The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
「ふう……」
彼女は少しだけため息をつき、凝り固まった目頭をほぐす。……休んでいる暇はない。まだまだ確認すべき書類は山積みとなっている。
「……シンデレラプロジェクト」
ぼそりと呟きながら、ホチキス止めの資料に再び目を通す。新人だけが集められたプロジェクト。彼女達を支えているのはあの男だ。今は徐々に頭角を現しているらしいが――。
「それでは、間に合わない」
あまりにも遅すぎる。その他のアイドルにしてもそうだ。……このままでは駄目だ。
「はあ……」
思わず、ため息が漏れてしまった。彼女にしては珍しく。
――変革を起こさないといけない。このプロダクションで、この芸能界に。
――――
思わず俺は足を止め、ため息混じりに呟いた。
「いやホント、何してんだよ……」
俺のぼやきに気付いたハーミーが、「むっ」と不機嫌そうに睨んでくる。
「分からないのプロデューサー? 見張りよ見張り!」
いや分かるけどさ。今も後ろに、諸星さんと前川さんがいるから。
「あのなあ、別にいいって言ってるだろ?」
「良くないですよ! プロデューサーがピンチなんですから!」
いい加減やめてくれよ。武内さんと話していた通り、プロデューサーを付け狙う目的がアイドルという事も有り得るんだからさ。
さて、俺と武内さんが担当アイドルに何をされているのか。結論から言ってしまえば、「警備」である。その手の専門家を呼ぶのであったりするならばいいのだが、警備しているのはアイドル達である。……普通は逆じゃないか? どうして警備対象であるはずのアイドルが、なんて事ない一般人のプロデューサーを警備するんだ。こんな事に、レッスンの合間やオフを使うべきじゃないだろ。
「そもそも、今日の仕事も室内の写真撮影だ。カメラマンは前に撮ってもらったチョウさんだから、警戒する必要もないと思うんだが」
いいえ、と首を横に振ったのはダフネだ。
「何が起きるか分からないもの。もしかしたら、ストーカーの正体かもしれないわ」
ねーよ。あの人に失礼だろ。
「そんな! チョウさん、クリービーさんがいながら……」
「そんな感じじゃなかったけどな? 見ている限りじゃ、普通に師弟関係だったけどな?」
何時まで続くんだよこの探偵ごっこは。
――――
撮影は順調だ。少しは場数を踏んでくれたお陰で、彼女達も成長したという事だろう。……うんうん、アイドルとしての成長はこちらも嬉しいものだ。
『プロデューサーさん』
ちょいちょいと肩をつついて来たのは、チョウさんのアシスタントであるコリン君だ。
『どうかしました?』
俺が声をかけると、彼は後ろの方を指さす。
『誰かいるみたいですけど』
む、誰だろうか。まさか、話題のストーカーじゃ……。
「……う、城戸さん」
渋谷さんか。その隣には、島村さんもいる。てか、諸星さんと前川さんじゃないのか。
「今日はオフか、二人とも」
私服姿だし、そうである事を願いたい。俺が訊くと、島村さんが「はい」と快活に頷いた。
「あの二人は私達のプロデューサーの見張りがあるので、私達が代わりに見張りをします!」
「だから安心して、城戸さん」
いや、だからと言ってコソコソしなくても良いだろうが。むしろ怪しいからな。
『あの、プロデューサーさん。部外者ですか?』
あーもうほら、コリン君は二人と面識がないんだし、そう思われても無理がないって。
『いえ、E.G.G.Sのアイドル仲間ですよ!』
コリン君に返事をした後に、ほら、と姿を隠そうとした二人に呼びかける。
「見学だのなんだの言っとくから、隠れるのはよしてくれ」
まさかこんな所にまで、ストーカーが来る訳もないだろうしな。
――――
取り敢えずで用意したパイプ椅子に、二人を座らせる。
