The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
「莉嘉がレッスンに顔を出していない!?」
俺が打ち合わせの後に武内さんから聞いたのは、そのような話だった。
「はい。社内で見かけた人はいるらしいのですが、どうやらレッスンを無断欠席しているようで」
武内さんも困っているらしく、首筋に手を添えている。
「城戸さん。心当たりはありますか?」
「心当たりですか? 昨日はとときら学園の収録でしたよね? 確か――」
くそ、まずった。
「……俺の責任です。俺があんな事を言わなければ」
一呼吸置いて考えりゃ気付けるような問題じゃないか! 俺のミスだ!
「城戸さん、一体何を――」
「美嘉に……美嘉にアドバイスを貰うよう、助言したんです」
よりにもよって、今一番フラストレーションが高まっているアイツに押し付けてしまった。何らかの衝突があったのだろう。こうしちゃいられない。早く探さないと。
すぐ様駆け出そうとした俺を、武内さんは「待ってください」と引き止めた。
「城戸さん、落ち着いてください。まだ会議が残っていますから」
「ですが――」
「現在、諸星さんと赤城さんが探しています。……心配しないで下さい。彼女達なら、きっと見つけ出します」
「――分かりました」
はやる気持ちを何とか抑え、髪をくしゃくしゃと乱雑に掻く。
「頼んだ、二人とも」
今俺に出来るのは、奔走している二人に祈る事だけだ。
――――
ダフネの「距離を置いている」という発言に、ハリエットは少なからず衝撃を受けた。彼女には兄弟や姉妹がいないので――親の祖国であるイギリスには、工場勤務の従兄がいるのだが――、本当の兄弟がどのようなものなのかはよく分からない。しかし、先日見たダフネとアストリアのそれは、まるで打ち解けているような感じに見えた。
「プロデューサーが原因なら、文句の一つでも言ってやるべきよ! 未央さんの時みたいに、何とかなるかもしれないし」
ハーマイオニーの意見に、ダフネは首を横に振った。
「ダメよハーミー。プロデューサーさんも今は忙しいもの。……今更言うのも都合がいいかもしれないけど、あの人に全部押し付けちゃうのはダメだと思うわ」
それに、とダフネは言葉を続ける。
「姉妹喧嘩なんだから、ちゃんとリカと城ヶ崎美嘉が自分で解決しないといけないわ」
ぐぬう、とハーマイオニーは言葉に詰まる。確かにその通りなのもしれない、とハリエットは心の奥底で思い直した。――いつも城戸に助けられているのだ、今回ばかりは自分達が城戸を助けないと。
「……うん。分かってる。でも、今まで進にーちゃんが助けてくれてたから」
莉嘉はぽつりと言った。……彼のお節介は、今に始まったことではないらしい。むしろ、今までの延長線上に、シンデレラプロジェクトへの助力があったのだろう。
「これからは、自分達で仲直りする事。いいわね?」
「うん。約束する」
でも、とハーマイオニーが口を挟む。
「結局、『スモックでセクシーに見せる方法』なんてあるのかしら」
そもそもの発端は、莉嘉がそれを美嘉に訊いた事で起こった問題なのである。何らかの形でその方法を見つけ出さないと、仲直り以前に番組の危機である。
「エバンスさんはどう? 何かあるかしら?」
ダフネに話を振られたハリエットは、狼狽してしまう。
「えっ?! ええっと!? ――分かんない、かな、ぼくも」
テレビ番組に出演するのは初めての事だったので、そこにまで気を配る余裕がなかった。そもそも、莉嘉がそのような悩みを持っていたことにさえ今まで気付かなかったのだ。
「ダフネ、そういうのはあなたが得意でしょ? まず、自分の意見を言うべきだわ」
ハーマイオニーの言葉に、ダフネはため息をついた。
「思いつかなかったから、エバンスさんに訊いたのよ」
「思いつかなかったのね……」
「ハーミーは? スモックを着ていたなら、何かアドバイス出来ると思うけど」
「無茶言わないでほしいわハリエット。わたしなんて、プロデューサーに馬鹿にされた事ぐらいしか覚えていないんだから」
