The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
すっかり手狭になった、E.G.G.Sのプロジェクトルーム。まあ、シンデレラプロジェクトのメンバーも一斉に押しかけているから仕方ないか。
「大型のイベントを用意しました」
武内さんが話を切り出す。俺はホワイトボードに企画名を書き、アイドル達の方を見る。
「シンデレラの、舞踏会?」
エバンスさんが真っ先に反応した。
「はい。私と城戸さんで立案し、無事、承認されました」
「一応、全プロジェクトの解体は保留。突然バラバラになる事態もなくなったと考えていい」
はいはい、と元気よく手を上げたのは、莉嘉とみりあちゃんだ。
「じゃあ、あの部屋も使えるの?」
「あー、いや……」
「ないのー?」
「……その、悪い」
結論から言ってしまえば、駄目だった。あくまで俺が出した条件は「プロジェクト解体の保留」であり、「リソースの回復」ではない。つまり、あの部屋や家具は、未だに常務が握っていると考えていい。俺が返答に困っていると、本田さんが「ふっふっふ」と不敵な笑みを漏らす。
「今部屋がなくてもなんて事ないよ! 逆境から立ち上がるヒーローみたいでカッコいいじゃん!」
「ヒーロー」という言葉に目を輝かせたのは、神崎さんだ。
「英雄は、敵が強大であればこそ真価を発揮する……! 我等には相応しいものね」
「そうよ! 負けずに頑張っていかないと!」
「おっ、はみはみも気合い充分だね!」
気合いを入れるアイドル一同を尻目に、いまいち乗り切れていない人物が二人いるのに気付いた。渋谷さんとダフネだ。
「……どうかしたのか」
沈み込んでいる、という訳では無いのだが、何かを考え込んでいるような感じだ。
「プロデューサーさん。……ええ、そうね、言った方が楽になるかもしれないわね」
ダフネが渋谷さんに目配せする。視線を向けられた渋谷さんは、力なく頷いた。
「話しにくい事だったら、気持ちを整理してから言うのも手だと思うぜ。別に、俺は催促している気はないからな」
「気を使ってくれてありがとう、プロデューサーさん。でも、言うわ」
ダフネは俺に近付くと、小声で話し始めた。
「実は――『デュアルプリズム』の――カレンさんのCDデビューが無期限延期になって」
「……ああ」
話は聞いている。今一番方針転換の煽りを受けているのが美嘉のいる部署で、そこに所属している新人の北条さんや神谷さんもまた割を食っているのだ。部署の中でも稼ぎ頭である美嘉の方針転換にバタバタしており、あの二人は二の次三の次、下手をすると一番下の優先順位で控えさせざるを得ない状況であると。
プロジェクトの解体は免れたが、「プロジェクトを解体しない方針転換の撤回」や、「未デビューのアイドルの早期デビュー」にまで交渉を持っていく事が出来なかった、俺のミスである。……くそ、詰めが甘かった。
しかし――この情報の速さはおそらく、本人から直接聞いたのだろう。
「あの二人、最近はその話ばかりしていたから。――なんと言うか、他人事じゃないような気がして」
渋谷さんも小声で話に加わる。確かに、渋谷さんにとっては他人事ではない。一緒に登校しているぐらいの関係性ならば、彼女達を取り巻く状況に一喜一憂するのも無理はないだろう。昔からの顔馴染みであるダフネも、気が気でないのかもしれない。
「俺も野上さん――美嘉のプロデューサーにそれとなく聞いてみる。彼も常務の方針には乗り気じゃなかったからな」
「それでも従うのはやっぱり、逆らえないから?」
渋谷さんが訊いてくる。
「まあ、面と向かって喧嘩を吹っ掛けた俺と武内さんが特殊だからな。それが普通だよ。――とは言え、納得いかないプロデューサーの方が数は多い。俺達も何人かには協力を呼び掛けているし、具体的なプランも出来上がってきている」
真っ直ぐに二人を見つめ、安心させるために微笑みかける。
「だから、心配すんなよ。俺と武内さん、他のプロデューサー達で手を組んで、全アイドルを助け出すから」
「……ん」
「そこまで言われたら、ね」
不安の種が直接取り除けたわけではないが、ひとまず二人の不安が和らいだようだ。考え込むような表情も収まった。
「ま、大船に乗ったような気でいてくれ……?」
何だか静かだな。周りを見渡す。全員の視線が一斉にこちらを向いているようだ。本田さんとハーミーは信じられないものを見るような目をしていた。
「……えっ? ホントにシロちゃん? 完全に別キャラじゃん!」
「何か悪いものでも食べたの、プロデューサー!?」
「人が真面目に諭しているのを見てソレか!? 開口一番がソレか!?」
「あ、あわわ」と緒方さんが分かりやすく狼狽える。
「悪いものを食べた……!? 大丈夫ですか!?」
「食べてないから! 大丈夫だから!」
どうしてこう、カッコよくしまらねーかな!