「城戸さん、私達はあくまで見張りで――」
「分かったから分かったから。兎に角、じっとしていてくれ。コソコソされている方が落ち着かないって」
まだ言い足りない様子の渋谷さんが、不満そうに眉を吊り上げる。撮影スタッフ一同に向かって頭を下げた俺に感謝してくれよ。
「でも、びっくりしました! 城戸プロデューサー、凄く英語が得意なんですね!」
島村さんが感激したように言うと、「確かに」と渋谷さんが頷き返す。
「習ってたの? 英会話」
「ん、高校ぐらいまでな」
「復習」を終えて暇だったから、前世でやっておきたかった英会話教室に行っていたのだ。やはり「継続は力なり」という言葉は真理である。……それが回り回って、アイドルプロデュースの切っ掛けになるとは思っていなかったが。
「ま、俺の事はどうでもいいか。二人はどう? 楽しいか?」
「はい! とっても楽しいです!」
島村さんは即答してくれた。キラキラと眩しい笑顔からは、言葉通り楽しんでいるような感情が見て取れた。対して渋谷さんはと言うと、声を押し殺して笑っている。失礼じゃないか。
「ぷっ、ふふっ……。城戸さんも、同じ事訊くんだ」
「同じ事? 武内さんにも訊かれたのか」
横に座っている島村さんも、目を丸くしている。おや、訊かれたのは渋谷さんだけだったのか。
「うん。……私は、『楽しくなる途中』、って感じ」
「――そっか」
素直じゃないな、全く。だったら、「楽しい」って事じゃないか。
「ふふっ、私は楽しいよ、凛ちゃん」
「うん、ありがと」
ほら、島村さんに微笑み返す君の顔も、楽しくなきゃ出てこないだろうに。
「……あ、そうだ」
何かを思い出したように、渋谷さんは俺の方を向いた。
「ね、北条さんと神谷さんについて、何か知ってる事ってある?」
「ああ、あの二人か」
夏フェスの時に、何やら話し込んでいたらしいからな。何か気になる事でもあったのだろうか。
「正直、俺もよく知らないな。うーん、美嘉と同じ部署だったと聞いた事はあるが」
小耳に挟んだ程度の話でしかないし、あの二人とはあれっきり会っていない。たまに、ダフネの話にちらっと出てくるぐらいか。
「そっか」
渋谷さん本人もそこまで期待してはいなかったようで、若干残念そうに笑うぐらいだった。
「ま、機会があれば美嘉にでも訊いてみてくれ」
「うん、そうするよ」
島村さんは、不思議そうな顔をして渋谷さんに尋ねる。
「凛ちゃん、どうかしたの? 急にあの二人の話をして」
「昨日から、一緒に登校するようになって。同じ事務所のアイドルなのに、何にも知らないのは失礼かなって」
おっと、そうなのか。
「いいじゃないか。渋谷さんも、後輩に慕われるようになって」
「はい! 仲良しなのはいい事ですよね」
「もう、二人とも」
三人にも、慕ってくれるような後輩が出来ればいいんだがな。撮影を順調に進めるE.G.G.Sを見ながら、まるで親のような気持ちが湧いた。
――――
結局、撮影中に不穏な視線を感じるような事はなかった。「モテモテじゃないの、城戸プロデューサー」と事情を聞いたらしいチョウさんにからかわれたぐらいであり、問題は何一つ起きなかった。
「……あ、未央ちゃん! ……うん、城戸プロデューサーの方は問題なし……へ?」
本田さんからの電話を受け取ったらしい島村さんが、急に驚いたような表情になる。
「……うん、……うん、うん。えっ、でもそれって……え?」
あまり深刻そうな顔はしていないが、困惑している所が気になる。
「うん、いるよ。……うん、変わるね」
島村さんは自身のスマホを、撮影終わりのハーミーに差し出す。
「はい、あ、未央さん? ……うん、えっ、えええ? それってホント!? いやでも、佐久間さんに限って……うん、うん、二人にも言っておくわ!」