「え!? 進にーちゃんが!?」
莉嘉が意外だとでも言うかのように驚く。しばし考え込んだハーマイオニーは、「うーん」と唸りながら続けた。
「……いえ、『悪気はなかった』とか『本当にすまない』とか言っていたから、馬鹿にするつもりはなかったと思うけど」
「じゃあ、進にーちゃんもわざと言った訳じゃないんだね?」
「――そうね。……だとしても、わたしとしては納得出来ないけど」
ハーマイオニーはじろりとダフネを睨む。確かに、ハーマイオニーと学年が一つしか違わないダフネは、生徒側で出演せず教育実習生として出演した。アイドルの割り振りは別のスタッフが行なっているとの話だったが、それに納得していないのだろう。
その時、ダフネが「あら?」と何かに気付いたような声を出し、遠くを見る。つられてダフネの視線の先を見ると、そこには背の高い少女がいた。――間違いない、きらりだ。
「キラリさんね」
近付いてきた彼女は莉嘉に気付くと、「莉嘉ちゃん、ここにいたんだね」と優しく声をかけた。
「レッスンに出ないなんて、どうしたの?」
莉嘉はきらりの質問にただ、気まずそうに視線を下げて黙るのみだった。
「スモックが嫌?」
彼女の核心を突いた発言に、莉嘉のみならずE.G.G.Sの三人も驚いてきらりの顔を見る。依然として、きらりの顔はにこにこと満面の笑みだった。
「そういうのじゃなくて……おねえちゃんと喧嘩して……」
「ふふっ、大丈夫だよ莉嘉ちゃん。美嘉ちゃんも、喧嘩したくて喧嘩した訳じゃないから」
きらりはあやすかのように莉嘉の頭を撫でる。その姿は姉妹と言うよりかは、まるで親子のように思えた。
――――
内心ハラハラしながら会議を終え、地下のプロジェクトルームへと急ぐ。ドアの前には、E.G.G.Sの三人がいた。
「良かった、三人とも、莉嘉が――」
俺がそこまで言うと、ダフネが人差し指を口に当て、僅かに開いているドアの向こうを指差す。部屋の中には、莉嘉と諸星さんがいた。
「これは……。そういう事か」
俺が胸を撫で下ろすと、三人はこくりと小さく頷いた。武内さんの言っていた通り、凸レーションの他のメンバーが探し当ててくれたようだ。
「プロデューサー、諸星さんには言っていたんですね」
エバンスさんが小声で話しかけてくる。
「ああ、まあな。番組のMCだし、何かあったら共有しておくべきだと思ってな」
ハーミーが大きくわざとらしいため息をつく。
「出来れば、わたし達にも話しておいて欲しかったわ」
「悪いな。ここまで大きな問題になるとは思っていなくて」
結局の所、俺のミスが発端である。しっかりと反省しなきゃな。
「しかし、どうしたもんかな」
あいにく、デスクワークをしようにも資料は部屋の中だ。相談事をしている、二人の空気を邪魔したくはない。
「だったら、久々にあたし達のレッスンを見るのはどうかしら。自主レッスンだけど」
ダフネの提案に乗る事にしようか。
「――そうだな。最近忙しかったし、久々に見るとするか」
ここは、きらりお姉さんに任せる事にしよう。
――――
夕暮れの中庭には、誰一人いなかった。ただ穏やかに、中央の噴水が水の音を囁くぐらいである。
「はあ……」
中庭のベンチにこうして腰を下ろすのは、いつ以来だろうか。346に所属して当初は、レッスンの合間に何かと通っていた気がする。アイドルとして忙しくなって来た頃からだろうか。こうして噴水の音に耳を澄ませるのは、長い間なかったように思えた。
「何やってんだろ、アタシ」
昨日の喧嘩を引きずってしまい、満足のいくような仕事が出来なかった。そういえば、小さい頃はこうして喧嘩した時、進兄がいたっけ。泣きじゃくるアタシ達に手を焼きながらも、結局は仲直りの切っ掛けを作ってくれたっけ。
「……結局、進兄頼りってコトか」
自嘲気味な笑いが、ため息と共に漏れ出た。シンデレラプロジェクトの事にしても、アイドル事業部の事にしても、結局はあの従兄の助力があってどうにかなった。対して自分は――自分は、どうしようもないことでイライラしてしまって、何も知らずに頼ってきた妹にぶつけてしまった。