――――
彼女は資料を見ながら、ため息をつく。
「……城戸進ノ介、か」
社内の視察をしていた頃、同行させていた武内から数回ほど名前は聞いていた。プロデューサーとしても社会人としてもまだまだ新人、故に目をつけていた訳ではなかったのだが。
あの時の交渉。金魚のフンのように部屋の中に入っただけかと思いきや、「プロジェクトの解体を待て」と言ってきたのだ。あろう事か、アイドル事業部の売上の左右を人質にして。
「……警戒すべきは彼のみではなかった、という事か」
経歴を調べる。地元の高校を卒業し、そのまま有名私立大学に入学。卒業後すぐに346プロに広報として入社、その後にプロデューサーとしての仕事に就く。彼の人生は、バックボーンが入り込む余地もないぐらいに平凡だ。つまり、「経営陣の一人に牙を向ける覚悟が備わるような、修羅場と呼べる人生の荒波を経験していない」。
順風満帆な人生を送っていたのならば、大多数の者は安牌を打っていく。いや、仮に順風満帆ではなくても、普通の思考回路を持っているのならば、安牌にすがって行く。武内の金魚のフンとしてついて行くだけならまだいい。「シンデレラの舞踏会」と称されたこの企画は、武内と彼の共同で立案をしたのだから。
しかし彼は、城戸は、敢えて危険な牌を自分から打ってきた。まるで大博打に挑む、勝負師のように。覚悟が決まっていたのか、或いは頭のネジが吹き飛んでいたのか。武内の手が入っていたのか? いや、城戸が話を切り出した時の表情からすれば、それはないだろう。あれ程に顔を真っ青にした仏頂面の男など、彼女も初めて見た。
「まさか、従妹への想いで成したとでも?」
彼女は備考欄に記された、「城ヶ崎美嘉・城ヶ崎莉嘉の血縁者(従兄妹)」の一文を見ながら呟く。彼女一人の部屋では、誰もその質問に答えない。しんと張り詰めたような静寂が、再び室内を覆った。
「……どの道、城の威光は取り戻さなければならない」
城戸の事について記されたデータベースを閉じ、彼女はアイドルの資料に再び目を通し始めた。
彼らの企画が上手く行けば、346プロの売上は伸びる。そうでなければ、自らの正しさが証明される。彼女が狼狽える必要など、何処にもない。
――――
左さんが送ってきた資料を確認しながら、俺は頷く。
「武内さん、これなら行けそうですね」
武内さんもまた、資料に目を通しながらこくりと小さく頷いた。
「はい。良い企画だと思います」
「シンデレラの舞踏会」があるとはいえ、その準備だけを粛々とすればいいというものでもない。アイドルの個性を売りにするならば、その事を広くアピールするべきである。一番手っ取り早い、確実な方法の一つが――テレビ番組である。まさかこんな形で、E.G.G.Sのテレビ番組デビューが決まるとは。
「十時さんも快諾してくれたようですから、後は諸星さん達ですね。――まあ、返事は分かりきってますけど」
資料を流し読みしながら笑う。左さんの持ってきた企画――「とときら学園」の資料に再び視線を落としながら、武内さんは「ですが」と口を挟む。
「――変化が欲しいです。レギュラーメンバーのローティーンだけではなく、他の年齢層のアイドルもアピールが出来るような」
「……他の年齢層、ですか」
確かに、この企画では年長のアイドルがMCの――番組の設定としては先生役の――十時さんと諸星さんぐらいであり、些か出演アイドルに偏りが見られる。コンセプトとしては正しいのだが、武内さんの指摘通り、何らかの変化が必要だ。何より、個性豊かなアイドルは子供ばかりではないのだから。左さんめ、自分の担当アイドルがそのぐらいの子達だから、そっちにばかり意識が向いてしまったな。
高校生ぐらいまでのゲストなら、生徒役のレギュラーメンバーと同じ席に座らせる事も無理矢理出来るのだが、川島さんのような人が並んでしまった場合――いささか、シュールな絵面になってしまう。
