ちっとも良くないわよ。こんなのが先生なんて、冗談じゃないわ!
「生徒さんは外国人なんですね。原語でも読めるような物を探していたんですか?」
「ええ、そうですね。『ハックリベリー・フィンの冒険』とかでも良かったんですけど、それじゃ書くことが多すぎるかと思って」
「同じ作者なら、『トム・ソーヤの冒険』もありますけど」
「ま、そこは押し付けるような所じゃないですからね。本人が読みたい本を読ませるのが一番かと思って」
「ふふっ、そうですね」
ちょっと、わたしを差し置いて本の話をしないでよ! それに、どっちも読んだことあるんだから! 特に『ハックルベリー・フィンの冒険』なんて、論文も少し読んだことがあるわ! 内容は……まあその、難しかったけど。あの本から当時のアメリカの人種意識に繋がるなんて、思っても見なかったもの。
「――っと、そろそろ会計を済ませちゃいましょうか」
プロデューサーがわたしの顔をちらりと見て、店員さんにそんな事を言った。わたしがしかめっ面なのは、会計を早く済ませたい訳じゃないんだけど。
「はい。そうですね」
相変わらずゆっくりとした歩みでレジに向かった店員さんは、わたしから本を受け取り、会計を済ませる。
「はい、どうぞ」
店員さんから本が入った紙袋を受け取り、わたしは小さくお辞儀した。
「折角ですから、名前をお聞きしても?」
プロデューサーが店員さんに向かって言う。……ホントこの人は。
「ナンパするつもりなの?」
「ちげーよ! なんてったってそんな風に思うんだ」
心当たりがないのかしら。シンデレラプロジェクトの皆――一部かしら、に向かって、思わせぶりな態度をするんだから。そう思われちゃっても文句は言えないはずよ。
「名前……ですか?」
「何かの縁ですからね。――あ、抜けてた辞書がこんな所に」
そんなのどうだっていいわよ。机の上に第四巻が積まれてるぐらいで、いちいち声を出さないで欲しいわ。
「鷺沢文香、です」
「そっか、鷺沢さん。俺は城戸進ノ介です」
プロデューサーはズボンのポケットから名刺ケースを取り出すと、中身を一枚引き抜いて店員さんに手渡す。
「ご丁寧に、ありがとうこざいます」
ははは、とプロデューサーは小さく笑いながら、店を出ようとする。わたしが慌てて追いかけると、プロデューサーはぴたりと足を止めた。
「――もしかしたら、近いうちにまた会うかもしれませんね」
わたしが「どういう事よ」と訊こうとする前に、プロデューサーは店を出ていってしまった。
――――
店を出てしばらく歩き、ある事に気付く。
「……なあハーミー、エバンスさんの家に行けば一冊ぐらい貰えたんじゃないか?」
後ろをついてきているハーミーはぴたりと止まると、「ああー!」と声にならない叫びを上げた。
「そうよ! そうじゃない! どうして今まで気付かなかったのよ!」
「いや、俺も今気付いた所だし」
「この、バカバカバカ!」
「いてっ、いって! 殴ることはないだろ!」
最近よくアイドルに暴力を振るわれます。これってイジメですか? ――くそ、相談内容を自分で考えておいて、余りの情けなさに没にするとは。
「そうと決まれば、行くわよプロデューサー!」
「行くって、何処に?」
「決まってるじゃない! ハリエットの家よ!」
いやいや、別に急いで行かなくてもいいだろ。
――――
エバンスさんは「それで」と頷く。
「昨日、ぼくに持ってくるように言ったんですね」
部屋の片隅では、エバンスさんが持って来た本に頬ずりをするハーミーの姿があった。作者のサインが入っている、日本語訳だ。……同じ本が二冊ある事になるんだが、そこは気にならないのだろうか。
「これは保存用ね! 家宝にするわ!」
「アストリアさんかよ」
ここに「布教用」があったら完璧だったな。
「……喜んでいるようで、何よりです」
エバンスさんは満面の笑みを浮かべるハーミーを眺めながら、嬉しそうに呟いた。
「まあ、E.G.G.Sはサインを喜んでもらう側にならないといけないけどな」
俺の発言の意図を理解したらしいエバンスさんは、こくりと頷く。
「はい。――引き続きよろしくお願いします、プロデューサー」
「ああ。頼まれた」
にっとエバンスさんに向かって微笑んだ。
■鷺沢文香
「きっとこんな事してたんだろーなー」的な妄想です。
■「先生」と「生徒」
普通に起こりえる勘違いとして真っ先に思いついただけ。
■エバンスさんの家に行けば~~
書いている側も普通に忘れていたのは内緒。
次からはアニメ二期になる予定です。