「これじゃ、姉失格かなー……」
こんな時、仮にあの従兄なら何と言うだろうか。「んな事どうでもいいからさっさと仲直りしろ」と尻を叩くだろうか。それとも、「知るかよ」と突き放すだろうか。――後者はないかもしれないが、そう言われそうな気がしてならなかった。
「……あ、美嘉ちゃん」
ふと声をかけられて、後ろを振り向く。幼い声の正体は、みりあだった。
「……ん、みりあちゃん」
美嘉の元に駆け寄ったみりあは、そのまま美嘉の隣に腰を下ろす。
「……アタシさ、姉妹喧嘩の仲直りが下手なんだ」
まるで懺悔をするかのように。美嘉は、妹よりも歳下の少女に零した。
「仲直りが? どうして?」
みりあは美嘉の顔を覗き込み、純粋な眼差しを向ける。
「そういうの、進兄に頼ってきてたから。今までずっと、頼りきりだったんだ」
「情けないよね」という言葉が口を突いて出てきてしまい、力なく笑いかける。
「アタシがお姉ちゃんなのに、ホント、情けないよね」
ううん、とみりあは首を横に振る。
「お姉ちゃんは我慢しないといけないからね。みりあも分かるよ」
「……そっか」
そういえば、莉嘉が言っていたような気がする。みりあに、妹が出来たと。
「アタシも、お姉ちゃんだし我慢しないと、だね」
分かってはいるのだ。「莉嘉の姉」であるという事以前に、自分は「城ヶ崎美嘉」である。アイドルとして、与えられた仕事はしっかりと我慢してこなしていかないと――。
「……あれ」
頬を、生暖かい雫が伝った。拭っても拭っても、目尻から溢れ出てくる。
「アハハ、何で泣いてんだろうね、アタシ」
思えば、歳下の少女に投げかける質問としては、かなり情けないものだったかもしれない。しかし、それでもみりあは、嘲笑うような事はしなかった。優しく微笑むと、美嘉の頭をそっと抱き寄せる。
「うんうん、お姉ちゃんにも泣きたい時はあるよね」
冷静に考えたならば、それは質問の答えになっていないのだろう。それでも――そうだったとしても、美嘉は、心のどこかで、「許された」ような実感が湧いた。
――そうだ。アタシは今、泣いてもいいんだ。
夕日のさす中庭に、すすり泣く声が響いた。
――――
「――そうか、仲直りしたのか」
美嘉は電話越しに『うん』と頷いた。
『ゴメン。進兄はそんなつもりじゃなかったはずなのに』
「いや、気にしないでくれよ。元はと言えば、俺のミスだから」
美嘉の方針転換を止めることが出来なかったのも、莉嘉をけしかけてしまったのも、俺の責任なんだから。
『ま、今回はそういう事にしておくよ』
「ああ。……それで、莉嘉にはアドバイスしたのか?」
『そう、それ!』と美嘉は思い出したかのように息巻く。
『いくらアタシでも、そんなの思いつかないって!』
「えー……マジ?」
『マジマジ! スモックでセクシーに見せるなんて、正直滅茶苦茶だよ!』
うーん……だったらどうしようか。
『でも……でも、一緒に考える事にしたよ。すぐに思いつかないかもしれないけど、ここはアタシに任せて』
「……そうか」
別に焦る必要はない。きっと、いいアイディアが浮かぶだろうから。
「だったら頼んだぜ、美嘉お姉ちゃん」
『はは、進兄がそれ言うとキモいね。それじゃ』
通話が切れた。――キモいはないだろキモいは。進兄さん傷付くぞ。
「っと」
再びスマホが鳴る。相手は莉嘉のようだ。
「――さっき聞いたんだけどな」
まあいいか。プロデューサーではなく、「進にーちゃん」として、話を聞いてやるとするか。
■距離を置いている
ダフネはそう思っていますが、アストリアの方はまた違う考えだと思います。
■ハリエットの従兄
後々登場する予定です。
■美嘉の行動の変化
アニメ本編ではみりあちゃんを連れて買い物に行っていますが、この作品では行っていません。
これも、城戸Pという存在で若干ナーフが入っている事に関係があります。
このエピソードについては、凸レーションが問題解決を行なうのが自分の中でも理想だったのでこのような形となりました。何でもかんでも主人公が解決しちゃうと「何か違うな……」となっちゃいましたので。