「そうですね、他の年齢層――」
お? いいアイディアが出てきた。
「任せてください。彼に伝えておきます」
「――教えて頂いても?」
グッドなアイディアを聞き出そうとする彼に向かって、俺はにいっと笑いかける。
「――その時のお楽しみ、って事で」
少し驚いたような表情を見せた武内さんは、ふっと柔らかい微笑を湛えた。
「分かりました。楽しみにしておきます」
彼の微笑に応えて頷くと、俺は左さんのプロジェクトルームへ駆け出した。
――――
出来上がった写真を見て、ため息をつく。そこに映っていたのは、今までの仕事とはまた違う自分だった。シックな衣装に身を包み、整ったメイクを施され、カメラの方向に妖しげな流し目をする自分。
「……いい、出来だと、僕は思うよ」
プロデューサーが慎重に言葉を選ぶかのように、ゆっくりと言う。
「……アタシらしくない」
思わず本音が漏れ出てしまった。自らの発言にはっとして顔を上げると、プロデューサーは苦々しい表情で視線を下げていた。気まずい沈黙が二人の間に流れる。先に口を開いたのは、頭を下げたままのプロデューサーだった。
「……ごめん。分かっている。僕が、情けないばかりに」
「そ、そんな事ないって!」
経緯は予想がつく。常務の方針変更に従わざるを得ないのは、誰しもが同じだ。彼女は――美嘉は、憤りを感じていた。自分のプロデューサーではなく、あの常務に。彼女が、プロデューサーの仕事をねじ曲げた。彼女が、妹を窮地に追いやった。彼女が、二人の悲願を遠ざけた。彼女が――。
突如、プロデューサーの社用携帯が鳴り出す。
「……はい」
逡巡した様子の彼は、美嘉の前で呼び出しに応じた。
「……はい。え? そうなんですか? はい、はい。――ええ。はい、是非。とは言え、協力できる事は少ないですが。――はい、ありがとうございます。はい、では」
彼の顔は、みるみるうちに明るくなっていった。ぱあっと輝いた表情が、美嘉に向けられる。
「やったよ美嘉。今までの仕事も受けられるみたいだ」
「えっ? でも、こんな仕事が増えていくんじゃ……」
美嘉の質問に「そうだったんだけど」とプロデューサーが応える。
「武内さんと城戸さんの――君の従兄の交渉で、今すぐ方針を変える、という事がなくなったんだ」
「え――進兄が?」
ああ、とプロデューサーは頷く。
「でも、デュアルプリズムの二人についてはまだ不透明だ。……そこは本当にごめん」
「ううん、いいんだけど」
「けど?」
「……ごめん、何でもない」
胸の辺りで、何かがつっかえた様な感覚がした。特に、気にするような事ではないはずだ。あの従兄が常務に与した訳ではないし、その実、美嘉自身にとっても喜ばしい知らせであるはずなのだ。でも――。喉に引っかかった小骨のような心残りは、徐々に大きくなっていった。
「……はあ」
小さな、それこそプロデューサーも気付くことがないぐらいにささやかな、下手をすると自分でさえ気付けなかったかもしれないため息が不意に口を突いて出てきた。
「何やってんだろ、アタシ」
ほんの一瞬だけ、美嘉はこのスタジオで一人ぼっちになったような気がした。
■城戸Pの資料を読む常務
特に大きな意味はないと思います。
■とときら学園
企画したのは左P、武内Pと城戸Pは乗っかった形になります。
一応、他のプロデューサーも各々動いているだろうなーという思いがありましたので。
■グッドなアイディア
「年長アイドルもそのまま出せばいいじゃん」という意見もあるかとは思いますが、詳しくはまた次回に。
■美嘉視点
美嘉は城戸Pの存在により、アニメ原作より若干ナーフされていると考えてください。
アニメの内容を一部端折るかもしれません。