ハーミーはそそくさとスマホを島村さんに返すと、俺の方を向く。
「この後は特に予定入ってないわよね?」
「あー、まあそうだけど」
彼女は「こうしちゃいられないわ」と呟くと、エバンスさんとダフネを引っ張る。
「二人とも! ストーカーの正体が分かったわよ!」
「えっ!?」
「まさかとは思うけど」
島村さんと渋谷さんの二人も、こくりと小さく頷いた。
「佐久間まゆ――わたし達の先輩アイドルよ!」
――――
幽霊の正体見たり枯れ尾花。いやはや、よく出来た言葉である。
「何よ、つまんないわ」
ハーミーがE.G.G.Sのプロジェクトルームで文句を漏らす。
「そうね、イケナイ恋の予感がしたのに」
ダフネはダフネで、のんびりとアイスティーを飲んでいた。
「で、でも、ストーカーの正体が分かって良かった、かな」
安堵したようにため息をついたのは、エバンスさんである。
「そもそも、ストーカーでも何でもなかったな」
俺と武内さんの不安は全くの無駄だったって事かよ。
ストーカーの正体は、E.G.G.S達の先輩アイドルである佐久間まゆだった。……いや、ストーカーでもないか。彼女は、ただ単に自分の担当プロデューサーの誕生日を訊こうとしていただけだったのだ。少し控えめな彼女の性格が回りに回って、こんな騒動になっていたらしい。……とは言え、手紙で呼び出すか普通。それじゃ恋文と間違えられてもおかしくないぞ。
「さて、この話は終わり終わり。明日からはいつも通り――」
そんな時だった。不穏な視線を感じたのは。俺はすぐにスマホを取り出し、メッセージアプリでダフネにメッセージを送る。
『視線を感じる』
メッセージを受け取ったダフネは訝しむような表情をした後、二人に画面を見せる。……よく見たら、ドアが少しだけ開いている。しっかりと閉めたはずなのに。
『もしかしたらドアの向こうにいるかもしれない』
『分かったわ、捕まえてみる』
『ちょっと待て、危険だから』
俺の書き込みを無視して、三人は素早くドアを開いたかと思うと――。
「ぎゃん!?」
――一人のアイドルを捕まえていた。
――――
大西由里子。ファンの間でも、「アレな本を読むのが趣味」だと知られているようなアイドルだ。アレな本とはつまり、男と男がすったもんだしているようなブツであり。
「ビジネスライクな男二人が、クールな掛け合いをしている姿……脳内変換ご馳走様でした!」
やっぱりよく分からん。神崎さん語とは別の意味で、言っていることが理解出来ねえ。
「プロデューサーをストーカーしていたのはあなたなのね、大西さん」
ハーミーが訊くと、大西さんは「いいえ!」と力強く否定した。
「私はただ、観察していただけですよ! 若い男が、どんな男性とどんな会話をするのか……!」
話が通じてない気がする。E.G.G.Sの三人も、呆れて物が言えないらしい。
「えーと? つまり、武内プロデューサーには佐久間さんが、プロデューサーには大西さんがストーカーしていたって事かしら」
「ストーカー!? 歪んだ愛、禁断の感情……! そんな男がこの会社に?」
「終わったわよ、全て終わったのよ大西さん」
何なんだこの子は。それに男だと決めつけるな。
「そんなのけしから、許せません! 観察、もとい監視、いや、見張りしないと!」
「あの、話を聞いてください!」
ぎゃいぎゃい騒ぐアイドル達を見て、思わず脱力してしまった。
「平和だな……」
……そう、平和だったのだ。
この頃は、まだ。
■初っ端の視点
アニメ二期のメインは次回からです。
■ストーカーは二人いた
ありがちなオチ。
このギャグ回全体をカットするかしないかで悩んでしまったのは秘密です。
次回からは展開的にシリアスになるので、結局ぶち込んだ形になりましたが。
城戸君がどのような形で絡んでいくのか、それは作者にも分かりません(考え中)